6.見守る友

午後のお茶の時間は、たいていアンジェリークとお菓子を食べることになっている。
この時ばかりは、普通の友達として、女の子の話をするのだ。
「あ、このチョコ、美味しい」
「商人さんのお店で買ったんですのよ」
「え、こんなオシャレなチョコあったかな? ちょっと、商人さんってば、人によって出すもの変えてるんじゃない? わたしの時は、チョコ系って、これしか無かった気がするんだけど」

アンジェリークが取り出したのは、きのことたけのこの形をしたチョコレート菓子だ。
それはそれで美味しいけれど、ロザリアの持ってきた趣向を凝らしたトリュフやサンドクッキーの詰め合わせに比べたら、チープ感は否めない。
「あんたがそれを取り寄せたんじゃありませんの」
「そうだけど! なんかな~~」
きのこの軸をくるりと回して、パクっと一齧り。
「うん、やっぱりこれが好き!」
満面の笑みのアンジェリークは美味しそうに両ほほを抑えている。
幸せそうにお菓子を頬張るアンジェリークに、ロザリアも微笑みを浮かべて、紅茶を淹れた。

「ねえ~、商人さんと言えば、最近、ロザリアととっても仲良しって聞いてるわよ」
ぶっとお茶を吹き出しそうになって、ロザリアは慌てた。
「誰がそんなことを?!」
「最初に聞いたのはマルセルかな。庭園で散歩してたら、ロザリアが露店の裏でお茶飲んでたって。で、そのあとはルヴァが本を買いに行ったら、テーブルと椅子があって、そこで本を読めるか聞いたら『ロザリア様専用なんです~』って言われたとか」
まあ、別にやましいことはないのだし、その程度の噂は許容範囲だ。

「そういう意味でしたら、仲良しですわ。毎週通う常連ですわね」
「あれ! 認めちゃった!」
「チャーリーが一生懸命お仕事をしているところを見ていると、わたくしももっと頑張ろうと思えるんですの。それに、独特の発音がなんだか和んでしまって」
「わかる~~。あのイントネーション、なんか可愛いのよね」
「ええ。わたくしもあの話し方だったら、もっと親しみを持ってもらえるかもしれませんわ」
「うわ、それはなんか嫌! ロザリアはお嬢様のロザリアのままがいいもん」

チャーリーの話でひとしきり盛り上がると、アンジェリークが紅茶を一気に飲み干した。
そして、急に真面目な顔になる。
「あのね、ちょっと聞いてもいい?」
「なにかしら?」
「オリヴィエとは…どうなの? 女王試験の時はすごく仲良しで、お茶したりデートしたりしてたのに、聖地に来てからは全然じゃない? ケンカしたとか?」

いきなり飛び出したオリヴィエの名前にロザリアはグッと言葉に詰まった。
お泊り会の恋バナでも話したことはなかったけれど、アンジェリークにはロザリアの想いをきっと気付かれていたと思う。
ルヴァとダブルデートをしたり、一緒にお茶の時間を過ごしたり。
それとなく、二人きりにしてくれたこともあったくらいだ。

緑の瞳の中の心配そうな色に、ロザリアは微笑みを作って見せた。
「ケンカなんてしていませんわ。ただ、今は新女王の試験で忙しいでしょう? 守護聖達にはできれば女王候補たちと親しくなってほしいですし」
「…そうだけど。でも、ホントのとこ、わたしはね~、ちょっとね~。嫉妬しちゃうかも」
「ふふ、ルヴァなら心配ありませんわよ」
「でもぉ~、こないだ、コレットと一緒に庭園に行くって」
「仕方ありませんわ。試験の一環ですもの。きっとルヴァの中では引率の教師的な気持ちじゃないかしら」
「引率!! そうね、そう思わなきゃやってられないわ。あ、オリヴィエはレイチェルとでかけてるみたいね。わたしたち、湖で偶然会っちゃって、なんか気まずかったわ」

「…レイチェルと…」
ずきり、と胸が痛む。
今回の女王試験でも育成はレイチェルで、守護聖たちの支持はコレットがリードしている。
ロザリアたちの時と状況が同じだ。
きっと、言いたいことをズバッと言うイマドキ女子のレイチェルよりも、いつもニコニコとして聞き上手なコレットの方がウケがいいのだろう。
そういえば、オリヴィエは前回の定期審査でレイチェルを支持していたことを思い出した。
スレンダーなモデル体型のレイチェルは、オリヴィエの好みのタイプなのかもしれない。
それとも、ロザリアの時と同じように、支持が少ないレイチェルを慮っているのだろうか。

