彼女が刻むそのリズムを、オリヴィエはもう覚えてしまった。
「いるよ。」
そう声をかければ、おずおずと扉が開き、予想通り、青いドレスがするりと忍び込んでくる。
「カギ、閉めて。」
書類から顔を上げずに、冷たく言い放つと、ロザリアはあきらめたように、ドアの鍵を閉めた。
それから、いつも通り、本当に閉まっているのかとドアをゆすり、確認する動作をする。
もし開いてしまうようなことがあれば、確かに大変だ。
そのままドアの前から動かないロザリアに、ようやくオリヴィエが書類を引き出しへと片付けた。
「こっちおいでよ。」
彼女の体がピクリと動き、ゆっくりとオリヴィエに近づく。
手を引いて腕の中へと倒れこんだロザリアをそのまま抱きしめ、執務机の上に押し倒した。
「まだ明るい時間ですわ。」
首を振る彼女の耳元に、唇を寄せた。
「イヤだって言うの?…へえ、もう、皆に言ってもかまわないわけ?」
急に抵抗なく、机の上に横たわった彼女の唇に自分の唇を重ねると、強引に舌をねじ込んだ。
数ヶ月前の夜だった。
青い満月が空に浮かんでいるのに、なぜかそれ以外の星の見えない不思議な夜。
屋敷のドアを激しく叩く音に、オリヴィエは飛び起きると、夜着をはおった。
「誰?」
ドアを叩く音は一向に止まらない。
開けた瞬間に倒れこむように飛び込んできたのはロザリアだった。
「助けてほしいのです。」
息をする時間もないというように、ロザリアは話し始めた。
惑星の急激な変化を補佐官である彼女が感じ取ったこと。
その対処として、どうしてもサクリアの均衡をとらなければならないこと。
もし対応が遅れれば、多くの命が失われることになること。
一通り話し終えたロザリアはすがるように青い瞳をオリヴィエに向けた。
「お願いです。どうしても、あなたのサクリアが必要なの。」
「陛下は? それくらいなら、陛下ができることでしょ?」
青い瞳が一瞬影を持って揺らいだ。
サクリアの均衡をとることは女王の仕事だ。
足りないから注ぐ、というのは、本来間違った対処であり、そんなことをしていたら、宇宙は膨らむだけになってしまう。
「陛下は…。今、宮殿にいらっしゃらないの。」
「え?」
宇宙を統べる女王が宮殿にいないことなど、あってはならないことだ。
ほぼ着のみ着のままの状態でロザリアが飛び出してきた理由が、わかった気がした。
「わたくしにできることなら、なんでもするわ。だから、お願いです。助けてくださいませ。」
「わかったよ。急ごう。」
奥の間でオリヴィエはサクリアを注いだ。
本来は女王だけしか入ることの許されない場所。
無人の部屋に、ぼんやりとロザリアの手にしたランプだけが点っている。
「ありがとうございました。」
なんとか作業を終えたオリヴィエにロザリアは深々と頭を下げた。
たしかに朝まで放っておいたら、大変な騒ぎになっていただろう。
「あなたがいてくださって良かった。本当はオスカーにお願いしなければいけないのですけれど…。」
「え?」
オスカーの名前を聞いたオリヴィエの背中に冷たい汗が流れた。
彼女が飛び込んできたとき、オリヴィエはどこかで喜んでいる自分を感じていた。
困った時、真っ先に駆けつけてくる存在が、自分であったことが嬉しかったのだ。
女王候補のころから、ずっとロザリアのそばにいて、彼女だけを見てきた。
それなのに彼女が本当に頼りたかったのはオスカーで、自分はその代役にすぎないと聞かされたのだ。
胸に青白い炎が点る。
暗く、冷たい炎。
いったん点いた炎は見る見るうちにオリヴィエの全身を焼き尽くす勢いで広がっていった。
「なんでもする、って言ったよね?」
掴んだロザリアの腕が熱いのか、自分の掌が冷たいのか。
頷いた彼女を引き寄せた。
「じゃあ、抱かせてよ。」
びくりと震えた彼女の手から滑り落ちたランプが床に転がり、鈍い音を立てた。
少し先で止まった橙の電球の明かりが足元だけをぼんやりと照らしている。
