奥の部屋からティーセットを運んできた補佐官ロザリアは、壁の時計を見上げた。
もうすぐアンジェリークが戻ってくる時刻だ。
すでにカップもポットも温めてあるし、茶葉も量ってある。
あとは湯を沸かして、数分待つだけ。
「ケーキはどうしようかしら…。」
マルセルからもらったイチゴタルトが、冷蔵庫に冷やしてある。
冷蔵庫から出したての冷たい食感もロザリアは好きだが、常温の方が甘さを感じられるから、アンジェリークはその方が好きかもしれない。
「出しておいた方がいいかもしれませんわね。」
呟きながら、奥の部屋に戻ろうとした時、ドアの向こうから、廊下を走る靴音が聞こえた。
バタバタと響くような大きな足音。
ロザリアは思わず眉を寄せた。
常日頃、女王らしく、優雅に、気品を持って、と、アンジェリークには口を酸っぱくして言っている。
厳しい教育のかいあって、このところはかなり女王らしい所作が身についてきたと思っていたところだったのに。
あとできつく叱らなければ、と思っていたところに、ドアが開いた。
「陛下。いつも申し上げておりますでしょう?」
その後のロザリアの言葉は口の中で消えてしまった。
飛び込んできたアンジェリークに唇をふさがれたからだ。
「ん…。」
驚いて目を丸くしたロザリアの視界に緑の瞳が揺れている。
いつも暖かな陽だまりのようなアンジェリークの瞳が、今は。
哀しくて、苦しくて、まるで泣きだしそうだ。
激しいキス。
アンジェリークがほんの少し唇の角度を変え、ようやく呼吸ができるようになった。
「どうしたの…。」
ロザリアがその言葉を発した瞬間、再び、アンジェリークの口づけが深くなる。
おそらく、なにも聞かれたくないのだと思った。
アンジェリークは強い力で、部屋の中央に置かれている長椅子にロザリアを押し込んだ。
柔らかいクッションに、ロザリアの身体がはずむ。
そのまま押し倒されて、再び唇をふさがれた。
アンジェリークの手が、ロザリアの髪の中を滑り、逃がさないとでも言うように、後頭部をぐっと支えている。
いつものように、からかうような、ふざけるようなキスじゃない。
波にさらわれた砂の城のかけらを集めるような。身体に空いた穴を必死で埋めるような。
そんなキスに、ロザリアは抵抗することを止めて、アンジェリークの背中を両手で抱きしめた。
彼女が求めてくるなら。
ロザリアも舌を伸ばして、アンジェリークのキスに応えた。
アンジェリークの柔らかい唇がロザリアの唇をついばむように動いていく。
耳を甘く食まれ、ロザリアは思わず声を上げた。
いつもなら、その声に笑顔を見せてくれるのに。
今日のアンジェリークは何も言わず、首筋へと唇を這わせていく。
「んん…。」
アンジェリークの手が胸をすくい上げるように撫でる。
ドレスの上からやわやわと揉まれ、ロザリアは先端が硬く尖り始めるのを感じた。
肩からドレスを脱がされて、外気が直に肌に触れる。
それを冷たいと思う間もなく、アンジェリークが胸に吸いついてきた。
鎖骨に、ふくらみに、いくつも散らす赤い花。
すでに硬くなっている先端をゆっくりと口に含み、舌先で転がされると、声にならない声が、ロザリアの口から零れた。
アンジェリークはロザリアの反応を楽しむように、舌と指先で丹念に胸を弄んでいる。
すっかり敏感になった先端は、軽く舌先が触れただけで、全身に痺れるような快楽をもたらした。
「あ…。」
快感に思わずロザリアは身体を捩り、腿をこすり合わせた。
奥からじわりと熱いモノがあふれてくる感覚。
アンジェリークはドレスの裾をたくしあげると、ロザリアの花弁に指を沈めた。
すでに潤っていた場所は、アンジェリークの指をすんなりと受け入れてしまう。
浅く、それでも繰り返し弱い個所を責められて、ロザリアから熱い吐息が漏れてくる。
声を出すのは、いまだに恥ずかしい。
ロザリアは両手で口を押さえ、快楽の波に必死で耐える。
もう目を開けていることもできなくなった。
花芯を指で擦られ、がくがくと身体が震えたロザリアを、アンジェリークは容赦なく責め続けた。
