Collaboration of B'z × Angelique



Finally Arrived

『Baby You're my home』(6th Album「RUN」 収録)

Novel by shine   アリオス×コレット

風に乗ってオカリナの音色が聞こえてくるような気がして、アンジェリークは窓の外を見る。
小鳥のさえずりと庭園の水の音だけ・・・気のせいだったろうかと決済途中の書類にペンを走らせる。
だがかすかに聞こえてくる・・・ここまで聞こえるはずないのに、と思いながらも耳を澄ませてしまう。

「さっきから全然進んでないみたいなんだけど、ダイジョウブ?」

女王の決済を待つレイチェルが心配そうに声をかける。

「あ!ごめんなさい!レイチェル!これで終わりよ」

「心ここに在らずってカンジだね。どーしたの?アンジェらしくないヨ。そういえばアイツは?今日休みだったっけ?」

「ええ・・・・彼は・・・・ちょっと出かけているみたいなの・・・・・・今日は・・・・・特別な日、だから」

書類の最後に署名を済ませてレイチェルに渡すと、彼女はそれを確認しアンジェリークにOKサインを出す。

「アイツが帰ったらイッパイ動いてもらわなくちゃいけないから、しばらく借りると思うけどヨロシクね♪
アンジェが寂しがらない程度には帰してあげるから」

「うふふ。たくさん借りていって大丈夫よ。たまには・・・・・あなたや他の人たちとも、過ごしたいとは思うから」

その言葉にレイチェルはカラカラと笑いながら女王の執務室から退出して行った。
午前中の執務はこれでほぼ終わり、アンジェリークは立ち上がって背後の大きな窓を開け放つ。
彼はもう着いただろうか?亡き人を弔う場所に・・・・かつて「皇帝」として在った場所に。

「ばかね、私ったら・・・・亡くなった人にやきもちなんて・・・・あなたに叱られそうよ・・・・・アリオス」

アリオスの記憶に、胸に、未だ亡き人への思いが残っていることは知っている。
それが未練や思慕などという意味のものではないこともわかっている。
過去のことすべてを忘れてほしいとはアンジェリークも思ってはいない。それが昔愛した人の記憶ならば尚更だ。
アンジェリークと出会う前のその人との思い出を、どうして自分がどうにかできるだろうか?

だが、今まで私事の休暇などを申し出たことのないアリオスが、弔いのためにと休暇を取って出かけていった。
本当に亡き人を弔うだけのことだとわかっているのに、アンジェリークの心は沈んでいる。
嫉妬しているのだ・・・・・亡き人に、アリオスを案じてその行く末を託してくれたその人に。
そんな思いを抱く自分が嫌でたまらない。

「アリオス・・・・・・・・・・」

帰ってくるわよね?・・・・という問いかけは、木々のざわめきにかき消された。
帰ってくる・・・・と、アンジェリークは強く念じる。
そう、彼はいつだって帰って来てくれた・・・・だから大丈夫だ・・・・必ず帰ってくるだろう。

ざわざわと美しい緑が揺れて、緑色の風が聖地を吹き抜ける・・・・・放たれた言霊を運ぶように。



誰かが自分の名前を呼んだような気がして、アリオスはオカリナを吹くのをやめる。
さわさわと風に吹かれて草木が揺れる音だけ・・・・気のせいだろうと再びオカリナを吹く。
だがかすかに聞こえてくる・・・誰もここにはいないのに、と思いながらも耳を澄ませてしまう。

そう・・・ここには、旧き城跡の惑星には、アリオスの名を呼ぶ者など誰もいないのだ。
かつて「皇帝レヴィアス」として偽守護星たちを率いて君臨した虚空の城も、今は跡形もなくなっている。
アンジェリークや神鳥の守護聖たちと剣を交えたのは、この星の時間ではもう遠い昔になるのだ。

転生してもなおアンジェリークや金の髪の女王に剣を向けていた自分。
それでもアンジェリークはそんな自分ごと受け入れてくれた・・・・ならばそんな彼女のために自分が為すべきことはひとつ。
愛する彼女のために、彼が唯一膝を折るにふさわしい白い翼の女王のために命をかけて仕えること、なのだが・・・・

