私の推し様!

Blue Rose Festival 2022


アンジェリークが告白するとしたら、森の湖だろう。
恋人たちの湖と別名があるほど、告白の成功率がアップすると、聖地では有名らしいのだ。
「飛空都市でも同じ効果かわかんないけど…」
そう言いながらも、あの緑の瞳をキラキラさせていたから、間違いはない。
図書館の奥の席からは、森の湖へ続く小道がよく見える。
ここで外を警戒していれば、アンジェリークが森の湖に行くタイミングで、後をつけることができるはずだ。

ノートを開いて今までの復習の作業をしていると、聖殿の方からアンジェリークが歩いてくる。
時刻は15時。
予想よりも早い登場に、ロザリアは慌てて道具を片付けると、アンジェリークの後ろに忍んだ。
スタスタとよそ見を一切せずに、湖に歩いていくアンジェリーク。
彼女の横顔はとても真剣で、まさにこれから戦いに赴く戦士のような佇まいだ。
ロザリアが後をつけていることにも全く気が付く様子がない。
湖のほとりまでやってきたアンジェリークは肩を大きく上下させて、時々大きく息を吐き出している。
その深呼吸も不自然で、相当に緊張しているのだろう。
木の陰に隠れて様子を伺っているロザリアも、心臓が飛び出しそうなほどドキドキが止まらない。

滝の水音は清かで、さわさわと木の葉がこすれる自然のオーケストラの中、優しい木漏れ日が湖を照らし出している。
空気中の水蒸気の一粒一粒が光を反射して、キラキラとアンジェリークの周囲を舞っているようだ。
輝くオーラはアンジェリーク自身なのかもしれない。
両手を軽く組み、目を伏せている彼女の姿は、あの入学式の日とよく似ていて、神聖ですらあった。


ざわざわと木々が揺れ、遠くから足音が聞こえてくる。
いよいよ彼がやってきたのか。
しゃがみこんだ姿勢で、アンジェリークの方を伺うと、木の陰の向こうから人影が見える。
ガサガサごそごそとなんだか冴えない足取りで近づいてきたのは、なんと地の守護聖ルヴァだ。
聖殿から少し距離のあるこの湖まで来るのに疲れたのか、若干、ルヴァの息は弾んでいる。
きっと本の虫すぎて、運動不足なのだろう。

湖のほとりにたたずむアンジェリークを見て、ルヴァはぎょっとしたように目を丸くして、ぴたりと足を止めた。
見つめあう目と目。
二人ともこんなところで出会うと思ってもいなかったのか、声も出ないようだ。
ロザリアは木の陰で、イライラと気をもんでいた。
アンジェリークはともかく、ルヴァときたら、知を司る守護聖にしては鈍感すぎる。
この場所に、アンジェリークが人待ち顔で立っていることに関して、もう少し頭を働かせて、さっと立ち去るくらいの気配りが欲しい。
もしオスカーと鉢合わせするようなことにでもなったら、どうするのか。
ぼーっと突っ立っているルヴァに、なんとかしてどこかに行ってほしいと願い、小石を拾い上げたロザリアだったが、
「ルヴァ様」
アンジェリークの震える声で、動きを止めた。

「ルヴァ様、お待ちしていました」
え?!
ロザリアの頭の中でハテナマークが飛び交う。
アンジェリークが待っていたのは、ルヴァなのか。
なぜ?どうして?
ルヴァになんの用が?
いったいここで、何が行われようとしているのか、ロザリアの頭がついていかない。

「あの、ルヴァ様、女王候補であるわたしが、こんなことを言うのは不謹慎だとわかっています。でも、わたしの気持ちをどうしてもルヴァ様に知ってほしいんです」
いきなり始まったアンジェリークの口上に、ロザリアの頭はさらに大混乱だ。
予想と違う。
というか、予想もしていなかった。

「わたし、ルヴァ様が好きなんです…!」

「え!!!!!!!」
思わず叫び声をあげそうになったロザリアの口を、大きな手がふさぐ。
大きいけれど、すべすべした白い肌と、背中から漂う、華やかな花の香り。
よく知ったその香りは、オリヴィエのものだ。
オリヴィエはロザリアを背中から抱きしめるように手を回し、その掌で口をふさいでいる。

