私の推し様!

Blue Rose Festival 2022


しばらくの後。
ロザリアはオリヴィエの執務室で、午後のお茶を過ごしていた。
あの件の後ろめたさからか、最近のオリヴィエは気味が悪いほどサービスがいい。
ロザリアの好みをお茶を用意してくれたり、わざわざ主星の有名店からロザリアの好きなスイーツを取り寄せてくれたり。
今日も、美味しいマカロンが手に入ったと、声をかけられて、まんまと連れてこられてしまった。
正直、餌付けされているような気がしなくもないが、どうせ、ランチもティータイムもアンジェリークはルヴァと一緒で、一人だからちょうどいいのだ。

「美味しい」
ひとくち齧って、ロザリアは感嘆の声をあげた。
表面はさくっと中身はふわっと。
中央のクリームは柑橘系で爽やかなのに、コックは濃厚なホワイトチョコ風味でバランスがいい。
つい、隣の紫のマカロンも気になって、立て続けに食べてしまった。
こちらはベリー系のコックに紅茶風味のクリームがとても合っている。
「ふふ、このピスタチオも美味しいよ」
さらにもう一つを勧めてくるオリヴィエを、ロザリアは軽くにらんだ。
飛空都市ではただでさえ運動不足になりがちなのに、美味しいものばかりでは未来が怖い。


「…もしかして、まだ怒ってる?」
ロザリアのにらみを勘違いしたのか、オリヴィエが困ったように尋ねてきた。
黒い羽根飾りをせわしなくひらひらさせているのは、動揺の表れなのだろうか。
だとすれば、マイペース風なオリヴィエにも、ちょっと可愛いところがある。
ロザリアはこほんと咳ばらいを一つすると、青い瞳をまっすぐに向け、居住まいを正した。

「いいえ。怒ってなどいませんわ。もともとオリヴィエ様に非はありませんもの」
「ホントに?」
「はい。本当です」
じっとオリヴィエのダークブルーの瞳がロザリアの瞳とぶつかる。
一つも嘘などないのだから、いくらでも見てくれてかまわない。
ロザリアは堂々と顎をあげ、オリヴィエの探る視線を受け止めた。
しばらく見つめあった後、オリヴィエはようやく安心したように、羽飾りを首に戻すと、
「ん、信じるよ」
ふっと笑ってウインクを飛ばしてきた。

「ありがとうございます。…では、早速、またお手伝いをしていただけますでしょうか?」
「手伝い?なんの?」
もう萌えシーンの収集はやめたのでは?
不思議そうに聞き返して、オリヴィエは鮮やかなレモン色のマカロンをつまんだ。

すると、ロザリアはうっとりと天を見つめながら、
「もちろん、新たな萌えシーンのためですわ!よく考えたら、騎士と姫というヒストリカルロマンスは少し古い気がしましたの。これからの時代は学園ものですわね。ルヴァ先生と可愛い教え子アンジェリークの禁断の恋!お互いの秘めた思いが、ふとした瞬間にあふれ出るんですの。想像しただけで萌えませんこと?!」
興奮した面持ちで語り始めたのだ。

「が、学園もの?!」
「そう、教師と生徒のシチュエーションでしたら、ルヴァ様とアンジェリークはまさに神カプですわ!」
「教師と生徒…」
「まずは机に座って勉強するアンジェリークの背後からルヴァ先生が間違いを指摘するシーンなんていかがかしら?それとも、黒板での壁ドン?ああ、うっかり押し倒して、真っ赤になるルヴァ先生も捨てがたいですわね…」

悩み始めたロザリアを前に、オリヴィエはマカロンをもぐもぐと食べた。
正直、もっとしょげているかと思ったが、ロザリアのバイタリティには恐れ入る。
そして、実に悔しいことだが、アンジェリークのことを考えているロザリアはとても美しい。
青い瞳はキラキラと輝いているし、赤らんだ頬も生き生きとしている。
ロザリアがこんな顔をするのは、アンジェリークのことだけ。
そして、なにより不思議なのは、どうもオリヴィエは、『アンジェリークのことを考えているときのロザリア』がたまらなく魅力的に思えるのだ。

「ねえ、聞いてもいい?他の誰かを好きな女の子を好きになるって辛くない?」
ため息交じりのオリヴィエに、一瞬、ロザリアは眉を下げ、同情するような顔をした。
けれどすぐに立ち上がると、腰に手を当てて、高笑いのポーズをとる。
「まあ、オリヴィエ様、辛い恋をされているのですね。でも、大丈夫ですわ!」
「…大丈夫?」
「ええ、相手が誰を好きとかそんなのは全部取っ払って、ひたすら自分の『好き』を追求すればいいのですわ!見返りを求めない、究極の愛。それが『推す』ということですのよ。さあ、わたくしと一緒に素晴らしい『推し』の世界に飛び込みましょう!」

