私の推し様!

Blue Rose Festival 2022


お茶の時間まで、ロザリアはずっと落ち着かず、そわそわしていた。
アンジェリークとの記念すべき初お茶!
気合を入れすぎても変だし、おかしなことをして嫌われても困る。
悩んだ末、ロザリアはいつもの服で、10分前には庭園のカフェの前にいた。
すでにいろいろの根回しはすんでいて、あとは、上手くいくことを願うだけだ。
ちょっとだけアンジェリークに申し訳ないと思わなくもなかったが、これもひとえに神カプのため。
最終的にはアンジェリークの幸せになる、とロザリアは信じて疑わなかった。

「ロザリア!待った?」
キラキラと金の髪をなびかせて、アンジェリークがかけてくる。
あのアンジェリークがロザリアのために走っている…!尊い…!!
その感動に浸っていると、アンジェリークはすぐ目の前に立っていて、緑の瞳にロザリアの姿がはっきり映っている。
焦りと感動でまごまごしていると、アンジェリークがぐいっと腕を引いてきた。
「ケーキ、すごく楽しみなの!ロザリアはどんなケーキが好き?」
予定通り、入り口近くのテラス席に向かい合って座る。
小さな丸テーブル一つはさんだだけの近すぎる距離感に、ロザリアの心臓はドキドキしっぱなしだ。

「わたくしはロイヤルミルクティーを」
「じゃ、わたしもそれにしようかな。初めてだから楽しみ。ケーキはどれにする?チョコレートもいいし、やっぱりイチゴショートも捨てがたい…。うーん、迷っちゃう」
「それなら、わたくしと半分こしませんこと?そうすればどちらも食べられますわ」
「え!いいの?ロザリアと半分こなんて、すごく嬉しい」
うふふ、と無邪気に微笑むアンジェリークは、本当にとても嬉しそうだ。
つられてロザリアもつい頬が緩んでしまう。
最推しと初めての二人きりデート。
嬉しくないはずがないし、まるで夢見心地だ。
「美味しい!でも、ちょっとお砂糖入れちゃお」
サーブされたロイヤルミルクティーを両手で抱えて一口飲んだアンジェリークは、ぺろっと舌を出して、砂糖ツボに手を伸ばした。
一個、二個、三個。
アンジェリークがいつも砂糖を三個いれることは、とっくの昔に知っている。
だから。

ごくごくとロイヤルミルクティーを飲んだアンジェリークは、怪訝そうに眉をひそめて、カップの中身を眺めている。
続けて運ばれてきたケーキを食べても、アンジェリークの表情は浮かないままだ。
「チョコレートもどうぞ。濃厚で美味しいですわ」
ロザリアが半分に切ったチョコレートケーキを渡すと、アンジェリークはパッと瞳を輝かせて、フォークを突き刺した。
あーんと大きな一口。
けれど、もぐもぐとかみしめ、ごくりと飲み込んでも、アンジェリークは首をかしげている。
「…なんか…甘くない。変な味」
うるうると緑の瞳を潤ませて、アンジェリークは今にも泣きそうだ。
「ケーキも、ミルクティーも、なんか…いつもと違うの」
「まあ!」
ロザリアは立ち上がり、アンジェリークの隣の席へ移ると、彼女の額に手を当てた。
体温高めのアンジェリークの額はロザリアの手よりも暖かく、柔らかい。

「…少し熱いかしら?」
「そんな感じはないけどなあ」
「そういえば、最近、たちの悪い風邪が流行っていて、罹ると味覚障害があったりすると聞きましたわ」
「えっ!」
「もしかしたら、これから熱が上がったりするのかも…」
ロザリアの言葉にアンジェリークはハッと気が付いたように、目を瞬かせた。

「もしも、その風邪だったら、ロザリアに移っちゃうわ。離れなきゃ!」
椅子が転がりそうな勢いで立ち上がったアンジェリークをロザリアが押しとどめる。
「そんなこと気になさらないでよろしくてよ。それよりも、アンジェが心配ですもの。今日はもう候補寮に戻った方がいいかもしれませんわね」
ロザリアはきょろきょろとあたりを見回した。
予定通りなら、そろそろお目当ての人物が現れるはずなのだが…。

「この後、ルヴァ様に勉強を教えていただく予定だったんだけどな…」
自分の額に手を当てて、熱を気にしている様子のアンジェリークは、困り顔の子犬のように可愛い。
よしよししたくなる気持ちをグッと抑えていると、やっと待っていた人物が視界に入る。
ロザリアは自然な動作を意識して立ち上がると、外の人物に向けて大きく手を振った。