いつもなら一度達した後は、抱きしめてくれるのに、今日のアンジェリークはまだ許してくれる気配がない。
激しく中を動き回る指に、ロザリアは顔を覆っていた手を離し、アンジェリークのドレスを掴んだ。
敏感な個所を押されると、快感で、声を押さえることすら忘れてしまう。
「ああっ…。」
深い快感で一瞬意識が飛び、頭の中が真っ白になる。
ぎゅっとアンジェリークの指を締め付け、ロザリアの背が反った。
快楽の淵から意識がもどっても、まだ呼吸が苦しい。
荒い息のまま、ロザリアがうっすらと目を開けると、頭を垂れて、肩で息をしているアンジェリークがいた。
金の髪に覆われていて、顔は見えなかったけれど、なんとなく、アンジェリークは泣いているような気がする。
「アンジェ…。」
ロザリアは手を伸ばして、アンジェリークの首を抱え込んだ。
軽く力を入れただけなのに、アンジェリークの身体はあっさりとロザリアの胸に引き寄せられてしまう。
肩口に感じる、アンジェリークの息遣い。
ロザリアは黙って、アンジェリークの背中を撫でた。
荒かった呼吸が、次第に落ち着いてくると、アンジェリークがわずかに身じろぎした。
「ゴメンね…。」
思いのほか、いつも通りのアンジェリークの声に、ロザリアはほっと胸をなでおろした。
「なぜ謝るの? 何か悪い事でもしたのかしら?」
ぎゅっとロザリアが腕に力を込めると、アンジェリークが頬を寄せてくる。
「イヤ、だったでしょ?」
「イヤではないわ。…少しびっくりしたけれど。」
「…痛くなかった?」
「全然。」
「ホントに?」
「ええ。もし、本当に嫌で痛かったら、あんたのこと、投げ飛ばしてるわ。 わたくしの護身術の腕前を知っているでしょう?」
ロザリアがちょっと明るい声で言うと、アンジェリークがくすくすと笑う。
「うん。知ってる。 ランディが投げ飛ばされたの見たし。」
「あ、あれは、ちょっとした間違いですわ。 あんなふうにびっくりさせられたら誰だって…。」
「しゃっくり止めようとしてくれただけなのに。」
「そんな迷信、信じてませんわ。」
アンジェリークが笑うたびに金の髪が首筋に触れて、くすぐったい。
ロザリアはふわふわした金の髪に指を絡めた。
「あのね。 さっき、女王のサクリアを使ってきたの。」
話したくないなら、聞かないでいようと思ったことを、アンジェリークの方から話し始めた。
ロザリアは黙って、髪を梳いている。
「そんなの毎日やってるけどね。 今日は、いつもよりちょっと疲れちゃったの。
…たくさん、星がなくなっちゃった。 みんな頑張ったけど、星の寿命は伸ばせないもの。」
その星系のことは勿論ロザリアも知っている。
終わりを迎えた星系を消滅させ、新たに作りだそうと、守護聖たちを含めた全員の会議で決めたことだ。
「人類は避難させたから、誰もいないと思ったの。 でも、わたしには聞こえた。」
わずかにその星に残っていた動物、根を張っていた植物。
たくさんの命の声。
「わたし、なにもできないの。女王なのに。
そう思ったら、寂しくて、苦しくて、どうにもならなくて。
こんなダメなわたしでも、ロザリアは好きでいてくれるのかな、って、すごく不安になっちゃった。
昨日、お泊りしてほしいってお願いしたのに、ダメって言うし。
さっき、マルセルと楽しそうに話してるし。」
アンジェリークはロザリアの背中に腕を回し、その身体をぎゅっと抱きしめた。
全身で伝える。
『どこにも行かないで』という願い。
ロザリアはアンジェリークを抱きしめながら、ゆっくりと身体を起こした。
長椅子の背もたれに寄りかかり、アンジェリークと横に並んで座る。
背中に回された手が窮屈だったが、離れようとしないアンジェリークに諦めて、せめて胸が隠れるように、ドレスを引っ張り上げた。
まだむき出しのままの肩に、アンジェリークの額が乗っている。
「アンジェ。わたくしはあなたが好きよ。」
「うん…。」
「昨日だって、別にあなたが嫌でお泊りしなかったわけではないの。
どうしても、執務が残ってしまって。
