Collaboration of B'z × Angelique
この瞬間の精一杯
『Crazy Rendezvous』(5th Album「IN THE LIFE」 収録)
Novel by ちゃおず オリヴィエ×ロザリアア
今夜も遅くなってしまった。
ロザリアはすっかり日の暮れた、夜の聖地の小道を足早に駆けていた。
通いなれた道ではあっても、夜というのは、なんとなく心細い。
自然とさらに足が速くなっていたロザリアは、だんだんと近づいてくるエアバイクの音に思わず耳を澄ませた。
こんな時間にエアバイクなんかでうろついているのは、ゼフェルしかありえない。
何度小言を言っても一向に収まらないゼフェルの夜遊び癖は、補佐官のロザリアの悩みの種でもある。
もっとも、ゼフェル程度ならかわいいもの。
オスカーのように酒と香水の匂いをぷんぷんさせて、この清浄な聖地をうろつかれることに比べれば、数百倍もマシ、だ。
それでも、ロザリアの行く手を阻むように、銀のエアバイクがすうっと止まった時。
ロザリアは思わず腰に手を当てて、仁王立ちしていた。
横向きに止まったエアバイクは、もちろんゼフェルのものだ。
ロザリアもその背に何度か乗せてもらったことがあるからよく知っている。
機上に座る黒いツナギを着た影。
ヘルメットをしているから顔は見えないが、こんなところでエアバイクを走らせるのはゼフェルしかいない。
それにゼフェルがロザリアを夜の散歩に誘うのも、初めてのことではなかった。
こんな不意打ちは今までにはなかったけれど。
影は無言のまま、ロザリアを手招きすると、タンデムシートを指さし、そこへ乗るようにと言っている。
ロザリアは全く警戒感無く、そのシートに跨ると、影の腰に手を回した。
瞬間、機体が勢いよく舞い上がり、その遠心力でロザリアは体が後ろへ引っ張られるような感覚を受けた。
思わず、腕にギュッと力を込め、影の腰にしがみつく。
とたんに、ロザリアは違和感を感じた。
いつもロザリアがしがみつくと、ゼフェルは少し面倒くさそうに速度を落としてくれるのだ。
なのに、今日はロザリアがしがみつくのを楽しんでいるかのように、一層速度を上げている。
力を込めていないと、振り落されてしまいそうだ。
それに、なによりも腕から伝わる感触が違う。
ゼフェルよりももっと、しっかりとした体つき。
今更のように軽率すぎたことを悔やんだけれど、もう取り返しがつかない。
ここで手を放せば、機上から振り落とされて、命を落とすだろう。
エアバイクははるか上空を滑るように走っているのだ。
しばらくして、ぶわっとした空気が全身にまとわりつく。
時空の裂け目を超えた、と思った瞬間、空の色が変わった。
ようやくエアバイクが止まったのは、なにもない草原の上。
草原というよりも岩場とでも言ったほうがいいような、まばらな草とごつごつとした石が並ぶ寂しい場所だった。
エアバイクが止まった瞬間、勢いよく飛び降りたロザリアは、人影から素早く離れて身構えた。
補佐官を誘拐するくらいだ。
しかもゼフェルのエアバイクまで使って。
尋常でない事態であることはロザリアも理解している。
だだっ広いだけの場所では、上手く身を隠したりもできないし、ましてや逃げられはしないだろう。
決して走るのが苦手ではないが、相手は男だ。
「わたくしが女王補佐官と知っての狼藉ですか? 今なら、全てを不問にいたしますわ。 聖地に帰しなさい。」
精一杯の威厳をもって、ロザリアは人影に話しかけた。
もし、聖地に仇なすようなことがあれば、命を賭しても阻止しなければならない。
悲痛な覚悟で、人影と対峙していたロザリアは、影が体を折り曲げて、肩を震わせていることに気が付いた。
笑っている…?
