私の推し様!

Blue Rose Festival 2022


けれど、現実は重く厳しい。
試験開始以来、ロザリアは毎日を悶々と過ごしていた。
「ロザリア。おはよう。今日もがんばろうね!」
キラキラした笑顔のアンジェリークがロザリアを見つけて、廊下の端から駆けてくる。
途端にロザリアの胸がきゅーんとときめき出した。
朝食を同じ食堂でとるため、どうしても朝一で顔を合わせることになるのだ。
まだちょっと寝起きの雰囲気の残るアンジェリークは、金の髪が寝ぐせでふわふわして、無邪気な子犬のように可愛い。
撫でまわしたい気持ちをぐっとこらえ、ロザリアはアンジェリークの襟元に手を伸ばした。

「リボンが曲がっていますわ」
ああ、また、おはようの挨拶を忘れた。
しかも、なんだか嫌味っぽい感じになってしまった。
心の中で、ハンカチをかみしめて悔みながらも、表情には全く出さず、ロザリアは食堂の席に着く。
社交界で培ったポーカーフェイスのおかげで、動揺は隠せたが、もっと大事なことをロザリアははき違えていた。
つまり、ポーカーフェイスのロザリアは、とてもクールでとっつきにくい美人になってしまうということだ。
ロザリアに叱られたと思ったアンジェリークは、雨に打たれた子犬のようにしょぼんとしている。
そんな様子も可愛いし、ぎゅっと抱きしめたくなるのだが、押し寄せる罪悪感に溺れそうだ。
なにかフォローをしたいと思っても、ある意味不器用なロザリアは上手く言葉が出てこない。
あげく、出てきたのは
「いそがなければ遅れますわよ」
そんないやみっぽい言葉だけ。

アンジェリークはしゅんとしたまま、もぐもぐとパンを口に運んでいる。
いたたまれなくて、ロザリアもさっさと食事を済ませ、自室へと逃げ込んだ。
「ああ~、わたくしはまた!!」
自ら頭をぽかぽかと叩き、無駄な反省と後悔を繰り返して、部屋の中をうろつく。
それから、笑顔の練習や話したいことをシミュレーションしたりして、心を落ち着かせた。
人から見れば、どうかしたのかとしか思えない儀式。
ばあやがちょっと困惑した顔で様子をうかがっているけれど、それを気にしている余裕もない。

身支度を整えて、同じ馬車で聖殿へ向かうころには、アンジェリークの気持ちも上向くのか、またにこやかな笑顔が戻っていて、ちょこちょことおしゃべりもできる。
ロザリアにとっては幸せなひと時だが、聖殿までの距離はあっという間だ。
ぴょんと馬車を降りて、子ウサギのように駆けていくアンジェリークの背中を見送ると、あとは、それぞれに試験のための育成や勉強をして一日を過ごすのが日常だった。


「今日はまずジュリアス様のところですわね」
昨夜のうちに決めておいた育成の予定にしたがって、ロザリアはジュリアスの執務室へ向かった。
育成をお願いし、ほんの少しの世間話を交わした後、ふと廊下の片隅で目ざとく見つけたのは、フワフワの金の髪。
人気のない方へ消えていくアンジェリークの後ろ姿に、ロザリアはこっそりと後を追った。
アンジェリークはロザリアに全く気が付く様子もなく、とことこと軽い足取りで、歩いていく。
行き先はどうやら図書館だったようだ。
そういえば、アンジェリークの育成が、少し行き詰っているらしい、と、さっきジュリアスから聞いたばかり。
ロザリアもそれは気になっていたから、本当ならなにか手助けをしたいのだが…。
上手く話しかけることのできないジレンマで、ただ指をくわえているしかできない状態だ。

「あ!」
考え事でもしていたのか、アンジェリークが図書館前の石畳のちょっとした段差に躓いてよろめいた。
このままでは、アンジェリークの花の顔に傷が!!!
ロザリアがいてもたってもいられず飛び出そうとするよりも前に、たくましい腕がアンジェリークをしっかりと抱きとめる。

