愛の反対が無関心なのだとしたら、実のところ、愛と憎しみはとてもよく似てるんじゃないだろうか。
どちらも簡単に心から切り離すことができなくて、自我を押しつぶしてしまいそうなほど強くて。
もっともっと愛して欲しいのに。
自分と同じだけの愛をくれない彼女を、つい、憎んでしまいそうになる…。
誰もいない深夜の聖殿は、どこか異世界のような不思議な空間だ。
昼間ならば、多くの人々が行き交う廊下も、大広間も、まるで深海のような濃い闇に覆われているだけ。
月のない夜空からは、目をこらさなければ何も見えないほどの明かりしか拾えない。
恐ろしいほどの静寂の中、足音を殺して、私はその部屋を訪れた。
「誰ですの?」
扉を開けると、真正面の位置の執務机に座っている彼女の姿が目に入った。
一度家に戻って、夕食とシャワーを済ませ、また、聖殿に戻ってくる。
他の職員たちが自分に付き合って、残業しすぎないように、彼女が考えたやり方。
分厚いカーテンを降ろしてしまえば、部屋の明かりが外に漏れることもない。
彼女がこの時間まで、執務をしていることを知っているのは、私ぐらいだろう。
「心配で見に来たんだ。…ホントに身体壊すよ?」
「大丈夫ですわ。 家に帰っても、そんなにやることもありませんし。」
「そういうの、仕事中毒って言うの。わかってる?」
「そうかもしれませんわね。 わたくし、何もしていないことの方が苦手なんですの。」
くすり、とほほ笑む彼女の唇。
リップも何もつけていないせいで、素肌そのものの唇は、柔らかな感触を連想させて。
わずかに欲情する。
彼女は再び書類に目を落とすと、ペンで何かを書きこんでいる。
一つ一つ、目を通し、女王や守護聖たちにわかりやすい解説のついた付箋を貼っていくのだ。
守護聖もおのおのの執務には精通していても、全体を俯瞰して見ているのは彼女だけ。
おのずと彼女の仕事が増えるのは仕方がないけれど、もっとこっちも見てほしい。
…そんな無関心な顔をしないで。
私は彼女の背後に回ると、椅子の背もたれごと、その身体を抱きしめた。
鼻先を青紫の髪にうずめ、小さく息をすいこむ。
彼女の香り。
「オリヴィエ。 もう少しで終わりそうですの。 少し待っていて下さらない?」
彼女は私の行為を咎めることはしない。
わずかに耳を赤くして、ペンを握り直しただけだ。
こっちを向いてほしい。
そんな執務なんて、放り出してしまえばいい。
彼女が触れるもの全てに嫉妬してしまう。
私以外のモノ全てに。
そのペンでさえ許せないと言ったら、あんたはどんな顔をするだろう。
その青い瞳を少し見開いて、「オリヴィエったら、冗談ばかりおっしゃるのね。」と笑うだろうか。
私の手が、動く。
彼女の髪の中に指を入れ、梳くように滑らせると、癖のある髪は柔らかく絡んできて、私の指先をくすぐる。
空いている方の手を彼女の頬に添え、唇に中指を這わせた。
そのまま彼女の口の中に、指を挿れ、出し入れを繰り返してみる。
濡れて暖かくなる指先。
背後からだから、彼女の表情はもちろん見えないけれど、わずかに呼吸が荒くなっているのを感じる。
耳たぶに唇を寄せ、甘く噛むと、彼女の身体がびくりと震えた。
「オリヴィエ! 待って下さいと申し上げておりますでしょう?」
少し怒気をはらんだ声。
けれど、それには答えず、耳の中へと舌を滑り込ませた。
「ん…。」
彼女の息が乱れる。
それでもまだ、彼女はしっかりとペンを握っていた。
いい加減、諦めたらいいのに。
静かな空間に、わざとぴちゃぴちゃと水音を響かせる。
「おやめになって…。」
懇願されても、今夜は無駄だ。
理性や我慢なんてものは、ここへ来る前にとっくに捨てて来た。
今、この胸にあるのは、純粋な欲望。
頬から手をゆっくりと下へずらし、首筋を撫であげる。