黒い影はどう見てもくつくつと笑っている。
カッとしたロザリアは、ヒールを岩にぶつけながら、人影に近づいた。
「ゴメン。あんたがあんまりにも面白いから。」
影がヘルメットを外すと、そこから金の髪が零れ落ちる。
輝くような月の光を浴びて、さらさらと風になびく長い髪。
よく知った顔すぎて、ロザリアは一瞬、ぽかんと口を開けて、その顔を見つめた。
「な、あ…。」
驚きすぎて声も出ないロザリアに、オリヴィエはさらに体を折り曲げて、くつくつと笑っている。
「は~、あんたのそんな顔、久しぶりに見たよ。 補佐官になってから、まじめくさった顔ばっかりしてるもんね。」
ロザリアは自分の体中の血が頭に集まってくるのを感じた。
「オリヴィエ! 」
ようやくロザリアが上げた声が夜空に吸い込まれていった。
じっと睨みつけてくるロザリアに、オリヴィエは肩をすくめた。
「そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえるよ。 …ここにはあんたと私しかいないんだからさ。」
オリヴィエの言葉にロザリアははっとあたりを見回した。
見事な月と星の明かりのおかげで、あたりは白く穏やかな光に満ちている。
どこか温かいとさえ思えるようなほのかな光。
けれど、音は全くなく、ひたすらの静寂が広がっている。
生き物の気配すらない。
すっと頬を撫でる風に、ロザリアは体を震わせた。
そよぐ程度の風なのに、その冷たさはまるで頬を切るようだ。
オリヴィエはエアバイクのシートを開けると、毛布を取り出し、ロザリアの背にまわると、自分ごとくるむように包み込んだ。
「寒いでしょ?」
その動作があまりにも自然で、ロザリアはためらいなく彼の腕に包まれてしまった。
「ありがとう。 オリヴィエ。」
そして、ふと、この状況を思い直してみた。
誰もいない、見知らぬ土地で、二人きり。
しかも背中から抱きしめられている。
さっきまでの怒りとは違う熱がロザリアの体中を駆け巡ってくる。
じっと固まってしまったロザリアに、オリヴィエは小さくほほ笑んだ。
「こっちに座ろうか。」
オリヴィエはちょうど背後にあった岩に、ロザリアを抱いたまま、腰を下ろした。
椅子にするには少し硬いが、高さと大きさは申し分ない。
ロザリアはオリヴィエの膝に乗っているから、この冷たさも彼女には伝わらないだろう。
急に黙って大人しくなってしまったロザリアの耳が目の前にあって、オリヴィエはつい、唇を寄せてしまった。
ひんやりした感触が唇から伝わってきたかと思うと、びくっとロザリアの身体が硬くなる。
それでも、ロザリアは黙ったままだ。
怒って口もききたくないのだろうか。
さらに悪ふざけを重ねて、もっと怒らせてみようかと考えたオリヴィエは、耳たぶを噛もうとしてやめた。
ふと視界に入ったロザリアの顔がまるで泣き出しそうに見えたからだ。
「ゴメン…。」
「あやまるくらいなら、こんなことなさらないで。」
ぴしゃりと言われて、オリヴィエはため息をついた。
彼女の怒りはもっともかもしれない。
でも、自分だってもう限界だった。
「ゼフェルだと思って乗ったの?」
こくり、とロザリアの首が動く。
「だって、ゼフェルのエアバイクですもの。 当たり前でしょう?」
苛立ちをあらわにした声は、オリヴィエに軽率な行動を咎められていると思ったからだろう。
「ゼフェルはあんたの何?」
「なに…って。 守護聖、でしょう? 同僚かしら? そうですわね、友達?」
「友達、ね…。」
首をかしげるロザリアに、今度は大きなため息をついた。
「こないだの夜さ、私、見たんだよ。 あんたたちがエアバイクで聖地を走ってるとこ。」
聖地の綺麗な月明かりの下で、エアバイクから青紫の長い髪が踊っていた。
会話が聞こえたわけでも、恋人らしいことをしていたわけでもない。
けれど、二人の姿を見た瞬間、オリヴィエの中で何かがぷつんと切れたのだ。
女王候補のころから、オリヴィエはロザリアを見てきた。