「オスカー様!ちょうどいいところに!少しお願いがありますの」
ロザリアのただならない様子に、オスカーはすぐに速足でカフェまで来てくれた。
女性のお願いを断らないオスカーなら、必ず手伝ってくれるだろうと、これまた予想したとおりだ。
「どうしたんだ?お嬢ちゃん二人そろって」
目ざといオスカーは、すぐにいつもと違うアンジェリークに気が付いたらしい。
「具合でも悪いのか?」
アンジェリークの前に跪いたかと思うと、額の金の髪を手ですくい、顔を覗き込んだ。

きゃ!
このシーン、激萌えですわ!
ロザリアは心の中で、手足をばたつかせて絶叫していた。
凛々しい騎士が、姫の前に跪き、甲斐甲斐しく世話をする。
アンジェリークのふわふわした金の髪とオスカーの鮮やかな緋色の髪のコントラストも美しく、最強の可愛らしさと美形の組み合わせは、下手な絵画なんかよりもずっと綺麗で見惚れてしまう。
スチル採用決定!!
深呼吸して、このシーンを心の印画紙に焼き付けたロザリアは、次のシーンに移るべく、行動を起こした。

「オスカー様、アンジェは調子が悪いみたいですの。もしも、お時間がありましたら、お部屋まで送っていただけませんか?」
「ああ、もちろんかまわないさ」
「ありがとうございます」
アンジェリークの返事を待たず、オスカーは彼女の体をふわりと抱き上げた。
さすが日々、体を鍛えているだけあって、まるで重さを感じさせない抱き上げ方だ。
単に女性の扱いに手慣れているだけかもしれないが。

ああ、これですわ……。
ロザリアは目の前で繰り広げられている、強烈な萌えシーンに、心の中でもんどりうっていた。
今日、アンジェリークとお茶の約束をした時から、このシーンを見ることを切望していたのだ。
その名も『お姫様抱っこ』
騎士と姫の物語には、必ずといっていいほど存在する、定番の萌えシーンだ。
最推しの最高の萌え!
一枚絵のスチルもびっくりの美麗な光景に、ロザリアの心は舞い上がってしまう。

「…青い瞳のお嬢ちゃんも熱があるんじゃないのか?」
怪訝なオスカーの声に、ロザリアは我に返った。
妄想が広がりすぎて、魔女役のオリヴィエがアンジェリーク姫を攫い、騎士オスカーと剣で戦うところまで話が進んでいた。
興奮のあまり、頬が熱くなって瞳が潤んでいたのを、どうやらオスカーは勘違いしたらしい。
ロザリアは、自らを落ち着かせるために、こほんと咳ばらいを一つすると、いつものクールな笑みを浮かべた。

「わたくしは大丈夫です」
「そうか」
「あの、オスカー様、わたしも大丈夫です…」
恥ずかしさからか、消え入りそうな声でアンジェリークが訴えているが、ロザリアはそれをさえぎった。
「いけませんわ。アンジェ。無理したら悪化してしまうかもしれませんもの。早く、候補寮へ戻りましょう」
ロザリアが先に立って歩き出すと、アンジェリークをお姫様抱っこしたまま、オスカーが付いてくる。

「オスカー様、わたし、重いので…」
「ん?お嬢ちゃんはまるで天使の羽のように軽いさ」
二人の話し声を聞き逃さないように、ロザリアは全力で耳を伸ばした。
先に歩いていたが、スピードを徐々に落とし、なるべく二人に近づくように調整することも忘れない。
「疲れがたまっているんじゃないか?俺に手伝えることがあったら、いつでも言ってくれ」
優しいオスカーの言葉はまさに姫を気遣う騎士そのもので、ロザリアはうっとりと聞き惚れた。
小さく頷くアンジェリークの気配。
ロザリアはいっそう歩調を緩めて、彼ら二人の後ろに回る。
その方が凝視してもバレにくいし、声が聞き取りやすいからだ。
お姫様抱っこの二人の姿は、まばゆいほどに神々しく、見ているだけで命の洗濯をされるような気がする。
ロザリアは思わず、二人を拝んでしまっていた。


オスカーはゆうゆうとアンジェリークを抱えて、候補寮の部屋まで連れ帰ってくれる。
ベッドに下し、手を額に当ててアンジェリークの熱を測ると、
「熱はなさそうだが、今日は横になっていた方がいいな。なにか頼みごとがあれば、こっちのお嬢ちゃんに言うといい」
そう言って、布団をかけ、ロザリアに視線を向けてきた。
またうっかり見惚れていたロザリアは、慌ててクールに顔を作る。
「たった二人の女王候補だ。助けてやってくれるよな」
「もちろんですわ。アンジェリークのことならお任せください」
若干、食い気味に胸を張ってこたえると、オスカーは怪訝そうな表情を見せたが、すぐに快活に笑った。

