Collaboration of B'z × Angelique
振り子の法則
『Blue Sunshine』(12th Album「GREEN」 収録)
Novel by ちゃおず オリヴィエ×ロザリア
今日も晴天の聖地の午後。
開いた窓から流れ込んでくる優しい風が、カーテンをわずかに揺らし、暖かな日差しが絨毯に光の輪を作る時間。
うんざりするほどサインを繰り返した書類の山を机の隅に片づけたオリヴィエは、両腕を大きく天井に向かって伸ばし、肩を数回回した。
固まっていた身体をゆっくりほどいていくと、思わずため息がこぼれる。
いつの間にこんなに書類がたまっていたのか。
補佐官のロザリアに見つかったら、即、叱られそうなほどの量だったのだ。
なんにせよ、ただでさえ忙しい彼女の手を煩わせる前に済んでよかった、と思う。
「お茶でも飲もうかな。」
ぽつりとつぶやいた時、控えめなノックの音が響いた。
すっかり覚えたリズムと音色。
頬が緩むのを自覚しながら、オリヴィエは 「開いてるよ。」 とドアに向かって声をかけた。
扉が開くと、窓からの風のベクトルが一斉に同じ方を差す。
ドアを開けた本人にとって、その風はかなり意外だったのだろう。
「きゃっ。」 と小さな声が上がり、あわててベールを抑える細い指が動いた。
顔を飾る青紫の巻き毛も風に揺れる。
眉を顰めたようなその表情さえ美しくて、オリヴィエは瞬間、目を奪われていた。
律儀に後ろを向いてドアを閉めると、ロザリアは乱れたベールを直し、オリヴィエにほほ笑んだ。
「気まぐれな風ですこと。 部屋の主に似ているみたいですわね。」
ウィットに富んだ言葉にウインクを添えて返す。
「そう? 今日の私はすごくまじめだったんだけどね。」
苦笑しながら、オリヴィエは内心でどきりとした。
まっすぐに彼女に向かっていった風。
自分に似ているというのならば、間違いなくその部分だろうから。
勢いよく入ってきたというのに、ロザリアはドアの前に立ったまま、なかなか動き出さない。
「お茶でも飲む?」 と声をかけようとしたオリヴィエは、ぎゅっと握りしめられた彼女の手に気が付いて席を立った。
「ね、せっかくいい天気だし、散歩でもしない? 朝からずっと缶詰で死にそうなんだ。」
「でも…。 まだ執務時間ですし、それに…。」
ロザリアらしい返事だけれど、言葉のトーンがいつもの厳しいものとは少し違っている。
本気で嫌がっているわけではないことがすぐにわかって、オリヴィエは強引に言葉を重ねた。
「いいでしょ。少しくらいなら、気分転換にもなるし。 私の散歩に付き合うだけでいいからさ。
こーんなに働かせて、私がこっそり聖地を逃げ出しても知らないよ。」
言いながらロザリアの青い瞳を覗き込むと、まだ困ったような色が浮かんでいる。
こんなにはっきりしない彼女は珍しい。
疑問はとりあえず棚上げにして、オリヴィエが先に立って歩き出すと、ロザリアも少し遅れて後についてきた。
オリヴィエが足を向けたのは、森の湖。
この時間、この場所を訪れる人はほとんどいない。
滝の流れる水音が穏やかな景色を一層和ませ、オリヴィエは知らずに詰めていた息をそっと吐きだした。
「いい天気だね。 ここまで来てよかったよ。」
「ええ。本当に。」
優しい風がふわりと頬を撫で、ロザリアのベールが揺れる。
時折ベールから覗く白い肌がまぶしくて、オリヴィエは目を細めた。
「なにがあったの?」 と声をかけることは簡単だ。
おそらく彼女に出会ったばかりの女王試験のころなら、そうしていただろう。
彼女の悩みを聞いて、アドバイスをして。
完璧な女王候補という、硬い殻に覆われていたロザリアの本当の姿を最初に見つけたのはオリヴィエだ。
それから少しづつ花開いていく姿もずっと見守ってきた。
けれどずっと彼女を見つめていたから、わかってしまったこともある。
いつの間にか、ロザリアが彼を見ていたこと。
ロザリアは湖のほとりに立ち、キラキラと光を弾く湖面を眺めている。
何か言いたそうになんどかため息をついているけれど、結局なにも言わないままだ。
いつものように、オリヴィエが切り出すちょっとした話題に、笑顔で答えてくれるロザリア。
補佐官然とした大人の顔も美しいけれど、こういう彼女の笑顔は可愛いと思ってしまう。
