世界は奇跡に満ちている

5


試験は順調に続いていく。
しばらく経った日の曜日。
ロザリアとアンジェリーク、オリヴィエ、ルヴァの四人は、再び森の湖にピクニックに来ていた。
ルヴァは相変わらずのんびりと釣り糸を垂れているし、オリヴィエは木陰で昼寝中。
なんでも、昨日、新しいドレスのデザインを考えていたら夜更かしをしてしまったのだとか。
「寝不足はお肌の大敵!」
と言いながら、日よけのつば広帽を顔に乗せて、すやすやと眠っているように見える。
相変わらずの常春の飛空都市は、のんびり昼寝をするのにちょうどいい季候だし、耳に優しい水の音も子守歌にぴったりだ。
遠くから聞えるかすかな鳥のさえずりや、木々の葉擦れの音。
差し込む日差しも心地よく、心が洗われるとはまさにこの事だろう。

「ねえ、アンジェリーク」
「なあに~?」
ロザリアとアンジェリークはレジャーシートの上に並んで座り、キラキラ光る湖の湖面を眺めてぼーっとしていた。
いつもおしゃべりしていなくても、一緒にいて嫌じゃない。
そんな関係がいつの間にか二人の間にできあがっていた。

「アンジェ、あなたが女王になりなさい」
「うーん、女王ね。女王か~。・・・え?! なに?! どういうこと?!」
「だから、アンジェが女王になったほうがいいと思いますの」
「ちょっと、意味がわからないんだけど」
「あら、そうかしら?どうして?」

あの騒動の日から、ロザリアはフェリシアを視察するついでに、エリューシオンを見て回っていた。
適当な育成のように思えるのに、エリューシオンは大きな災害などもなく、このところの成長は目を見張るものがある。
前回の試験では贈り物合戦のせいで、いびつな成長をしてしまったけれど、エリューシオンの本来の姿はきっとこうだったに違いない。
遊星盤の上から見るエリューシオンは雄大な自然が広がる豊かな大地だ。
険しい雪の冠を抱いた山脈や、死の谷。
なだらかな曲線を描いて大きく流れる河、人の手のつけられない密林。
起伏に富んだ、といえば、聞こえがいいが、ロザリアから見れば無策としか思えない。
けれど、観察しているうちに気がついたことがある。

エリューシオンは実に自由で、その成長はあらゆる方向性に伸びている。
けれど、フェリシアは、ロザリアの意思の方向でしか成長していない。
ロザリア自身がそう望んで、あるべき姿に育成したのだから当然だ。
計算され尽くしたフェリシアは、この宇宙のどこにもない、美しく穏やかな、民が過ごしやすい究極の大陸になっている。

「あんたは女王の慈愛ってなんだと考えていて?」
「え?じあい?!・・・考えたことない・・・けど、みんなを愛して慈しむってことだよね?」
「そうですわ。だからあんたが女王になればいいのよ」
「え。わかんないよ~」

ロザリアにとって、女王とは君臨して統治する存在だった。
ロザリアの理想通りの宇宙を作り、そこに民が暮らす。
けれど、アンジェリークとエリューシオンを見ているうちに、それが少し間違っているのではないかと思うようになった。
慈愛の心。
相手を受け入れて見守って、一緒に成長していく。
こちらの想いを一方的に押しつけることは、慈愛どころか、ただの独りよがりの独占欲だ。

「オリヴィエ様もそう思いますでしょう?」
突然話を振られて、オリヴィエは苦笑しながら起き上がった。
寝たふりをしていたワケではないけれど、こんな話をすぐそばで聞かされて寝ていられるほど無神経ではないつもりだ。
「ま、あんたが決めたならいいんじゃない?」
ロザリアに向かって軽くウインクをすると、ロザリアはにっこりと笑顔を返した。
「ほら、オリヴィエ様もそうおっしゃっていますわ。あんたが女王になるのよ」
「う、うーん?!」

ロザリアはアンジェリークの両手をぐっと握り、
「わたくしはアンジェに女王になって欲しいのですわ。アンジェが女王にふさわしいと心から思うから」
負けた、とは思わない。
けれど、今は女王にふさわしいのはアンジェリークだと心からそう思える。
まだハテナ顔のアンジェリークを残し、ロザリアは、つかつかとルヴァに歩み寄った。
全く食いついた様子のない釣り竿の先をぼーっと眺めていたルヴァは、肩を怒らせて近づいてくるロザリアに気がつくと、あたふたしている。

「ルヴァ様!」
「はい~?!なんですか~?!」
全く、どちらの立場が上か、わかったものじゃない。
腰に手を当てて背を反らし、顎をツンと上げたロザリアがルヴァに宣言する。
「女王にはアンジェリークがなりますから、ルヴァ様も覚悟なさって」
「へ?それは?」

