セカンド・ヒロイン

6.

エリューシオンの民が中の島に到着したのは、それから三日後。
すぐにアンジェリークが宇宙の記憶を受け継ぎ、最初の仕事である宇宙の移動を行った。
古い時代は終わりをつげ、全てが新しく変わっていく瞬間。
圧倒的な女王の力を前に、ロザリアはただ夜空を見上げた。

たくさんの星が新女王の誕生を祝うように、キラキラと一面を流れては空を彩る。
宝石箱をひっくり返したような眩しい輝き。
ただただその美しさに圧倒され、声も出ない。
これでアンジェリークが生まれた時から始まったのであろう、この物語も終わる。
宇宙からロザリアに課せられた役割と使命も、やっと、終わるのだ。
次の日の朝早く、ロザリアは聖殿に呼び出された。


聖殿の大広間に並ぶのは、この物語の主要な登場人物たち。
新女王誕生に、皆の表情にも疲れはあるものの、明るい未来を感じて輝いている。
見回した先にオリヴィエを見つけ、ロザリアはほほ笑んだ。
守護聖として立つ彼はとてもきらびやかで、カッコよくて…きっとこの先、彼のような人には出会えないだろうと思った。

男のくせに化粧なんかして、スカートみたいな服を着て、キラキラの宝石をたくさんつけて。
正直、初めて会った日のことは…記憶にない。
おそらく謁見の間で挨拶をかわしたはずなのに、ロザリアの記憶から、オリヴィエのことはすっぽりと抜け落ちている。
飛空都市に来た当初は、本当に女王になることしか考えていなかった。
周囲のことなど目に入っていなかった。
アンジェリークにがっかりして、守護聖すらも見下して。
まだほんの数か月前のことなのに、もうずいぶん昔のことのように思えるのは、ロザリアが成長したからだろう。
それだけでもここへ来たことは無駄ではなかった。

女王陛下の厳かな声が告げる。
「女王と守護聖の名において、ここに女王試験の終了と新女王アンジェリークの誕生を宣言する。」
わあっとこぼれた歓声にロザリアは目を伏せた。
厳かな場だからこそ、大きな声にはならないものの、あちこちで皆が祝福を告げているのが伝わってくる。

「良かったね!アンジェリーク」
「おめでとう!アンジェリーク!」
「貴女ならきっとできると思っていましたよ。」

きっと、シンデレラがガラスの靴を履いた時も、こんな雰囲気だったのだろう。
『貴女こそが殿下の探しておられた女性です!』
従者が恭しくシンデレラの手を取り、忽然と現れた魔法使いがシンデレラのみすぼらしい服を、あの夜のドレスに替え。
継母と継姉以外の全員が、シンデレラの幸福を喜んていて。
踏みつぶされるような疎外感の中、ロザリアはギュッと掌を握り、前を向いていた。


「さあ、こちらへ。」
ディアの導きで、アンジェリークが玉座へと歩みを進める。
その途中で不意にアンジェリークは足を止め、ロザリアを振り返った。

「女王陛下、あの、わたし…お願いがあるんです!
 ロザリアはどうなるんでしょうか? わたし、離れたくないんです。
 一緒にいてほしいんです!」
「アンジェリーク、陛下に何を言い出すの?!」
ロザリアは目を見開いた。
アンジェリークのそばにいてほしい、という事は、つまり。

すると、オリヴィエが整列していた守護聖の列から、一歩足を踏み出し跪くと、女王陛下へ礼をとった。
「陛下、私からもお願いします。
 ロザリアなら、新女王をよく支えられると思います。」

「オリヴィエ様・・・・。」
ロザリアは信じられない、という顔でオリヴィエを見ている。
それもそうだろう。
オリヴィエには彼女の戸惑いがよくわかった。
彼女とは試験中、本当にたくさんの話をしてきた。
その中にはもちろん、『試験が終わった後』のことも含まれていて。
「カタルヘナに戻って、家のために尽くします。 …不出来な娘ができることはそれくらいしかありませんもの。」
寂しそうに睫毛を伏せたロザリアに、オリヴィエは何も言わなかったのだ。
引き止めることも、補佐官になるように勧めることも、なにも。

「どうだ、ロザリア。
 アンジェリークはこう申しておるが、そなたはどうであろう。」

女王の声に、ロザリアは改めて玉座を見つめた。
ベール越しからでも伝わる女王の意思の強い瞳は、なにもかも見通すような力を感じる。
サクリアを失ったとはいえ、そのオーラは間違いなく女王のモノだ。
女王から目を外し、今度はその傍らのディアを見つめる。
女王とは対照的に優しく全てを包み込むような瞳。
きっと二人は、いろんなことを乗り越え、支え合ってきたのだろう。
その瞳は形は違っても、どちらもロザリアの答えを期待しているようにも思えた。

「わたくしは…。」
アンジェリークを助けたい、という気持ちはもちろんある。
無邪気で可愛い、ロザリアのたった一人の親友を、一人でこの地に残していくことへもためらいはある。
けれど、この物語での自分の役目は終わったのだ。
あとはただ、消えていくだけ。

