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聖殿に出仕すると、なにやらざわざわと騒がしい雰囲気だ。
いつもならきびきび動いている女官たちも、廊下の隅で固まっていたり、ロザリアを見てさっと逃げ出したりしている。
いったい何が?と、首をかしげながら、女王の間の扉を開けると。
「ああ~!ロザリア様。おはようございます!」
うっすら見覚えのある顔が、ロザリアに向かって駆けてくる。
ぎょっとしてぶつからないように身をかわしたが、駆け寄ってきた男は、両手でロザリアの手を握りしめると、ぶんぶんと上下に振り回した。
突然すぎて、ロザリアの背中にぞっと寒気が走る。
「ロザリア様、お待ちしておりました。今日からしばらくお世話になります。キャロナイ星の第二王子のライネルと申します。いずれロザリア様の夫となる男です」
「え?」
聞き返して、思わず、傍らのアンジェリークを睨みつけると、彼女は勢いよく目をそらし、あからさまに無関係という空気を出している。
それがかえって白々しくて、アンジェリークが関わっていることはバレバレだ。
ロザリアはなんとか男の手を振り払い、身体ごと廊下へと強引に押し出した。
扉を勢いよく閉め、
「アンジェ!」
怒りモードで詰め寄れば、アンジェリークは悲鳴を上げて、机の後ろへと逃げ込んでいく。
「だって~、ロザリアを第一夫人にしたいから、しばらく聖地に滞在させてほしいって、言うんだもん~。キャロナイ星はこの宇宙でもかなり発展した星だし、王様自らお願いされて断れなかったんだもん~」
チワワのように目をウルウルさせられると、ロザリアはもう怒れなくなっていた。
アンジェリークのこの顔に弱いのだ。
それに、王直々に話があれば、断りにくいのもよくわかる。
「…しかたありませんわね。しばらく聖地にいるというだけなら勝手にさせておきましょう」
「ごめんね?」
眉を八の字にして、うるうるされると、もうため息しか出ない。
けれど、あの王子は本当に全く好みではないし、むしろ嫌いなタイプだ。
顔の造りこそ整っているが、ゴテゴテ飾った服やうっとおしい前髪。
おかしな喋り方も、なれなれしいスキンシップも、もしも賓客でなければ、即刻、ヒールで踏みつけているレベルにムリ。
あんなふうにまとわりつかれてはたまらない。
どう対応しようかと悩んでいると。
「あのね、ロザリアに悪いと思って、わたしも助っ人を頼んだの」
さっきまでのうるうる目をひっこめたアンジェリークはニコニコ顔…いや、どちらかというとニヤニヤ顔だ。
不思議に思っていると、カツ、と細いヒールの音がして、奥の間からひょっこりとオリヴィエが顔を出した。
「というわけで、しばらく、私がボディガードってことだから」
ね、と顔を見合わせるアンジェリークとオリヴィエに、ロザリアはもやっとしつつも、嬉しい気持ちになってしまうのだった。
「ロザリア様、お茶でもしませんか?」
妙に格好をつけたライネルがアポなしで補佐官室にやってくると、
「お茶の時間は3時って決まってるからね。それ以外は執務が詰まってんの」
オリヴィエが虫でも追い払うような仕草で締め出す。
「ロザリア様、聖地を案内していただけませんか?」
しばらくして、性懲りもなくまたやってきたライネルに
「案内がほしいなら、私がしてあげるよ。補佐官は忙しいからさ」
オリヴィエが無理矢理、肩を組んで連れ出していく。
オリヴィエの話術と人当たりの良さで、なんとなくライネルとも上手くやれているらしい。
数日後には、夜にお酒を飲むほどに仲良くなった、と噂になっていた。
オリヴィエのおかげで、ロザリアはなんとか、ライネルから逃れることができていたが、パーティから早くも二週間が経過していた。
金の曜日の飲み会も、先々週はパーティで潰れ、先週はライネルの世話で潰れ。
本当なら、今度が3週間ぶりだが、きっとまた、オリヴィエはライネルと過ごすことになるだろう。
それもロザリアのためだとわかっているが、やっぱり寂しい。
時々、ライネルと一緒にいるオリヴィエを無意識に見つけては、こっそり身を隠した。
いつの間にか目で追って、探してしまっている。
気が付けば、彼のことを考えている。
自分の心の急激な変化に戸惑いながらも、ロザリアは執務をこなしていた。
金の曜日当日。
また、懲りずにライネルが補佐官室へやってきて、
「ロザリア様、お茶でも…」
と、言ってきた。
ここ2週間近く、毎日続くこのやり取り。
いつもならここで、オリヴィエの邪魔が入るのだが…。
今日は、なぜかロザリアの必死の目くばせを無視して、さらに
「そうだね。たまには3人でお茶しようか」
そんなことを言い出したのだ。
びっくりしているロザリアに有無を言わさず、オリヴィエはライネルと仲良く連れ立って、外へ出て行ってしまう。
ロザリアも渋々、そのあとをついて行った。
聖地は常春の気候で、風も爽やかだ。
緑の多い道は、木々のこぼれ日がキラキラと輝き、かすかな花の香りが鼻先をくすぐる。
カフェのテラスの4人がけテーブルに、オリヴィエとロザリア、その向かいにライネルという形で座った。
ロザリアの真正面がライネルという配置。
彼はうっとりとした目つきで、ロザリアをじっと見つめていて、とても居心地が悪い。
男性に慣れていないロザリアは、こういう空気が大の苦手なのだ。
話しかけられるのも嫌で、ロザリアは斜め下のテーブルクロスの模様をじっと眺めて誤魔化していた。
それぞれにドリンクをオーダーすると、誰も口を開かない沈黙の時が流れる。
いたたまれなくなって、ロザリアはオリヴィエに目線で助けを求めた。
すると、
「ロザリア様がオリヴィエ様を……!やはりお二人はラブラブなんですね!」
いきなりライネルが立ち上がり、両手でズボンをグッとシワができるほど握りしめた。
セリフも聞き捨てならないが、ライネルがなんだかおかしな雰囲気で、ロザリアは驚いて、声も出ない。
彼はブルブル身体を震わせながら、
「本当だったんだ。本当に2人は……。ああー、守護聖と補佐官なんて、究極すぎて入り込めない!無理だ!」
なにやら一人言を呟いている。
正直、怖い。
「お、オリヴィエ……」
動揺して、思わずオリヴィエのストールを掴むと、オリヴィエは余裕でにんまりと微笑んでいる。
綺麗なルージュの唇に一瞬見惚れたけれど、ロザリアはイライラとして、つい睨みつけてしまった。
普段なら年少組を凍らせる補佐官の一睨みなのに。
ライネルは、
「あーっ、見つめあって微笑みあって、イチャイチャでは無いか!しかも美しい!お似合いだ!」
どんどん勝手にヒートアップして、一人言の声が大きくなってくる。
どう見てもあぶない人。
カフェの店員もヤバいものから目をそらすように、みんな、バックヤードに隠れてしまっている。
異様な光景にロザリアが固まっていると
「そういうことだから。悪いけど諦めてよね」
オリヴィエがロザリアの肩を抱いて、頭に唇を寄せてきた。
ふわっとオリヴィエの香りに包みこまれて、しっかりとした腕のぬくもりを感じる。
今度は別の意味で固まったロザリアを、じっと見つめたライネルは
「…そのようだな。貴女の幸せを祈って、私は身を引こう…」
くるりと背を向け、とぼとぼと歩いて行った。