チャーリーは階段を一段おきに飛び越え、聖殿の扉をくぐった。
聖獣宇宙の聖殿は、見た目こそ古くさいが、まだ新しい建築物の臭いが残っている。
宇宙と同じように新しい聖殿。
そこにいる、新しい守護聖。
その中の一人が自分である事が、まだまだ面はゆい。
勢いよく執務室の扉を開け、まっすぐに椅子に座る。
なんだかお尻の居心地が悪くて、数回、もぞもぞと動いた後、「よし」と気合いを入れ直した。
真新しい机の上を一撫でして、チャーリーは、一通の手紙が届いていることに気がついた。
昨日までの分はすべて処理して帰ったはずだから、今朝一番に届いたものなのだろう。
手にとって、チャーリーは手紙に鼻を近づけた。
なんだかふんわりといい臭いがする。
すうっと大きく吸い込んで、ある人の面影が浮かんだ。
「ま、まさか?!」
引き出しからペーパーナイフを探し出し、慎重に慎重に開封する。
手が震えそうなほどの緊張を抑えて、チャーリーはやっと中身を取り出した。
紙を開いた瞬間、はっきりと香る、あでやかな薔薇の香り。
「ロザリア様・・・。」
つい鼻を押し当ててしまい、チャーリーは慌てて、汚れをつけてしまっていないか確かめる羽目になってしまった。
『今度の日の曜日、お花見に出かけませんか?』
手紙は予想外のデートの誘い。
予定がある場合は連絡して欲しい旨と、待ち合わせの日時だけが書かれたあっさりとした文面だが、チャーリーは思わず、その場にしゃがみ込んでいた。
「は~、なんやの。 俺のバカ!!!」
先日、チャーリーとロザリアは、3年越しでようやく思いを通じ合う事ができた。
別れる未来しか見えなくて、必死で押し殺していた想いは、チャーリーが守護聖になる事で全部の障害があっさりと解決したのだ。
これからはずっと一緒に歩いて行こう、と誓ったのが、つい数週間前。
念願の恋人同士…なのに、チャーリーはそれ以来、ロザリアをデートに誘う事ができなかった。
どこに行けば彼女が喜んでくれるのか。
何をすればいいのか。
それ以前に、どうやって誘えばいいのか・・・わからなくなったのだ。
女慣れしていないわけではないのに、いざとなると、てんで意気地が無いヘタレ。
26年もつきあってきた自分だから、それもよくわかっているのだが・・・。
「まさか、ロザリア様から誘わせるなんて、ホンマに俺はバカや」
海よりも深い後悔にさいなまれ、頭をかきむしる。
ひとしきりうなって、ふかふかの絨毯に頭をこすりつけた後、チャーリーは勢いよく立ち上がった。
「過ぎた事はしゃーない。 となれば、俺の使命はこの『お花見』ちゅーんを、盛り上げることやな!」
まずは『花見』とは何かを知る事。
手紙を大切に宝石箱にしまい込んだチャーリーは、物知りそうなエルンストの執務室へ向かった。
「花見、ですか?」
エルンストは、眼鏡のブリッジを人差し指の関節で持ち上げると、ふう、と呆れたようにため息をついた。
なんとなく馬鹿にされている感がするが、知らないのは事実だから、ぐっと我慢だ。
するとエルンストは、端末をささっと操作し、画面をチャーリーに見せてきた。
「それくらい、ご自分で調べてみたらいかがですか?