「あぶないところだったな。お嬢ちゃん」
アンジェリークを腕の中に包み込みながら、にやりとウインクを投げたオスカーに、アンジェリークの頬が赤く染まった。
すんでのところで、アンジェリークを抱きとめたのは、炎の守護聖オスカーだ。
燃えるように輝く緋色の髪に対照的なクールな氷青の瞳。
整った顔の造作はもちろん、執務服越しでもわかる肉体美も素晴らしい。
全宇宙の恋人と公言している彼は、非の打ちどころのないほど完璧な男ぶりだ。
ロザリアはいらいらと唇をかみしめた。
この短い間で、ロザリアは、オスカーを顔だけはいいが、軽佻で浮ついた近づきたくない男に分類している。
もちろん、それはアンジェリークに対しても同様。
可愛いアンジェリークとチャラい狼男は最悪の組み合わせだ。

「ありがとうございます。オスカー様」
「いや、お嬢ちゃんの危機に駆けつけるのは、俺の使命だからな」
からかうようなセリフだが、オスカーが言えば、本当のナイトのように聞えてくる。
おまけにバックに薔薇が咲いているような錯覚すら覚えるのだから、相当の女たらしパワーだ。
遠くからでもフェロモンの量がすごい。
直撃されたアンジェリークはますます顔を赤くして、うつむいてしまった。
オスカーはさらに、顔を金の髪の近くに寄せると
「俺の腕の中は居心地がいいだろう?いつまでもいてくれてかまわないんだぜ」
甘い声でささやきかけている。
「きゃ!」
慌てて、アンジェリークが飛び出すと、オスカーは「ははは」と、さも楽し気に声を上げて笑った。


常春の飛空都市の暖かな陽だまりの中で、笑いあう二人。
キラキラと金の髪が輝き、少女を優しく見つめる氷青の瞳は澄んでいる。
物陰から二人の姿を見ていたロザリアは、徐々に足元が震え、体温が上がってくる気配を感じた。
これだ!!!
まさに天啓がひらめくとはこのことか、とロザリアの胸は熱く高鳴った。
天使のように可愛いアンジェリークと中身はどうあれ、完璧なナイトのオスカー。
お似合いすぎて、2人の背後にはキューピッドが舞い飛び、オーケストラの奏でるBGMまで聞えてくるようだ。
まるでスチルのような、永久保存の一枚絵が、ロザリアの目の前に展開している。

このカップリングはまさに『神』。

「これが推しカプ…」
アーニャが教えてくれた『薄い本』には、本当に様々なカップリングのものがあった。
まあ、たいていは、男性メンバー同士のファンタジーで、ロザリアには理解不能だったが、『推しカプ』を語るアーニャの熱い思いは理解できた。
「最愛の推しには最高の相手と幸せになってほしいんです!」
アーニャの部屋には、同じグループ内で、最推しと二推しがイチャコラする『薄い本』が山積みになっていたものだ。
「生もの危険ですけど、やめられないんですよねえ~」
わかる。あの気持ちが。
いまならよーくわかる。
ロザリアはアンジェリークとオスカーを見つめながら、アーニャの言葉を何度も反芻していたのだった。


翌日、ロザリアはオスカーの執務室に育成をお願いしに行ってみた。
もしも彼がロザリアの第一印象通りの軽佻浮薄なだけの人間ならば、いくらビジュアルが最高でも、大事なアンジェリークを任せるわけにはいかないからだ。
「オスカー様、育成を少しお願いいたします」
「少し、でいいのか?お嬢ちゃん」
オスカーはなにか言いたげに目を細め、にやりと笑いかけてくる。
ロザリアはどきりとしたことを悟られないように
「はい、少しで結構です。…なぜそのようなことを?」
冷静を顔に張り付けて、あえて聞き返した。

すると、
「ん?優秀なお嬢ちゃんならとっくに察していると思うが。フェリシアは今、炎の力を最も必要としているだろう?少し、では足りないくらいにな」
フェリシアの様子をずばりと言い当てられ、ロザリアは目を丸くする。
女王試験に気のない様子ばかりのオスカーが、まさかフェリシアの状態を把握しているとは。
ちょっとカマをかけてみた自分の浅はかさが恥ずかしい。
「…申し訳ありません。では、たくさん、でお願いいたします」
「了解だ。たくさん、な」
たったこれだけのことだったが、ロザリアはオスカーを認めることにした。
よく考えれば、オスカーはあのジュリアスの片腕として信頼されているのだから、優秀な人物なのは間違いない。

