恋の端こいのつま、舞

8.

数日後のランチタイム。
ロザリアは聖殿の中庭のベンチにぼんやり座っていた。
膝の上にはリュウと昼食をとるときに使っていたランチボックスが広がっている。
もう、お弁当はいらないのに、なんとなく作ってしまったのだ。
よく食べるリュウのサイズで、大き目のおにぎりを3個。
ロザリア用の小さいおにぎりを2個。
そして、定番の唐揚げときんぴらごぼう。
リュウも褒めてくれたお弁当だけれど、なんとなく食べる気がしなくて、膝に広げたまま、ボーっとしていた。

聖地の空は青く澄み渡り、白い雲がふわふわと流れていく。
アルカディアでリュウと一緒に見ていた空と同じ色。
あの時はボーっと空を眺めているだけで、なんだか胸が暖かかったのに、どうして一人だと、当たり前の空としか思えないのだろう。
陽射しは暖かくて、たくさんの花が咲いていて。
聖地はいつも通り、綺麗で穏やかな場所なのに。
ぎゅっと胸が痛くなって、ロザリアは自然とドレスの胸元を握りしめていた。


「ね、それ、おにぎりだよね?」
ひょいっとすぐ隣に腰を下したのは、オリヴィエだ。
彼らしい気軽さで、ランチボックスを覗き込んでいる。
「また食べたいと思ってたんだよ。今日の中身はなに?」
そういえば、以前、彼に、おにぎりの試食を頼んだことを思い出した。

「よろしければ、どうぞ」
ロザリアがボックスをオリヴィエに差し出すと、彼は嬉しそうに
「ありがと。うーん、このピンクのにしよーっと」
たらこをまぶしたおにぎりを摘まみ上げた。
「美味しい! このピンクのツブツブ? ちょっと塩気があって、お米に合うね」
絶賛しつつ、オリヴィエは大き目のおにぎりをぺろりと平らげてしまった。
「この茶色のは?」
「おかかですわ」
リュウは鮭を一番好きそうだったけれど、次は、このおかかだったと思う。
味に関して、リュウは『美味い』としか言わなかったし、好みを教えてくれることもなかったけれど、鮭とおかかの時は、少し目尻が下がっていた。

「これ、なんか香ばしい風味もあるね」
「いりごまも混ぜてありますの」
「ゴマ!この小さいの?」
オリヴィエは目を丸くして、ゴマを長い爪で器用に取り出して眺めている。
そして、ゴマだけをぱくりと食べて、
「これがね~、へえ、うん、イイ感じ」
ふふ、っと笑った。
そして、残りの高菜おにぎりも、唐揚げも、きんぴらもキレイに食べてしまったのだ。
あんまりオリヴィエが美味しそうに食べるから、つい、ロザリアも一緒になって、自分の分のおにぎりを食べてしまっていた。


「意外ですわ」
オリヴィエはサラダやフルーツが好きで、食が細いイメージだったので、ロザリアは素直に驚いた。
「やだ、美味しい物なら私だって食べちゃうよ。あんたの手作りなら、とくにね」
パチンと、長いまつ毛が揺れるウインク。
オリヴィエのジョークはいつものことだけれど、美味しいと褒められたことは嬉しい。
「また作ってよ。いつでも全部食べるから」
オリヴィエが瞳を覗き込むように、じっとロザリアと視線を合わせてくる。
ダークブルーのキレイな瞳には、いつになく真剣な色がにじんでいた。

「ええ、また作ってきますわ。でも…代わりに、お願いを聞いてくださる?」
「あんたの頼みなら、お弁当無しでもきいちゃうけど?」
ピンクのルージュを引いた唇がにっこりと笑みを作った。
本当か嘘かはおいておいて。
ちょっとだけ喜ばせるような言葉の選び方はオリヴィエらしくて、会話が楽だと感じる。
リュウといた時のような、特別なドキドキ感や痛みはないけれど、気負わず、自分らしくいられる。
それもオリヴィエの人柄のおかげなのだろう。

「エアバイクの乗り方を教えてほしいんですの」
「エアバイク? 別に、行きたいとこがあるなら、いつでも乗せてあげるけど?」
たしかにロザリアが頼めば、オリヴィエは断らないだろうし、ゼフェルだって、いつでも乗せてくれるはずだ。
「でも…。ちゃんと一人で運転できるようになりたいんですわ。いずれは自分用のエアバイクを買いたいと思っていますし」
「自分用の?」
「ええ。もう、名前も決めてますのよ。ブルードラゴン号って」
「…ねえ、そのネーミングセンスはどうかと思うよ? ドラゴン、ってさぁ」
オリヴィエは少し面白くなさそうに、唇を尖らせてみせたけれど、すぐに
「わかったよ。宙返りができるくらいのレべルまで教えたあげるから」
にやりと笑う。
ロザリアは慌てて、
「そこまでは求めておりませんわ」
言い返したけれど、
「目標は高く、ね」
オリヴィエも譲らない。
「本当に!! 普通に乗れるだけで構いませんから!」
ロザリアがむきになればなるほど、オリヴィエは楽しそうだ。
とうとうロザリアはぷいっと顔をそむけて、ランチボックスを片付けると、立ち上がった。


肩を怒らせて歩くロザリアの後ろ姿は、気の強い女王候補時代のまま。
どうしようもなく可愛くて、オリヴィエは目を細めた。
「二人きりで練習なんて、結構なチャンスじゃない? 私としてはこれからだからさ」
オリヴィエがぼそっとつぶやいた言葉は風に流れて消えてしまう。
彼女の最初の恋の相手は、自分ではなかったかもしれない。
でも、最後の恋人になら…きっとなれるはずだ。


中庭を飛び出したロザリアは、再び空を見上げていた。
オリヴィエのからかいに、ついムキになってしまったことが恥ずかしい。
リュウは無口で無表情で、彼とは一度もケンカも言い争いもしなかった。
もっともっと、一緒にいて、冗談を言い合ったりしたかったのに。
思い出せるのは、黒縁眼鏡の奥の瞳が柔らかく目尻を下げているところだけ。
確かなのは、この胸の痛みだけ。
けれど、彼に会うことはできなくても、彼が作ったエアバイクには、きっと会える。
そのエアバイクで空を駆ける時間は、二人だけのものだ。

「ブルードラゴン号のどこがいけませんの? …カッコいいと思いますけれど」
ロザリアはペンダントに形を変えた竜のチャームに、ドレスの上からそっと手を当てたのだった。


FIN