恋の端こいのつま、舞

1.

「ちょっとくらいいいじゃん」
「一人よりも絶対楽しいから」
「俺らと遊ぼうよ」

取り囲む3人の男たちに、ロザリアはどう対応するべきかと悩んでいた。
女王補佐官であるという身分を明かせば、アルカディアの人間は逃げ出すが、この男たちはどうやら外からきた人間らしい。
髪も瞳も、アルカディアのみならず聖地周辺の惑星でも、とても珍しい黒。
服装はゼフェルが機械いじりの時によく着ているようなツナギで、首には太いチェーンのシルバーアクセサリーをぐるりと巻いている。
明らかにセンスがアルカディアとは少しずれているし、なにより纏う空気感が違うから、辺境の惑星から来た短期契約の労働者の可能性が高い。
そうならば、女王補佐官という存在を尊ぶ意識がないだろう。
ロザリアとて腕に自信がないわけではないが、相手は3人。
しかも、いわゆるケンカ慣れしていそうなガラの悪い感じなのだ。

男たちは口々に誘いの言葉をかけてきては、ロザリアの行く先を封じようと、うろちょろしている。
ちらりと周囲の気配をうかがってみても、人影の少ない裏通りで助けは期待できそうもない。
ロザリアの沈黙をチャンスと受け取ったらしい男たちは、ぐっと距離を縮めて、目くばせしあっている。
本能的な危険を感じ取ったロザリアは、勢いよく地面を蹴り、その場を逃れようと駆けだした。


走り出して数メートル。
がつっと大きな何かにぶつかって、ロザリアはよろめいた。
慌てて目の前を確認すると、立ちふさがったのは、後ろから追いかけてくる男たちと同じ黒い髪と黒い瞳の男だ。
肩につくくらいまでのうねりのあるくせ毛を後ろに流し、大きめの黒縁眼鏡をかけている。
シンプルなTシャツとダボッとしたジーンズにゴツめのウォレットチェーン。
あの男たちと似た系統のファッション。
身長はオスカーと同じくらいだろうか。
がっしりした肩幅と鍛えられた筋肉質の二の腕が袖から覗いていて、厚い胸板がTシャツ越しでもわかる。
ロザリアがぶつかっても、全く動かないところを見て、かなり体幹も強そうだ。
堂々としているが、ぎらついた様子はなく、20歳そこそこにしては、落ち着いた雰囲気を醸している。
けれど、黒縁眼鏡の奥の眼光はかなり鋭く、ロザリアをじろりと睨みつけてきた。
「申し訳ありませんわ」
素直に頭を下げると、若干、めんどくさそうな顔をされたが、追ってくる男たちに気が付いたようだ。
ロザリアをすっと背中に隠してくれた。
どうやら、同色の髪色と瞳でも、彼らの仲間ではなかったらしい。

「おい、お前。怪我したくなかったら、女置いて逃げろや」
追いついた狐顔の男がにやりと笑い、顎でひょいと後ろを指した。
明らかに眼鏡の男を小バカにした様子で、腕っぷしを自慢するように、目の前にこぶしをちらつかせている。
残り二人の坊主頭と角刈りの男も、そのやり取りをニヤニヤと見ていた。
三対一という数の有利さが男たちを強気にしているのだろう。

「逃げた方がいいって教えてやったんだぜ。ばーか」
角刈り男が、放ってきた先制パンチを、眼鏡の男は軽々と掌で受け止めてみせる。
刹那、手首を返されて、ぐるりと一回転した角刈り男の体は、背中から地面へと叩きつけられた。
「いてえ!」
叫び声に押されるように、残り二人の男たちが両側から襲い掛かってきた。
一人目の坊主頭は上からこぶしを浴びせようとして迫ってきたところを、下から顎を狙い一撃。
無駄に叫びながら突っ込んできた二人目の狐顔は、みぞおちに一発。
眼鏡の男から放たれた強烈な二発のパンチに、男たちはあっさりと崩れ落ちた。

「あの、ありがとうございました」
ロザリアが礼を言うと、男は眼鏡の縁を持ち上げて、ふうと息を吐き出した。
殴り合い(と言っても、一方的だったが)の後とは思えない、飄々とした雰囲気。
改めて男の姿を見直したロザリアは、男の端正な顔立ちに気が付いた。
通った鼻筋や形の良い唇はすっきり整っていて、太い顎筋やくっきりした眉が守護聖達とは違う野性味を醸し出している。
なによりも印象的なのは、その瞳だ。
黒いのに透き通っていて、光の加減で、茶色にもグレーにも見える。
吸い込まれそうな不思議な深い色。
目つきこそ鋭いが、少し垂れた目尻のおかげか、怖すぎることはない。
ジュリアスやオリヴィエのようなはっきりわかる美形ではないけれど、ミステリアスな雰囲気に惹かれる女性は多いだろう。
もっとも、倒れている男たちと共通する、太いチェーンのネックレスは趣味が悪いが。