「エリス・・・・・・」

彼が呼ぶのは愛するアンジェリークの名ではない・・・かつて愛した、アンジェリークと生き写しの少女エリス。
お互いを思い過ぎた故に、エリスは命を自ら絶ち、自分は絶望にとりつかれて金の髪の女王の宇宙へと侵攻した。
お互いに何も見えていなかった・・・・と思う、今なら。
エリスの死を、エリスの思いを、今はもうきちんと受け止めることはできる。
それでも・・・・・・たとえ今はアンジェリークを心から愛していても、彼の記憶からエリスが消えることはない。

「あいつに、アンジェに甘えてんのはわかってる・・・・あいつ、何も言わねぇからな」

かつて虚空の城があった場所を見下ろす丘に、アリオスはアスターの花束を置く。
先ほどまでの雨に濡れてはいるが、アスターは雨露を含んでよりいっそう美しく見える。

時間も次元も超えて転生した今、「命日」などというものが今日なのかどうかさえ疑わしい。
花を手向けても、オカリナを吹いても、それが彼女のもとに届くことなどない。
ただエリスの死んだ日の、かすかな自分の記憶だけを頼りにここへ来た。
未練があるからではない。そう、ただ・・・・忘れてはいけないと思っただけ・・・・自分を愛してくれた人を、自分の・・・過去を。
すべてが始まって、すべてが終わったこの場所で、自分の正直な心でもう一度エリスを弔いたかっただけだ。

「別にお前は必要ないって思うだろうな・・・・・けど、別におれが覚えてたって構わねぇだろう?
おれだっていつも覚えてるわけじゃねぇし。最近はずっと・・・・・考えてることはひとつだけだからな」

エリスの命日だから休暇をくれと申し出たときのアンジェリークの顔を、アリオスは思い出していた。
理由は何でもつけられただろうが嘘はつきたくなったし、何よりも次元回廊を使うのに虚偽の報告はできない。
アンジェリークの顔が寂しそうに翳ったのを見た時、嘘をつけばよかったとも思ったが、やはり正直に言ってよかったのだ。
黙って送り出してくれたアンジェリークに、今は心から感謝している。
そして自分は本当に何から何まで彼女に甘えっぱなしなんだと気づかされる。

「エリス、おれは、あいつと生きることを選んだ。あいつの支えになってやりたいと思ってる。えらく勝手な言い分だとは思う。
けどな・・・・何を言われてもおれはそれを選んだことを間違いだとは思わない。そしてあいつにも、間違いだとは思わせない。
だからと言って、お前をきれいさっぱり忘れたわけじゃない・・・・・ただ・・・・おれはもう、必要以上に後ろは振り返らねぇ。
それを・・・・言いに来た」

もちろん、それに答える声はない。この告白も単なる自己満足だということもわかっている。
それでもいい・・・・・それは自分自身に誓ったことでもあるのだから。

草を打つ雨音が再び聞こえ始める。止んでいた雨がまた降り出してきたようだ。
まるで霧のような雨で、アリオスの目の前に広がっていた景色は彼方まで雨に煙っている。
アリオスの銀の髪をつたい、雨のしずくが落ちていく。

しとしとと、雨は降り続く。何処からか湧き出した霧が、町も、森をも包み込んでいく。
そして、追憶の彼方に住む亡き人のために捧げられたアスターの花も、アリオスも霧に溶け込むように・・・・・



まばゆい光に包まれ、身体が持ち上げられるような感触になる。目を開ければ、そこは見慣れた聖獣の聖地の風景。
日が落ちてあまり時間はたっていないのか、西の空はうっすらと夕暮れの名残の色をしている。

「・・・・・・そうか。ここは外と時間の流れが違うんだったよな。いいかげん慣れねぇとな」

向こうの宇宙で3日ほど過ごしたと思ったのだが、聖地と下界では時間の流れがまったく違うのだ。
ここではアリオスが出ていった日から日付は変わっていない。未だそれに慣れないアリオスだった。

