一面の闇に輝く、鮮やかなネオン。
荒廃した街並みの中でひときわ輝くそれは、この惑星が復活に向けて新たな一歩を踏み出したことを示している。
オスカーは窓のブラインドをほんの少し押し下げて眼下を眺めると、その鮮やかさに目を細めた。
「なに見てんの?」
オリヴィエはオスカーの背中をポンとたたくと、オスカーが広げたブラインドの隙間に視線を向けた。
顎をすっと動かしてブラインドの先を指したオスカーの肩に手を置いて、オリヴィエは窓の向こうを覗き込む。
その先に輝くピンクのネオンを見つけて、オリヴィエは口端を上げた。 「ふうん。いい眺めだね。」
「ああ。ささやかな俺達の報酬・・・だな。」


一度は惑星ごと葬り去るしかないと、言われていた。
異常なほどに炎のサクリアを吸収した惑星は、戦いと混乱に明け暮れ、自らの手で惑星そのものを滅ぼしてしまいそうな勢いだったのだ。
「あんたのせいじゃないよ。サクリアなんて、ホンのきっかけを与える力にすぎないんだ。それをどう扱うかは、人間次第…でしょ?」
会議の場で惑星の消滅が議論された日、オリヴィエはオスカーの私邸に押し掛けた。
平静を装ってはいても、オスカーが衝撃を受けていることは確かで。
慰める事は無理でも、せめて分かち合うことができるかもしれないと思った。
いや、分かち合いたい、と思っただけなのかもしれない。
オリヴィエが持ちあげたグラスの琥珀に、じんわりと溶けた氷が滲んでいく。
琥珀を通して見るオスカーの姿に胸が痛くなった。

「俺の力は争いを与えるだけなのかもしれないな。」
「争いの中から、新しい技術とか進歩とかが生まれるんでしょーが。まったく、ホラ、そんなに飲まないの。」
いつになくピッチの速いオスカーのグラスを強引に取り上げた。
「なーに、今、守護聖になったばかりのガキみたいなこと言ってんのさ。私達が手を出せるのはここまでだよ。」
「わかってるさ。…お前の前だけだ。こんなことを言うのは。黙って聞いてろ。」
「はいはい。」

オリヴィエは取り上げたグラスを離れた場所に置くと、うつぶせになったままのオスカーを見つめた。
彼の強さの裏にある優しさを、オリヴィエはよく知っている。
自分のサクリアのせいで、多くの人が命を失うことを彼は誰よりも悲しんでいるのだ。
そして宇宙の平和を乱してしまうことを、恐れている。
それなのに、彼の全身を覆う強さのせいで、ほとんどの人はその優しさに気づかない。
オリヴィエは目の前の緋色の髪に手を伸ばした。
触れそうで、でも触れない距離で手を止め、そのままギュッとこぶしを握る。
「俺に出来ることはもうないのか…?」
そうつぶやいたまま眠ってしまったオスカーにオリヴィエはそっと毛布をかけた。


翌日の晩、執務室に現れたオリヴィエを見て、オスカーは仰天した。
「なんだ、その格好は?」
破れたTシャツとジーンズ。
どこのチンピラかと思うようなだらしのない格好のオリヴィエがウインクをしていた。
「ん?私ってば何を着てもホントに似合うよね〜。あんたの分も持ってきたから、早く着替えて。」
オリヴィエはオスカーの執務机の上に服をのせると、グッと顔を近づけた。

「タイムリミットは1週間。しかも2人きり。それでも行く?」
一瞬目を見開いたオスカーは、小さく頷いた。
「俺たちならやれるさ。お前こそ、もう逃げ出せないんだぜ?」
ニヤッと笑ったオスカーにオリヴィエはため息で答えを返した。
どこまでも付き合うに決まっている。むしろそれを願っているのだ。
「この貸しは高いからね。」
「そうだな。なにがいいか、考えておけよ。」