堂々たる王(実際は首座の守護聖だが)の傍らに控えるイケメン騎士。
その騎士が、可愛らしい金の髪の姫を守る。
壮大なファンタジーの物語だ。
「うふふ、姫を抱きとめるシーンの次は…アレですわね」
頭の中で妄想の絵が花開き、ロザリアは勝手に顔がにやつくのを止められなかった。


なにやらぶつぶつ言いながら、にやにやしているロザリアの姿を、偶然見てしまった人物がいた。
たまたまオスカーのところに暇つぶしに行こうとしていた夢の守護聖オリヴィエだ。
オリヴィエはオスカーの執務室からロザリアが出てくるのを見て、彼女に声をかけようとした。
別に暇つぶしになるならオスカーでなくても構わない。
女王候補の一人と、ちょっとお茶でも飲んで楽しくおしゃべりできればいい、と思ったからだ。
けれど、ロザリアの様子がいつもと違っていて、ちょっと…いや、かなり引いてしまった。
オリヴィエの知るロザリアは、常に本心の見えない貴族的な作り笑いを浮かべていて、傲慢な態度を隠そうともしない生意気な小娘だ。
とはいえ、その生意気さが面白い、ひっかき癖のある子猫とでも言おうか。

ところが、今のロザリアは、明らかにおかしな方向でニヤついているように見える。
たとえるなら、思春期の少年がちょっといけない妄想をしているような…。
そういう雰囲気の笑い方。
「うふふ」
上機嫌のステップで軽々と歩いていくロザリアの後ろ姿は、なんだかちょっと不気味な感じすらある。
「なんだろ……??」
思い浮かぶのは、今、オスカーの部屋から出てきたということ。
もしかして、ロザリアはオスカーに特別な好意を持ってしまったのだろうか。
有り得なくはないが……
なんだかあの笑い方は、もっと邪まだった気がする。
今までの令嬢然とした姿とは違うロザリアに、オリヴィエは首を傾げたのだった。


翌日、ロザリアは必要な道具をバッグに詰め、アンジェリークと共に馬車で聖殿に向かった。
「これ、わたくしが気になった今のエリューシオンの問題点を書き出してみましたの」
「え?」
目を丸くしたアンジェリークにロザリアはツンと顎を上げ、言い放つ。
「最近、エリューシオンは全然育成が進んでいないじゃないの。あんたのやり方じゃロクな結果になりそうもないから、わたくしが特別に教えてあげるのよ。感謝なさい」
言い方!とロザリアは内心、自身の頭をガツガツ壁に打ち付けて反省会をしていたが、アンジェリークには気にならなかったらしい。
ロザリアが差し出したノートを素直に手に取ると、ギュッと胸に押し当てた。
「ありがとう。すごく嬉しい。……わたし、ロザリアには嫌われていると思っていたから…」
「え?!なぜ?!」
心底驚いたロザリアは、つい素で聞き返してしまった。

「あんまりおしゃべりとかしてくれないし、お茶の時間も別々だし。それに、やっぱり、わたし、ロザリアに比べたら、全然育成もできてないし」
アンジェリークは叱られた子犬のように、しゅんとうなだれている。
耳と尻尾があれば、ぺたんと伏せられているに違いない。
ロザリアは焦った。
アンジェリークのいうことは全部真実だが、全然違う。
おしゃべりだって、お茶だって、本当はめちゃくちゃ一緒にしたいのだ。
けれど、今まで物陰から覗いてきただけのロザリアにとって、いきなり親しくおしゃべりをするというのはハードルが高すぎた。
小言や指摘なら言いやすいけれど、雑談、というのは難しい。
アンジェリークのことなら、趣味だって、好きなアイドルだって、好きなスイーツだって知っているから、話のネタには困らないだろう。
ただただ、どうしたら誘えるのか、おしゃべりのきっかけをどう始めればいいのか。
本当にわからなかったのだ。

