恋の端こいのつま、舞

5.

日の曜日。
ルヴァにもらった地図とお弁当の入った大きなバッグを抱え、待ち合わせの噴水に向かった。
いつもよりも張り切ったお弁当は、もちろんおにぎりがメインだ。
おかずも4種。デザートまで用意した。
それに、服装もアンジェリークと考えた、釣りの邪魔にならない、すっきりしたパンツスタイル。
草の上に直接座っても大丈夫な素材を選んだ。
約束の時間よりも15分も前に来てしまったのは、たんに、そわそわして落ち着かなかったからだ。

ドキドキしながら待っていると、前方から、前にも絡んできた三人組が歩いてきた。
向こうもロザリアに気が付いたようで、嫌な感じに笑いながら、ずんずんこちらへ近づいてくる。
避けようか、とも思ったが、ここは公園で、人通りも多い。
ムリな事はしてこないだろうと思ったのだが…それはどうやら甘い考えだったらしい。
「よう、あの時のおねーさんじゃん」
「今日もキレイだね~」
「お出かけ? オレらもひまだし、一緒に遊ばねえ?」
にやにや笑いながら、誘ってくる男たち。
周りの人たちも苦々しくは思っているようだが、直接、触れたりはしていないだけに、声をかけづらいようだ。
どうにかやり過ごせたら、と、ロザリアが無視を決め込んでいると、男たちは焦れてきたらしい。

「連れてくか?」
「お前、かつげる?」
冗談とも脅しともとれないような言葉を投げかけてきて、ロザリアを嫌な目つきで見てくる。
逃げ出すべきか、助けを求めた方がいいか。
アルカディアでは、ロザリアが補佐官だと知るものはほとんどいないのだ。
もちろん、身分を明かして大事になるようなこともしたくない。
そこに、
「おい」
怒りのこもった声で、リュウがやや駆け足気味で近づいてくると、男たちは
「やべえ。リュウだ」
「あいつ、あの、リュウだろ? 逃げろ」
文字通り、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「遅くなった」
リュウはそう言ったが、ちょうど時間はぴったり。
ロザリアはさっきまでの恐怖を振り払うように、
「遅くありませんわ。ぴったりですわよ」
唇を尖らせて軽口を返したが、リュウはいつもの無表情のまま、どういう感情なのか、全くわからない。
ただ、さっとロザリアの荷物を持ってくれたから、怒ったりはしていないのだろう。

ロザリアはルヴァのくれた地図を頼りに、虹の小川を上流へと上っていった。
セレスティアの自然の園ゾーンは美しい場所だ。
牧場や花畑などが続く、のどかな田園風景。
鳥のさえずりや川のせせらぎが響き、風すらも色を持っているように爽やかに頬を撫でていく。
真っ青な空に浮かぶ白い雲が鮮やかで、陽射しも心地よい暖かさ。
ハイキングにもピッタリだから、そこかしこで散策している人達を見かける。

それでも川を上るにつれて、次第に人気がなくなり、岩場のようなところが多くなってきた。
延々と続く坂道は、ちょっとした山登りで、ロザリアも少し息があがってしまう。
リュウは全く平気そうな様子だが、会話をしようという雰囲気はない。
もっとも、無口なのはいつものことだし、後ろを守られているという安心感の方が強かった。
15分ほど黙々と歩き続け、川幅が細くなったところで、目印の三つ連なった大きな岩を見つけたロザリアは、ポイントの草むらへと足を速めた。
地図ではこのあたりのはずなのだが、はっきり言って自信がない。
ロザリアがきょろきょろとあたりを見回していると、すぐそばにリュウが荷物を下ろした。

「たしかにいい場所だ」
自分の荷物を解いて、竿を取り出したリュウは、足元の草をつま先で均している。
ロザリアにはさっぱりわからないが、釣り人的にはなにか感じるのかもしれない。
「ここなら狙えそうだな」
リュウは小物入れにキレイに並んだルアーから、小さめの羽の付いた物をさっと竿先に取り付け、川に流し始めた。
「なにをしているんですの?」
不思議に思ったロザリアがきいてみると、
「まずはこの水に慣らして、どうアクションするか決めるんだ。流れによっても変わるからな」
くいくいと竿を動かすと、ルアーが生き物のように見える。
いくつかのルアーを取り替えて試してから、キラキラした丸い金属片のルアーに決めたようだ。
少し遠くに投げ、竿を上下させている。
無表情なのは相変わらずだが、楽しい雰囲気は伝わってきた。

ロザリアは、草むらにレジャーシートを引き、その上に腰を下ろした。
すがすがしい風が草の上を泳ぎ、その空気を吸い込むだけで、体の中から浄化されるようだ。
セレスティアが美しい場所なのは知っていたけれど、こんな奥までは来たことがなかったし、つい買い物などで過ごしてしまうことが多かった気がする。
思い出せば、女王候補時代、ロザリアもルヴァと飛空都市の森の湖でデートをしたことがあった。
あそこもここに負けないくらい美しい場所で、その時、初めて釣りというものに付き合ったのだが…。
正直、ひまだった、という記憶しかない。
釣り糸を垂らすルヴァと、たまにぽつりと会話して、持参したランチを食べ、ちょっとイライラしてさえいた。
あの頃のロザリアは、女王になりたくて、それ以外の時間は全て無駄だと思い込んでいたせいもあっただろう。
けれど、今は意外に楽しい。
リュウがルアーを器用に動かして、魚を誘っているのは、見ていて面白いのだ。
キラキラと跳ねさせたり、水面を泳がせたり、いろんな動きで魚をだまそうとして。
真剣なリュウの横顔をじっと見ていると、あっという間に時間が過ぎていく。

