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パーティ当日。
聖殿の大広間は、たくさんの人でにぎわっていた。
招待されているのは、主だった惑星の施政者とその家族で、きらびやかな衣装に身を包んで、楽し気に談笑している。
実際は、それなりに貧富の差があったり、文化度の違いがあるのだが、社交に長けた人ばかりのせいか、そういう空気は感じない。
実問題の解決というよりは、顔つなぎという意味が強いパーティだからだろう。
近隣の惑星同士、顔見知りであれば、何かの際にも助け合えることもある。
聖地としても、交流の場を作ることには大きな意味があった。
ボーイからシャンパンを受け取り、オリヴィエは壁際からパーティの中心を眺めていた。
大きな輪は、やはり女王を中心としたもの。
順番に挨拶を繰り返す女王は、にこやかで慈愛に満ちた笑顔を保っているが、きっと内心は退屈しているはずだ。
隣にはロザリアがいて、今、挨拶している人物がだれなのか、女王にこっそり耳打ちしている。
その光景も聖地では当たり前のものだ。
美貌の補佐官に見惚れる者も数多くいて、オリヴィエはこっそり舌打ちしていた。
今日のロザリアは夜空を溶かしたような鮮やかなダークブルーのドレスに身を包み、女神のような美しさだ。
ゆるくアップした髪のおくれ毛も官能的で、タイトなドレスは大人の色気すら感じさせる。
実際、彼女がまだ18歳だなんて、誰が信じるだろう。
それほど堂々と補佐官としての役割をこなしているのだ。
挨拶に来る者の中には、グラスを持参の者たちも多い。
もちろん、マナーとして、その杯を断れないのはよくわかるし、ロザリアもごくごく飲むようなことはしていない。
当たり障りなく口をつけ、微笑み返すだけだ。
オリヴィエはちらちらとロザリアの様子を見ながら、立食のサラダやデザートを楽しんでいた。
挨拶の列が途切れると、音楽が変わる。
オーケストラの生演奏が、耳障りの良いクラッシックからダンスのためのワルツになったのだ。
それを合図に、ペアの男女がフロアにいくつか現れだした。
なんといっても、一番に女王とルヴァが飛び出すように出てきたから、人々も安心だろう。
女王とルヴァのダンスは、正直、上手くはないが、楽しそうで、なんとなく下手でも踊りたくなるからだ。
オリヴィエも苦笑しながら、2人のダンスを眺めていたが、視界の端で、こっそりロザリアが広間を出ていく姿が目に入った。
さりげなく、そのあとを追っていくと、聖殿の中でもかなり隠れた場所に当たる、裏の中庭までたどり着いてしまった。
真ん中に女王像の噴水のある小さな裏庭は、知る人ぞ知る、という場所だ。
カティスが手がけた中央の中庭や、薔薇園のある右サイドの庭、迷路風の植込みのある左サイドの庭に比べて地味なせいかもしれない。
ただ、オリヴィエは以前、よくここで執務をさぼっていた。
夢の執務室からほど近いこの裏庭は、人気もなく昼寝に最適だったのだ。
ロザリアは「ふう」と小さく息を吐くと、古ぼけたベンチに腰を下ろした。
顔の横の巻き髪がふわりと風に揺れ、ほんのりと赤くなった頬を、白い月明りがまばゆく照らしている。
綺麗だ。
オリヴィエは率直にそう思った。
長いまつ毛を物憂げに伏せ、ロザリアはうとうと眠りそうだ。
オリヴィエはそっと近づくと、彼女の隣に腰を下ろした。
「オリヴィエ?」
ロザリアの青い瞳が空に瞬く数多の星の輝きと一緒に、オリヴィエを映し出している。
「酔い覚ましかい?」
軽い調子で尋ねたオリヴィエにロザリアはくすくすと笑った。
これは酔っているときの彼女の笑い方だ。
「ええ。キャロナイ星の第二王子だったかしら?やたらと注ぎ足すものだから、飲みすぎてしまって」
黒髪を一つに結んだ、鼻につくタイプの男。
やたらとギラギラしたアクセサリーをジャラジャラとつけていて、美的センスも最悪だった。
「あ~、完全に酔わせようとしてたよね」
「やっぱりそうですわよね。立場的にお断りもできませんし、ダンスタイムになってホッとしましたわ」
いかに気持ち悪かったのか、ロザリアは身振り手振り声真似口真似で語りだした。
「第一夫人、なんて言われてぞっとしましたわ。第一がいれば、第二、第三と続けるおつもりなんでしょう?わたくし、そういう感性には絶対に賛同できませんもの」
大げさに両手で身体を抱き、ぶるぶると震えて見せる。
ふざけてはいるけれど、きっと本当に嫌だったのだろう。
「…ごめんね。助けに行ってあげたらよかった」
ぽろりとこぼれた本音に、ロザリアは目を丸くして、にっこり微笑んだ。
「悪いと思ったんでしたら、一曲、踊ってくださいませ。せっかくのダンスタイムが無駄になってしまったんですもの。責任を取っていただかなければ」
「私でよければ、いくらでも」
軽くウインクしたオリヴィエはロザリアの手を取り、ベンチから噴水の横の芝生まで連れ出した。
柔らかい芝生の上は、あまり足場が良くないが、踊れないほどではない。
大広間からかすかに流れてくる音楽に耳を澄ませ、オリヴィエはステップを踏み始めた。
