春うらら




「ロザリアったら、どこに行ったんだろう…。」

アンジェリークはきょろきょろとあたりを見回しながらつぶやいた。
たまたまルヴァの部屋に寄ったら、この日のために取り寄せたというお菓子をもらったのだ。
とても可愛らしくて、春らしい色のお菓子。
ロザリアと二人で食べようと、うきうき補佐官室に行ったら、そこはもぬけの殻で。
めぼしい場所を探してみたが、なかなか見つからず、少しイライラしかかっていた。

まさか、と思いつつ、最後に向かったのが、中庭。
執務にうるさいロザリアが、休憩でもない時間に、そこにいるとは思えなかったけれど、ついでに足を延ばしてみた。
広い廊下を抜けると、花の香りと、キラキラと眩しい光があふれている。
穏やかな聖地の午後そのもののような風景。
思わず大きく伸びをして、深呼吸してみた。
体中にめぐる春の息吹が気持ちよくて、リフレッシュしたような気分になる。
「ここまで来てよかったかも。」
再び大きく伸びをしたアンジェリークが、ふと、遠くへ目を向けると、わずかに揺れる花の奥に、見慣れた後ろ姿が座っていた。

芝生のところだから、座り込んでいても、別に問題はないけれど、一体何をしているんだろう。
まさか、昼寝?
ひょっとして、知られたくないような、なにか?
二人の間に隠し事などないはずなのに。
不思議に思ったアンジェリークは、忍び足で、そこへ近づいていった。


近付くにつれて、ロザリアの声が聞こえてくる。
中庭はとても静かで、他の音が何もないから、彼女の声がとてもよく響いてくるのだ。
アンジェリークの大好きなロザリアの声。
怒られる時はとても怖いけれど、二人きりの時はとても可愛らしい。
でも、今みたいな声は、あまり聞いたことがないと思った。

「そこで、オオカミは言いました。」

静かだから気がつかなかったが、彼女は一人ではなかったらしい。

「オオカミ? メル、コワイよ〜。」
「オオカミですか。 僕の国にはいませんでした。どちらかというとトラの方が多くて。」
「トラもコワイよね。 どっちも猛獣、って感じ…。」

『オオカミ』に、メル、ティムカ、マルセルが反応する声がした。
どうやら、ロザリアは、3人に絵本を読んであげているらしい。
ロザリアは厳しいことも言うけれど、根はとても優しく、子供好きだ。
弟妹がいないから、なにをしてあげたらいいかわからない、と、よく言っているが、お願いされたことを断ったりはできない。
まさに絵本のようにほほえましい光景が脳裏に浮かんだ。
やっぱりロザリアは可愛いし、優しい。
「さすがわたしのロザリアね!」
花をかきわけたアンジェリークは、その隙間から、ようやく4人の姿を目にした。
一斉に4人が振り返る。
とたんにアンジェリークのこめかみにピッと青筋が浮かんだ。


「あ、陛下!こんにちは。」
元気なマルセルの声。
「こんにちは。陛下。」 「陛下だ〜。」
3人はアンジェリークを認めると、それぞれに挨拶を口にした。

「…こんにちは。」
にっこりと笑って、返事をするアンジェリーク。
女王らしい優雅な笑みに、ロザリアも嬉しそうに会釈をしてくれている。
アンジェリークはなるべく穏やかに見えるような足取りをして、ロザリアのすぐ隣に立った。

「陛下も一緒に、絵本を読んでもらおうよ〜。ロザリア様って、すっごく読むのが上手なんだよ!
 メル、こんなに絵本でドキドキしたの、初めて!」
「僕もです。 じいやも読んでくれましたけど、ロザリア様には敵いません。」
褒められて、ロザリアはほんのりと頬を染めている。
アンジェリークの青筋がぴくぴくと動いた。

「ねえ、陛下も、こっちに座ったら?」
真下から、くりくりとして邪気のない、真赤な瞳が見上げてくる。
隣に立っているアンジェリークの真下。
ようするに、メルは、ロザリアの膝に頭を乗せ、いわゆる膝枕をされていた。
まるで、小さな子供のように。

