白ワインとソーダ

Olivie and Rosalia

7

「どういうことですの?」
その夜、いつも通りの金の曜日の飲み会が開かれた。
カフェの出来事の後、ライネルは急遽、帰国することになり、ロザリアは一日、その対応に追われたのだ。

去り際、なぜか、ライネルはロザリアの手を両手でぎゅっと握り、
「どれほど苦難があろうとも、愛は宇宙を救います。それでも、もしもお辛いことがあれば、ぜひ、このライネルを御頼り下さい。…全ては貴女の幸せのために」
まるで壮大な悲劇を語るように、演説をぶちかましていったのだ。
全く理解できなかったロザリアは、若干顔を引きつらせながら、
「その時はお願いいたしますわ」
と、100%の社交辞令で返したのだが。
なぜか、ライネルはその言葉に涙を流して感動していた。

ロザリアの追求に、オリヴィエは楽し気にワインを一口含むと、背中をソファに預け、ゆったりと足を組んだ。
「まあね、この二週間、私がなんでアイツと一緒にいたと思う?」
「え?陛下から頼まれたのではありませんの?」
ロザリアのボディガードとして、ライネルを避けるため。
「もちろんそうだけど、それだけじゃないよ。ただ避けるだけじゃ、面倒事は解決しないでしょ?」
ロザリアは頷いた。
もしもライネルがいつまでも聖地に居座っていたら。
キャロナイ星から正式な使者が立ち、ロザリアに婚姻を申し込まれたら。
もっとややこしい事態になっていたことは間違いない。

「だから、ロザリアを心から諦めてもらうために、いろいろ作戦をね」
「作戦?」
「そ。ようするに、ロザリアには私という秘密の恋人がいるから、あんたとは結婚できないっていうふうに持ってったのさ」
「な、なんですって?!」
思わず、ロザリアは立ち上がっていた。
ようやく自覚したばかりの自分の想いを指摘されたような気持ちで、じっとしていられなかったのだ。
「こ、恋人って、そんな…」
焦りまくるロザリアを前に、オリヴィエは淡いブルーの瞳を柔らかく細めて、くすっと笑っている。

「まあ、落ち着いて。あの王子、根がめちゃくちゃロマンチストってわかったからさ。あ、あのしゃべり方とか立ち振る舞い、カッコいい騎士が出てくる映画の影響らしいよ。仰々しすぎて似合わないよね。面白いけど」
「…ええ」
「で、そのロマンチストに付け込んで、補佐官と守護聖の許されない恋ってのを作り上げて、吹き込んだんだよ。お互いに立場があって、公表はできないけれど、強く想い合ってるんだよーってな感じでね。毎晩、飲んだり遊びに付き合って、そのあたりの話をしてさ。アイツ、すっかり感動しちゃって、私達のことを、遠くから応援してくれるってことになったんだよね」

なるほど。
カフェでのライネルの行動は、全て、オリヴィエの仕込みだったのだ。
『ラブラブ』とか『入り込めない』とか、『補佐官と守護聖』とかの妄言の数々。
盛大な勘違いで諦めて返ってくれたのなら、オリヴィエの作戦は大成功なのだろう。
「…ありがとう、と言わなければいけませんわね」
なんだか、ドッと疲れてしまった。
「いやいや、アイツが単純でホントよかったよ。あれで納得してくれなかったら、もっとイチャイチャを見せつけたり、デートしたりしなきゃいけなかったかもしれないからね」
オリヴィエの軽口にロザリアの胸がチクリと痛む。
そんなことをしなくて済んだ、と、安心したように聞えてしまったからだ。

黙ってしまったロザリアをどう思ったのか、オリヴィエの人差し指が、額をこつんとつついた。
「あのね、今回のこと、あんたにも責任あるんだよ」
「え?」
不思議そうに顔を上げれば、オリヴィエはいらだったように髪をかき上げ、淡いブルーの瞳でじっとロザリアを見つめている。
その瞳には少し怒りの色があって、ロザリアはたじろいだ。
なにに対しての怒りか、わからない。