着替えを終えたオスカーが、チラリと腕時計を見た。
すでに夜は深い。
人気のない聖殿から二人はこっそりと抜け出した。
走るたびに破れたTシャツの隙間から、オスカーの彫刻のような身体が覗いて、オリヴィエは思わず目をそらす。
友人という立場でなら、触れようと思えば触れることはできるけれど、それだけでは、もう、満足できない。
「行くぞ。」
短い言葉に、オリヴィエは頷いた。



星の小道を抜けると、そこはもう例の惑星。
わざと市街地から離れた森の中に小道を通したせいで、辺りは暗く、夜の気配に覆われている。
オリヴィエとオスカーは大木の影に身を寄せると、息をひそめるように腰を下ろした。
時折風が吹いて、木々の葉が揺れる以外、何の音もしない。
本当にこの惑星で凄惨な戦いが行われているのかと首をひねりたくなった。

「アンジェリークはなんて言っていたんだ?」
補佐官であるアンジェリークに許可を取っていることは星の小道を使えることで、わかっているのだろう。
オリヴィエは肩をすくめた。
「そうだねえ。なんとかなるなら、なんとかしてほしいって言ってたよ。」
「それから?」
オスカーの期待する答えを言うことに、胸が痛くなる。
「陛下も大変憂慮されているので、無事解決した暁には、直接お言葉をくださるそうだよ。」
「…そうか。」

今、オスカーの胸を占めるのは、たった一人の面影。
なにかなければ姿を見ることも、声を聞くことすらできない人。
オリヴィエはオスカーの横顔を見つめながら、近くて遠い距離をかみしめていた。


突然、黒一面だった空に、ぱっと赤い光の花が咲いた。
どこかで戦闘が始まったのだ。
オスカーの全身に緊張が走るのがわかる。彼の体を包むオーラの色が赤く、たぎろいだつのが目に見えるようだ。
二人は視線を合わせると、戦闘の場所の方へと移動を始めた。
まずは、首謀者をあぶり出すこと、最終的には和解させること。
「炎のサクリアの引き上げは昨日のうちに終わっているからな。潜在的にあった争いのイメージはほとんどなくなっているはずだ。」
「だね。あとは、両方がどっかで妥協してくれればいんだけど…。」

小さな領土の奪い合いが起こした争いだ。今となってはその目的の領土は荒果て、何の利益にもならない。
それでも争いが収まらないのは、どちらもが引くに引けないと思いこんでいるからだ。
遠くから見ていれば、そのことは一目瞭然なのに、当人たちだけが気づいていない。
もし介入できるとすれば、そこしかないとオスカーは考えていた。

「もう送ってるんだろう?」
走りながら、オスカーはオリヴィエにちらりと視線を向けた。
昨日会議でも検討されていた方法の一つ。
「お見通しってわけか。まあね。争いが無くなって欲しいっていう夢は、当事者以外この星のみんなが思ってることだからね。」
首謀者たちに、夢を与えること。
美しい夢のサクリアを注ぐことで、争いの虚無に気付かせる。
遠回り過ぎる方法だと会議では一蹴されたが、イメージを与えることで、説得の効果が上がるのは間違いないだろう。

「不思議だね。」
「なんだ。」
「夢にそんな力があるなんて、私は思ってなかったよ。」
会議の後、その方法を提案したのが、女王だったと知った。
彼女は気付いているのかもしれないと思う。
夢を叶えるためには強さが必要なこと、そして私が彼を必要としていることに。
「なにを言ってるんだ。不思議なんかじゃないさ。」

再び炎が上がり、爆音が聞こえた。
オスカーはオリヴィエに体を寄せると、その場にしゃがんだ。
「お前の力は俺が一番よく知っている。俺にとって必要な力だ。」
「…バカだね。そんなコト言って私が喜ぶとでも思ってんの?」
「別に喜ばせようと思ってるわけじゃないさ。」
喜ばせようと思ってないから、余計にタチが悪い。
オリヴィエはカッと熱くなる顔を黙って膝に伏せ、爆音が通り過ぎるのを待った。

火の粉が上がっているのが見える。
かなり走ったのに、息が上がった様子もなく、爆発の地点に近づいた二人は、建物の影から様子をうかがった。
逃げ惑う人々の中に、幼い子供の姿が見える。
手を引いた母親は赤子を抱き、手をつないだ幼い子供に気を配りながら走っていた。