答えを決めたロザリアが口を開きかけた瞬間。
オリヴィエがつかつかと歩み寄ってきて、ロザリアの正面に立ったかと思うと、両肩をぐっとつかんだ。

「ねえ、シンデレラの最後。 前にあんたが教えてくれたよね。」
「ええ。」
ビックリしすぎて、ロザリアは彼の手を振りほどくことも忘れていた。
肩を掴む力強さとは裏腹な優しいダークブルーが、ロザリアを見下ろしている。

「鳥に目玉をつつかれるとかお城で平和に暮らすとか、いろんな結末があって、はっきり決まってない、って。
 だったらさ、なにもどれかを選んで、その通りにする必要なんてないじゃないか。
 決まってないならさ、あんたが決めたらいい。
 意地悪な継姉の未来を。」

「わたくしが…。」
ロザリアはただまっすぐにオリヴィエを見つめ返した。
彼が何も言わなかったのは、ロザリアが自分で未来を決められるようにだったのかもしれない。
今までずっとアンジェリークの物語の一部だったロザリア。
それを運命だと思って過ごしてきたけれど。

「アンジェが女王になって、この物語は終わりなんだろう?
 でも、あんたの物語はこれからも続いていくんだ。
 今度はあんた自身が主役の、自分の物語がね。
 だから、あんたが自分で選ばなきゃいけない。 …あんたはどうしたいんだい? ロザリア。」

『こうして、ごく普通の家庭に生まれたアンジェリークは、立派な女王になりました。
 めでたしめでたし』
今、まさにロザリアの後ろで流れていくエンドロール。
その続きは。

「…今度はわたくしが主役になっていいのですわね。」
「そうだよ。 どんな話にする?
 高飛車な補佐官が女王を尻に敷く話? 守護聖をいびって泣かせる話?
 それとも…。」
「まあ、補佐官になることは決定しているんですのね。」
「それは当たり前でしょ?」

ぱちんと音がするような長い睫毛のウインク。
ロザリアはくすくすと笑うと、改めて女王に向き直った。

「補佐官の任、謹んでお受けいたします。
 …アンジェ、わたくしは甘くなくてよ。 覚悟なさい。」
「ロザリア…!」

アンジェリークが瞳を潤ませて、ロザリアを見つめている。
やっぱり彼女はとても可愛くて、守ってあげたくなる大切な存在だ。
泣き出しそうなアンジェリークに、ロザリアはにっこりと笑みを浮かべて頷いた。
ようやく安心したのか、アンジェリークが前へと足を踏み出す。
女王から玉座を譲られると、アンジェリークの背に金の翼が輝いた。
新女王誕生の瞬間。
ロザリアは今までの全てを忘れて、その奇跡に立ち会えたことに感動していた。



即位式が終わり、皆が大広間を退出していく中、オリヴィエは最後までロザリアのそばで付き添っていた。
女王になることはとっくに諦めていたとはいえ、長い間の夢が破れたことを改めて実感しているのかもしれない。
ロザリアはアンジェリークが去った玉座を見つめたまま、微動だにしなかった。

「ロザリア。」
オリヴィエが小さく声をかけると、ロザリアはまるで夢から覚めたかのように顔を上げ、目を丸くした。
「オリヴィエ様? どうかなさいまして?」
きょとんとした瞳に、オリヴィエは苦笑する。
「あのね、もうみんな出てったよ。 あんたもいろいろ準備があるんだろう?
 明日からは正式に補佐官になるんだからさ。」
「そうですわね。 実家への連絡やまとめていた荷物をこちらに運び入れたりしなければいけませんわね。」
ロザリアはいたって真面目に、今からの作業を頭に思い浮かべているようだ。

「きっとこれから忙しくなりますわ。
 アンジェったら、まだまだ女王としての素養が整っているとは言えませんもの。
 ダンスもマナーも。補佐官となれば、これからじっくり教えられますわね。」
「ふふ。早速、鬼補佐官してるね。」
軽口を叩きながら、二人はじっと見つめ合っていた。
お互いの瞳の中の、その心を、確かめるように。

「ねえ。 ロザリア。」
オリヴィエが口を開く。
「これからのあんたの物語が、どんなストーリーになるのか、楽しみでたまんないよ。
 できたら、それをそばでずっと見ていたいんだけど・・・いいかな?」
そっと彼女の頬へと伸ばした手。
ロザリアがその手に自分の手を添えて、ゆっくりとほほ笑む。

「見ているだけでよろしいんですの?」
「さあ? 私としてはとっくに自分の役は決まってると思ってるけどね。」
「夢の守護聖は補佐官の…なにかしら?」
オリヴィエもくすりと笑う。

「ん〜〜、ちょっと違うかな。
 補佐官とか守護聖じゃなくてさ。
 ねえ、やっぱり私が通行人Aなんてもったいないよ。 王子様が似合うと思わない?」
「まあ!」

なにか言いかけたロザリアの唇にオリヴィエは人差し指を当てる。
答えは今すぐじゃなくていい。
オリヴィエはくるりと背を向けて、ひらひらと後ろ手を振った。
背中越しの彼女が真っ赤になってオリヴィエを睨み付けているのがわかる。

新しい二人の物語はこれから。
これが甘いラブストーリーの始まりなのかは・・・まだ誰にも分らないのだった。

《FIN》


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