「パーティの時、あんた、勧められるままに飲んじゃって、アイツと話をしたんでしょ。言ってたよ、『ロザリア様がとても楽しそうに私の話を聞いてくれたり、笑顔を見せてくれるので、好意があると確信したんです』って。飲んで饒舌になっちゃって、たとえ、あんたにその気がなくても、向こうにしてみれば嬉しくて舞い上がっちゃったりもするんじゃない?だから今回のことはあんたにも責任がある」

正論でたたみこまれ、ロザリアは全く反論できなかった。
前々から、お酒について、アンジェリークにもそれとなく注意はされていたのだ。
それを大したことじゃないと、気を付けることもしなかったロザリア自身に問題があったのも事実。
ロザリアはテーブルの上のグラスを、そっと遠ざけ、小さく息を吐き出した。
禁酒、できるだろうか。
するしかないのだろうけれど。

あからさまにしょんぼりしたロザリアに、オリヴィエがにやりと笑う。
「だから、これから、あんたは私の目の届かないところで飲んじゃダメ。飲むときは絶対、私と一緒にいること。いいね?」
「でも…」
それでは、オリヴィエが困るのではないだろうか。
保護者みたいにいつも付き添うわけにはいかないし、なによりロザリアと一緒にいる時間が増えてしまうかもしれない。
ただ面倒事をしょい込むだけになれば、申し訳ない。
「ふふ、もしかして、面倒なことを押し付けられてるとか遠慮してない?」
図星をさされて、またドキリとした。
オリヴィエはとても鋭くて、ロザリアの考えなどお見通しのようだ。

「あのね、これは私のため。ヘンなオトコに愛想良くしたり、記憶がなくなるとか、心配しかないからね。あんたのそういうところを見るのは、私だけでいいってこと」
「え…」
オリヴィエの言葉の意味がよくわからない。
というか、理解しようとすると、自分にとって都合のいい解釈をしてしまいそうになるのだ。

「素面のあんたって、本当に冗談とか遠回しな事が通じないんだねえ。飲むとあんなにアレなのに」
オリヴィエはワインボトルをクーラーから出すと、しっかりと栓をしなおした。
いつもなら、軽く2本はボトルを開けてしまう酒量なのに、今日はもうおしまいということだろうか。
もしかしたら、この先もずっと、飲み会はしないということだろうか。
悪い予想ばかりが湧いてきて、心臓の鼓動が止まらない。

「あ、悪いけど、今日はジュースで我慢してもらうから。今の記憶が無くなるのも困るし、これからすることも忘れてほしくないからね」
お説教が始まる予感。
ロザリアは身を固くして、オリヴィエの言葉の続きを待った。

「私ね、こんなに誰かのことが気になるの、初めてなんだ。気が付けば、あんたのことばっかり考えてるし、金の曜日が楽しみで仕方ないし。恋人同志って嘘も、あんただからいいかなって思ったんだ。まあ、ようするに、好きになっちゃった、ってこと。ねえ、あんたは私のこと、どう思ってる?好き?」

パクパクと金魚のようにロザリアは口を開いたが、上手く呼吸ができない。
びっくりしすぎると、声も出ないというのは本当なんだと、つまらないことで頭がいっぱいになってしまう。

「…何も言ってくれないと不安なんだけど。それに、そんなに大きな目で見られてたら、キスができないじゃない?」
顎を人差し指で持ち上げられ、オリヴィエと目線を合わせる。
彼の魅惑的な淡いブルーの瞳には、危険な熱が灯っていて、ロザリアは自然と目を閉じた。
ふわり、と重なった唇。
それはどんなワインよりも甘く、ロザリアを酔わせたのだった。



