4.
すぐにまた待ち伏せをしたロザリアが、リュウをランチに誘うと、彼は少しだけ目尻を下げて、黙ってついてきた。
同じベンチに座り、今度は2つのボックスをあける。
「お」
目を見開いたリュウに、ロザリアはツンと顎をあげ、
「唐揚げを作ってみたんですの。よろしければどうぞ」
ピックを刺して、勧めてみた。
「いただきます」
ぼそりとつぶやいて、ガツガツとまさに口に詰め込む勢いのリュウに、ロザリアは頬が緩んでしまう。
丸かじりで肉をかみしめ、バリバリと衣を噛む音まで聞こえてくる。
言葉を尽くして褒められるよりも、彼の様子を見ていれば、唐揚げの美味しさが伝わって来て、嬉しい。
間におにぎりをはさみつつ、リュウはロザリアの用意したランチをぺろりと平らげた。
鶏肉1枚では足りなかったかもしれない。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせ、きちんとロザリアに礼をする。
不思議な仕草だが、前回も同じようにしていたから、食事の前後の祈りのようなものなのだろう。
「唐揚げ、美味かった。あんた、見た目よりも料理上手なんだな」
「見た目より? ……それはどういう意味かしら?」
ものすごく気になったが、リュウはふっと目尻を下げて、それ以上は喋らない。
「もう…こう見えてもお菓子作りは自信がありますのよ」
「お菓子のほうが、あんたには似合う」
褒められているのか貶されているのか、よくわからない。
今日もやっぱりとくに話が弾むわけではなく、ぼーっと雲を眺めて時間が過ぎて。
それなのに、ロザリアは、また、翌々日には卵焼きを作って持って行ってしまうのだった。
そんなランチが8回ほど続き、ロザリアもすっかり料理に慣れてきた。
今日のメニューはおにぎり、からあげときんぴらごぼう。
補佐官室の冷蔵庫に入れて、出かける前にレンジで一度温めておくと、ちょうど食べごろになるのだ。
ちらりと時計を見て、ロザリアが午前の片づけを始めると、
「ね、ロザリア。最近、お昼にどこ行ってるの?」
一緒に執務をしているアンジェリークが身を乗り出して尋ねてきた。
「こないだ、ルヴァにもらった珍しいお菓子を一緒に食べようと思って探したけど、補佐官室にも私邸にもいなかったわ。どこか出かけてるんでしょ? 美味しいお店でもできた? わたしにも教えてよ」
まくしたてるアンジェリークに、ロザリアは目を泳がせた。
別に疚しいことをしているつもりはないが、なぜかあまり言いたくはない。
アンジェリークは親友だし、今までだって、隠し事なく、いろんな話をしてきた。
もちろん恋バナも、だ。
けれど、今回のことは…上手く言える自信がなかった。
「ええ、アルカディアに出かけていますの」
「わざわざアルカディアまで?! え、やっぱり新しいお店? どこ??」
「お店ではなくて、えーっと、公園でお昼ご飯を食べていますのよ。とても天気が良くて、癒されますの」
「公園? まあ、たしかにアルカディアはキレイなとこだけど、そんなに聖地と変わらないじゃない?」
「ええと、そうですわね。でも、こう、聖地よりも人目が気にならないような…」
「まあ、それはあるわね。聖地だと、わたしたち、有名人だもの。アルカディアの方がゆっくりできちゃうかもね」
くすくすと笑うアンジェリークに、ロザリアはほっと胸をなでおろした。
上手く誤魔化せたようだし、今日もさっと抜け出してしまおう。
アンジェリークがいなくなったのを確認して、ロザリアはランチボックスを手にアルカディアへと向かった。
いつものように、ビルの前で待っていると、リュウが最後にのしのしと出てきた。
背が高いせいもあるのだろうが、肩で風を切るような歩き方に、やっぱりちょっとした威圧感を感じる。
けれど、透き通った黒い目がロザリアを見つけると、少し目尻が下がって、優しい印象になって。
その瞬間、なんとも言えず、ぎゅっと胸が苦しくなるのだ。
「へえ~~、あの人?」
ふいに背後から掛けられた声に、ロザリアはゆうに1mは飛び上がった。
「どういう関係? わあ、黒目黒髪なんだ。どこの惑星の人? 何してる人? ねぇ、すっごくいかつい~! オスカーレベルにでっかいし」
矢継ぎ早な質問と好奇心いっぱいの目。
ごく普通の花柄ワンピースに着替えたアンジェリークが、ロザリアの腕をぐっとつかんでいる。