『主に桜の花を鑑賞し、春の訪れを寿ぐ古来の風習である』
wikiにも書いてありますよ。」
「どれどれ」
チャーリーは端末をのぞき込むと、ざっと文章に目を通した。
もちろん自分で検索する事も考えたが、こうしてたくさんの文字で説明されても、きっといまいちぴんとこないだろうと思ったのだ。
「ようするに、桜を見ながら、お弁当を食べたりして楽しく過ごすってことやろ。」
「まあ、間違いでは無いでしょうね。
羽目を外しすぎるのはどうかと思いますが、この時期だけは、桜の下で宴会などをするのも認められているようです。」
「宴会もありなんか。」
「ええ。 お酒が入るとさらに騒がしくなるでしょうね。
お弁当がなくても、花見団子などの出店もありますから、そこで一服するのもよいでしょう。」
エルンストの返事は素っ気ないが、聞きに来てよかった。
話を聞く限り、チャーリーの予想よりもずっと賑やかで楽しそうだ。
「あんた、えらい詳しいんやな。」
ふと口をついた言葉に、エルンストは苦笑した。
「実は、ルヴァ様の受け売りなんですよ。
あの方は花見が大好きらしく、この時期はだれかれ構わず、誘うんです。
前回、研究院にしつこく誘いに来られまして、その時にいろいろ。」
ああ見えて、意外に押しの強いルヴァにエルンストも、さぞかし苦労したのだろう。
「なるほど・・・。」
納得したチャーリーは、同意の意味で頷いた。
すると、エルンストは端末を自分の方に引き寄せながら、
「そういえば、先ほど、ヴィクトールのところにルヴァ様がいらしていましたよ。
『花見』に興味があるのでしたら、お話を伺ってみては?」
「ホンマか!」
わざわざ神鳥宇宙を尋ねるのは気が引けると思っていたが、こちらに来ているなら、話を聞きたい。
なんといっても『花見』に最も詳しいと言われている人物だ。
『最高の花見』を実現するためなら、ルヴァの冗長な喋りだって我慢できる。
「ほな、行ってくるわ。」
ほっとした様子で端末を動かし始めたエルンストに、軽く手を振って挨拶すると、チャーリーはヴィクトールの執務室へ足を向けた。
「あ、ルヴァ様! ええところに。」
チャーリーが歩き始めたとたん、地の執務室のドアが開き、ひょっこりとルヴァが姿を現した。
ちょうどヴィクトールとの用事がおわったところだったらしい。
「おや、チャーリーじゃありませんか~。何かご用ですか?」
相変わらずののんびりした語り口に、暖かみのある笑顔。
人をホッとさせる能力は、チャーリーにはないもので、ルヴァの魅力だと思う。
「あの、ちょっと聞きたい事がありましてん。」
「はい~、なんでしょうか?」
いきなりのお願いにもイヤな顔をせず、ルヴァは耳を傾けてくれた。
「花見ですか~。 今頃がちょうど、見頃なんですよ。
ええ、ええ。 本当に素晴らしい景色なのでね。 ぜひ、あなたにも見て欲しいです。
よかったら、私がご一緒しましょうか~。」
ルヴァは嬉しそうにニコニコしながら、まさに揉み手の状態でチャーリーに迫ってくる。
チャーリーはにじり寄るルヴァを両手で制して、情報を聞き出した。
「なるほど。 ゴザがあったほうがええんですか。」
「はい~。 桜の下でのんびり過ごすのが、粋なんです。
お弁当も飲み物も、とりあえず買う事ができますから、なによりも場所取りが大事なんですよ。」
「場所取り、でっか。」
「その日の早朝に、こっそり目当ての場所にゴザを敷いておくことをおすすめします。
私もずっとそうしていますから。
後から、連れて行った皆さんをそこに招待するんです。」
ふむふむと頷いて、チャーリーは考えた。
せっかくロザリアと出かけても、座る場所が確保できなければ、花見の価値は格段に下がってしまう。
だが、今回の誘いはロザリアからで、彼女が花見の場所をどこに選んだのかはわからないのだ。
闇雲にゴザをひいても、全く見当違いな場所だったら意味が無いが、ロザリアから場所を聞き出すというのも無粋な気がする。
チャーリーが顎に手を当てて、悩んでいると、ルヴァは楽しそうに、
「もしかして、ロザリアと行くのですか?」
さらっと、核心を突いてきた。
恋愛ごとに疎そうなルヴァからの直球に、チャーリーは柄にも無く慌てて、すぐに返事ができずにいると。
「では、きっと、あそこですね。
去年、ロザリアを連れて行った時、すごく感動していましたから。」
「去年?」
チャーリーは思わず聞き返してしまった。
「ええ、本当に綺麗だと言って、長い時間、眺めていましたからねぇ。
その後、ゴザでお弁当を食べたりもしたんですが、彼女はずっと花に夢中で。
オリヴィエにもずいぶんからかわれていましたよ。」
「オリヴィエ様も、一緒やったんですか?」
「私と陛下とロザリアとオリヴィエで出かけたんです。
陛下が張り切ってお弁当を作ってきてくれましてね。