しばらくして、グッと竿がしなった。
竿の先端が激しく上下左右に揺れ、魚が食いつく瞬間をじっと計っている。
このあたりが釣りの醍醐味なのかもしれない。
リールを少しずつ巻きながら魚を引き寄せて。
「よし」
キラキラと輝くルアーと一緒に、水面に魚の姿が現れた。
川魚にしては大きいような気はするが、ロザリアにはなんの魚かもわからない。
キラキラしたウロコが淡い黄色に光るキレイな魚だ。
そのまま釣りあげるのかと思ったら、リュウは網のようなものを川に入れると、携帯で写真を撮って、すぐにルアーを外してしまった。
「放すんですの?」
驚いたロザリアが尋ねると
「食うわけでもないからな。だったら殺すことはない」
結局、魚を川から一度も出すことなく、そのまま開放してしまったのだ。
血も出ていなかったし、すぐに元気に泳いでいったから、魚のダメージも少なかったのだろう。
リュウはそのあとも、アタックを繰り返し、釣ったり釣らなかったりを繰り返した。

「じいちゃんが釣り好きだったんだ」
ぼーっとしているロザリアに悪いと思ったのか、リュウは時々話しかけてくれた。
ネタに困ったせいもあったかもしれないが、リュウ自身のことも多く、ロザリアは嬉しかった。
「俺の家は、父親も母親も仕事してて。暇つぶしでよく、じいちゃんと釣りをしてた」
「おじいちゃん子だったんですのね」
「まあな」
リュウが無口なのは、その影響かもしれない。
「仕事もじいちゃんが車の整備工場やってたから、それで」
「お仕事はなんですの?」
「今は主にバイクとか車の整備だな。そのうち、エアバイクを製造する予定だ。ここじゃ、普通な乗り物らしいが、俺たちのところにはまだない」
「そうなんですのね」

エアバイクと言えば、ゼフェルの乗り回しているアレだろう。
主星にもすでにあったから、先端技術だとは思っていなかったが、まだまだ辺境惑星には行き渡っていないらしい。
「ここで製造工程やらを学んで、地元では試作機から始める予定になってるんだ。早く乗ってみたいと思う」
リュウの透き通った黒い瞳は期待に満ちていて、エアバイクの仕事を心から楽しみにしていることがわかる。
ロザリアも何度かゼフェルに乗せてもらっているから、便利さは知っているが、空中を浮遊する感覚に怖さもあった。
馬車の方が乗り心地としてはマシだ。

そのあと、リュウはタイヤのバイクとエアバイクの違いを説明してくれたりしたけれど、ロザリアにはあまりよくわからなかった。
宇宙の育成はわかっても、エンジンのことは素人以下だ。
ただ、補佐官として耳の痛いことに、ヤポーネは交通事情があまりよくないせいで、事故が多いらしい。
エアバイクがそれを解消してくれると期待されているらしいが、その話をするとき、リュウの瞳が少しだけ翳ったことにロザリアは気が付いた。
それから、ヤポーネの学校のことや、流行っている遊びのこと。
いつもは無口なリュウがたくさん話してくれることは嬉しい。
ロザリアが熱心に聞いているのを、興味があると思ったのか
「普通のバイクでよかったら、乗せてやってもいい」
そんなことを言われて、ロザリアの心臓が跳ねた。

「そーいや、あんたはなにしてるんだ?」
口が滑らかになったせいか、リュウは今までも気になっていたが、と前置きしている。
「学生なのか?」
「いいえ、仕事をしていますわ」
「こないだのアンジェリーク……か? あの子と一緒なのか?」
「ええ。アンジェリークがわたくしの上司、ということになるのかしら」
「上司? あの子が? あんたより上?」
リュウはかなり驚いたようで、ちょっとしつこいくらいに聞き直してくる。
「意外だな。どう見ても、あんたの方ができそうなのに」
「ふふ、わたくしたちはちょっと特殊な仕事ですの」
「特殊か。……あんたも変わりモンなんだな」
妙なところで納得したように、リュウは再び魚と格闘を始めた。

さらさらと澄んだ水の流れる中、リュウがルアーを操る水音が踊る。
さすがルヴァおススメの穴場だけあって、魚もたくさんいて、リュウも釣りを楽しめているようだ。
ロザリアも久しぶりに、ゆったりとした時間を過ごすことが出来ていた。
女王補佐官の仕事は言ってみれば、際限がなく、仕事とプライベートの境界線が難しい。
日の曜日に守護聖たちと会うことも少なくはないが、100%プライベートかと言われると…微妙だ。
リュウといると楽なのは、ロザリアが補佐官と知らないかもしれない。
暖かな日差しのもと、持ってきたおにぎりのランチをとり、夕方近くまでを二人で過ごしたのだった。