それ以上言葉にはしなかったけれど、ルヴァの顔が一瞬曇る。
先日、ジュリアスに恋愛禁止を遠回しに言い渡されたばかりだ。
諦めなければ、と思いながらも、諦めきれない葛藤の中、『覚悟』といわれれば・・・。
やはり諦めるしかないのかと、つい顔が曇ったのも仕方がない。
けれど、ロザリアはますます背中を反らせ、ルヴァを見下すポーズを崩さない。

そして
「これから大変になりますわ。ジュリアス様や聖地の皆様に、女王の恋愛解禁を勝ち取らなければならないんですもの。
このくだらない慣習を打ち破るには、過去のデータを全部当たって、根底から覆す作業が必要ですわ。
ルヴァ様には聖地の過去の女王や補佐官の日記や書き残したもの、その他のデータを全て読んでいただきます」
「・・・それは大変ですねえ。でも、やりがいはありそうです」
背中を反りすぎて、地面に腰を下ろしているルヴァには、もはやロザリアの顎しか見えない。
けれど、彼女の言いたいことはよくわかった。
諦めるのがイヤならば、勝ち取ればいいのだ。
その知識と忍耐なら、ルヴァも自信がある。
ルヴァはいそいそと釣り竿を湖から上げると、帰り支度を始めた。
やると決めたなら一分一秒がもったいないから、魚釣りをしている場合ではない。


それからのルヴァの働きはすごかった。
もちろん、ロザリアもジュリアスに真っ向から向かっていったし、思った以上に他の守護聖たちも賛同してくれたのだ。
「オリヴィエ様、何か弱みでも握っておられましたの?」
ジュリアスから事実上の暗黙の了解宣言を得た日、ロザリアはこっそりと聞いてみた。
いっこうに進まなかった説得だったのに、ある日を境に、急にジュリアスの態度が軟化したのだ。
ロザリアがこっそり調べてみると、どうやらオリヴィエがジュリアスの邸を訪れた夜から、らしい。
「ん~?ちょっといいワインを持って行って、昔話をしただけさ。他にはなーんにも」
オリヴィエはふふーんと鼻歌交じりで笑っている。
アヤシイ、と思ったけれど、ロザリアもそれ以上追求はしなかった。
全部を知ろうとしなくても、オリヴィエがロザリアにとって信じられる相手であれば、それだけで十分なのだ。


最終的に、育成はフェリシアの民がいち早く中の島に着いた。
けれど、それは、一部の若者が、新しい大地を目指した冒険の結果で、純粋な育成の成果とは言えないもの。
偶然でも成果には変わりが無いという意見もあったけれど、ロザリアは女王を辞退した。
「女王にふさわしいのはアンジェリークですわ」
頑として譲らないロザリアに、
「じゃあ、ロザリアは補佐官ね」
アンジェリークは、玉座の女王とディア、それから守護聖の皆に向かって、きっぱりと宣言した。
「これだけは絶対に譲らないわ。わたしが女王なら、ロザリアは補佐官。そうじゃなきゃ、わたしも女王なんて無理!」
さあ、どうする?とアンジェリークがロザリアばりに腰に手を当てて背を反らしている。
子供が背伸びしているようで、女王の威厳も何もあったもんじゃないけれど、アンジェリークの意思が固いことはわかった。

「でも……」
ロザリアは迷った。
女王がダメなら補佐官に、と急に気持ちは切り替えられない。
けれど、大切な親友のアンジェリークをそばで支えたいという思いもある。

こういうとき、やっぱりきっかけを作るのはオリヴィエだ。
彼はわざとらしく羽のショールをヒラヒラさせ、
「そうだよねぇ。アンジェ一人じゃ不安だよねぇ」
並んでいる守護聖達を順に見渡した。
すると、
「僕もそれがいいと思うよ!」
「まー、いーんじゃねーの」
「その大役はお嬢ちゃんしか無理だな」
「ええ、私もそう思います~」
守護聖たちも次々と賛同して、なんだかんだであっという間に、ロザリアは補佐官に祭り上げられてしまった。
女王とディアも微笑むだけで、我関せずと言った空気だ。

「あんた、最初っからそのつもりだったのね?」
アンジェリークを睨むと、
「え。ロザリアもそのつもりだと思ってたわ」
あっけらかんと言い返されて、ロザリアは目を丸くした。
正直、そんなつもりはなかったけれど、周囲の皆は既定路線だと思っていたようだし、なによりも彼がとても嬉しそうにしているから。
補佐官として聖地に赴くのもいいかもしれないと思ってしまったのだ。
もしかして、アンジェリークはかなりの策士なのかもしれない。
「ま、いいわ。どうせやることもないのですし」
「やったー!」
アンジェリークが飛びついてくる。
その柔らかな身体を抱き止めながら、ロザリアは涙が出そうになるのを必死で堪えていたのだった。