まるで、この世界に二人きりのような感覚。
もし本当にそうなら。
こんなにも苦しいことはないのに。
突然、静かな風景に不釣り合いな電子音が響いた。
一瞬お互いに顔を見合わせて、ロザリアが携帯電話を取り出す。
全く無粋な機械だが、この携帯のおかげで執務が格段にはかどるようになったのは事実だ。
気まぐれであちこちをブラブラする守護聖達を探さなくてもよくなっただけで、ロザリアとしてはかなり楽になっただろう。
オリヴィエは面倒で休み時間にまで持ち歩くことはしないが、生真面目なロザリアはどこへ行くにも持っている。
こんな時間に一体誰からのコールなのか。
特に規定はないが、お茶の時間は休憩というのが聖地の慣例だ。
その時間にわざわざ電話をかけてくる相手。
オリヴィエの胸にちくりと痛みがさす。
二人のささやかな時間を邪魔された不満にオリヴィエが無意識に肩をすくめると、申し訳なさそうな顔でロザリアは携帯のボタンを押した。
「ええ。 ………まだですわ。 それで?
まあ、本当ですの?! 全く、あんたって子は! すぐに戻るから、そのままにしておきなさいよ。」
いらだたしげに電話を切り、ロザリアは大きなため息をついた。
電話の相手は女王陛下だろう。
泣き言をいう陛下とあしらう補佐官。
そんな彼女達の様子はもう珍しいことではなく…。むしろよくある光景になっている。
腰に手を当てて、携帯をにらみつけているロザリアが可愛くて、つい、オリヴィエはくすっと笑ってしまった。
その笑い声に、ロザリアはハッと反応して顔を赤くしている。
「陛下ったら、…抹茶を飲んでいて書類にこぼしてしまったのですって。 本当にそそっかしいんだから!」
『抹茶』という言葉の前のわずかなためらいが、彼女の微妙な胸の内をのぞかせる。
ロザリアがオリヴィエのところへやって来た理由は、やはり予想通りだったらしい。
ロザリアの親友でもある女王陛下と彼が惹かれあっていることは、誰の目から見ても明らかだ。
立場ゆえに公にはできなくても、二人の想いを皆が認めている。
聖殿のいたるところで見かける、幸せそうな恋人同士の姿。
そんな二人の様子をそばで見ていることが辛いロザリアの想いを、オリヴィエだけは気づいていた。
女王試験のころ、オリヴィエの見つめるロザリアの視線の先に、いつの間にか彼がいた。
穏やかな彼のたたずまいに、オリヴィエも心安らぐことがあるのだから、張りつめていたロザリアならなおさらだっただろう。
けれど、その彼はいつでも、今は陛下と呼ばれている少女を見ていて。
そして少女もいつの間にか、彼を見るようになっていて。
第三者的に二人を眺めていたオリヴィエが、交わるようになった視線に真っ先に気づくのは当たり前だった。
伝えるべきか、時のままに任せるか。
オリヴィエが悩むうちに、結末は突然もたらされた。
「アンジェリークなら、女王も恋もきっと手に入れられますわ。 だって、わたくしの認めたライバルなんですもの。」
アンジェリークが告白した日、飛空都市の湖で、一度だけ見たロザリアの涙。
あの時、オリヴィエは彼女の想いが届かなかったことをわずかに喜んだ。
そんな自分が彼女を愛する資格などないとわかっているのに、今もあきらめきれないままでいる。
「戻らなくては。」
名残惜しげに湖面に目をやって、聖殿の方へとくるりとロザリアは体を向けた。
二人きりだと思えた世界は、やはりそんなはずはなくて。
今度は先に立って歩き出したロザリアに、オリヴィエが後を追った。
来るときはゆっくりと来た道も、駆けていけば、あっという間だ。
森の出口まで来たロザリアは急にぴたりと足を止めると、後ろを歩いていたオリヴィエを振り返った。
オリヴィエをまっすぐに見つめる青い瞳。
キラキラとした輝きは青色なのに不思議と太陽を連想させる。
綺麗すぎて胸が痛い。
「…大丈夫? 」
つい、口からこぼれてしまった言葉に、オリヴィエは内心舌打ちした。
プライドの高いロザリアにとって、その言葉は不愉快に聞こえたかもしれない。
けれどロザリアはオリヴィエの言葉になぜか驚いたように目を丸くすると、くすっと笑みをこぼした。
「本当は大丈夫じゃありませんの。」
「え?」
今度はオリヴィエが目を丸くした。
「わたくし、今日は一大決心をして参りましたのよ?