終わらないって、いうのが恥ずかしくて、言いだせなかったのよ。
だって、あなたがいつもわたくしを『優秀な補佐官』って褒めてくれるから。」
太陽のような笑顔で、『ロザリアってなんでもできて、スゴイのね!』 と言ってくれる。
こんなだれでもできる仕事なのに。
女王の方がはるかに大変なのに。
褒められて、嬉しい。
アンジェリークの期待を裏切りたくなくて、つい、そっけなく断ってしまった。
それを、こんなに気にしているだなんて、考えてもみなかったのだ。
「わたくしこそ、ごめんなさい。」
自分が冷たく見える時があることを十分に自覚しているつもりだった。
アンジェリークになら、素のままでいてもいいと、少し、甘えていたのかもしれない。
ロザリアの言葉にアンジェリークがはっと顔を上げた。
緑の瞳がなぜか少し怒っている。
「どうしてロザリアが謝るの? わたしが勝手に落ち込んで、拗ねて、ロザリアに甘えたのに。」
しかも、八つ当たりみたいに、抱いてしまった。
「いいのよ。」
「どうしていいの?」
「いいの。だって、あんたがわたくしに甘えて、求めてくれるのが嬉しいから。」
睨んでいた緑の瞳が潤み始めて、ロザリアは慌てた。
「あんたが甘えてるっていうことじゃないのよ? ちゃんと女王としてがんばってるわ。褒めてるのよ。
ああ、もう、どうして泣くの?」
アンジェリークに泣かれると、本当にどうしていいのか分からなくなる。
ロザリアはおそるおそる、アンジェリークの肩を抱き寄せた。
「好き。大好きよ、ロザリア。」
一瞬の間に、アンジェリークの腕がロザリアの首に回り、唇をふさいだ。
重ね合わせるだけの優しい口づけが、お互いの心を満たしていく。
アンジェリークの頬に残る涙が、唇を通じてロザリアに伝わって来た。
とてもしょっぱいけれど、その暖かさは、傍にいることを実感できて心地よい。
「ずっと傍にいて。 わたし、ロザリアがいないと、きっと悪い女王になっちゃうわ。」
「そうね。きっとサボってばかりでしょうね。」
「もう! そうじゃなくって!」
「…ずっと傍にいますわ。」
きっと二人で女王候補に選ばれた時から、お互いにお互いが必要な存在になってしまったのだ。
片翼づつ、女王の翼を持って。
「なんだかお腹が空いたな。 仕事して、いいこともしちゃったから。」
ペロッと舌を出して小首をかしげるアンジェリークは、いつもの太陽のような笑顔。
「いいこと、って…。もう、あんたって子は!」
呆れた声を出しながらも、ロザリアの頬がカッと染まる。
何事にもオープンなアンジェリークには、本当に照れてしまうのだ。
「マルセルが持ってきてくれたイチゴのタルトがありますわ。 いただきましょうか。」
ドレスを直して立ち上がったロザリアをアンジェリークがポカンと見ている。
「もしかして、さっきの…。」
サクリアの間へ行く前に、楽しそうに話している二人を見て、目の前が暗くなったのだ。
その暗い気持ちのままのサクリアの放出は、心も体も辛くさせた。
「…ごめん。」
的外れな嫉妬心が恥ずかしくなって、アンジェリークは長椅子のクッションに顔をうずめた。
「ロザリア。」
「なあに?」
「…今日はお泊りして。」
済ませたい執務が残っているけれど、今日はアンジェリークと過ごしたい。
ロザリアは頷いた。
「寝かさないかも。ううん、寝かせたくない。」
「それは困りますわ。明日の執務に差し支えますもの。」
でも、本気のアンジェリークに迫られたら、きっと、ころっと堕ちてしまうだろう。
寝不足で辛くなるのはわかっているけれど、アンジェリークを拒むことなんてできはしないのだから。
それに、たくさん愛されることは、無条件に嬉しい。
「0時までにしてちょうだい。 そうでなければお泊りはしませんわ。」
ツンと顎を上げたロザリアがクギを刺した。
「もっと、って言わせちゃうからいいもん。」
アンジェリークは楽しそうにイチゴタルトを口いっぱいに頬張っている。
その後で交わしたキスは、もちろんイチゴの甘い香りがした。
FIN