「ずいぶん仲がいいんだな。安心したぜ」
そして、アンジェリークの布団をぽんぽんと叩き
「早くよくなれよ」
甘いウインクを飛ばしている。
今までのロザリアなら、それをチャラいと一刀両断していただろうが、もう違う。
騎士にウインクされ、頬を染めるアンジェリーク姫の妄想で頭がいっぱいだ。
お話なら、この後、姫が眠りにつくまで騎士が手を握るのだか…。
あっさり帰ってしまったオスカーに少しがっかりしつつ、代わりにロザリアがそばにいてあげることにした。


アンジェリークが眠りについた後、自室に戻ったロザリアは、心のアルバムから今日の出来事を取り出して、思い返していた。
アンジェリークの可愛さに、もうオスカーはメロメロになっているように感じる。
跪いたシーン、お姫様抱っこのシーン。
どれも秀逸で、永久保存間違いなしだ。

実は、この『お姫様抱っこ』を見るために、ロザリアはちょっとだけ細工をした。
『甘さを感じにくくする』作用のある薬を、カフェの角砂糖に混ぜておいたのだ。
オスカーをあの時刻にカフェに来るように、こっそり匿名の伝言を残して。
思惑通りにことが進み、ロザリアの心のアルバムには名シーンがばっちり記憶されることになった。
できれば、本物の写真が欲しいところだが、それは仕方がない。
「本当に神カプですわ」
うっとりとつぶやいたロザリアは、早速、頭の中で次の作戦を考え始めたのだった。



まずはアンジェリークとオスカーが一緒にいる時間を増やすこと。
そこから二人のいろんなシチュエーションがでてくるに違いない。
馬車を降りたロザリアは、アンジェリークを連れ、聖殿の廊下を歩いていた。
今朝、候補寮を出る前に、わざとペン入れを忘れたふりをして、時間をずらしたのだ。
それもこれも…
「よう、お嬢ちゃんたち」
ちょうど執務室に出仕しようとしていたオスカーとすれ違う、タイミングばっちりの時間。
「朝一でお嬢ちゃんたちの笑顔が見られるとは、幸運だな」
いつも通りの甘いセリフとともに、オスカーが近づいてくる。
まさにロザリアの狙い通りだ。

そこですかさず
「あら、アンジェリーク、頭になにかついていますわ」
「え?」
アンジェリークが頭に手をやって、確かめようとするが、
「もっと奥ですわ」
「このへん?」
ロザリアの指示とはすれ違ってしまう。

二人の少女の悪戦苦闘を見かねたのか、オスカーが割り込んできた。
「どれ、俺が見てやろう。……なにもついていないが」
オスカーはアンジェリークの頭に手を置くと、ぽんぽんと数回、軽く叩くような仕草をする。
「もう大丈夫だ。綺麗な髪だぜ」
「ありがとうございます」
アンジェリークはオスカーを上目遣いで見上げて、照れたように頬を赤らめている。
ロザリアは心の中で喝采を上げていた。
これが『頭ポンポン』!
なるほど、納得の破壊力のある萌えシチュだ。
包容力のある騎士と恥ずかしがり屋の姫のくすぐったいやり取り。
むず痒いほど甘い雰囲気がたまらない。
そっと心のアルバムに『頭ポンポン』を焼き付けたロザリアは、まだ頭を気にしているアンジェリークと、それぞれの育成へ向かったのだった。


まだまだ、神カプの萌えシチュを見たい。
邪な願望でいっぱいのロザリアは、日の曜日、オスカーとアンジェリークをそれぞれに誘い、森の湖に出かけることにした。
「今度の日の曜日はお勉強しようかと思っていたんだけど…」
先日の病気騒ぎで、アンジェリークの育成はまた少し遅れてしまっている。
ちょっとだけ渋ったアンジェリークに、ロザリアはまたノートを作って渡すという約束で、なんとか頷かせた。

「あのね、ロザリアのノート、とってもよくできてるって、ルヴァ様も褒めてたのよ!」
アンジェリークからの手放しの賛辞に、ロザリアは嬉しくて飛び跳ねたい気持ちをぐっとこらえた。
ロザリアの中で、自分が女王になることは決まっている。
そして、その補佐官には絶対にアンジェリークになってもらいたいのだ。
現女王とディアのように、支えあう関係になって、ずっとアンジェリークのそばにいる。
その野望のためには、あまりにもアンジェリークが不出来では困るのだ。
誰が選んでも納得できるような補佐官になってほしい。
すごく自分勝手であることは承知しているが、だからこそ、ロザリアはエリューシオンの育成にも気を配っているし、アンジェリークの手助けも惜しまなかった。