「ひどいもんだな。」
自分のサクリアの闇の部分を見せつけられて、オスカーはつぶやいた。
冷静に見える彼の表情に隠せない影があるのを、オリヴィエは感じる。
「私達が変えればいいじゃない。そのためにこんなところまで来たんだからさ。」
爆風で飛んできた小石を避けようとしないオスカーの腕をつかみ、オリヴィエはさらに影へと急いだ。
「どうする?」
「まずは、頭のよさそうな方からだろう?バカはいくらでも懐柔できる。」
「言うねぇ。」

クッと含み笑いをしたオリヴィエにオスカーがニヤリと笑う。
まだ町に残る炎は紅蓮のオーラのように彼の周囲を包み込んでいる。
こんなときでなければ、見惚れてしまうほど、美しい。
二人は目だけで意志を交わすと、同時に同じ方向へと走り出したのだった。



「昨日までここが戦火にあったなんて、とてもわからないね。」
ブラインドの隙間から覗く街並みは暗闇に溶け、その傷跡がほとんど見えない。
今朝、無事に和平を結んだ両軍は、それぞれの本領へと戻り、平和の意味をかみしめていることだろう。
この地に残っていた人々が、今、ささやかな日常を取り戻し始めたように。
「最初の電灯が酒場のネオンだなんて、とんだジョークだな。」
辺りを照らし続ける、鮮やかなネオン。

「そう?私にはわかるよ。人間ってさ、美しいモノをたくさん持ってるんだよ。未来への夢、希望。
お酒ってさ、そういうものをひと時だけでも増幅させてくれる気がしない?」
たとえひと時の夢だとしても、荒果てた地の人々には必要なものだと思う。
「未来の希望か…。美しさの力もバカにはできないな。」
おどけたように言うオスカーの瞳の奥の悲しみは、この戦闘の責任をいまだに感じているのだろう。
オリヴィエはオスカーの耳をグイッと引っ張ると、その耳にわざと大きな声を吹きこんだ。
「なーに、気取ってんの!夢だけじゃどーにもなんないでしょ。この星をこれから元に戻すには強い力が必要なんだよ!あんたの持つ、強さがさ。」
「そうか…。」
こんな言葉一つで、彼の心の傷が癒えるはずはないけれど。
オリヴィエはオスカーの背中をぽんと一つ、叩いた。

「どうでもいいが、お前、準備できたのか?」
窓辺から離れたオスカーはオリヴィエを上から下まで見て、呆れたように口を開けた。
「ん?素敵でしょ?無事に任務が完了したんだから今夜は朝まで飲んじゃうわよ☆スタイルなんだけど。」
くるりと身体をターンさせたオリヴィエの周りで、腰に巻いている布がひらりと舞った。
ピンクのメッシュを入れた髪、大きく胸元のあいた紫のシャツ、アイスブルーのネイル。
オスカーには見慣れているものの、この星の人たちはどう思うだろう。
宇宙人が攻めて来たとでも思うのではないかと不安になる。

「ちょっと、派手すぎるんじゃないか? そっち系のヤツが声をかけてきても、俺は知らないからな。」
「私がそんなヤツにどーにかされるとでも思ってんの?」
オリヴィエは身体にまいてある赤い布を手にもまきつけながら、オスカーの肩に手を置いた。
一瞬目が合って、オスカーはクッと笑みを見せる。
「たしかに、どうにか『する』ことはあっても『される』ことはないな。」
「どういう意味よ?」
「そういう意味だ。」
「あのねえ…。」

肩に乗せたままだった手がオスカーの体温を知って、不意に熱を帯びてくる。
自分が抱きたいのは、この世にただ一人。
このまま、抱き寄せてしまいたいという衝動を、オリヴィエは手を離すことで振り切った。
「さー!明日にはまたあの堅苦しいトコに戻らなきゃいけないんだ。今夜は飲むよー!」
「どうせいつも飲んでるくせに。」
「失礼なことを言うんじゃないよ!人のこと、言えないでしょ。」
軽口を言いながら、オリヴィエは熱くなった手をもう片方の手でそっと包みこむ。
オスカーの熱を手放したくなかった。