まあ、たぶん、だいたいはロザリアが作ったんだと思いますが、陛下の卵焼きの焦げ具合が実に私の好みで・・・。」
それはルヴァのひいき目だろう。
即座に頭に浮かんだツッコミはチャーリーの口から出る事は無かった。
ルヴァと陛下がラブラブなのは、両宇宙の共通認識だし、今更、何も言う事は無い。
それよりも。
「4人でお出かけでっか・・・」
ちりっとした痛みがチャーリーの胸を焼く。
先だっての花見の季節に、チャーリーはまだ守護聖では無かった。
だからチャーリーは下界にいて、普通に暮らしていたし、いろんな女の子とつきあったり、遊んだりもしていた。
もちろん、彼女だって、それは同じはず。
同じなのだけれど・・・チャーリーはなぜか、ロザリアが他の男と一緒に出かけたりしているなんて、考えたことがなかった。
神鳥宇宙にはたくさんのイケメンがいて、ロザリアに好意を寄せている者だっている。
それなのにどうしてか、彼女が他の男といる事を、本当に、全く考えてもいなかったのだ。
美男美女が並ぶ姿が、鮮明に頭に浮かんでしまうと、黒いもやもやが全身を包み込んで、息ができないほど・・・苦しい。
「チャーリー?」
はっと意識を取り戻したチャーリーは、心配そうに見上げる青い瞳に気がついた。
同時に、今の状況。
約束の日、待ち合わせの場所でロザリアと合流し、この桜の名所まで星の小道を通って来た事を思い出した。
「あ~、すまん。 なんやぼーっとしてしまった。
あんたと一緒やから、つい緊張してしまうんやな。」
大げさなほどおどけて、ウインクまで飛ばして。
それでも、ロザリアはまだ心配そうにチャーリーを見つめている。
彼女の優しさや自分へ向ける愛情を感じて、今すぐ抱きしめたくなる衝動を堪えた。
「いや~、ホンマに綺麗やな。」
空気を変えるように、チャーリーは辺りをぐるりと見回した。
桜の名所、とは良く言ったもの。
遙か向こうまで続く桜並木は、遠く霞んでいて、まるで桜色の雲がふわふわと浮かんでいるように見える。
四方八方から静かに降り注ぐ花びら。
世界中が桜色で、あでやかなのに、その色のせいか、どこか儚げで幻想的でもある。
たしかにいつまで眺めていても飽きる事の無い景色だろう。
「ええ。本当に美しいですわ。」
歩き出したロザリアが、少し先で振り返り、チャーリーに向かって、にっこりと笑いかけた。
淡い桜の中で、ほのかに浮かび上がる蒼。
花びらが彼女の輪郭をぼやけさせ、まるで花びらの中に彼女の姿がだんだんと溶けて行ってしまうような・・・そんな感覚に襲われる。
「ロザリア様!」
どこにも行かないで欲しい。
夢中で名前を呼んで、彼女の手首を握りしめた。
驚いたように青い瞳を見開くロザリアに、チャーリーは我に返った。
チャーリーの声に驚いた周囲の人々も、一瞬二人を振り返っただけで、またすぐにもとの喧噪に紛れてしまう。
照れ隠しの笑みを浮かべて、余裕を装って。
「こんだけ人がおったら、はぐれてしまうかもしれんやろ?」
陳腐な台詞だが、ロザリアは納得してくれたのか、繋がれた手を振り払う事は無かった。
それぞれの宇宙であった、たわいもない日常ネタを話したりしながら、ゆっくりと桜並木の中を、人混みに紛れて歩いて行く。
行き着いた先は広場のようなところで、大きな茶屋があった。
赤い毛氈が鮮やかな大きなベンチのようなものが並んでいて、人々が思い思いに腰を下ろしている。
手にしているのは、ルヴァに聞いた三色団子が多い。
ピンクと白と黄緑の華やかな色の団子は、確かに桜の色とよく似合っていて、春らしい。
「わたくしたちもいただきません事? とっても美味しいんですのよ。」
いつになくはしゃいだ様子のロザリアが、めざとく空いているスペースに駆け寄り、チャーリーを手招きしている。
慣れた様子に少しだけちくりとした胸。
気づかないふりをして、チャーリーはロザリアに目配せすると、団子を買い求める列の後ろに並んだ。
二つの団子を手にしてロザリアの元に戻ると、彼女は桜をうっとりと見つめている。
それなりに人がたくさんいるのに、彼女の周りには微妙な間隔が空いていて、他のベンチに比べると余裕があった。
彼女と桜があまりにも美しすぎて。
きっと近づいたら申し訳ないような、そんな気がするのだろう。
チャーリーも一瞬ためらって、すうっと息を吸い込んだ。
「お待たせ~。 ホンマに美味しそうや。」
ロザリアの目の前に団子を差し出し、ぴったりくっつくように隣に腰を下ろした。
二人の関係を周囲に誇示する、ちょっとした優越感。
にっこりと笑って受け取るロザリアにウインクして、ピンク色の団子をまるまる一個、口の中に入れる。
「わ、甘い。」
なんのタレもソースもない団子だが、ほんのりした甘さがちょうどいい。
いくつでも食べられそうな素朴な味だ。
「ね。 とっても美味しいでしょう?