真っ白な喉は爪を立てたくなるほど美しく、呼吸のたびに上げ下げする様が、たまらなく淫らだ。
鎖骨をなぞり、両手で掬い上げるようにふくらみを持ち上げる。
補佐官のドレスは生地が硬いから、あまり柔らかさを感じられないけれど、着替えを済ませた彼女は、薄手のワンピース一枚だ。
人気のない聖殿に、来るというのに。
いささか無防備すぎる彼女に、ほんの少し苛立ちを感じてしまう。
彼女は男をわかっていない。
キレイで侵し難いと思うものほど、壊したくなる劣情。
ゆっくりとふくらみを揉みあげながら、ワンピースのボタンを外していく。
「ダメ…。」
弱弱しい拒絶の声を、私は耳たぶを食みながら聞き流した。
開いた隙間から手を差し込み、下着の上から主張し始めた突起を撫でると、優しい刺激に、先端はすぐに尖り始める。
きゅっと摘み上げると、わずかに彼女から漏れる声。
ほんのりと赤く染まり始めた首筋に、舌を這わせた。
先端の部分を弾き、爪先で引っ掻くと、彼女から零れる声が、甘いモノに変わっていく。
「ん…。 おやめになって…。」
顔を真っ赤にして、可愛らしい抵抗を繰り返す彼女。
こんな状態で、なにを止める?
私は耳を愛撫していた唇を離し、強引に彼女の顔を後ろに向けさせると、唇を重ねた。
舌を奥までねじ込むと、彼女が苦しそうに眉を寄せる。
握りしめていたペンが彼女の手を離れた。
すがりつくように私の腕に伸ばされた手。
初めからそうして、私だけに触れていればいいのに。
私は床に転がったペンをじろりと睨みつけた。
片手を腿へと滑らせ、スカートの裾をたくしあげると、彼女が身じろぎした。
それも無視して、下着の上からゆっくりと亀裂をなぞる。
わずかに湿り気を帯びた部分を撫であげると、もう拒絶の言葉は聞こえない。
艶やかな期待のこもる吐息。
私は指を花芯にあてがい、擦りつけた。
彼女は声を殺そうと、必死に頭をさげ、足を閉じている。
それでも私は手を休めない。
強弱をつけて擦り続けると、下着の上からでもしっかりと花芯が膨らみ始めたのがわかる。
与えられた快感は、彼女を侵食し始めているようだ。
唇を離した私を、とけるような青い瞳が映している。
どくり、と体中の熱が一か所に集まり始めた。
彼女の両脇を抱えあげ、執務机に押し倒す。
留められていた残りのボタンをちぎるように外すと、ワンピースはすとんと下へ落ちていった。
露わになる真っ白な下着。
胸から腰までを覆うビスチェタイプの下着は、誰の目を意識したものなのだろう。
淫らな女を連想させるガーターベルトも、うっすら茂みの透けるレースも。
肌を隠す部分は普通の下着よりも多いのに…煽られる。
カップをずり下ろすと、まるで解放されたように豊かなふくらみが零れた。
さっきまでの愛撫で、先端はとがり、赤く色づいている。
むしゃぶりつくように吸いついて、舌先で先端を転がせば、彼女の身体が反り上がる。
両手で揉みしだき、かわるがわる先端を口に含んでは吸い上げた。
「ん…。」
声を出すのを恥ずかしがる彼女の口を唇でふさぎ、片手を下へと滑らせた。
下着の中へ指を入れると、すでに蜜が溢れていて、暖かく指に絡んでくる。
「溢れてるね…。」
取り出した指先がきらりと光っている。
わざと彼女に見せつけると、青い瞳が潤んできた。
そんな顔をすると、もっともっと虐めたくなる。
ふくらんだ花芯をゆっくりと刺激して、性感を高めていくと、彼女の身体が震えた。
「ああ…。」
顎を上げた彼女の白い喉。
歯を立てて、血を啜れば、彼女と同化して、この黒い感情も溶けてなくなるのだろうか。
荒い息をしたまま、執務机に横たわっている彼女を見下ろし、私は服を脱ぎ捨てた。
硬く猛る自身を彼女の入口にあてがい、一気に身を沈める。
「ん、あっ…。」
達したばかりの彼女の中は信じられないほど熱く、私を締め付けてきた。
