2回目の女王試験が始まったのは、それからすぐのこと。
アンジェリーク・コレットとレイチェルが2人の女王候補として聖地に招聘され、今回は教官・協力者といった新たなメンバーも加わった。
通常の執務に、女王試験が重なり、ロザリアの仕事は膨大だ。
けれど、それはロザリアにとって幸運でもあった。
忙しさのおかげで、オリヴィエのことを考える余裕がなくなったからだ。
彼は守護聖として、きちんと執務をこなしてくれているし、あの日約束したとおり、なにも言わずにいてくれている。
でも、まだ、ロザリアはオリヴィエの姿をまっすぐに見ることができずにいた。
見かければ、つい、隠れてしまうし、女王候補時代、あれほど入り浸っていたお茶の時間もぴたりと行かなくなった。
オリヴィエは敏い人だから、話したりすれば、ロザリアの気持ちにすぐに気付いてしまうだろう。
一度、知ってしまった彼のぬくもりや熱を知らないふりはできない。
もっともっと欲しいという、あさましい心も。
「まいどあり~」
明るい声とともに、客の背中にいつまでも振り続ける手。
こんな小さな露店で、大した稼ぎにはならないだろうに、店主であるチャーリーはとても楽しそうに、いそいそと働いている。
「お客さんの笑顔が最高のお代ですわ~」
そんなことを言いながら、また手際よく、新しい商品を並べていく。
きっと彼は根っからの商売人なのだろう。
本来なら、空調の効いた立派な部屋でふんぞり返っていられる立場なのに、わざわざこんなところで店を開いているのだから。
「ふふ」
ついロザリアが笑ってしまうと、チャーリーは照れくさそうに頭をかいた。
「笑わんとってくださいよ」
「ごめんなさい。でも、とても楽しそうだったんですもの」
「まあ、ロザリア様の笑顔が見られたんで、笑われてもお釣りが来ますわ」
「ふふ、お上手ですわね」
独特のイントネーションで放たれる軽口は、嫌味が無く心地よい。
最近の土の曜日、ロザリアはなんとなく、この庭園の店に来るようになっていた。
チャーリーが働いている姿は、きびきびしていて見ているだけでも楽しいし、ついでにちょっとした買い物までできる。
忙しい日常のちょっとしたオアシスになっているのだ。
初めのうちは、なるべく邪魔にならないように、少し離れた噴水の横のベンチから眺めていたのだが、チャーリーに上手におびき寄せられて、今や店の裏手に、ロザリア専用シートが用意されるようにまでなっている。
簡単なプラスチックの折りたたみテーブルとイスにビーチパラソルの日陰という、チープさ極まりない環境。
それでも、きちんと準備してくれているのが嬉しくて、つい通ってしまうのだ。
けれど、土の曜日は休みとはいえ、ロザリアにはやらなければならないことがたくさんある。
キリのいいところまで片付けて、庭園へ向かうのは、たいてい、日の傾きかけた店じまいのころだった。
「このチョコレートをいただきますわ」
「まいど!」
ロザリアが選んだのは、色とりどりのチョコレートの詰め合わせだ。
子供のころから良く知っている、主星の有名店のもの。
いろんな思い出があるせいで…つい、手に取ってしまった。
「お茶の時間に陛下と食べますわね」
「そういや、今日、陛下もお菓子をぎょうさん買うてかれましたわ」
「ふふ、最近のお茶の時間は、こちらのお菓子が多くなりましたのよ」
「それはありがたいですな~」
調子のいいセリフの間に、チャーリーはロザリアの買ったものを簡単に袋詰めして手渡してくれる。
女王はきっとまたスナック菓子などを買っているのだろう。
お菓子の趣味が全く合わないからこそ、被りを心配しなくてもいい。
ロザリアが最後の客なのか、チャーリーは並べていた商品を片付け始めている。
夕方の涼しさを増した風に吹かれて、ロザリアはその姿をぼんやりと眺めていた。
「チャーリーはこのあと、デートとかなさるのかしら?」
「はい?!」
がしゃん、と音がして、チャーリーの手から段ボール箱が落ちる。
まん丸になった金色の瞳と明らかに動揺した様子に、ロザリアはころころと笑ってしまった。