強情で意地っ張りで高飛車で口が悪くて。
でも、繊細で優しいロザリア。
守護聖ともなかなか打ち解けられない彼女が心配で、おせっかいと思いながら、なんとなく構ってしまった。
硬い表情をしていたロザリアがだんだん笑顔を見せてくれることも楽しくて。
始めは『妹』。
それがやがて『女の子』になって、今は。
オリヴィエが自分の想いに蓋をしてきたのは、ロザリアが補佐官になったからだ。
この先もしばらくは彼女と一緒にいられる。
それなら今のままの居心地の良い関係を無理に壊すこともない。
時々お茶をして、時々二人で出かけて。
彼女の一番近くにいるのは、自分なのだと思っていた。
「じゃあ、私は? あんたの何?」
ロザリアの体がビクッと震えた。
背中から抱いているから、オリヴィエからロザリアの顔は見えない。
けれど、彼女が一瞬、息を飲み込んだのがわかった。
「…なぜ、そんなことを聞くんですの?」
「質問に質問で返すのは、ずるくない?」
おどけたようにオリヴィエが返しても、ロザリアは黙ったままだ。
こうなると意地っ張りな彼女は頑として答えないだろう。
「あんたの『いいお兄さん』でいるのに飽きたんだよ。」
言ってしまった。
これで、もう、ロザリアとの居心地のいい関係は終わってしまう。
『ごめんなさい。 でも、わたくしはゼフェルが。』 とか言われて、この次に会う時はぎこちない笑みを浮かべられるのだろう。
ロザリアは生真面目で優しいから。
オリヴィエの気持ちを知りながら、今までのように甘えてきたりはしないはずだ。
時々のお茶も二人のお出掛けも、これからは一人きりになる。
それでも言わずにいられなくなった。
つまらない嘘を重ねる自分にも、いい加減、飽き飽きしていたし、なによりも。
正々堂々とゼフェルに嫉妬していると、言えるようになりたかった。
「…わたくしはずっと『いい妹』でいようと努力してきましたわ。 」
思いがけない返事に、オリヴィエは彼女の顔を覗き込もうと首を伸ばした。
けれど、ロザリアはわざと横を向いて、彼の視線を避けている。
左右に何度か同じ動作を繰り返して、オリヴィエはギュッと彼女の体を抱きしめた。
「ずるいですわ…。 こんなこと…。」
きっとこの毛布の外は、さっき頬をかすめた風よりも冷えた空気に満ちているのだろう。
真夜中の空気は澄み切って、手を伸ばせば届きそうなほどの星にあふれている。
オリヴィエは腕の中の暖かさを逃がさないように、さらに力を込めた。
「あったかいね。」
「あなたの服は暖かそうですもの。 わたくしなんて、半袖のワンピース一枚なんですのよ。」
そういえば、オリヴィエはツナギのスーツに着替えていたが、ロザリアは聖殿の帰り道から拉致してきたようなものだ。
常春の聖地の服装のままでは、この気温は辛いだろう。
「ゴメン…。」
「今日は謝ってばかりですのね。 なんだか新鮮な気持ちですわ。」
くすっとロザリアが笑った。
「オリヴィエ。聞いてもいいかしら?」
「なあに?」
「あなたにとって、わたくしは何?」
相変わらず彼女の顔は見えないけれど、真っ赤になった耳が目に入って、オリヴィエの心臓がはねた。
ロザリアの望む答えは、はたして自分と同じだろうか。
さっきの彼女の言葉に、ほんの少しうぬぼれている自分がいる。
「ずるいのはどっち? 私はまだ、あんたからの答えを聞いてないよ。」
間髪入れずにそう返すと、ロザリアはまた黙ってしまった。
本当にこういう強情なところはどこにいても変わらない。
こんなにロマンティックなシチュエーションだというのに。
オリヴィエが小さく肩をすくめると、ロザリアが突然振り返った。
青い瞳に映る自分の顔と思わず見つめ合う。
「わたくしにとってのあなたは、守護聖で、同僚。」
「それから? 私にとってのあんたは、それだけじゃないんだけど。」
その先が聞きたくて、オリヴィエは青い瞳を覗き込んだ。
ロザリアは困ったように、わずかに眉を寄せて、オリヴィエを見つめている。
次第に赤らんでくる頬がたまらなく愛おしくて。
