Collaboration of B'z × Angelique
遥かを約束した場所で
『ALONE』( 9th Single )
Novel by 希 様 オスカー×リモージュ
「……済まない」
その日――とある鄙びた街に住むその老婆は、聞き慣れない声に目を覚ました。
「…………ん……」
とろとろとした眼差しで顔を上げ、辺りを見回す。
家の軒先に据えていたロッキングチェアーの上で編み物をしていた筈だったが、如何やら一眠りしてしまっていたらしい。
手には編み掛けがしっかりと握られており、始めた頃には青天だった空は、今は茜色に染まっている。
「……済まない。少し物を尋ねたいんだが」
もう一度同じ声が聞こえ、漸く老婆は自分が呼ばれている事に気付いた。
キョロキョロと辺りを見回し、その先で見付けたモノに、老婆は思わずハッと息を飲む。
其処には――老婆が思っていたよりもずっと近くには、何時しか一人の大柄の男が背を折る様にして、自分の顔を覗き込んでいたのだった。
「あんたは――」
そう言いながらも、老婆は年甲斐も無くその男に見惚れてしまっていた。
歳の頃は二十代――三十にはなっていないだろうか。精悍な顔つきに、夕焼けの中でも分かる燃え上がる様な緋色の髪。
それとは正反対の氷の様な青い瞳に見つめられ、老婆の胸が訳も無く高鳴る。
あと数十年若かったら確実に一目ぼれでもしてしまうだろうか――そう思いながらも、しかし生まれてからずっとこの街に暮らしている老婆は、その男に見覚えが無かった。
「……済まない、少し物を尋ねたいんだが」
もう一度同じ事を尋ねられ、老婆はハッと意識を戻した。
「あ、ああ……」
老婆は思わず声を零し、
「済まないねえ。少しばかり眠っちまってたモンで、頭がハッキリしてなかったんだよ」
『全くの嘘では無い』老婆の言葉に、男はまるで老婆の思考を見透かした様な苦笑を浮かべた物の、それ以上追及しようとはしなかった。
「所であんた」
「何だ?」
「あんた、この街のモンじゃないだろう?」
老婆の言葉に、男は僅かに目を見開いて、
「分かるのかい?」
「嗚呼、分かるさ。アタシは生まれてこの方、この街から出た事は無いからね」
男の言葉に、老婆は大きく頷いて、
「何か名物が有る訳じゃ無い、寂れちまったこの街にわざわざ来るってのが珍しいからねえ……特に、あんたみたいな若い男が」
「もう『若い』って言う程の歳でも無いんだがな……世辞でも嬉しいぜ、婆さん」
「何が世辞なもんかい! この街じゃ、あんたよりよっぽど年寄りでも若者扱いされてるんだよ!?」
少し怒った様にそう言いながら、老婆は不意に何かを思い出した様に頭を小さく左右に振って、
「……嗚呼、済まないねえ。話が横に逸れちまったみたいだ。……そう言えば、アタシに何か聞きたいんだったよね」
老婆の言葉に、男は「嗚呼」と頷いて、
「人を探している。この街に居ると聞いたんだが――」
「若しかして、あんたの『コレ』かい?」
「……まあ、そんな様なモノだ」
「キシシ」と些か下品た笑いを浮かべ、小指を立てる老婆に、男は苦笑交じりに頷く。
「おやまあ本当かい? アタシゃ当てずっぽうで言ったんだが――」
老婆は僅かに驚きながらも大きく頷いて、
「まあ良いさ。アタシゃさっきも言ったが、この街の人間の事なら大抵分かる。その探し人の名前を言ってみとくれよ。何か助けになれるかも知れないし」
「そうか? それなら――」
「な――」
男が探していると言う人物の名を聞いた時、老婆は思わず声を上げていた。
「あんた本気で、その人を探しに来たってのかい?」
「婆さん、何か知ってるのか?」
男の言葉に、老婆は「はあ……」と深く息を吐いて、
「確かに、その名前の人間なら知ってるさ。けどね……」
其処で老婆は数瞬言い淀んで、
「アタシが知ってるのは数十年前、多分あんたが生まれる前に流れて来た、あんたの母親……若しかしたら婆さんと言って良い歳なんだよ?
