「え・・・」
並んで中庭から去って行く二人の背中に、ロザリアはまだ呆然としていた。
この1ヶ月の自分の苦悩はなんだったのか。
情けなくて、バカすぎて、涙も出ない。
「あのさ、あんたは知ってたんだよね?」
ロザリアのあまりにも普通では無い様子に、オリヴィエはおそるおそる声をかけた。
とても幸せな告白だった。
ラストの手の甲のキスなんて、まるでロマンス小説のようで、オリヴィエは密かに感心したのだ。
ああ見えて、ジュリアスはデキる男だったらしい。
なのに、なぜ、ロザリアはこんなに抜け殻のようになっているのだろう。
予想では、もっと感動して、嬉し涙でオリヴィエを抱きしめてきたりするはずだったのに。
「知ってた・・・?」
「そう。陛下の話じゃ、あんたにはちゃんと好きな人のことを話して、応援してもらっているって。
執務もジュリアス絡みのモノは全部陛下に代わってあげて、お茶の時間とかも、席を外してあげてたんでしょ?」
「そ、それは・・・」
事実だけ見ればその通りなのかもしれない。
けれど、実際は、睡眠不足で蒼い顔をしてミスが多いロザリアを心配して、ジュリアスがいろいろ手を回してくれたのだ。
ロザリアの手を煩わせないように、とジュリアス自ら女王の間で執務の打ち合わせをしてくれたり、朝の巡回前に女王への報告に来てくれたり。
決して、ロザリアがアンジェリークのためにしたことでは無い。
たまたま、そうなっただけだ。
「私も時々、オシャレのアドバイスしたり、デートのファッションの相談に乗ったりしてたんだよ。
メイクのレッスンもしたしね」
オリヴィエは自慢げに、アンジェリークにかけた魔法を教えてくれた。
なるほど、それが秘密の逢瀬の答えで、オリヴィエと会ったあと、アンジェリークがキラキラして見えたのは、文字通り、キレイになっていたのだ。
オリヴィエのメイクの技で。
全部がロザリアの勘違いと思い込み。
本当にこのひと月はなんだったのだろう。
オリヴィエは、ぼーとしたまま動かないロザリアの脇の下に手を入れて、「よっこらしょ」と彼女を立たせた。
顔の前で手をひらひらさせても、ロザリアの意識はどこかに行ってしまっているようで、まるで反応がない。
綺麗で可愛いお人形さんみたいだ。
クスリ、と少し意地悪な笑みを浮かべたオリヴィエは、ロザリアの手を引いて、自分の屋敷へと連れ帰ったのだった。
紅茶のかぐわしい香りと座り心地のいいソファ。
「さあ、どうぞ」
膝の高さのローテーブルに置かれた一客は、ロザリアの好きなダージリンだ。
薔薇色のカップも、添えられた色とりどりのショコラもどれもオリヴィエの好みで美しい。
この香りで、ロザリアはようやく意識を取り戻し、キョロキョロと辺りを見回した。
よく知っているシャンデリアとカーテン。
オシャレな小物が飾られたキャビネットやガラス細工。
いつの間にかオリヴィエの邸にいることに驚いたし、すぐ隣に彼がいて、身動きが取れないことに戸惑っていた。
「で、あんたが私を避けてた理由、教えてもらおうか」
オリヴィエは綺麗な笑みを浮かべているけれど、目は笑っていない。
ロザリアは紅茶を一口含んで、ぽつりぽつりと話し始めた。
「アンジェリークが好きな人は金髪で青い目だと言ったんですの、だから、わたくしはてっきりオリヴィエのことだと……」
流れる沈黙。
「それで?」
オリヴィエは続きを促した。
「アンジェリークが好きになったのなら、わたくしは諦めなければいけないと思いましたの。だから、あなたに会わないようにしましたわ」
「なんで?なんでそう思うんだい?私がアンジェリークを好きだと思ったってこと?」
ついイライラが口調に滲んでしまった。
ロザリアは俯いて、シワのあとが残りそうなほど、ぎゅっとスカートを握りしめている。
「今は違っても、すぐに好きになると思いましたの」
「なんで?私はあんたが好きだって何度も言ってるよね?」
「だって、アンジェリークはとても可愛らしいし、明るくて元気で、一緒にいると楽しくて、しあわせな気持ちになりますわ。
わたくしは……アンジェリークには敵わない」
女王試験だって負けてしまった。
最後の言葉はロザリアの口の中で消えてしまうほどの声だったけれど、オリヴィエにははっきりと聞こえた。
「バカだねぇ」
オリヴィエはロザリアの腰を抱いて、スカートを握りしめている彼女の拳を丁寧にほどいた。
「あの時も言ったけど、女王っていうのは勝った負けたよりも、その力が今の宇宙に必要かどうかってことなんだよ。
死にかけた宇宙には、今の陛下の持つ、破天荒なパワーがちょうど必要だったって事。
時代が違えば、あんたの方が女王になっていたかもしれないんだ」
試験が終わった時も同じ話をロザリアにした。
あの時のロザリアは、目を真っ赤にして、ぐっと唇を噛み締めながら、何度も頷いて。
納得したと思っていたけれど、ロザリアの中からあの敗北が消えてなくなったわけではなかったのだ。
「オリヴィエからアンジェリークを好きになったから別れて欲しい、と言われたら、今度こそ耐えられませんわ。だから、もう、わたくしから離れてしまおうと」
「……別れたら耐えられないほど、私の事が好きってこと?」
くだらない問いかけだけれど、彼女の口から答えを聞きたかった。
ロザリアは長い睫毛を伏せ、小さく頷く。
アンジェリークが可愛らしいとロザリアは言ったけれど、オリヴィエにとっての一番の可愛らしさは、いつもは頑固な意地っ張りが時折見せる、弱々しい仕草だと思う。
例えば、今のロザリアのような。
オリヴィエはロザリアをぎゅっと抱きしめた。
「あのね、あんたがどれだけ離れようとしたって、私があんたを離さないから。
それに」
オリヴィエはニヤリと笑うと、ロザリアの耳元に唇を寄せ、
「今夜は二度と、私から離れようなんて思えないように、身体に教えてあげる」
柔らかく耳たぶを食んだ。