「私のコト何だと思ってるんだい?あんな格好はしてるけど、男なんだって分かってる?」
細い腰を抱きよせて、息がかかるほどに近づいた。
「男が女に望むことなんて、それしかないよ。なんでもするんでしょ?」
小刻みに震える彼女の体を強く抱きしめる。
触れたことのない肌から立ち上る香りに、我を忘れそうになってしまうのを必死でこらえた。
「こんなことがあったって知ったら、きっと陛下は自分のことを責めるだろうね。恋人とお忍びの旅行をしてて、あやうく星一つ、潰しかけたなんて。」
「それはわたくしが!」
「旅行の手配をしたあんたも同罪。でも、どっちの責任が重いかなんて、言うまでもないだろう?」
黙り込んだロザリアの髪に触れる。
下ろしたままの髪を耳にかけ、そこへ唇を近付けた。
「誰にも言わないよ。陛下にもね。…あんた次第だよ。」
腕の中の彼女から力が抜ける。
オリヴィエはロザリアを床へ押し倒すと、そのまま彼女を手折った。
青白い炎に追いかけられるように、何度も。
唾液の混ざりあう音が静かな午後の執務室に響く。
唇をなぞり、喉の奥へと舌を入れると、ロザリアが苦しそうに息を吐いた。
彼女の唾液を吸い取るように、唇の全てを重ね、逃げようとする彼女の舌を絡め取る。
「もっと。」
オリヴィエの声に、ロザリアが舌を伸ばしてきた。
そのたどたどしい動きが、かえって、オリヴィエの官能を刺激する。
オリヴィエは彼女の舌を唇で吸い取ると、ドレスのファスナーを下した。
「いや…。」
弱弱しく首を振るのもかまわずに、一気にドレスから両腕を抜いた。
形のよい胸がこぼれおちて、ロザリアが呼吸をするたびに、悩ましげに震えている。
オリヴィエがふくらみに触れると、ロザリアは堪え切れないように吐息をもらした。
その悩ましい声にオリヴィエの背中からゾクリと熱いものが這いあがってくる。
もっと、彼女が欲しい。もっと。もっと。
掌からあまるほどのふくらみをオリヴィエはゆっくり揉みあげた。
次第に彼女の体が熱を帯びてきて、掌の中のふくらみがしっとりとオリヴィエに吸いついてくる。
ゆっくりと深いキスを繰り返しながら、ふくらみを弄んだ。
唇を耳元へと移動させ、指先でふくらみの先端をつまむ。
ぴくんと跳ね上がる体を押さえつけるようにして、耳の穴へと舌を侵入させた。
「やめて…。」
小刻みに体を震わせて、彼女が声を上げる。
耳が弱いことを知っていて、嫌がる声を聞きたいのだ。
きっと、自分しか聞いたことのない、艶やかな声。
凛とした補佐官の顔の下の、官能的な姿を知っているのは自分だけなのだ、と、それだけで気持ちが高ぶってくる。
一言でも聞き逃さないように、オリヴィエが黙って、先端に刺激を与え続けると、彼女の吐息が熱いものへと変わっていった。
ようやく身体を離したオリヴィエは、ロザリアを見下ろした。
あらわになった上半身はほんのりと赤く染まり、青い瞳はうるんでいる。
まっすぐにオリヴィエを見つめる青い瞳。
少しもけがれた色のないその美しい青が自分を責めているような気がして、思わず目をそらした。
「そこに手をついて。」
オリヴィエが顎で窓をさすと、ロザリアは怯えたように胸を隠しながら小さく首を振った。
さっきからマルセルとランディの声が聞こえてくる。
犬と追いかけっこでもしているのか、遠ざかったり近づいたりを繰り返しながら、走りまわっているようだ。
お互いの名前を呼びながら騒ぐ声が、今はすぐ真下で聞こえている。
「見られてしまうかもしれませんわ…。」
ロザリアはできれば拒否したかった。
ただでさえ明るい光の差す部屋で、すでに彼の目に上半身を晒しているのだ。
愛撫を受けているときは、感じなかった羞恥心がどっとロザリアの中にあふれ出してくる。
窓の近くまで行けば、さらに恥ずかしいところが目に触れてしまうだろう。
それに。
「大声出さなければ聞こえないよ。真上なんて誰も見ないからね。」
オリヴィエはロザリアの細い手首をつかむと、窓ガラスへと押しつけた。