それなのに、こんなふうに呼び出されて。 あとでアンジェにグチグチ小言を言ってしまいそうですわ。」
「へえ…。」
わけがわからないまま、オリヴィエは曖昧な相槌を返した。
ロザリアが一大決心をするような、なにか大変な出来事があったのかと思い返しても、宇宙はいたって平穏で、少しの乱れも感じない。
少し考えて、やはりなにも思いつかないオリヴィエはふと視線をロザリアに向けた。
なにげない、一瞬。
彼女と目が合って。
息を飲んだ。
再び電子音が聞こえて、ロザリアが携帯を取り出した。
さっきの一瞬がまるで夢だったように、いつもの補佐官然とした声があたりに響く。
「ええ、今すぐ行くから待っていなさいな。 もう、余計なことをしてはだめよ。
拭いたりしたら破れてしまいますわ。」
話しながら、ドンドン先を行くロザリアに、午後の陽ざしが眩しく輝いている。
風に揺れる長いベール。
歩くたびにそよぐドレスの裾。
彼女はどんどん綺麗になっていく。
それが誰かのためであっても、そばで見続けていたいと思うほどに。
気が付けばオリヴィエはロザリアの隣に並んで歩いていた。
彼女がペースを落としたのか、自分が早くなっていたのかは、よくわからない。
すぐ目の下で青紫の髪が風に揺れている。
「…あの、オリヴィエ。 今度の日の曜日、あなたのおうちに行ってもよろしいかしら?」
前を向いたまま、ロザリアが言った。
「ん? いいけど。 久しぶりだね。 そういえば、あんたの好きなお茶、買ってあるんだよ。」
「ありがとう。 …わたくし、いつもあなたのそういう優しさに助けられてきたんですのね。」
ロザリアが顔を上げる。
受け止めた彼女の視線に、どうしようもなくオリヴィエの胸が騒いだ。
「一大決心を聞いてほしいんですの。…あなたに。」
優しい風が二人の間を通り抜ける。
青い瞳の中に宿る光を希望だと。
想い続けてきた日々が幸せだったと思ってもいいのだろうか。
光を捕まえたいと願うように、彼女へと伸ばしかけた手をぎゅっと握りしめる。
また鳴り出した携帯を手に駆け足になったロザリアに、オリヴィエは笑みを浮かべて、その後ろを追いかけていったのだった。
Fin
私がヴィエロザっぽいな~と一番最初に感じたのが、この曲でした。
爽やかなメロディとどこかせつない歌詞が、片思いの気持ちをすごく表現してて。
まさにコミック版のオリヴィエ様にぴったりですよね。
オリヴィエ様って、好きな女の子に別に好きな人がいたら、絶対に自分の想いは伝えないと思うんです。
ただ見守って、支えてあげちゃう。
都合のいい男の立場でもいいと思ってね、身を引いちゃうようなね~。
そして、手の届く距離にいるのに、触れられないもどかしさ。
あと一歩が飛び越えられない臆病さ。
そんな葛藤するオリヴィエ様がすごく好きなんです。
でも、何度か聞くうちに、というか、年を重ねるうちに、この彼女の方も実は彼に特別な気持ちがあるんじゃないか、っていう気がしてきたんです。
弱みを見せられるって、ある意味、特別なことですもんね~。
この曲の彼女はまだそのことに気が付いていないかもしれないけど!
いつかきっと結ばれる日が来るよね!
そんな願いも込めて、お話は一応なハッピーエンドを目指してみました。
微妙すぎるかもしれませんが、この続きは二人で作ってもらいましょう、ということで。
しかし、このアルバムが発売されてから、もう10年以上にもなるんですね…。
自分の成長(ひょっとしたら退化?!)とともに、曲に対する感じ方も変わっていくんだな~と実感しました。
とても素敵な一曲ですので、ぜひ、聴いてみてくださいーv。