Collaboration of B'z × Angelique



答えは笑顔の中に

『HOME』( 25th Single )

Novel by Shine   ゼフェル×ロザリア

風邪をひくのは一体いつ以来だろう?
故郷の星にいた頃はその気候やら大気のせいでしょっちゅう風邪をひいては寝込んでいたことを覚えている。
「また風邪か?」と、父親は困ったように笑いながら額に手をあててくれて、母親は温かいスープを作ってくれた。
風邪の辛さよりも、両親の優しさの方が強く心に残っている…それが、ゼフェルの風邪の思い出。
だから風邪に対してあまり悪い感情は持っていない。もちろん、タチの悪い風邪は別なのだが。

「最ッ悪………」

先日からゼフェルを苦しめた頭痛や熱はもう影も形もなくなっているし、身体のどこにも異常はない。
味気ないオートミールのお粥から数日ぶりに解放され、昨晩は大好きなスパイスカレーもたらふく食べた。


「マジ最ッ悪……!」

なのに、ゼフェルの気分は最悪というか、その二文字では言い表せないくらいにとにかく最悪だったのである。
その原因は…8割方、いや、全部自分にあるからだった。


ゼフェルはとにかく他人に弱みを見せることが何よりも恥ずかしかった。
特に自分が病気になって、熱にうなされてフラフラになってしまったり、風邪で寝込んでいる姿を見られるのはガマンがならない。
他人がそんな状態だと愚痴を言いつつも何くれとなく世話を焼くくせに、自分のことに関してはまったく論外なのだ。
具合が悪くとも、高熱でうなされていても、他人にはあまり心配をされるのは好きではない…それが恋人であれば尚更のことだ。

『貴方は大丈夫だとおっしゃるけれど…でも、無理はなさらないで』

ゼフェルの風邪に真っ先に気づいた恋人は、自分を避けるようになったゼフェルにそう言った。
具合が悪いのなら、執務を早めに切り上げてゆっくり休んでほしいとも言ってくれた…ゼフェルのことが心配だと、宝石のような瞳を揺らせながら。

『うっせーな!おれの体のことだろ?!オメーには関係ねーだろうが!おれの体のことはおれが一番よく知ってるっての!
大したことはねーんだから大げさにするんじゃねーよ!』

そんな恋人の気持ちを嬉しいと思いながら、口をついて出てきたのはそれと正反対の言葉。
嬉しいと思う気持ちがありながら、風邪をひいて弱っている自分を見られて恥ずかしいという思いの方が強かった。

『ゼフェル…』

恋人の表情は曇り、悲しそうに瞳を伏せた。ゼフェルの胸はひどく痛んだ…自分でも驚くくらいに。
それでも、ゼフェルの口は止まることなく恋人を傷つける言葉を放ち続けた。
余計なことは言うな、お前には関係ない、すぐに治るから放っておいてほしい、等等。

だが、結局高熱にうなされ、すぐ治るどころか数日間執務を休むハメになってしまったのだ。


「おれって最悪じゃねーか…ってか、情けねーし、滅茶苦茶情けねーし!情けねーにも程があるだろ!!」

今はすっかり風邪も治り、久々に守護聖として現場復帰をしたわけだが、風邪が治るようにはゼフェルの心の負い目は治らない。
秘書官が持ってきた書類に目を通しつつも、時折恋人に対する自分の言動を思い出しては声をあげている始末だ。

「悪かったって、思ってんだよ…思ってんだよ…」

これまでも同じような状況でロザリアを傷つけてきた気がする…わかっているのに、どうしても素直になれなくて。
優しい言葉を、感謝の気持ちを、きちんと伝えたいと思っているのに、どうしてもゼフェルはそれを躊躇してしまう。

「呆れてんだろうな…そりゃそうだよな」

実際、ゼフェルが風邪で休んでいる間にも、ロザリアはゼフェルの館を訪れることはなかった。
それにホッとしつつも、どうして来てくれないのかと自分勝手なことを考えていたりもした。
今だって、風邪が治って執務に復帰しているのに、どうしてここに来てくれないのだろうと考えている。

「んだよ…おれ、滅茶苦茶自分勝手でイヤな野郎じゃねーか」

このまま考え込んでいては堂々巡りもいいところだ。ヘタをしたら風邪がぶりかえしそうな予感までする。
普段ならば適当に執務をこなし、サボっている方が多いとルヴァにも嘆かれているゼフェルだが、ここぞとばかりに執務をこなす。
ゼフェルに命じられて書類を持ち込んだ秘書官は普段にないゼフェルの様子に眉をひそめていたが、しかし、何も言わない。

そうしてゼフェルは珍しく執務に没頭した。やろうと思えば仕事や案件などは腐るほどあるものだ。とにかく、何かをして気を紛らわせたかった。
とは言っても、それでこの胸の奥に溜まっているもやもやしたものが綺麗に消え去るわけでもないのだが…

「ゼフェル様、少し休憩されては?」

「大丈夫だって。他に書類はねーのかよ?何なら他のヤツラのでも手伝ってやってもいーぜ」

「……どうしたんです。何かあったんですか?」

普段し慣れないことをしているからなのか、仕事をすることでここまで心配されるとは。さすがにゼフェルも苦笑してしまった。

「べ、別に何にもねーよ!やる気になってるだけだっての」

それでも首を傾げる秘書官に次の書類を持ってくるように言いつけ、部屋から追い出した。
彼が戻ってくるまでには今取り掛かっている書類は済ませておきたい…ゼフェルは再び羽根ペンを取り、猛烈な勢いで仕事をこなしていった。