ロザリアの肩に手を置いたアンジェリークは、そのまま屈みこむと、その真っ赤な瞳に向かって、恐ろしいほどの笑みを浮かべた。
「メルったら、特等席ね。」
にっこりと言われて、メルはようやく起き上がると、嬉しそうに両手を口に当てた。
「うふふ。 なんかすっごく幸せな気持ちだったよ。 ロザリア様、ありがとう。」
「いいんですのよ。 わたくしも、幸せでしたわ。」
微笑みあう、メルとロザリア。
アンジェリークのこめかみがぴくぴくと震えているのには、勿論誰ひとり気がつかない。

メルは四つん這いになって、マルセルの隣まで移動すると、アンジェリークに笑いかけた。
3人が並んでいると、まるで小さな学校のようだ。
3人ともそれなりの年齢ではあるはずなのだが、他の男どもが老成しすぎているせいか、ずいぶんあどけなく見える。

「メルね、ここで絵本を読もうと思ったら、ロザリア様が通ったの。
 だから、読んで、ってお願いしたの。 ロザリア様、優しいよね。」
「僕もちょうど通りかかったんです。この絵本は、国でも親しまれていました。」
礼儀正しいティムカは、正座している。
「僕は、お花の様子を見に来たんだ。 そしたら二人が本を読んでもらってたから。便乗しちゃった。」
そのティムカと並んでマルセルが足を投げ出すように座っている。
顔を見合わせて、のどかに笑う4人。

近い。
アンジェリークのこめかみが三度ぴくぴくと震えた。
メルはもう問題外として、この二人もちょっとロザリアに近過ぎる。
しかも、この和やかな雰囲気。
アンジェリークは、もらったお菓子の袋をぎゅっと握りしめた。


「ね、ロザリア。 わたし、あなたを探してたのよ。」
「まあ、なにかしら?」
サボっていた、と、たぶん、ロザリアは少し後ろめたいのだろう。
ほんの少し頬を赤らめて、アンジェリークに向き直る。
その顔が可愛らしくて、思わずキスしたくなるのを、アンジェリークはぐっと堪えた。

「これ、ルヴァにもらったの。 一緒に食べよう?」

アンジェリークは握っていた包みを、芝生の上に広げた。
途端に包みの上に広がる、色とりどりの小さな粒たち。
「わー、かわいいね!」
マルセルが瞳をキラキラさせている。
「陛下、これはなんですか?」
ティムカも初めて見る物に興味しんしんと言った様子だ。

アンジェリークは包みから零れそうになる小さな粒を掌で中央に寄せ、山を作った。
粒は色も形も様々で、パステル調の色合いが春らしくて、とても可愛らしい。
ところどころにまぶされた白い砂糖が、淡い色合いを醸し出していた。

「これ、雛あられ、って、言うんだって。 
 辺境の惑星なんだけど、今日、お祭りのところがあって、そのお祭りの日に食べる、特別なお菓子らしいの。」

アンジェリークがつまんだ一粒を、3人はしげしげと眺めている。
「可愛い色。 春のお花畑みたい。」
「本当だね〜。メル、食べちゃうのが、もったいないよ〜。」
「ええ、本当ですね。」


「ねえ、メルにもこのお菓子、くれるの?」
じっとアンジェリークの瞳を覗きこむメル。
アンジェリークは、女王の慈愛にあふれた微笑みを浮かべた。

「ごめんなさい。 これは わたしとロザリアの分なの。」
「そうなんだ…。」
言葉にしたのはメルだけだが、3人ともが、しゅーんとしぼんだのがわかる。

「でも、まだ、ルヴァのところにたくさんあったわ。
 きっと、あなたたちの分もあるはずよ。」

「本当?」
そう言って、マルセルが立ち上がると、それにつられたようにティムカとメルも立ち上がった。
「ねえ、ルヴァ様のところにもらいに行こうよ。」
「うん!」
うきうきと駆け出していく、マルセルとメル。
ティムカだけが、その場で深々と頭を下げた。

「ロザリア様、ありがとうございました。 また続きを聞かせてください。」
相変わらず礼儀正しい姿に、ロザリアも微笑んだ。
「ええ。もちろんですわ。 補佐官室にもいらしてくださいね。」
「はい。」