常春の聖地は、今日も爽やかな風が吹いている。
ロザリアとオリヴィエは、庭園のカフェでのんびりと午後のお茶を楽しんでいた。
「ロイヤルミルクティーとシャルロットポワールでしょ?」
オリヴィエがくすくす笑うと、ロザリアは唇を尖らせた。
「まあ、なぜ、ご存じなんですの?」
「そりゃあ、飲みながらいろいろ聞いたからね。好きな飲み物、好きなケーキ、嫌いな食べ物、好きな男のタイプ…」
「ええ?!そんなにいろいろ?」
「子供の頃の話とか、そうそう、初恋の話も聞いたっけな~」
オリヴィエはどうやら、たくさんのことを知っているようだ。
同じだけ、オリヴィエのことも聞いていたかもしれないのに、覚えていない自分が恨めしくてたまらない。

「…あなたのことも知りたいですわ」
ついこぼすと、オリヴィエはまたくすっと笑った。
「もちろん、いっぱい聞かせてあげるよ。時間なら一杯あるんだし。今だって、なんでも聞いて」
「では、その、今、背中にお持ちのものについて教えていただきたいですわ」
実はさっきからずっと気になっていた。
ロザリアがオリヴィエの背に置いてある紙袋について尋ねると、
「ああ、これ。あんたのへのプレゼント」
がさがさと袋を開けて、取り出したのは、抱っこにちょうどいいサイズの犬のぬいぐるみだ。

「はい、初恋のソナタくん。こないだ主星にエステに行ったときに見つけてさ。似てると思って、買ってきたんだよ」
ふわふわの毛並みのゴールデンレトリーバーに、ロザリアは目を輝かせた。
もちろん等身大ではないけれど、ところどころに金色の毛が反射するところや、つぶらな黒い目がそっくりだ。
「ありがとうございます!とっても似ていますわ」
「ん。喜んでくれて嬉しいよ。実はね、私も犬は好きなんだよ」
「まあ、同じですのね!わたくしの生家は常に犬がいましたから、自然と犬好きになってしまいましたの。ソナタは特に、わたくしが子犬の頃からしつけをして、毎日一緒に庭を散歩して、お風呂も入れていましたのよ。あ、黒い目がちょっと青みがかって見える時があるんですの。それとこの金色の艶のある毛並み。ジュリアスを見るたびに横顔がソナタによく似ていて、美しいと思ってしまいますのよ」

ジュリアスが犬に似ているのではなくて、犬がジュリアスに似ているのだろうけれど。
弾んだ声で満面の笑みを浮かべるロザリアは、手にしっかりとぬいぐるみを抱え、初恋の犬の話に夢中だ。
今と同じ会話を、少し前にも飲みながらしたし、なんならもう、3回目なのだが…。
やはりロザリアは全く覚えていないらしい。

恋人として付き合うようになって、お酒を飲まなくても、素のままでいろいろ話をしてくれるし、可愛い笑顔を見せてくれるようになった。
毎日、こうしてお茶を楽しんだり、休みの日にはデートをしたり。
お酒がなくても全然かまわないのだが…。
ロザリアの好きなものを取り上げてしまったことに、少しだけ罪悪感を感じなくもない。
今日は金の曜日。
たまには…

「今夜はちょっとだけ飲んじゃう?」
「え、よろしいんですの?」
「私と一緒ならいいって約束したじゃない」
「まあ…!実はセラーにまだいくつか残っているんですの。きっとオリヴィエもお好きな味だと思いますのよ」
途端にキラキラと目を輝かせたロザリアは素直で可愛くて。
実際、あの楽しい飲み会の時間を失ってしまうのは、オリヴィエとしても、かなり惜しいのだ。
ふと、ひらめいたのは、飲ませすぎない工夫。
例えば、大好きな白ワインをソーダで割れば、アルコール度数も減って、酔いにくくなるはず。
昔、ほんのちょっと齧ったバーテンダーの腕が、こんなところで役に立つかもしれない。

「ホントはお酒よりも私で酔わせたいんだけどね」
キスよりももっと甘い時間をあげる自信はあるけれど…。
その段階に進むのはまだまだ先になりそうだ。
犬のぬいぐるみにはしゃぐロザリアの姿に、オリヴィエは軽くため息をつきながらも、微笑まずにはいられないのだった。

FIN