「…今日のお茶、ご一緒してあげてもよろしくてよ」
頭の中の混乱を見せないようにふるまえば、また、そんな言葉しか出てこない。
けれど、アンジェリークはぱっと顔を輝かせて、ロザリアの両手をつかんだ。
「お茶!庭園のカフェとか行ってみない?美味しいケーキがあるらしいの」
耳と尻尾がぱたぱたしている幻覚が見えて、ロザリアは頷いた。
「ええ。そういたしましょう」
「それまでに、このノートも勉強しておくね!ルヴァ様に教えてもらおっと」
ロザリアの渡したノートをぎゅっと抱きしめたまま、アンジェリークは馬車から飛び降りると、スキップするように聖殿にはしりこんで行く。
「もう、どうして、いちいちあんなに可愛いのかしら」
金の髪に赤いリボンをひらひらさせながら、子ウサギのように跳ねるアンジェリークの背中を見て、ロザリアはつい声に出してしまった。

すると
「え?可愛い?」
「ええ。とっても可愛いですわ。可愛すぎて可愛すぎて震えますわね」
返事をしてから気が付いた。
ロザリアのすぐ後ろに立って、アンジェリークの後ろ姿を眺めているのは、夢の守護聖オリヴィエだ。
「そうだね、たしかに可愛いかも」
オリヴィエは、しゃらんと金の腕輪を鳴らして、指を顎にかけている。
考えるような仕草だが、なぜかとても艶っぽくて、朝なのに、彼の周囲だけ真夜中のような危険な雰囲気。
オスカーとは違うけれど、何かの妖しいフェロモンが出ている感じだ。

「ウサギ…ううん、子犬、かな」
ロザリアの思考を読み取られたような気がして、どきりと心臓が跳ねる。
そして、消えていったアンジェリークを視線で追うようなオリヴィエに、ロザリアはいやな予感でいっぱいになった。
まさか、彼も。

「あの、オリヴィエ様。アンジェリークはやめておいてくださいませね」
「ん?」
「アンジェリークにはもう、決まったお相手がいるのです」
「え?そうなの?」
まだロザリアの妄想に過ぎないが、アンジェリークの相手は絶対にオスカーに決まっている。
抱きとめられた時のアンジェリークの様子からして、好意があるのは間違いないし、どう見ても、絶対に、オスカーとのカップリングが最高なのだ。
正統派ヒロインには正統派ヒーロー。
これは全宇宙の鉄板だ。

「ですから、くれぐれもご遠慮くださいませ。…手を出そうとなさったら、わたくしが許しませんわよ」
言い切って、ロザリアはオリヴィエをまじまじと見た。
守護聖はなぜか意味もなく、全員美形だ。
メイクや派手な衣装で幻惑されるけれど、オリヴィエも120%美形なのは間違いない。
…もし、オリヴィエが本気でアンジェリークを好きだとしたら。
これが世に言う、三角関係の当て馬的立場。
アンジェリークとオスカーの恋に立ちはだかる障害として、欠かせない存在になるのかもしれない。

「…オリヴィエ様はオスカー様の弱みを握っていたりなさいますの?」
「え?まあ、長い付き合いだし、それなりにはあるかもね」
いきなりの突拍子もない質問に、オリヴィエは目を丸くしつつ、羽飾りをひらひらして答えた。
「やっぱり。それで脅して、アンジェリークを…」
オリヴィエの腕の中にとらわれて、必死にもがくアンジェリークの姿が浮かぶ。
「アンジェ?」
そこに颯爽と現れる、白馬の騎士オスカー。
今やロザリアの脳内は、飛空都市という特殊空間とシンクロして、すっかりファンタジーに染まっていた。

「でも、オスカー様はそんなことで真実の愛をあきらめたりはなさいませんわ」
「真実の愛?」
「ええ、オリヴィエ様。無駄なことでしてよ」
ほーほっほほ、と腰に手を当てて高笑いするロザリアに、正直、オリヴィエは困惑していた。
ロザリアの言っていることの意味が一ミリもわからない。
アンジェリークの決まった相手というのがオスカーということなのか。
ひとしきり笑ったロザリアは、オリヴィエをじろりと頭の上からつま先まで目を細めて眺めると、つんと顎を上げて、スタスタ歩いて行ってしまった。
「なんなの?!」
オリヴィエはただ呆然と首をかしげるしかなかったのだった。