次元回廊を出て宮殿に向かう。宮殿の回廊は人もまばらで、ところどころに明かりが灯されている。
真っ先にアンジェリークの元へ行こうと思ったが、青の中庭のベンチに座り、どう言って彼女の前に行くかを考える。
それに、右手に握られたフリージアの花束・・・アンジェリークに贈るためのものだが、言い訳がましいだろうかとも思う。
こんな物思いは初めてだった。自分では万事に合理的に対応できるつもりだったが、合理的に考えられないことこの上ない。
ベンチに寝転がり一番星が顔を出したばかりの空を見つめていると、遠くの方から衣擦れの音とともに足音が聞こえる。
誰だろうと身体を起こしたアリオスの視界に入ってきたのは、苦しそうに胸を押さえ、こちらを凝視しているアンジェリークの姿。

「アンジェ・・・・!お前・・・・」

「アリオス!」

アリオスの姿を見つけ、アンジェリークは泣きそうな顔でこちらへ駆けてきた。
慌ててフリージアの花束を後ろに隠し、戻ってきたことを伝えようと思ったが、アンジェリークの顔を見てそれをやめる。

「なんて顔してんだ・・・・・・・」

悲しいとも、嬉しいとも、なんとも言えない表情でアリオスを見つめるアンジェリーク。瞳にはうっすらと涙がにじんでいる。

「・・・・・・ここに・・・・・帰って来てくれたのね」

ようやくそれだけ言って、アンジェリークは俯く。

「・・・・・・帰って・・・・・来たじゃねぇか」

そう言ってもアンジェリークは顔をあげない。小刻みに肩が震えている・・・泣いている顔を見られたくないのだろう。
強がりやがって・・・と、言葉の代わりにアンジェリークの体を片腕で引き寄せ、そっと抱きしめる。
アンジェリークは何も言わない。自分には何も言えないと言い聞かせているようにアリオスには思えた。
本当は言いたいことも胸に秘めた思いもたくさんあるだろう。
アリオスが出て行ってから、ひとりで途方に暮れていたに違いない。

旧き城跡の惑星で聞こえた自分を呼ぶ声は、アンジェリークのものだったのだろうか?

(おれが帰る場所はここしかねぇってわかってんだろうに・・・)

不安にさせていたことを申し訳ないと思う気持ちと、そこまで考えていたアンジェリークを可愛いと思う気持ちがない交ぜになる。
また、正直そこまで恋人に信じてもらえてなかったのかと、少々悔しい気持ちまで湧き上がってきてしまった。

「お前な、考えすぎ。おれが家出するとでも思ってたのかよ。エリスの弔いに行くだけだって言ったじゃねぇか」

「どうせ私はっ・・・・・・バカだもん!そんな権利もないのにあの人に嫉妬なんかして」

ああ、やはり・・・と、アリオスはアンジェリークの頭を乱暴に撫でる。

「バーカ。十分権利はあるじゃねぇか。お前はおれの女だろ?で、おれは?おれは女王のただの使いっ走りか?」

「違う・・・・・・」

アリオスはまだ俯いたままのアンジェリークの顎に指を絡め、自分の方へと顔を上げさせる。

「この際だからはっきり言っておくぜ。お前に隠しごとはしたくねぇから、正直に言った。あいつの弔いも何もかも済ませてきた。
な、アンジェ、おれはキレイさっぱりエリスのことを忘れた方がいいか?ま、いつまでも心の中で思われてんのも嫌な話だろうけどな。
おれとしてはもうあいつは思い出の中に住んでるやつだ。そう思ってる。ただ、時々は・・・思い出す。それがお前は気にいらねぇか?」

うまくは言えない・・・・・・・たが、自分の気持ちはわかってもらいたかった。何のために旧き城跡の惑星に行ったのかを。
エリスを思う気持ちとアンジェリークを思う気持ちは同じではないことを。思い出すのは、過去であるからということを。

「ううん・・・・・・そんなこと、ない・・・・・・全部忘れることなんて、できないもの。私がもしアリオスだったら、同じことを言うと思う。
思い出も全部忘れるって・・・考えたら悲しいことだものね。私も家族や友達のことは時々思い出したりするから。
向こうの宇宙の守護聖様や女王陛下のことも・・・懐かしいな、会いたいなって、考えるから・・・」

「おれが考えてるのは、バカで嫉妬深くて、ひとりで何でも抱えこんじまう女のことだけだ。帰るのも、その女がいる場所だけだ。
だから・・・・・・もうひとりで泣くな。それに・・・もうお前をこんなことで悩ませたりはしねぇから」

