5.交差する気持

片付けの最後に、チャーリーはテントを丸めてリヤカーに詰め込んだ。
荷台はちょっとした小山で、かなり力を入れないとタイヤが動かないほど重い。
「あかんな~~。マジになったらあかんのやで!」
チャーリーが自分に言い聞かせるように、ぽかりと頭を叩くと
「ちょ、大丈夫?」
聞き覚えのある声がする。
振り向くと、そこには夢の守護聖オリヴィエがいて、胡散臭いものを見る目でチャーリーを見つめていた。

「あちゃ、オリヴィエ様、もう店じまいしてもうたんですわ」
「そうなの? 残念」
とは言うものの、全く残念そうでもないオリヴィエの様子に、チャーリーは首をかしげた。
オリヴィエはたまに来て、ちょっとした小物やメイク用品を買ってくれるが、こんな時間に来るのは初めてだ。
たいていはオープンしてすぐの賑やかな時間。
他のお客さんも多くいて、皆と楽しそうにおしゃべりをすることが多い。
そもそも、店の公式営業時間は1時間も前に終わっているのだから、ここにチャーリーがいることのほうがレアなのだ。

「なんかお急ぎでしたら、ご用意しますよって」
「あ~、別に急ぎじゃないからいいよ。今から出させるのも悪いし」
チャーリーがすでに荷物をリアカーに積み込んでいるのは、遠くからでも見えただろう。
それならなぜ近づいてきたのか、ますます意味が分からない。

「…あのさ、さっき、ロザリアが来てたけど、何か買ったの?」
なにげないそぶりではあったけれど、チャーリーはピンときた。
「あ~、陛下と食べる言うて、チョコレートやらお菓子やら買うていかれましたで」
「ふーん、なんか話してたけど、それは?」
ストールをひらひらさせているオリヴィエの表情は、いつも通りで、なにも読み取れない。
聖地に来てから数か月、守護聖達ともそこそこの交流を持っているチャーリーだが、一番の曲者はこのオリヴィエではないかと思っている。
キラキラな衣装や派手派手メイクで誤魔化されてしまうが、中身は相当、場数を踏んでいるはずだ。
以前、あのオスカーも『本気でやりあって負けるかもしれないと思うのは、オリヴィエくらいだな』と言っていた。

ちょっとからかうつもりで、
「なんの話やと思います?」
含み笑いで問えば、わかりやすくイラっとした気配がしてくる。
「実は、ちょっとした恋バナですわ」
「恋バナ?!」
オリヴィエのびっくり顔はかなり貴重だと、チャーリーはほくそ笑んだ。
「ロザリア様、あんなに美人でナイスバディで頭も良くて上品でパーフェクトやのに、ホンマに彼氏とかおりませんの? 信じられませんわ~」
冗談とも本音ともつかない声色で、ちらっとオリヴィエを見ても、彼はいつものようにうっすらと笑みを浮かべているだけで。
…やっぱり相当曲者だ。

「さあ、でもたぶんいないと思うよ。つい最近まで女王候補だったわけだし」
「うわー、聖地の男性陣はどうなってるんや?! 美形ぞろいで目が慣れてしもうてるんでっか?! ロザリア様みたいな美人を放っておくやなんて! 俺、恋人に立候補したろかな~」
「…止めといたほうがいいと思うよ」
くすっと笑っているのに、目の奥が笑っていない気がする。
背中がゾクッとしてチャーリーが黙り込むと、オリヴィエはこれ見よがしに肩をすくめて見せた。

「ロザリアはさ、女王候補の頃から、あんまり守護聖たちと仲が良くなくてね。いいとこのお嬢様っていうのを鼻にかけて、ちょっと生意気だったからさ。ぼっちであんまり可哀そうだったから、私はちょくちょく話したり遊びに連れて行ったりしてあげたんだよ。たしかに美人だけどね。まあ、付き合ってみたらわかるんじゃない?」
オリヴィエの言葉は、いつになく辛らつだ。
日頃、オリヴィエがあまり悪口などを言うようなタイプではないと知っているだけに、チャーリーはそれが自分への牽制のように思えた。
もしかしなくても、オリヴィエはロザリアに、普通ではない感情を抱いているのかもしれない。