軽くリズムをとる程度の緩やかなステップに、すぐに、ロザリアも合わせてくる。
さすが、上流階級のお嬢様育ち。
ダンスの腕前は超一流のようで、オリヴィエのリードにもしっかりついてきた。
「ふふ、オリヴィエってダンスがお上手だったんですのね」
「そう?聖地に来てから慌てて習った付け焼刃なんだけど」
「本当ですの?すごく踊りやすくて、とっても楽しいですわ」
くるくると意味もなく、ロザリアは回りだした。
ドレスの裾がひらひらと翻り、大ぶりのイヤリングがキラキラと光る。
楽しくて、音楽が変わっても、止まらなくて。
長い間、2人は踊り続けた。
翌朝。
ベッドで起き上ったロザリアは、足首の痛みに眉を寄せた。
昨夜のことはぼんやり覚えている。
飲みすぎたと思ったら、きちんと風に当たりに行ったのが良かったのだろう。
挨拶の列の終盤、
「だいぶ飲んじゃってるわよ。ちょっと外に出てきた方がいいかも」
ロザリアの酒癖を知っているアンジェリークに心配されたことで、途中で抜け出す決心がついたのだ。
最後の女王のスピーチには、いつも通りの冷静な補佐官でいなければ格好悪い、という気持ちもあった。
ふらっと外に出て、人気のない裏庭を選んだのは必然だが、驚くことに、オリヴィエが後を追ってきてくれた。
「…ステキな時間でしたわ」
思わず声に出てしまうほど、オリヴィエとのダンスは素晴らしかった。
優しいリードなのに、絶対的な安心感があって、ロザリアの好きに踊らせてくれる余裕もある。
幼いころからダンスのレッスンはマナーの一つとして続けてきたけれど、こんなに踊りやすいと思ったパートナーは初めてだ。
じわり、とロザリアの胸に暖かいものが広がってくる。
飲んでしまうと何を話したかほとんど覚えていないが、オリヴィエとの飲み会を楽しいと思っていることは事実だ。
金の曜日が近づくにつれて、ワクワクして、どんなおつまみを用意しようか考えて。
全く凝ったものではないのに、いちいち「美味しい」と言ってくれるから、つい、張り切ってしまう。
一人飲みもそれなりに楽しかったけれど、2人飲みはさらに楽しい。
けれど、それもオリヴィエとだから、かもしれないと思うのだ。
「汚れちゃったね」
昨夜のダンスが終わった後、胸ポケットからハンカチを取り出したオリヴィエは、ロザリアの靴を綺麗に拭いてくれた。
芝生の上で踊ったせいで、草や土がついてしまっていたのだ。
ロザリアをベンチに座らせ、片足ずつ脱がせては丁寧に汚れを拭う。
「いくらドレスが綺麗でも、靴が汚かったら台無しだからね。私はそういうところに手を抜くのが大嫌いなんだ」
オリヴィエの美学に関しては、女王候補の頃もよく聞かされた。
あの頃は、外見のことばかりと思っていたが、今ならわかる。
補佐官として見た目を整えることの大切さ。
結局のところ、外見というのは心に反映している。
決して美醜の問題ではなく、生き方の丁寧さや礼節といった部分が如実に表れるのだ。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
目を細めたオリヴィエにロザリアの頬は熱くなった。
酔いはかなり冷めているはずなのに、心臓の鼓動までうるさくなって。
大広間に戻ると、また王子がまとわりついてきて、やたらと酒を勧めてきた。
しつこくて閉口したけれど、相手は賓客。
仕方なく、一杯目は付き合ったけれど、後はオリヴィエが上手くガードしてくれて、酔いが回るほどには至らずに済んだのだ。
おかげで、最後の女王のスピーチまでしっかり仕切り、完璧な補佐官としてパーティを終わらせることができた。
ふと、昨日の靴が目に入る。
オリヴィエが綺麗に拭いてくれた靴。
ドキドキしすぎて、そっけないお礼になってしまったけれど、彼は怒っていないだろうか。
ロザリアのダンスを下手だと思っていないだろうか。
ドレスのセンスは? 髪型やアクセサリーは?
どう思われていたかが気になって仕方がない。
『人を好きになると、つい、その人を目で追っちゃったり、その人のことばっかり考えちゃう』
そんな言葉をどこかで聞いたような気がする。
それが真実ならば、こんなに彼のことばかりが気になるなんて、この気持ちが、きっと、そういうことなのだろう。
じわりじわりと心を占めてきたオリヴィエという存在。
2人の飲み会が始まる前、オリヴィエがロザリアにあまりいい感情を持っていなかったことはわかっている。
それはロザリア自身も同じだったから。
けれど、最近のオリヴィエの態度には、もしかしたら、と、ほんの少し期待してしまうのだ。
ただ困ったことに、飲み会の会話をロザリアははっきり記憶していない。
楽しいことは覚えているのだが…細かい内容がどうしても思い出せないのだ。
きっといろいろ聞いているはずのオリヴィエの話。
恋バナだってあったかもしれないし、彼の心の内を聞いていたかもしれない。
それを忘れてしまっていることが、今は本当にもったいないと思える。
とにかく今度の飲み会ではあまり飲まずにいよう。
ロザリアはそう決意していた。