前回、アンジェ達と花見に来た時に初めて食べて、すっかり気に入ってしまいましたの。」
弾んだ声で言うロザリアに、チャーリーの胸が、またちくりと痛んだ。
「あちらの草餅もとても美味しいんですのよ。
あ、お抹茶もあとで飲みましょう。 すごく苦いんですのよ。
前回、ルヴァに飲まされて、みんな、渋い顔になりましたわ。」
クスッと笑って、ロザリアは団子をかじる。
「アンジェとオリヴィエが全然飲まなくて、ルヴァが結局3杯も飲んだんですの。
さすがに苦しかったみたいで、何度もお手洗いに行っていましたわ。
でも、そのあとでルヴァの執務室で同じお抹茶をいただいた時はそこまで苦く感じませんでしたの。
お団子の後だから、あんなに苦く感じたのかもしれませんわね。」
いつになくロザリアは饒舌だ。
普段なら圧倒的にチャーリーが話す事が多いのに、今日はロザリアの話が止まらない。
前回のお花見がよほど楽しかったのか、その話ばかりが延々と続いて。
「そういえば、オリヴィエがこの先の小物屋さんで可愛い桜のブローチを買っていましたの。
わたくしも欲しかったんですけれど、先を越されてしまいましたのよ。
とても残念でしたわ。」
二人でアクセサリーを眺めている仲よさそうな姿までもが浮かんでくる。
チャーリーの中でどんどんわき上がる黒い感情が、抑え切れずあふれ出してしまった。
「前回のお花見はよっぽど楽しかったんですなあ。」
いらだちのにじむ声に、チャーリーは自分で驚いた。
こんな言い方をすれば、彼女はきっと驚くし・・・嫌われてしまうかもしれない。
けれど、一度口から出てしまった言葉を取り消す事もできず、自己嫌悪にさいなまれていると。
ロザリアは少し目を丸くして、すぐに頬を赤らめた。
「ごめんなさい。 わたくしばかり話してしまって・・・。 退屈なさったかしら?
ええ、前回のお花見はとっても楽しかったんですのよ。」
自分から言ったくせに、いざ認められれば苦しい。
チャーリーは、胸の中のもやもやをもてあまして、食べ終わった団子の串をくるりと指で回した。
この後、前回の彼らはルヴァが場所取りをしておいたゴザの上で手作り弁当を食べたのだ。
今日の彼女は手ぶらだから、お弁当はないだろう。
恋人の自分よりも先に彼女の手作り弁当を食べた男がいる。
・・・そんな事でも傷ついている自分がいて、ますます自己嫌悪が激しくなる。
ふと訪れた沈黙のあと、チャーリーはじっと自分を見つめる青い瞳に気がついた。
補佐官姿の時のロザリアはいつも凛としていて隙がないけれど、今はまるで可憐な少女にしか見えなくて。
桜の妖精みたいだ。
「とても楽しかったから・・・次はチャーリーと一緒に来たいと思いましたの。
この綺麗な桜を、あなたにも見てほしくて。」
恥ずかしそうに、そっとチャーリーの服の裾をつかんだロザリアは、桜を見上げた。
チャーリーが隣にいることを確かめるように縋る手が、とてつもなく愛おしい。
「初めてここで桜を見た時、すぐにあなたの事を思い浮かべましたの。
この景色を二人で一緒に見られたら、どんなに素敵な事かしら、って。
でも、あのときは、もう二度と会えないと思っていましたから、あなたとここに来る事ができるなんて、夢にも思ってませんでしたわ。
それなのに、わたくしが見せたいと思った景色を、こうして、あなたに見せる事ができるようになるなんて・・・。
今、わたくしは・・・とても幸せですわ。」
ロザリアの声は本当に、嬉しそうで、幸せそうで。
ひらりと舞う桜がとても美しくて。
彼女の瞳も、うっすら色づいた頬も、柔らかく微笑みを作る唇も全部が、チャーリーへの想いを表していて。
チャーリーは自分のとんでもない勘違いが恥ずかしくてたまらなくなった。
前回が楽しかったから、彼女はチャーリーをここに連れてきてくれたのだ。
彼女が綺麗と思ったものを。
彼女が楽しいと思った事を。
チャーリーに教えたいと思ってくれたなら、それは、彼女にとって、チャーリーが特別な存在という事だ。
「・・・ホンマに綺麗ですなぁ。」
「ええ。」
「こんなに綺麗な景色、俺、今まで見たことないわ。
見せたい、って思ってくれて、ありがとうな。」