「…急にびっくりしますやんか。ちなみに答えはNOですわ」
「まあ、NOなんですの?」
「はあ」
チャーリーはがくりと肩を落とし、恨めしそうな顔をする。
「わたくし、チャーリーはとてもモテる方だと思いますのよ。お顔も整っていますし、こう言ってはいけませんけれど、お金に困ることもありませんでしょう?…恋人だってたくさんいらっしゃると」
「たくさん?! どういう意味ですか?! すくなくとも、ここ最近はさっぱりですわ。もし、そんな人がおったら、土の曜日にこんなとこで店なんかしとりません」
「それもそうですわね」
楽しそうに笑うロザリアに、チャーリーは少しだけほっとしていた。
けれど、
「ロザリア様はどうなんです? 彼氏、とかおらへんのですか?」
言って、すぐに彼女の顔色が変わった事に気が付いた。
「いませんわ。…わたくし、実年齢=恋人いない年齢なんですのよ。さっぱりどころか、全くですわ」
「信じられませんな~。聖地の皆さん、美形ばっかりでっせ。誰かいい人、いてるんじゃないですか?」
「…本当にいませんの。欲しいとは思いますわ。素敵な恋をしてみたいと、女の子なら誰でもそう思うものでしょう?」
「ロザリア様ならすぐできますって。そや、ちなみに、俺なんかどうでっか?」
「まあ、ふふ。考えておきますわ。…チャーリーとなら普通に楽しくお話しできますもの」
ふと、彼女の目に浮かんだ、悲しみの色。
それでチャーリーはわかってしまった。
彼女には好きな人がいて、けれど、それは苦しい恋なのだと。
チャーリーは急いで、
「楽しく話せるって、それ、最高の誉め言葉ですやん! これからもチャーリーの人生相談、いくらでも受け付けまっせ~。ほな、恋人いないもん同士、このお菓子でもつまみませんか? これ、きっと陛下好みやと思うんですわ」
サクサクのコーンに甘いキャラメルがコーティングされている、そこそこ人気のスナック菓子の袋を掲げて見せた。
「わかりますわ。こういう駄菓子、陛下はお好きですものね」
話が変わったことに、ロザリアはほっとした。
自分から振った話とはいえ、恋愛事はあまり得意ではないし、語る余裕もない。
チャーリーが差し出した、ほのかに甘いお菓子を指でつまんで、ロザリアはぽりぽりと齧ったのだった。
ロザリアがお菓子の残りを持って帰った後、チャーリーは本格的な店じまいを始めた。
ロザリアが遊びに来てくれると、つい楽しくて、時間をオーバーしてしまうのだ。
今日もこの後、仕事がらみのパーティが控えていて、帰ったら、まずシャワーを浴びて着替えをしなければならない。
スーツは堅苦しくて面倒だが、それも仕事の一環だ。
「今日はうかつやったな」
珍しいロザリアからの恋バナに、つい、調子に乗ってしまった。
ロザリアにとって、チャーリーが話しやすいのは、異性としての意識がないことはもちろん、いずれ、いなくなる外部の人間だからにすぎないことを、チャーリー自身はよくわかっている。
美貌の補佐官の心無い噂を、チャーリーも耳にしたことがないわけではなかった。
『女王試験に負けて補佐官になった』
『女王候補の頃は鼻持ちならない高慢な態度だった』
『名家の出なのに庶民に負けた』…等々。
店先に立てば、そういう噂は嫌でも耳に入ってくる。
正直、チャーリーから見ても、女王陛下はとても可愛らしく、らしいか、と問われれば返答に難しい。
ロザリアの方がよっぽど…。
チャーリーですらそう思うのだから、ロザリア自身のキズはきっと相当に深いはずだ。
商売人の家系に生まれたチャーリーが、事業の拡大を望まれて、それに応えようと懸命だからわかる。
ロザリアはこの聖地で心を閉ざして、懸命に補佐官であろうとしているのではないか、と。
ロザリアの恋の相手が誰なのかはわからないが、もしも、守護聖や一緒に仕事をする仲間だったら、苦しいだろうと思う。
聖地には逃げ場がないし、全く関わらないというのも難しいはずだ。
チャーリーに話すことで楽になれるなら、本当にいくらでも聞いてあげたい。
彼女の息抜きになれれば。
美しくて聡明な補佐官の儚い笑顔を思い出して、きゅっと胸が痛くなった。