「しっ。邪魔しちゃダメでしょ」
なぜ、オリヴィエがここにいるのか。
このことを知っていたのか。
聞きたいことはいっぱいあったが、今、声を出すべきではないことはロザリアにもわかる。
うんうんと首を縦に動かして静かにすると約束すると、やっとオリヴィエが手を離し、ロザリアは目の前の光景を凝視した。


真っ赤な顔をしたアンジェリークとルヴァが互いに見つめあっている。
不思議とそこだけがふんわりと暖かい別世界のようだ。
「アンジェリーク…。貴女は本当に勇気のある女性です」
ふう、と大きなため息をつくルヴァ。
「いえ、私が意気地なしなんでしょうね。貴女がこうして勇気を出してくれた今でも、まだ迷っているんですから…」
言葉を一つ一つ選ぶようにしてゆっくり話す姿はいつものルヴァだが、彼の袖から出る手は小刻みに震えている。
相当、緊張しているのだろう。
思案するようにうつむきがちな立ち姿は、お世辞にも森の仙人、もしくは賢者くらいで、メインのヒーローというよりはモブに近い。
決して、イケメンでないわけではないけれど、全体的に地味なのだ。
実際、アンジェリークと並んでいても、ロザリアのときめくようなスチルとは言えない。
森が舞台のほのぼのとした絵本。
そんな感じだ。

ルヴァはすう、と大きく息をはいた。
そして、
「私も貴女を愛しています。たとえ貴女が女王候補であっても、そうでなくても、たとえ、永遠に離れて生きることになったとしても、私の心は貴女を思い続けるでしょう」
はっきりとした言葉は、ロザリアのところまで聞えた。
アンジェリークはルヴァが好きで、ルヴァもまたアンジェリークを愛している。
いわゆる、相思相愛で両想い。

駆けだして、ルヴァの胸に飛び込んだアンジェリークは、肩を震わせて涙を流している。
美しく純粋な喜びの涙。
木々の隙間から差し込む木漏れ日が二人を照らし、キラキラと金のオーラに包まれているようだ。
あの入学式の日、ロザリアが見惚れたアンジェリークの姿と同じ。
まるで、彼女の背に黄金の翼があるような、まばゆい輝きだった。


ロザリアは呆然と抱きしめあう二人の姿を見つめていた。
アンジェリークにはオスカーが似合うと、それしか考えていなかった。
天使のようなアンジェリークに見目麗しい騎士姿のオスカー。
騎士と姫の許されない恋物語を、守護聖と女王候補の恋物語に重ね合わせて、勝手に妄想して。
神カプの萌えシーンだと、一人勘違いしていた。
今、ルヴァと一緒にいるアンジェリークを見ていれば、萌えシーンなんて、ただの画像だ。
泣きながらでも幸せそうな笑顔を浮かべるアンジェリークは、ロザリアの心のアルバムのどのアンジェリークよりも、可愛らしく神々しい。


じっと黙ったまま、ピクリとも動かないロザリアの頭を、オリヴィエはよしよしと撫でていた。
ロザリアがびっくりしているのも無理はない。
彼女のファンタジーな世界観で、地味なルヴァは全く眼中になかったはずだ。

オリヴィエが二人があやしいと気が付いたのは、かなり前のこと。
アンジェリークはみんなとそれなりに仲が良く、にこにこして愛想がいい。
ただルヴァに育成の相談をしたり、勉強を教えてもらっているということは、隣の執務室に出入りするアンジェリークの姿を見て知っていた。
思えば、最初から、アンジェリークはルヴァには警戒心が少なかった気がする。
あのルヴァの特有の緩い雰囲気のせいと思っていたが、もしかしたら、好みのタイプだったのかもしれない。
「ルヴァ様って、なんかほっとけない感じがするんですよね…」
お茶をしながら、守護聖の印象を聞いたとき、そんなことを話していたから。

「オリヴィエ様はご存じだったのですね」
恨めし気なロザリアが頭の上のオリヴィエの手を振り払う。
「どうして教えてくださらなかったんです?わたくしが勘違いして喜んでいるのを見て、楽しんでいらしたの?」
声の大きさこそ控えているが、ロザリアの口調は怒りに満ちている。
プライドの高い彼女にしてみれば、それは許せない裏切りと感じるだろう。