チャーリーがそう言うと、ロザリアは嬉しそうに微笑んだ。
ひらり、と散った花びらが、彼女の青紫の髪の上に落ちる。
桜を見上げる彼女の美しい横顔に、チャーリーはさっきまでとはまるで違う甘い痛みを胸に感じていたのだった。
団子を食べ終わり、二人はまた桜並木をゆっくりと歩き出した。
奥へ行くほど、複雑に小道が別れ、より近くで花を楽しめるようになっている。
道が分かれているぶんだけ、人も分散するのか、広場ほどの混雑はなく、ほのかな桜の香りまで感じ取れるようだ。
ロザリアの手を引いたチャーリーは、なるべく人気のない方へと進んで行った。
よくも悪くも自分たちは目立ちすぎる。
最奥のあたりの少し奥まった川べりまで来ると、さっきまでの喧噪が嘘のように、静かな場所に出た。
「こんなに奥まで続いていましたのね。」
ロザリアは感嘆のため息をこぼしながら、川に浮かぶ花筏を眺めている。
薄紅に染まった水面と澄んだ青空のコントラストは確かに見とれるほど美しかった。
「前はここまで来なかったん?」
「ええ。 広場の隅でお弁当を食べて帰りましたの。
ふふ、アンジェがルヴァと手作りのお弁当の約束をしたらしくて。
わたくしもお弁当作りの手伝いをしたんですのよ。」
「そうなんか。 ・・・俺も手作り弁当、食べたかったわ。
なんで俺より先に陛下やルヴァ様なんや~。 ずるい! めちゃずるい!」
ふざけて言うと、ロザリアは首をかしげて、にっこりと笑う。
「次は作ってきますわ。 あなたの好きなたこ焼きもたくさん入れますわね。」
「たこ焼きは弁当に向いてへんで~」
「あら、冷めても美味しい、ってチャーリーが言ったのではなかったのかしら?」
「美味しいけど、やっぱり弁当にたこ焼きは違うやろ!
俺にとっての弁当は、おいなりさんなんや。」
「おいなりさん?」
「そうや。 甘いオアゲがじゅわっときて、めちゃくちゃ美味しいんやで。」
「わかりましたわ。 次までに練習しておきますわね。」
ロザリアにとっては何気ない、『次』という言葉に、チャーリーの胸が高鳴る。
『次』も『その次』も。
これからはずっとこうして彼女の隣で、同じ景色を見ていける。
彼女もそれを当たり前のように感じてくれている。
黒い気持ちもモヤモヤも、舞い落ちる桜の花びらと一緒に、どこかに飛んでいってしまったようだ。
すると、突然。
ぐいっと服の裾を引かれ、前のめりになると、やわらかいなにかがふっと唇に触れて、すぐに離れていった。
「え?!」
驚きのあまり声を上げると、ロザリアの青い瞳がすぐ目の前にあって。
その蒼の中に、アホみたいに目を開いて呆然としている自分の顔が映っていた。
「なんだかぼんやりしていらして・・・。 隙アリですわよ。」
恥ずかしそうに上目遣いでチャーリーを見上げるロザリアは、日頃の凜とした雰囲気からは想像もつかない、チャーミングな笑顔を浮かべている。
「あ、え、ええっと?!」
頭が真っ白とは、まさにこの状態を指すのだろう。
予想外の出来事にチャーリーはとっさに言葉が出なかった。
唇に触れたのは、彼女の唇で。
唇と唇が触れた、ということはキスという事で。
初めてのデートで初めてのキスで、しかもそれが、ロザリアからだなんて。
「あかん~~! それは反則でっせ!」
これまでの人生、恋をした事がなかったわけじゃない。
女の子に振り回されることも少なからずあったし、それを楽しむ余裕もあった。
でも。
「さあ、草餅を食べに行きましょう。」
いつの間にか小道の先にいるロザリアが、チャーリーに手を振って笑っている。
「ま、待って~!」
走り寄ったチャーリーは、ぎゅっと手を繋ぎ直した。
彼女からも握り返す力を感じて、お互いに微笑み合う。
「なあ、俺もあんたを連れて行きたいところがあるんやけど。」
たとえば、絶叫マシーンのたくさんある遊園地とか。
可愛いもふもふの動物のいる牧場とか。
チャーリーが楽しいと思ったところ全部を、これから彼女に教えたい。
そして、次こそは。
自分から・・・。
そっと、ロザリアの桜色の唇を盗み見る。
幸せな彼女との未来をアレコレ考えて、自然と顔がにやついてしまうチャーリーなのだった。
FIN