そっとアンジェリークの頬にくちづける。その顔を飾るのは涙であってほしくない。ましてや自分のせいで流した涙なら尚更だった。

「ほら」

アンジェリークの涙を唇でほとんど拭った後、アリオスは後ろ手に隠していたフリージアの小さな花束を彼女の顔の前に差し出す。

「花・・・・・・わたし・・・・に?」

「他の誰にやるってんだ?ったく、恥ずかしいったらありゃしねぇ。ここまで持って来たおれの苦労も考えろよな」

らしくない事だとわかっているから、妙に恥ずかしい。女に花を贈るなど一体いつ以来だろうかとアリオスは考える。
そうえいばアンジェリークにそんな贈り物をしたことがなかったと気づいたのは、旧き城跡の惑星を後にした時のことだった。
神鳥の宇宙の聖地へ着いてすぐに、公園で花を買ったのだ。
剣を携え真っ黒なコートを纏った自分がフリージアの花を買う姿・・・自分でも笑いがこみ上げてくる。

フリージアの花言葉は「未来への希望」。
そう、アリオスがこれから歩んでいく未来・・・そばには常にアンジェリークがいる。
アンジェリークのために、アンジェリークの宇宙のために、愛する人のために歩んでいく未来への希望。
過去は消えないけれど、必要以上に過去は振り返らない、そう決めたアリオスのアンジェリークへの思いを示した言葉だった。

「すごく、嬉しい・・・・・・アリオス!ありがとう!」

予想だにしていなかったのだろう。アンジェリークはしばらくフリージアの花束をじっと見つめ、おずおずとアリオスからそれを受け取った。
先ほどまでの寂しそうな表情から、まるで曇り空から急に雲ひとつない青空になったかのような笑顔になる。

「お前、花貰ったら急に元気になりやがったな・・・ったく、気まぐれな女王陛下だぜ」

「だって、お花を貰ったら嬉しいじゃない。それがアリオスからだったら、倍以上に嬉しいわ」

大事そうにフリージアの花束を抱えたアンジェリークは、花がしおれては大変だと言って執務室に戻ろうとしていた。
アリオスはアンジェリークの手首を掴んでそれを止める。何事かと驚いて振り返るアンジェリークに隣に座るように声をかける。

「星・・・・見ていかねぇか?」

ひとりで泣かせてしまった分、今夜は傍にいてやりたい・・・星を見るという些細な時間も2人で過ごしたい。
そう考えてアリオスは空を指差す。アンジェリークはそれを追うように空を見上げると、「わぁっ」と声を挙げた。
黄昏の色から一転、空は夜の帳が降りてきており、宝石のように無数の星が輝いていた。
星明りで庭園の木々も、星空を見つめるアンジェリークの瞳も淡く光っているように見える。

(おれのこの瞳に映るものすべてが、光と希望にあふれているように・・・それがお前の願いだったよな)

星を見てはしゃぐアンジェリークの様子を見つめながら、ふと昔のことを思い出す。
アンジェリークは気づいているのだろうか?アリオスにとっての光や希望が何であるのかを。

「あ!流れ星!」

アンジェリークが嬉しそうに夜空を指差す。傍には、アンジェリーク。
そっと肩を引き寄せ、アンジェリークに微笑みかけるアリオス。
見上げるアンジェリークの顔には、アリオスだけに見せる優しい微笑み。
この笑顔も、泣き顔もすべてが愛しい・・・・・ただ、それだけ。

どちらからともなくゆっくりと唇を寄せ、ふわり、とキスを交わす。
もう一度見つめ合い、くすりと笑いあってから・・・・・・今度は深く、強く、唇を重ねた。

何があっても、たどり着くのはアンジェリークのいる場所。帰るのはアンジェリークの胸。
そして自分の瞳が見るものは、アンジェリークとこの宇宙の未来。それが、アリオスにとっての光と希望。

(おれが星に願うのは、お前の瞳に映るのが・・・・・・宇宙とおれとの未来であってほしい。それだけだぜ)

その願いを届けるかのように、星は軌跡を描いて流れていった。

Fin