「オリヴィエはとても優しくて気配りのできる方だから…。気の強いレイチェルとも仲良くできるのでしょうね」
「ふふ、ロザリアも前は結構すごかったもんね」
おーほっほっほ、と手を口元にあてて笑う仕草をまねると、
「もう、やめてちょうだい」
ふいっと顔をそむけたロザリアをアンジェリークがくすくすと笑う。

その時、こんこんと音がして、ゆっくりとドアが開いた。
「あ~、陛下。ちょっとだけいいですか?」
のんびりとした足取りでやってきたのはルヴァだ。
今日は一日読みたい本があると言って、お茶の時間をロザリアに譲ったはずなのに、やっぱり会いたくなってしまったらしい。
手にしているのは、玉羊羹だろうか。
まんまるの形とカラフルな色合いが可愛いと、アンジェリークも気に入っているお菓子だ。

「では、わたくしは先に執務に戻りますわ。…あんまりのんびりはいけませんわよ、ルヴァ」
「ああ~、はい~」
ロザリアに釘を刺され、ルヴァは頭をかいている。
ラブラブさせてあげたいのはやまやまだが、執務の様子を考えるとそうもいかない。
やることが山積みなのだ。


ロザリアが出て行った後、ルヴァとアンジェリークは早速、並んでソファに座り、玉羊羹をつつき始めた。
ぱちん、とはじけて、お皿に転がる羊羹。
色とりどりのころんとした形がとても可愛らしい。
「わたしはこのピンク色にする!」
「あ~桜ですね。あなたにぴったりです」
もぐもぐと一口で頬張って、アンジェリークは飲み残しの紅茶を空にした。
ルヴァはちゃっかり緑茶を水筒で持参していて、アンジェリークにも勧めてくれる。

「あの、ルヴァ、ちょっと聞いてもいい?」
「はいはい、なんですか?」
「オリヴィエって、優しいと思う?」
「はい?!」
「あのね、ロザリアはオリヴィエの話になると、いっつも『オリヴィエは優しいから』とか『オリヴィエは気配りの方だから』とか言うの。でも、わたしにはぜーんぜん、そんな風に思えないから、すごく不思議なのよね。オリヴィエってどっちかっていうと、毒舌だし、面白がってヘンなことしたりする、わがままタイプじゃない?」
「まあ~、そうですね。昔から皮肉屋で反抗的でしたねぇ。ジュリアスともよく揉めてました」
「でっしょー!!! 時々、ロザリアの話を聞いていると、別人なんじゃないかと思うわ」
アンジェリークが唇を尖らせて言うと、ルヴァはくすりと笑った。

「きっと、ロザリアには特別に優しいんでしょうね~」
「そういうことよね。ロザリアには優しくて気配りしてくれてるってことよね。あ~、なんかオリヴィエがかわいそうになってきたかも」
ここ最近、というか、聖地に来てから、急にロザリアとオリヴィエがぎくしゃくしていることに、もちろんアンジェリークは気が付いている。
あれほど補佐官になることを拒んでいたロザリアが、急に気持ちを変えたのは、もしかしてオリヴィエと…と勘ぐったこともあったのだが、どうも様子がおかしいのだ。
ロザリアはオリヴィエを避けているし、オリヴィエもロザリアを目で追っているくせに声はかけない。
お互いに意識し合っているのはバレバレなのに。

「ロザリアはともかく、オリヴィエは何をやってるのよ!」
アンジェリークの叫びに
「ああ見えて、意外とオリヴィエにとっても初めてなのかもしれませんよ~。彼はすごくモテますけれどね、自分から、こう、なんていうか、好きになったりということは、なさそうでしたから」
ルヴァの知る限り、女王試験までのオリヴィエは、その場限りの享楽的な楽しみしかしていなかったはずだ。
人当たりは悪くないけれど、他人に対してどこか壁があるような付き合い方。
来る者は拒まず、去る者は追わず。
他人の目などまるで気にしない。

「そっか~。本気になったのは初めてかもってことなのね。わたしはロザリアが幸せでいてくれたら、それでいいんだけど!」
「できれば2人とも幸せなのがいいんじゃないでしょうかね~」
ルヴァはにこにこと水筒の緑茶を飲んでいて、アンジェリークはため息をこぼした。
2人が幸せなのが、一番いいけれど、どちらかとなれば、当然ロザリアだ。
オリヴィエがだめなら、他の誰かでもアンジェリーク的には問題ない。
ふと、頭にある人物が浮かぶ。
「商人さん、チャンスよ!」
ぽろりと口から出た言葉を、アンジェリークは慌てて飲み込んだのだった。