「こんなところに女一人か」
めんどくさそうな声音で男が言うと、ロザリアはぐっとショルダーバッグの紐を握りしめた。
呆れられていると思うと、無性に悔しくて、
「道に迷ってしまったんですの。端末ではこの辺りになじみの店が移転したと書いてあったのですけれど」
つい言い返してしまう。
けれど、男は
「そうか」
ロザリアの話に興味がないと言いたげに、くるりと背を向け、指を指すと、
「あっちに行けば大通りだ」
そのままスタスタと逆方向に歩いて行ってしまった。
あまりのそっけなさに、しばらく呆然としていたロザリアだったが、男の立っていた付近で、なにかがきらりと輝いたのに気が付いた。
しゃがみこんで拾い上げると、それはシルバーでできたコインほどの大きさの小さなチャームだ。
蛇のようなデザインで、頭のあたりにちぎれた紐がついている。
彼が落とした物かもしれない。
ロザリアはチャームをぎゅっと握りしめると、大通りの方向へと足音をひそめて駆けだしていた。


翌日。
ロザリアは拾ったチャームを光にかざして、首をひねっていた。
蛇のようだが、不思議なことに手足があり、頭に角と髭が生えているのだ。
見たこともない生物。
彼の住む惑星には、こんな生き物がいるのだろうか。
しばらく考えて、ロザリアはルヴァの執務室を訪ねることにした。
執務時間中だというのに、なぜかそこにはオリヴィエもいて、二人は仲良くお茶を飲んでいた。

「はあい、ロザリア。あんたもお茶どう?」
「ありがとう。いただきますわ」
まるで、この部屋の主のように尋ねてきたオリヴィエに、ロザリアもにっこりと返事をする。
自分だって、執務じゃない用件で来ているのだから、野暮を言うつもりはない。
まもなくルヴァが取っ手のないカップに香ばしい緑の香りのするお茶を運んできた。
瑞々しい春のような香りが心地よい。

「ねえ、あんた、昨日は大丈夫だったの?」
ソファに片膝を立てて唇を尖らせたオリヴィエに、ロザリアは内心の同様を悟られないようにお茶をすすった。
「あの辺はちょっと裏に入るとかなり危ないからさ。心配してたんだよ」
前日にお出かけのことを話した時、ついていくと言ったオリヴィエを、ロザリアは断ったのだ。
目当てのバイオリン用具の店は以前にも行ったことがあったし、他に買いたいものもあったからだが…。
実際はオリヴィエが心配していたようなことがあったのだから、後ろめたい気持ちにもなってしまう。
「ええ。なにもありませんでしたわ」
何でもないそぶりで返事をすれば、オリヴィエも肩を小さくすくめただけで、それ以上は追求してこなかった。
どうもオリヴィエはロザリアに対して過保護というか、子供扱いし過ぎているような気がする。
だからこそ、付き添いも断ったのだが、オリヴィエの忠告は正しかったのだ。
少しだけあの時の恐怖と、眼鏡の男の顔を思い出して、ドキリとした。

昨日の買い物の話を少ししてから、ロザリアはハンカチに包んだ、あのチャームをルヴァに見せた。
「これを拾ったのですけれど、なんのモチーフかご存じかしら?」
ロザリアの問いに、ルヴァはちらりとチャームを見ただけで
「ああ~、これは竜ですねぇ。極東の地域の神様の一つです。とくに惑星ヤポーネでしょうか」
「ヤポーネ?」
「はい、実はこのお茶やお菓子、あの人形なんかもヤポーネ産のものなんです。独自の文化があって、とても素晴らしい惑星なんですよ~」
あの目の細い木彫り人形。
実は、前々からちょっと怖いと思っていた。
嬉しそうにヤポーネの事を話し始めたルヴァの言葉を遮り、
「これは竜という神様なんですの?」
「ええ、水神…とされることが多いかもしれませんね。想像上の動物ですよ」
「ペガサスとかユニコーンみたいなもんってこと?」
興味津々で覗き込んできたオリヴィエが
「あんまり可愛くはないね」
と、苦笑している。

「神様の捉え方でしょうね。あの惑星では神は力の象徴ですから」
「権力者が支配するための畏怖の対象ってことか」
「まあ、そんな感じです」
ルヴァとオリヴィエが難しい宗教論を語っている間、ロザリアは決心を固めていた。
神様のモチーフであれば、きっとお守りとして持っていたのだろうから、失くしてしまって、がっかりしているかもしれない。
返しに行かなくては。
また会えるかもしれない、と少しワクワクしている気持ちに、ロザリアは気が付かないふりをしていた。


ルヴァが教えてくれたヤポーネとアルカディアを合わせて検索すると、すぐに彼があの場所にいた理由がわかった。
アルカディアで開かれている、『先端技術のシンポジウム』。
参加している惑星がヤポーネやその周辺地域に限られていて、メインは移動のための乗り物のテクノロジーらしい。
ようするに、主星付近に比べて、文明が遅れている極東地域にもエアバイクなどを導入させるために、エンジニアを集めて学ばせているのだ。
理論と技術に分かれて、様々なセミナーもあるらしい。
同宇宙の中での文明の偏りを是正するために、主星や聖地でも、時々こういったシンポジウムが開かれていることを、ロザリアも知っていた。

時期的にぴったりな事と、シンポジウムのメイン会場があの近くであることを考えると、間違いないだろう。
しかもヤポーネの人間は、99%黒目黒髪なのだ。
ロザリアは端末に、会場の住所を登録しておいた。
できればすぐにでも出かけたいが…
「明日は無理ですわね」
とりあえず執務をしっかり片づけることにして、結局、再びアルカディアに向かえたのは、3日も経った後だった。