確かに若い頃はふわふわの金髪で、天使みたいに可愛い子だったけどねえ……」
「……そうか」
老婆の言葉に、男は薄く笑んで、
「――なら、多分間違いは無いな。婆さん、その人は一体何処に住んでいる?」
「はあ!?」
男の言葉に、老婆は頓狂な声を上げた。
「馬鹿をお言いで無いよ! さっきも言ったろう!? あの人はあんたが生まれる前からこの街に居るんだ、過去からやって来たんならともかく、あんたと恋仲な訳ないじゃないか!!」
「「過去からやって来た」――か」
男は不意に何処か泣きそうな笑みを浮かべて、
「強ち、間違いじゃ無いのかも知れないな……」
「間違いじゃ無いって、あんた一体――」
言って頭を緩く左右に振った男を、老婆は呆然とした面持ちで見つめる。
「婆さん。ともかく俺は、その人に会いに行く。住まいを知ってたら教えてくれないか」
「あ、嗚呼。それは良いけどさ」
老婆はそれから数瞬言い淀んで、
「……あんた、その人に会って如何する気なんだい?」
「如何もしない」
「え?」
「別に如何もしないさ――ただ、約束したんだ」
「約束?」
眉間に皺を寄せて聞いた老婆に、男は頷いて、
「「どんなに時間が掛かっても、俺の生命が在る限り、きっと見付けだしてみせる」――そうあいつに、約束したんだ」
其処まで言った後、急に気恥ずかしくでもなったのか、男は微苦笑を浮かべて、
「詰まらない話を聞かせちまったな……悪かった」
そして男は老婆から『その人』の住まいを記した紙切れを受け取ると、肩越しに手を振って老婆の下を立ち去って行く。
老婆は男が立ち去っても、暫くその面影を追うかの様に男が去って行った方向を見つめ続けていた。
『「どんなに時間が掛かっても、俺の生命が在る限り、きっと見付けだしてみせる」――そうあいつに、約束したんだ』
男が言ったその言葉に、老婆は確かに覚えが有った。
それは己が若かしり頃、ふらりとこの街に流れて来た一人の女が、何時まで経っても身を固めようともせずに一人で暮らしているのを案じ、誰か婿を世話しようかと申し出た時の言葉――
『「どんなに時間が掛かっても、俺の生命が在る限り、きっと見付けだしてみせる」――あの方はそう言って下さったから。だから私も待つ事にしたんです。……この生命が在る限り』
「まさか、本当に――」
「そんな事は有り得ない」――と続けるには、二人の眼差しは余りにも真剣だった。
長く生きている分、それなりに人を見る目は有る積もりだ。あの人も、そして今の今まで居た男も、決して嘘を吐いている様には思えなかった。
その言葉を吐いた二人の眼差しには、確かに同じモノが宿っていたから。
だが、それでも信じ切るにも躊躇は有る。自分が言い出した事とは言え、そんなお伽話でも見なくなった様な話を――
「……アタシが考えても仕方の無い事だね」
結局老婆は、考える事を放棄してしまった。
結局の所、自分は他人で有る。二人の言葉が嘘でも本当でも、自分に害が有る訳では無い。
ただそれでも、その言葉が本当で有れば良いと願う心は確かに有った。
若しあの時の寂しげな翡翠色の瞳が、あの男によって癒されるのならば――
不意に耳に滑り込んだ、家の中から食事だと自分を呼ぶ声に、老婆は長く座っていた椅子からゆっくりと腰を上げる。
人影の無くなったその場所には程なく静寂が訪れ、それに覆い被さる様に宵闇が辺りを闇の色に染めて行った――
それから程なくして、老婆の家に真紅の赤いバラの花束が届けられる。
花束の中に差し込まれていたポートレートを見て、老婆は思わず破顔した。
其処には老婆が以前会った緋色の髪の男に寄り添う様に、老婆の知り合いの『その人』が、彼女が今まで見る事の出来なかった、本当に幸せそうな笑顔を浮かべて写っていた――
Fin
希 様より
『ALONE』を聞いてる内に書きました。
曲を聴く→夕焼けの空に佇む(ちっと歳食った)オスカーが浮かぶ→話ふくらむと言った感じです。
女好きに見えても本気で惚れた女には一途で在って欲しい…と願っていますです。ハイ。
此処ではリモージュにしましたが。少しでも楽しんでもらえたら幸いです。