「おい、行くぞ。」
「わかってるって!」
古びた木の床がギシギシと音を立てる。
酒場にはいくつかのバーボンとスコッチだけが残っているだけで、つまみらしいつまみもなく、一人の踊り子もいない。
それでも戦乱から解放された人々の酔いは明るく、わずかなアルコールで希望を歌うことができる。
オスカーとオリヴィエも朝まで酒を楽しんだのだった。



聖地に戻った次の日、会議の議題は消滅を避けることができた、あの惑星のことだった。
一通りの説明を終えたオスカーは「以上です。」と資料の最後のページをめくる。
それがどれほど大変なことだったか、皆もよくわかっているのだろう。
口々にねぎらいの言葉が続いた後、ようやく静けさが戻ると、補佐官のアンジェリークがジュリアスに目くばせした。
おそらくあの事だろうと予想がつく。
オスカーの瞳に隠しきれない光が浮かんで、オリヴィエの胸がキュッと痛くなった。
ジュリアスは二人を交互に見つめると、小さく咳払いをした。

「あの惑星の騒乱を収めた功績で、陛下から直接お言葉を頂けることになった。滅多にないことだ。二人とも、補佐官から指示を受けるがよい。」
「ありがたき光栄に存じます。」
立ったままだったオスカーが軽く頭を下げると、それを合図に会議は終了し、オスカーとオリヴィエ、そしてアンジェリークだけが残された。
広い会議室に3人きり。

以前もこうして女王の間に向かったことがあった。
惑星をまたにかけて悪事を働いていた海賊を倒した時、隕石が衝突しそうになった惑星から住民を避難させた時。
宇宙の危機のたびに、オスカーはその危機を回避すべく奔走した。
宇宙を守ること、ひいては女王の憂いを払うために。
知りながらオスカーを放っておけるはずもなく、オリヴィエは常に行動を共にしてきた。
危険と隣り合わせであっても、二人きりで過ごせる時間は限りなく甘美なものだから。

長い廊下を照らす燭台の下を通るたびに、オスカーのピアスがきらりと輝く。
少し前を歩くオスカーの顔がいつになく緊張しているのを、オリヴィエは苦々しい思いで見つめていた。
中庭の渡り廊下を抜け、聖殿の最奥に進むと、重厚な扉の前でアンジェリークが立ち止まる。
「陛下。お二人をお連れしました。」
扉の前で恭しく礼をしたアンジェリークがオリヴィエに視線を向けた。
オリヴィエは黙って礼をすると、重い扉を開けて、中へと入って行った。


「女王陛下にはご機嫌麗しく、お会いできて恐悦至極に存じます。」
部屋中に焚き占められた薔薇の香りは、清冽な女王によく似合っている。
金の玉座から、かすかに聞こえる衣擦れの音。
いつも下がっている御簾が上げられ、女王の姿があらわになった。

「頭を上げて。オリヴィエ。ここにはあなたとわたくししかおりませんのよ?」
頭上から降る、優雅な声。
オリヴィエが頭を上げると、女王は青い瞳をじっとこちらに向けて、柔らかな微笑みを浮かべている。
シフォンのドレスは誰かの瞳に似た、淡いブルーで、オリヴィエは同じ色をした自分のネイルに視線を落とした。
女王の心の内は、きっと同じ思いを抱える自分にしか分からない。

「楽にしてよろしいのよ。そんな挨拶を聞くために呼んだんではないんですもの。」
「わかってるよ。」
女王の口ぶりに合わせるように、オリヴィエは立ち上がると、足を崩して腕を組んだ。
「危険なことはありませんでしたの? けがは?」
「大丈夫だよ。ま、いろいろあったけど、こうしてピンピンしてるからさ。」
「そう…。それならよいのだけれど。」
おそらくオスカーは彼女になにも言わないのだろう。
たとえ瀕死の重傷を負ったとしても、彼女の前では平気な顔をして「大丈夫だ。」と繰り返すような男だ。