勢い余って、胸までもガラスに触れてしまう。
さっきまでの刺激で尖りきっていた先端が冷たいガラスに触れ、足元からしびれるような感覚を与えてきた。
背中からオリヴィエの指が下腹部へ伸び、敏感な部分に刺激を与えてくる。
心は悲鳴を上げているのに、身体は快感に正直だ。
指が動くたびに身体の奥からあふれてくる蜜が、卑猥な水音を響かせる。
「もう、止め・・。」
言葉にならない声で抵抗しても、オリヴィエは指を動かすことをやめるどころか、彼女の中へするりと滑らせた。
十分にうるんだ泉はオリヴィエの指を抵抗なく受け入れる。
もうロザリアの弱いところはすっかり知られてしまっているらしく、指は的確にその部分を攻め立てた。
卑猥な水音とロザリアの吐息だけが時間を支配すると、足先から恐ろしいほどの快感が上り、体中が震える。
ロザリアが息を整える間もなく、オリヴィエ自身がすぐに中を貫いた。
今、オリヴィエはどんな顔をしているのだろうか。そこに愛はあるのだろうか。
顔を見て、彼の心を知りたいのに、彼は決して、顔を見せてくれないのだ。
何度目かの夜。
部屋に忍んできたオリヴィエに、いつものように抱かれた。
口づけをしながら、指と指をからませ、彼を受け入れる。
ゆっくりとロザリアを満たしていく感覚は、痛みと同時に彼と確かにつながっているのだと教えてくれた。
今まで見たことのなかった男としてのオリヴィエは、想像していたよりもずっと魅力的で。
「ロザリア…。」
吐息交じりに名前を呼ばれる時、心が震えた。
交換条件のはずのその行為が、愛あるもののように感じられるから。
あの時、女王の恋人である守護聖に「なにかあれば、オスカーを頼るがよい。あの者には今日のことを伝えてある。」と言われていた。
だから危機が起こった時、本来はオスカーのところへ行くべきだったのに、足が勝手にオリヴィエのところに向かってしまったのだ。
助けてほしい、と無意識に彼を頼っていたから。
見返りとして自分を求められた時も拒もうとは思わなかった。
むしろ、求められたことを、どこかで喜んでいたのかもしれない。
オリヴィエはとても優しく愛してくれたから、ロザリアはただ、身をゆだねただけだった。
けれど。
優しいことが不安になる。もっと多くを望んでしまう。
オリヴィエの気持ちを知りたかった。
「いつまで、ですの?」
ベッドに並んで横たわり、オリヴィエの腕に抱かれていたロザリアは小さく呟いた。
ロザリアの髪をすくいながら、背中を撫でていた彼の細い指が、動きを止める。
「いつまで、か…。気になるの?」
「ええ。」
このひと時が永遠に続けばいいと思うから。
オリヴィエも同じように思っていてくれればいいと、祈るように言葉を待った。
「…あんたの体に飽きるまでじゃない?心配しないで。飽きたら終わりにするからさ。」
身体を起こしたオリヴィエは、横たわったロザリアを抱き上げると、胡坐をかいた膝に乗せた。
背後から抱え込まれるような形で、強く抱きしめられると、首筋に舌先が這う。
いつの間にか後ろから伸びたオリヴィエの手に快感だけを与えられ、何も見えない状態のまま、ロザリアは彼の腕にしがみつこうとした。
その時、ふと背中を押され、ベッドに手をついた。
前のめりになったところに、いきなりオリヴィエが入ってきて、感じたことのない奥まで掻きまわされる感覚にロザリアの身体がぎゅっと締まる。
乱暴に突き上げられ、シーツに身体を押しつけられた。
身体の打ちあう音と、自分から出る蜜が彼のモノと擦れ合う音。
快感は強いけれど、心が悲鳴を上げた。
名前を呼ぶことも、手が触れ合うこともない。
その部分以外、どこもオリヴィエとつながっていない。
求められているのは、ロザリアではなく、女の部分なのだ、と言われているような気がした。
そして、それからオリヴィエは背中からしか抱いてくれなくなったのだ。
「ぁ…。」
突き上げるたびに彼女から漏れる声に、すぐに達してしまいそうになる。