オリヴィエは
「そんなこと…」
言えなかった、と言いかけて、なぜだろうと考えた。
別に面白がっていたつもりはないし、ロザリアをだまそうとしたわけでもない。
ただ。
アンジェリークのことを話すロザリアは、とてもキラキラしていて。
オスカーとの神カプの話をしているときはとても楽しそうで。
萌えシーンの手伝いをすると、すごく喜んでくれて。

「ああ、そっか。…そういうことか」
オリヴィエが本当のことを言えなかった理由。
それは、ロザリアと過ごす時間がとても楽しくて、手放したくなかったからだ。
「…ごめん」
自分勝手な理由で、ロザリアを傷つけてしまったことは事実で、謝るしかできない。

ロザリアはぐっと唇をかみしめて、頭を下げているオリヴィエをにらみつけた。
けれど、本当はオリヴィエが悪いわけではない、ともわかっている。
ずっとアンジェリークを『推し』てきたつもりだった。
誰よりもアンジェリークのことを見て、影ながらでも助けになれるように心がけていたはずだった。
飛空都市に来て、同じ女王候補と知った時の天にも昇る心地。
一番近くで親友というポジションを得て、当たり前にアンジェリークの笑顔を見られるようになって。
それなのに、実はアンジェリークの心には全然寄り添えていなかったのだということが、みじめで悲しい。
いったい、アンジェリークの何を見ていたのか。
勝手に自分の中の天使な姫にアンジェリークを当てはめて楽しんでいたのは、ロザリア自身。
オリヴィエへの怒りはただの八つ当たりだ。
馬鹿で自分勝手。
こみあげてくる涙をこらえて、ひたすらスカートを握りしめていると。


「あれ?ロザリア?」
なんだかんだでゴタゴタうるさかったのだろう。
アンジェリークがロザリアに気がついて、木の陰まで走り寄ってきた。
「心配してきてくれたのね!うふ、あのね、えっとね、わたし、がんばったの。そしたら、ルヴァ様も同じって言ってくれたの」
まぶしいほどに輝く笑顔で、ロザリアに話しかけるアンジェリークは、やっぱり天使のように可愛らしい。
太陽の光をはじいて輝く金の髪も。
うっすらと染まる桃色の頬も。
つやつやした唇も、なにもかもがロザリアの憧れの天使の姿だ。

「アンジェリーク…」
「なあに?」
アンジェリークは小首をかしげて、ロザリアの言葉を待っている。
キラキラした緑の瞳がじっとロザリアを見つめていて、ロザリアの胸はきゅーんと痛み出した。
苦しいけれど甘い痛みは、むくむくと湧き上がる『愛』。
可愛い。推せる。大好き。
心の底から、愛しくてたまらない気持ちがあふれだして止まらなくなった。

「わたくし、ずっとアンジェリークを大切にしますわ!女王試験が終わっても、死ぬまで!!」
ぐっとこぶしを天に突き上げ、正々堂々と宣言する。
たとえアンジェリークが誰を好きでもかまわないし、女王でもなんでもいい。
どうせ、この湧き上がる『愛』はどうやっても消せないのだから。

「え、嬉しい!わたしもずっとロザリアと一緒にいたいな。ねえ、もし、どっちかが女王になったら、どっちかが女王補佐官になって、一緒に聖地に行きましょうね」
いかにも名案を思いついたと言わんばかりに、こぶしをポンとたたいたアンジェリークは、とても嬉しそうにニコニコ笑っている。

「…女王になるのはわたくしよ」
「うん、わたしはどっちでもいい!」
ロザリアは思った。
ああ、やっぱり可愛い。好き。
この笑顔を守るためなら、なんでもできる。
飛びついてきたアンジェリークを抱きしめながら、ふと、以前にアーニャに言われた言葉を思い出した。

『推しの幸せは私の幸せ』

今ならその言葉の意味がはっきりと理解できる。
アンジェリークの幸せな笑顔はロザリアを幸せにしてくれるのだ。
「ありがとう、アンジェリーク」
「え?どうして?わたし、なにもしてないわ」
「わからなくてもいいんですの。わたくしは、貴女と出会えて、本当に幸せですわ」

こんなにも『推せる』存在に出会えたこと。
ロザリアの日常に鮮やかな色を与えてくれること。
なにもかもが、アンジェリークのおかげだ。
そういって、笑ったロザリアの笑顔は、アンジェリークに優るとも劣らない、天使のような素敵な笑顔だった。