「ありがとう。オリヴィエ。あの人のそばにいてくれて。」
オリヴィエはフンと鼻を鳴らすと、顎を上げた。
「ずいぶん余裕じゃないか。あいつの心は動かないって、そう思ってるのかい?」
「まあ、わたくし、あなたになら、あの人が心惹かれても仕方がないと思っていますのよ。」
オリヴィエの目が丸くなる。
「あなたとあの人は特別な絆で結ばれている…。そうでしょう?」
玉座に座ったまま、女王は綺麗な笑みを浮かべていた。

「あんたがもっと、どうしようもないほどイヤな女だったら良かったのに。そしたらあんたのことが大嫌いになれたのにさ。」
「それって、かなりの誉め言葉だと思ってよろしいのかしら?」
女王が嬉しそうにそう言うと、オリヴィエは肩をすくめた。
「さあ、どうかねえ。」
そのまま出口に向かったオリヴィエに声がかかる。
「あなたがいるから、わたくしは女王でいられますわ。ずっと、あの人のそばにいてくださいませ。」
オリヴィエはただ手を上げて、その言葉に答えた。


どれくらいその場にいただろう。
宮殿の影が2倍の長さに伸び、次第に風が涼しさを帯びてくる。
オリヴィエは長い渡り廊下の途中の分かれ道の柱にもたれ、じっと腕を組んでいた。
時折通る靴音に何度も耳をすませ、そのたびに肩を落とすと、ようやく待っていた足音が現れる。

逆光を浴びて輝く、鮮やかな緋色。
いつもより足早に靴を鳴らし、オスカーが歩いていた。
けれど、うつむいているせいで、長い前髪が顔に落ち、その表情をうかがうことさえできない。
オスカーはオリヴィエの前を通り過ぎると、その影の少し先で足をとめた。
しばらくの沈黙。
燃えるような緋色の隙間から、きらりとなにかが光る。
彼女と何を話したのか、なにがあったのか。
オスカーと彼女の絆は、自分とはまた別の次元で確かにあるとオリヴィエは思う。

突然、顔を上げたオスカーが振り返らずに言った。
「おい、今日はワインにしないか? バーボンには少し飽きたからな。」
その言葉に弾けるように、オリヴィエは壁を蹴ると、オスカーの元に走り寄った。
近づいて一瞬だけ見つめたオスカーの顔は、もういつもと変わらない不敵な笑みを浮かべていて、オリヴィエは隣に並んで歩きだした。

「そうだねえ。でも飽きたっていうけどさ、あんた、スコッチばっかり飲んでたじゃないか。」
「そんなことないぜ。スコッチはロック、バーボンはソーダにして飲んでたんだ。」
「ホント?!ソーダなんて気のきいたモノ、残ってなかったでしょ?」
「1本だけあったのさ。お前には見せたくないと思って、俺が隠しておいたんだ。」
「はあ?! 自分だけ飲むって、どういうつもり?!」
「いいだろう。もともと俺が見つけたんだ。」
「フツーは連れにも寄こすもんでしょーが!!」
オスカーの笑い声が静かな聖殿に響く。
長い影が寄りそうように連れ立って歩いていくのを、穏やかな夕日が包んでいた。



一度それぞれの執務室に戻った後、夜になってオスカーがオリヴィエのところにやって来た。
お気に入りのソファに寝転んでいるオスカーに「どれから飲む?」と聞きながら、オリヴィエはセラーの扉を開けた。
低いモーター音のするセラーには、オスカーの好きな銘柄が取り揃えてある。

「これを、開けてくれないか?」
オスカーが差し出したワインは、綺麗なブルーボトル。
誰かの瞳の色によく似た、澄んだ青。
いつもは飲まない白ワインを選んだのは、今日がオスカーにとって特別な日だからだろう。
彼女に会うことができた、日。
腕を枕にして天井を仰いでいるオスカーの横顔に、オリヴィエの胸はつかまれたような痛みを覚えた。

全ての想いが叶うはずはないと、わかってはいるけれど。
どうか彼だけは、幸せでいてほしい。
オリヴィエは自分の爪のアイスブルーを見つめながら、オスカーのグラスに透明なワインを注いだのだった。


FIN


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