自身を包み込む彼女の中は、今まで抱いたどの女よりも強くオリヴィエを蕩けさせるのだ。
動きを緩めながら、懸命に堪えるロザリアの背中を見つめた。
綺麗にまかれた青紫の髪がなまめかしく流れ、揺れている。
今、彼女はどんな顔をしているのだろう。
好きでもない男に抱かれる苦痛に眉を歪めているのだろうか。
想いをこめて、抱いたはずだった。
交換条件とはいえ、いくらでも拒否できた状況で、自分を受け入れてくれたことに、オリヴィエは彼女も想いがあると思ったのだ。
唇を重ね、彼女の全てに触れていく。
ロザリアの頬がばら色に染まり、堪え切れないように甘い息を吐く、見たこともないような艶やかな表情。
うるんだ瞳で、「オリヴィエ…。」と切なげに名前を呼びながら、自分へと伸ばされた手。
愛おしくて、何度も求めた。
抱きしめるたびに、この時が永遠に続けばいいと、思っていたのに。
「いつまで、ですの?」
いつまで、抱かれなくてはならないのか。交換条件の期限はいつなのか。
終わりを願う彼女の言葉が、甘い幻想を断ち切った。
ロザリアは望んでいないのだ。知ってしまっても、オリヴィエは彼女を求め続けた。
抱けば抱くほど、囚われていく自分に気づく。
彼女のぬくもりを知らなければよかった。でも知ってしまった今、離すことなどできない。
けれど。
彼女の顔を見ることに恐れを感じている。
青い瞳に愛がないことを、知るのが怖い。想っているのは自分だけなのだと、鋭い刃でつきつけられることが怖い。
後ろから抱けば。
オリヴィエの与える快楽に身を震わせて受け入れる、彼女しか見えない。
彼女の体はオリヴィエを甘い蜜で包んでくれるのだ。
心がなくても、身体だけは。
下から聞こえてきたマルセルの声に、ロザリアがきゅうとオリヴィエを締め付ける。
まだ、終わりたくない。オリヴィエは自身を浅く埋めるほどにすると、胸の先端をつねった。
思いがけない刺激にロザリアが背中をそらし、首を上げると、髪が背中から前へと滑り落ちる。
白い背中とそこから覗く揺れる白いふくらみに、オリヴィエの熱が一点に集中する。
一度引き抜いて、一気に押し入った。
「ああっ…。」
堪え切れずにロザリアから漏れた声に我を忘れるほど興奮する。もっと、聞きたい。
オリヴィエを求めて、彼女が喘ぐ声を。もっと、もっと。
気がつけば、おもうさまにぶつけ合う体の音と彼女の息だけが聞こえている。
腿を伝うほどあふれる蜜は、ロザリアがこの行為に喜びを感じてくれているということなのだろうか。
身体の位置を変えようとして、窓ガラスに映るロザリアの顔を見た。
青い瞳を閉じ、快楽に眉を寄せている。
赤く染まった頬と、絶え間なく漏れる声。愛しい、ロザリアの顔。
口づけて、名前を呼びたかった。
けれど、もし、閉じた瞳が開いて自分を見た時、そこに愛がなかったら。
想いを振り払うように、オリヴィエは身体を動かすと、彼女の最奥へと欲望を吐き出した。
「もう行って。」
ようやく荒い息を整え、ドレスを直しているロザリアの背中にそう告げた。
ドレスで隠れるあらゆる場所に、オリヴィエのつけた痕があるのが見える。
彼女が誰か別の男に、抱かれることのないように、決して消えることのないように、繰り返し痕をつけるのだ。
髪を直すロザリアのうなじから、ちらりと朱が覗いて、オリヴィエの胸が疼いた。
早く。
彼女から離れなければ、またその肌に触れたくなってしまう。
優しく抱きよせ、口づけをしたくなってしまう。
誰よりも愛している。だから愛してほしい、と告げてしまいたくなる。
いまさら、そんな望みを持つなんて。
なにかを言いかけたロザリアに、わざと背を向け、平静を装った。
「また呼ぶよ。…あんたも抱かれたくなったら、いつでもおいで。」
一瞬、ロザリアの青い瞳がオリヴィエを捕えた。
綺麗な青に浮かぶのが、喜びの色だと、オリヴィエにはわからない。
ただ、美しい青だと、そう思った。
Fin