考えてみれば、あの程度のかわし方で、アンジェリークをごまかせるはずもなかったのだ。
どうしようか、ロザリアの頭がぐるぐるしていると。
「なんだ?」
リュウが近づいてきて、アンジェリークを胡散臭げに睨んでいる。
普通の女子ならちょっと怯えるくらいのキツめの視線だが、アンジェリークはひるむ様子もなく、にっこり微笑見み返した。
「わたしはロザリアの大親友のアンジェリークよ。わたしも今日はすごく暇だから、一緒にランチをしたいんだけど」
ある意味、この強引さが羨ましい。
アンジェリークのニコニコ天然無邪気攻撃に、リュウは一度、ロザリアをちらりと見た。
問いかけるような目に、ロザリアも仕方なくうなずく。
見つかってしまった以上、もうどうせ言い逃れはできないのだ。
アンジェリークが妙にニヤニヤしているのが気になるけれど…。
ロザリアはいつのも場所へと歩き出すしかなかった。
「わあ、さすがロザリア! 珍しい料理ばっかり!」
ランチボックスを開けると覗き込んだアンジェリークが歓声を上げる。
「これ、お米よね? ルヴァが好きなんだけど、こんな丸いのは初めて見たわ」
「ん、鶏肉、味が濃くてカリカリで美味しい~!」
「ごぼう? 初めて食べる味!」
わいわいと手を伸ばすアンジェリークに、リュウはすっかり圧倒されている。
おにぎりや唐揚げを分け合う、楽しいランチタイム。
アンジェリークの、この、すぐに誰とでも仲良くなれる才能は尊敬に値すると思う。
ロザリアはリュウの様子が気になって、全く味がわからなかった。
「リュウって、ヤポーネではどういう意味? ちなみにわたしのアンジェリークって名前は天使って意味なのよ」
ふふふ、と楽しそうに、アンジェリークはロザリアも聞いてみたかったことをあっさりと聞いてしまう。
「ああ」
リュウはズボンについたウォレットチェーンを手繰り寄せ、財布のチャームをアンジェリークに見せた。
「これが竜だ。俺たちの星では水の神様らしい。じいちゃんがつけた名前だ」
「神様の名前なんだ~。お財布につけてるのはお守りだから?」
「お守りってわけじぇねえ。…ただの飾りだが、これはじいちゃんの形見だから、しょうがなくつけてる」
グイグイ食い込むアンジェリークにロザリアはひやひやだったが、意外にリュウはまじめに答えている。
無口で不愛想だが、人嫌いというわけではないのだろう。
名付け親の祖父の形見の竜。
だから、大切にしているのだとようやく知ることができた。
あの時、拾った自分を褒めたい。
「休みの日はなにしてるの?」
「…ホントは釣りがしたいが、ここだとポイントがわからない」
「釣り?!」
アンジェリークの声が一段と高くなって、ずずいと身を乗り出して、リュウに近づいた。
目をキラキラさせるアンジェリークにリュウは若干引き気味だが、お構いなしだ。
本当にこういうアンジェリークが羨ましい。
「わたしの彼も釣り好きなの! やだ~~!!! なんかすっごい偶然!」
アンジェリークはロザリアを肘で小突いてから、
「セレスティアの釣りスポット、聞いておいてあげる。ロザリアに教えるから、今度のお休みに行ってみて」
ものすごいハイテンションに、ロザリアもびっくりだ。
リュウも少し驚いたようだが、
「…いいのか?」
ロザリアをじっと見てくる。
黒い瞳はあまり表情を映さないのだが…今回は少し楽しそうなのがわかってしまった。
本当に釣りがしたいのだろう。
だから
「ええ、もちろんですわ。ご案内させていただきますわ」
ごく当たり前に、そう答えてしまっていた。
「よかったね!」
帰り道、アンジェリークにニヤニヤとつつかれ、ロザリアは首をかしげた。
「お休みのお出かけ。これってデートよね?」
「デート?!」
予想外のワードに、ロザリアは目を丸くした。
「そりゃそうでしょ。デートに決まってるじゃない。きゃー!! 楽しみね! ちゃんと釣り場はルヴァに聞いておくから」
星の小道を抜け、聖殿に着くと、アンジェリークはさっさとルヴァのところに行ってしまった。
「デート…」
たしかに女王候補時代は、親密度上げのために日の曜日に守護聖と出かけたが、それは試験の一環でしかない。
男性と二人きりでお出かけ……。
そういう意味では、初めてかもしれない。
「どうしましょう」
突然、デートを自覚したロザリアは、アンジェリークが戻ってくるまで、執務も手につかずにうろうろと女王の間を歩き回っていたのだった。