書類を取りに行った秘書官はなかなか戻ってこない。いったい何をやっているんだと椅子から立ち上がったとき、軽いノックの音がした。

「ったくよー、何やってんだ?おせーっての!早く書類持って入ってこ………い…」

ドアの向こうから現れたのは秘書官ではなく、ゼフェルが今一番会いたくて会いたくない人物-ロザリアだった。
薄く微笑みながら入ってきたロザリアは、なぜか片手にトレイを持っていた。見れば、トレイの上には一人分のティーセットが載っている。

「ミントのお茶ですの。ゼフェルも好きな香りですわよね」

「……き、嫌いじゃねーけど……って、何してんだよ?おめー補佐官の仕事は」

「時計を見てごらんなさいな。お茶の時間ですわよ」

部屋の柱時計を見れば、確かにお茶の時間だ。ゼフェルもこの時間帯は執務室かルヴァ、マルセルの部屋でまったりしていることが多い。

「確かにそういう時間だけど、何でここに……わざわざ飲みに来た、わけじゃねーよ、な?」

「そうですわね、普段でしたらお茶は陛下と飲みますもの。もちろん、ここに飲みにきたわけじゃありませんわ」

不思議そうな視線を向けるゼフェルからロザリアは顔を逸らせる。ロザリアの頬がほんのり赤く染まっているように見えた。

「風邪は治ってすぐの時期が危ないんですのよ。真面目に執務をしてくださるのも嬉しいですけれど、病み上がりなのだから無理はしないで。
その…体に良い効果があると聞いて、リュミエールから頂いてきましたの。休憩も兼ねて、ゆっくりとお飲みになって…」

「…………」

優しい色の液体が透明なガラスの中で揺れている。ゼフェルはじっとその水面を見つめ、何ともいえない感情と一緒にそれを飲み干すのに苦労した。
ミントの香りを吸い込むと、病は気からとでも言うのか、現金なことに胸の奥にたまっていたものがじわじわと消えていく気がする。
一口含み、清涼な味のそのお茶を味わった。

「……旨い」

「そう…よかった…」

ふわりと笑ったロザリアに、ゼフェルの心がほんのりと温まる。こんなさりげない気遣いが一番嬉しいということをロザリアは知っているのだろうか。
事実、ゼフェルが抱いていた罪悪感やどうしようもないやるせなさといった感情はすっかり消えてしまっている。
あとに残るのはロザリアへの素直な感謝と、やはりロザリアを好きで好きでたまらないという気持ちだけだった。

「リュミエールのようには上手に淹れられなかったんですの。でも…よかった」

「おめーが淹れてくれたのかよ」

「こういうものは心がこもっているほど効き目がいいとリュミエールが教えてくださったんですの…そういえば、セージが食欲増進にいいと言ってましたわ。
あとで、貴方の館の方に届けますわね」

「べ、別にそんなんいらねーよ。風邪が治ってから食いすぎだって言われるくらい食ってんだし」

さらりと流された愛情にゼフェルはそう答えてよいかわからず、顔を背けていつものように素っ気無くつぶやいた。
それでも、ロザリアは優しく微笑んだままだ。その微笑を見て、どうして子供の頃ひいた風邪がそんなに辛くなかったのか、わかったような気がした。

ロザリアは自然な会話の中で、包み込むような柔らかい愛情を自分に伝えてくれる。
風邪をひいたゼフェルを心配をしてくれた両親の愛情と似ていて、でも違うもの。

「……悪かった……その、ごめん…な」

驚くほどに素直に、そして自然にその言葉が出た。

「カッコ悪いところ見せたくねーなって思って、それで…」

「風邪をひいて辛そうにしているのに、わたくしがそんなことを気にすると思ってらしたの?」

「いや、おめーのことは…し、信じてたけど…おれが……恥ずかしーなって」

いたたまれなくなって顔色を伺うようにロザリアの方を見れば、しばし鋭い視線でこちらを見据えている。
が、急にこらえ切れないように口に手をあてて、クスクスと笑い出した。

「わたくしもきっとゼフェルと同じことをしただろうと、そう思ったら可笑しくなってしまって。弱っている自分を見せたくない、見られたくないって。
それが、その…す、好きな人だったら……尚更ですわよね」

何でもないことのように、そして、それは当たり前のことだと言うように、ロザリアは微笑みながら口にする。
きっとロザリアにとっては、愛情などというものは特別な感情でもないのだろう。それは恐らく、何よりも優しいものだとゼフェルには思えた。
弱い自分も、意地を張って悪態をついてしまう自分も、当たり前のように受け入れてくれる。
ロザリアが自分に愛情を向けてくれるのは、そう、『当たり前』のことなのだ。きっと、ロザリアにとっては。
食事をするように、昼から夜になるように、そして、夜から朝になるように…きっと。

「なぁ、ロザリア…」

「どうかして?ゼフェル?」

「いや、何つーか……その…」

すっかり空になったガラスのカップに視線を落とす。一滴だけ残ったミントティの残滓が、伝えることはだた一つだとゼフェルを追い込んでいる気がした。

「す、好き……だぜ…おめーの、コト……」


ドアの外では、書類を抱えたままで入るに入れなくなった秘書官が立ち尽くしていた。



Fin