こんなふうにいっぱいいっぱいになっている自分がおかしくて。
言葉があふれだした。
「私にとってのあんたは、補佐官で同僚で、それから、大好きな女の子。 すっごく大切で、誰にも渡したくない存在。」
「本当…ですの?」
「ホント。 ほら、ものすごくドキドキしてるのわかるでしょ?」
オリヴィエはロザリアの手をそっと自分の胸にあてた。
身体から飛び出しそうなほどのリズムを刻む鼓動が、ロザリアに伝わってくる。
目を丸くしたまま固まったロザリアの頬にオリヴィエは唇をおとした。
ビックリしたのか、腕の中のロザリアから力が抜けて、オリヴィエに体を預けてくる。
同じくらいに激しいリズムを刻んでいる、彼女の鼓動。
オリヴィエは改めて、ロザリアを抱きなおすと、膝に抱えた。
「ここで朝日を見ると、幸せになれるって、言い伝えがあってね。」
「朝日?」
「そう、幸せな恋人になれるって。」
まるで当たり前の世間話のように話すオリヴィエの真意を、ロザリアはつかめない。
小首をかしげて、彼の言葉の続きを待った。
「だから、今日は朝まで帰さないよ。」
「な!」
ぎょっとして、腕の中のロザリアが暴れ出した。
「困りますわ。 明日はまだ木の曜日ですのよ?! 執務はどうなさるおつもりなの?!」
「大丈夫だって。 朝日を見たら帰ればいんだからさ。」
「そんな!」
しれっと言うオリヴィエにロザリアはさらに暴れ出したが、力強い彼の腕に、ささやかな抵抗は飲み込まれてしまう。
「幸せな恋人になりたいんだ。…いいでしょ?」
ぴたり、とロザリアの動きが止まった。
「そんな言い方…。 ずるいですわ。」
「私がずるい男だってこと、もう知ってると思ってたけどね。」
笑いながら言うオリヴィエに、ロザリアの頭にカッと血が上る。
「ええ! 今日一日でずいぶんわかりましたわ! そういえば、ゼフェルもあなたのこと、悪い奴だって言ってましたわ。
あんなわけわかんない奴はやめとけって、何度も言われましたもの。」
「いったい、どんなふうに私のことを話してんのさ。」
「それはもう! あなたがわたくしにしてくださったことは全部ですわ。
かわりに、わたくしがアンジェのことを教えてあげるんですもの。」
「…なるほど。」
どうやらゼフェルは本当にロザリアの『友達』らしい。
エアバイクを借りに行ったときに浮かべていた、イラッとする笑みの理由が分かった気がする。
「ひょっとして、嫌いになった?」
悲しそうにオリヴィエがつぶやくと、ロザリアはぐっと顎を引いて、何かをこらえている。
「…本当にずるいですわ…。」
そう言ってうつむいてしまったロザリアがあまりにも可愛くて。
朝日の次はどんな言い伝えを作ろうかと、オリヴィエは頭を巡らせたのだった。
Fin
このお話からこの企画が始まった、といってもいいかもしれません。
ちょうどB’zの25周年ベストがリリースされたばかりで、聴きまくっていた時に、偶然Twitterで今回の相方、shine様と語り合ったんです。
「曲を聴いて、お話が思い浮かぶのって結構あるよね~。」 「だよね~。」
「B’zでも妄想するよね~。」 「うんうん、この曲なんてさ~。」
という中で、shineさんが 『絶対ヴィエロザ』 とプッシュしてくださったのが、この 『Crazy Rendezvous』 でした。
それまでは特に感じてなかったのですけど、聴きなおせば「おお、そんな感じだ。ヴィエ様なら絶対帰さないし、連れ出しちゃうわ。」と、改めて思って。
で、ちょうど、タイムリーにお題と合致したので、拍手お礼用のSSとして書いてみたんです。
もちろんその時、他にもいろんな曲が上がりました。
それはたぶん、おいおい、この企画でお披露目していくことになるのではないかな?(笑)。
私の中でも、ヴィエロザな曲、オスロザな曲、ゼフェロザな曲…とまだまだたくさんありますよ~。
ぜひ、この曲も聴いてみてください。
その中に少しでもヴィエロザを感じていただけたら嬉しいですv。