バサっと、なにかが落ちる音がして、2人が音の方を向くと、そこにロザリアが立っていた。
最悪のタイミングであることは間違いない。
ロザリアは真っ青なをしていて、足元にはさっきあげた駄菓子の袋が転がっている。
「…このお菓子のお金を払うのを忘れていましたから」
今のオリヴィエの言葉が聞えていなかったとは思えないが。
お菓子を拾い上げたロザリアは、笑顔でチャーリーのところまで来ると、お財布からお金を出して、ぴったり支払った。
「間に合って良かったですわ」
小刻みに震える指先は、オリヴィエからは見えていないはずだ。
うっすらと目じりを濡らす涙も、かみしめた唇も。
何気ないフリをする彼女のプライドを守るために、チャーリーも笑顔で答えた。

「プレゼントのつもりやったのに、わざわざすんまへんな。ほな、また来週~」
「ええ、また来週」
オリヴィエを一瞥することもなく、ロザリアはそのまま歩き去った。
揺れるドレスの裾すら優雅に、凛と背筋を伸ばした後ろ姿は美しい。
けれどチャーリーは知っているのだ。
今頃、彼女の頬には冷たい雫が伝っていることを。
追いかけて行って、めちゃくちゃに笑わせたいのに、それができない立場なのが苦しくてたまらない。

「…聞こえてなかったかな」
呟いたオリヴィエの瞳が、消えていく彼女の姿を、ずっと追いかけている。
そんな顔をするなら、あんなことを言わなければいいのに。
チャーリーは聞えないように小さく舌打ちをすると、リアカーを引いて、庭園を後にしたのだった。


自宅まで一気に走ったロザリアは、ドアをくぐると、その場にへたり込んだ。
補佐官の屋敷には住み込みのメイドがいないが、それがこれほどありがたいと思ったことはない。
勝手に溢れてくる涙を止める術がわからなくて。
拭うことすらできなくて。

『あんまり可哀そうだったから』
女王試験が始まってすぐの頃、ロザリアは本当に誰とも必要以上の会話をしていなかった。
まだアンジェリークとも距離があったし、ましてや守護聖達とは挨拶と育成以上の話は、まるでできずにいた。
オトコ嫌い、と思ったことはなかったが、女子校育ちで男性と対等に話をするという機会がないまま、飛空都市に来てしまったのだ。
誰とでも仲良くなれるアンジェリークとの差は大きかった。

そういえば、オリヴィエが初めて話しかけてくれたのは、アンジェリークがランディとデートをしていた日の曜日。
ロザリアが、一人、ぽつんと庭園で本を読んでいた時だった。
「はぁい、ロザリアじゃないか。ヒマなら私に付き合わない?」
そう言って、カフェに連れて行ってくれて、オシャレの話や聖地の話を聞かせてくれた。
それから、ロザリアが育成のために執務室に行けば、お茶やお菓子を振舞ってくれたり、メイクやネイルをしてくれたり。
育成で的確な指摘をされた時は、実はずっと大人で頭のいい人なのだと思い知らされた。
必死で好きにならないようにしたけれど、想いは止まらなくて、あんなことまでしてしまった。

「かわいそう、だったんですのね」
オリヴィエが気配りの人だと今は知っているから、理由を聞けば、納得できる。
可哀そうだから仲良くしてくれて。
可哀そうだから抱いてくれた。
全部、彼の優しさで、酷い人だと思いながらも、やっぱり大好きで。
嗚咽が止まると、ロザリアはよろよろと立ち上がり、そのまま、ベッドに倒れ込んでいたのだった。