ロザリアは鼻息荒く、オリヴィエの手をつかんで、本当に今にも飛び立ちそうな勢いだ。
彼女との付き合いもそこそこになった今、言っていることが1ミリくらいはわかるようになったつもりだけれど。
やっぱりまだまだ理解不能だ。
オリヴィエはロザリアの細い指に包まれた手をじっと見て考える。
手をつなぐというよりは、掴まれた、だけれど、触れ合っていることは間違いようのない事実。
彼女の手は、すこしひんやりとしているが、滑らかで美しい。
もしもアンジェリークとルヴァが手をつないでいたら、ギャーギャー騒ぐくせに、自分の時のこの鈍感さはなんだろう。
ちょっとくらいときめいたりしてもいいのでは?と、オリヴィエは思うけれど、ロザリアの青い瞳には一点の曇りもなく、ひたすらにピュアに輝いている。


「オリヴィエ様の推しの話は後でゆっくり伺いますから、とりあえず、わたくしのお手伝いをしてくださいません?このマカロンを差し入れて、二人にあーんをさせましょう。神萌えシーン間違いなしですわね」
にっこりと悪だくみを強要するロザリアは本当に楽しそうで、きらきらまぶしい。
「あーん、か。いいね。じゃあ、ルヴァたちの前にまずは、あんたからやってみよっか」
オリヴィエがつまんだマカロンをロザリアの口の前に差し出すと、ロザリアは少し悩んだ様子を見せながら、ぱくりとくわえた。
まさに、オリヴィエから「あーん」されているのだが。
「…自分がやっても萌えませんわね」
「そう?私は結構楽しいよ」

途端に上機嫌になったオリヴィエの笑顔に、ロザリアはほんの少しドキッとする。
マスカラに縁どられた蠱惑的なダークブルーの瞳。
艶っぽく光る唇。
一見、女性的だけれど、その手はやはり力強い男性のもので。
本当にちょっとだけ、ちょっとだけだけれど、うっかりドキッとしてしまった自分がなんだか恥ずかしい。
「オリヴィエ様って、絶対変ですわ!もう、知りません!」
ロザリアは負け惜しみのような捨て台詞で飛び出し、そのままの勢いで、隣のルヴァの執務室に突撃した。



かび臭い本の匂いの中に、かすかな緑の葉の匂い。
ルヴァの好きな緑茶という飲み物の香りだ。
落ち着いた雰囲気は、まるでオリヴィエの執務室とは違っていて、逆にロザリアは落ち着かない気持ちになる。
そして、やっぱり、アンジェリークはそこにいて、
「あ、ロザリア。一緒にお茶しない?緑茶、すごくほっこりするのよ」
ロザリアにキラキラの笑顔を向けてくる。
もちろん、ルヴァと一緒だからこその100万倍増しのキラキラなのだろうけれど、そんなことはどうでもいい。

ロザリアはさっきちょっとだけオリヴィエにドキッとしたことなど、きれいさっぱり忘れ去ると、
可愛い!大好き!!推せる!!!
やっぱり推し様はアンジェリークしかいない!!!!
心の中で崖に立ち、海に向かって猛烈に叫んでいた。

そのまま、ふらふら引き寄せられるように、アンジェリークの隣に腰を下ろすと、ふわっとした金の髪から甘い香りが漂って、思わず大きく息を吸い込んだ。
マカロンよりも甘くて美味しそうな幸せの香り。
この香りで肺をいっぱいいにしたら、身体の奥から愛があふれてくるような気がする。
「あら、それではご一緒しようかしら。このマカロンもお茶うけにいたしましょう。オリヴィエ様がくださったのよ」
ほとんど強奪してきたようなものだが、アンジェリークに捧げるスイーツになれるなら、このマカロンたちも本望なはずだ。
オリヴィエに食べられるよりも、幸せなマカロン生を送れた、と歓喜の涙でむせぶだろう。

「わーい!おいしそう!」
アンジェリークが嬉しそうに微笑み、ロザリアの幸せメーターも急上昇する。
「では、お茶を入れなおしましょうかね~。ロザリアも緑茶を好きになってくれるといいんですが」
いそいそとロザリアの分のお茶も用意してくれるルヴァには、まだ完全に負けたつもりはない。
けれど、アンジェリークがなぜルヴァに惹かれるのかが、ちょっとだけはわかった。
ルヴァの周囲のぽかぽかと陽だまりのようなオーラは、なんとなくアンジェリークの持つオーラに似ているのだ。
ふわふわでほっこり。
もちろんアンジェリークには、それにキラキラときゅんきゅんが加わって最強なのだが。
きっとおばあちゃんとおじいちゃんになっても、二人はこうしてのんびりお茶を飲んでいるのだろう。

「…和菓子の研究も必要ですわね」
二人のお茶の時間に割り込むのに手ぶらというのは、ロザリアのプライドが許さない。
ルヴァをもうならせる和菓子を作り、堂々と二人のお茶会に招待されるポジションを作らなくては。
「え?ロザリアったらもしかして、和菓子も作れるの?すごーい!」
「ええ、必ず、アンジェを満足させる最高級の和菓子を会得して見せますわ」
「うふ、楽しみにしてるわね」
キラキラの笑顔で胸アツ!
最推しと過ごす最高のお茶の時間に、ロザリアはひたすら悶絶し、心のアルバムにスチルを増やしていくのだった。

FIN