最奥へと誘い込まれるまま、大きく腰を打ち付けると、彼女の身体がのけぞる。
壊したい。守りたい。
相反する感情も圧倒的な快楽の波の前にひれ伏していく。
咥えこむようにしっかりと締め付ける彼女の中を、何度も深くえぐる。
擦り合うたびに溢れてくる蜜が淫らな音をたて、一層欲望を掻き立ててきた。
彼女は瞳を閉じ、すすり泣くような喘ぎ声をこぼしている。
ただ揺すられるまま、快楽に身を任せているようだ。
私が、与えている、快楽。
彼女の心も体も、全部が私に支配されている。
私の全てを与えてもいいから。
あんたの全てが欲しい。
欲望に押し流されるまま、彼女の足を押し開き、腰を叩きつける。
駆けのぼるような快感に襲われる中、ふと、組み敷かれている彼女と目が合った。
「オリヴィエ…。」
青い瞳にうっすらと浮かんだ涙。
眉を寄せながらも、耐えるように微笑んだ唇。
白い身体にいくつも散らされた赤い花は、痛々しいほどに鮮やかで。
私が与えている痛みも狂ったような劣情も、彼女は全てを赦してくれる。
伸ばされた手に、私は自分の手を重ねた。
身体の動きを止め、横たわる彼女を胸に抱きしめる。
「好き、ですわ…。」
壊したい、と願っていたのに。
それ以上に。
愛おしい、と、思った。
ゆっくりと唇を重ね合う。
身体の動くリズムは波のように穏やかなものに変わり、それなのに、快楽はさっきまで以上に引き出されてくる。
突き上げるたびに、彼女から零れる声。
こだまする卑猥な水音。
二つの身体が繋がり、同じリズムを刻んでいる、この瞬間。
たしかに彼女と私は同化している。
愛も憎しみも、そんな事とは無関係に、ただ一つになっている。
同時に上りつめ、彼女の中に熱を吐き出した。
力の抜けた彼女の身体を、ぎゅっと抱きしめる。
にこり、と、あどけない顔で微笑む青い瞳の目じりに残る涙を、唇でふき取った。
「好きだよ…。」
我ながら、陳腐なセリフ。
でも、それ以上に今の想いを伝える言葉を知らない。
床に落ちていたワンピースを拾い上げ、彼女に手渡した。
真赤になって、それを受け取った彼女は、私に背を向け、服を整えている。
恥じらう彼女が可愛くて、つい、背筋を指でなぞると、恐ろしい目で睨まれた。
「あ、あなたも服を着てくださいませ。」
これ以上からかったら、本当に怒らせてしまう。
やがて、彼女は大きく息を吐き出すと、私の目の前にびしっと人差し指を向けた。
「少し待って、と、お願いしましたのに、ひどいですわ!」
机の上には情事の名残がありありと残っている。
散乱した書類、床に転がっているペン。
たしかにあと少し、と言われていたけれど。
「もう、夜にここへは来ないでくださいませ! 執務が終わりませんわ!」
私はその言葉に答えず、ただ肩をすくめて見せた。
「会いたい、って思ったらダメなのかい? 」
「でしたら、邪魔をなさらないで。」
「邪魔? …ホントに? イヤだったの…?」
抱き寄せて、軽く唇を合わせると、今度は彼女からの返事がない。
「ねえ、教えてよ。 …ホントに、イヤだった?」
青い瞳をじっと見つめると、彼女の頬が赤く染まっていく。
「もう! ずるい方! 知りませんわ!」
ぷいっと顔をそむけた彼女を腕の中に抱きしめる。
「手伝うからさ。 来るな、なんて、言わないで。」
愛と憎しみが似ているなんて、それは大いなる勘違いだ。
憎しみは一人で抱えられるけれど、愛は一人では育てられない。
たしかにどちらも我を忘れるほど強い感情だけれど、愛には必ず、相手を想う気持ちがある。
憎むべきは、彼女ではなく、彼女の愛を足りないと思う、私自身の心。
同じだけ愛されたい、なんて、もう思わない。
私が愛するから。
ただ、あんただけを、愛するから。
あんたは、それを受け入れてくれればいい。
それだけで、いいんだ。
Fin