遠くの方からも
「ロザリア様〜〜。 メルに、また、ご本読んでね〜!!!」
「またね、ロザリア!」
元気な声がハーモニーのように聞こえて来た。

子犬のように駆けていく3人の姿。
アンジェリークも、ニコニコと手を振って、その後ろ姿が消えていくまで見送った。


春一番のような3人がいなくなると、中庭は急に柔らかな風に覆われた。
色とりどりの雛あられも、芽吹き始めた野の花のように芝生の絨毯に広がっている。
「さあ、女王の間に戻りましょう? お茶を淹れますわ。」
本を読みあげていたせいで、ロザリアも少し喉が渇いていた。
それに、わざわざ探しに来てくれたアンジェリークに申し訳ないという気持ちもある。
ロザリアが立ち上がろうと、足を動かしかけた時。
その膝に金のふわふわした髪が広がった。

「あーー!!!!もう!!!!!」

「ど、どうしたんですの?」
真下からじっと見つめる緑の瞳。
ロザリアに膝枕されているアンジェリークの顔は、どう見ても穏やかというよりは…怒っている。

「だって!!! ロザリアったらメルに膝枕しちゃって! わたしだって、されたことなかったのに!」

頬を膨らませたアンジェリークは、腕をグッと上に伸ばすと、ロザリアの腰をぎゅっと抱きしめた。
「ロザリアはわたしのだもん。」
「もう、アンジェったら。 メルはまだ子供ですわ。」
「そんなこと言って! メルなんて火龍族よ。 あっという間に大人になるわよ!
 ロザリアなんて、ペロッと食べられちゃうんだから!」

くすっとロザリアが笑うと、アンジェリークはますます頬を膨らませた。
女王として玉座にいるときは、本当に不思議なオーラに包まれていて、尊敬の念すら感じるのに。
普段のアンジェリークは、とても普通の女の子だ。
ちょっと嫉妬深いところはあるけれど。


「あーん。」
大きく口を開けたアンジェリークに、ロザリアは雛あられを一粒、入れた。
ほのかな甘みにアンジェリークは、ようやく顔をほころばせる。
「おいし。」

「女の子の祭りのお菓子なんですって。 だからこんなに可愛らしいのかもしれませんわ。」
「あれ? ロザリア、どうして知ってるの?」

さっき、お菓子をもらう時に、アンジェリークもルヴァに言われたのだ。
『女の子のお祭り』
だから、アンジェリークには特別にたくさんあげる、と。

「実はわたくしもいただいたんですの。 一緒に食べようとアンジェを探していたんですわ。
 そして、ここを通りかかったら、メル達に会ってしまって。」
「なーんだ。」
ちょうどすれ違いになってしまったのだ。

「あ〜あ、わたしが先にここに来てたら、ロザリアの初膝枕を、わたしがゲットしてたんだ〜。」
「ふふ、そうですわね。」

春の風は優しく、ロザリアが髪を撫でてくれる手も、とても気持ちがいい。
「もうダメだよ〜。 わたし以外の人に膝枕は禁止!」
こんなに心地よい思いは絶対に譲りたくない。
ぎゅっと腰を抱きしめたままのアンジェリークに、ロザリアはくすくすと笑った。

「それは女王命令かしら?」
「ううん、違うわ。」
真下から見上げてくる緑の瞳がキラキラとしている。

「これは、恋人命令。」
きっぱりと言い切った。

「まあ。…じゃあ、従わないわけにはいきませんわね。」
ロザリアが恥ずかしそうに笑うと、アンジェリークは身体を少し起こして、そっと唇を重ねた。
雛あられからきた、ほのかな甘さは、春の日差しに似ていて。
二人はくすくすと笑い合うと、それぞれお互いの口に雛あられを運んだ。
キスと同じ、ほのかな甘さが口の中に広がる。

「ね、もうちょっと、こうしてても、いい?」
気まじめなロザリアから返事はなかったけれど。
アンジェリークの髪を撫でる手が止まらなかったから、きっと、それは秘密のOKなんだ、と思うことにした。

陽だまりの中。
それは素敵な、春の一日。



 FIN