Dimanche special~特別な日の曜日~

藁葺きの城・みん様

昔、あまり楽しくはない思い出しかないはずの子供時代に。
たった一つだけ、鮮やかにはっきりと蘇る記憶がある。
色とりどりの風船と、不格好でいびつなケーキ。
「誕生日おめでとう。」
照れくさげにそう言った、師匠の顔。
幼いセイランに「特別な日」を教えてくれた、遠い日のその記憶。



「セレスティアに行きませんか?」
休日の朝、突然やってきて、元気いっぱいにそう言ったのは、彼をここ聖地へ連れてきたエトワールことエンジュであった。
走ってきたらしく、息を弾ませて、すぐにでも出かけたいのだと身体中からオーラを出しておきながら、
「もちろん、セイラン様のご都合がよければ…ですけど。」
なんて殊勝なことを言う。
宵っ張りの朝寝坊、寝起きの悪さには自信がある。
それは彼女にも言ってあったはずだから、断ってもかまわない。
「寝たの、明け方なんだけどね…。」
不機嫌な声で答えると、
「あ…、突然すぎましたね、やっぱり。
あんまりお天気が良かったから、はしゃぎすぎちゃいました。」
ウサギの耳が見る間に垂れてゆくようで、ため息ひとつついて、それ以上の皮肉をセイランはあきらめた。
「で?
どこへ出かけるって?」
あっさり了承してみせると、
「はい!
パルクディマンシュ!!」
ぴんと立ちあがったウサギの耳。
単純この上ない。
苦笑しながらも、セイランは部屋の隅にあるソファを指差した。
「わかった。
仕度するから、そこで待っててくれるかい?」
「はい!!」
期待に満ち満ちた声に、身支度を急かされる。
「まぁ、こんな日も悪くないか。」
珍しく他人に寛大な自分に気づいてはいたが、その理由をつきつめるのはやめておく。
ほんの気まぐれ。
そういうことにしておいた方が、良さそうだったから。
まだ、今のところは。



「ここ…かい?」
パルク・ディマンシュ。
古い言葉で「休日の公園」、ゆったりと落ち着いた緑の公園を想像していたセイランの前に広がる景色ときたら。
観覧車にメリーゴーランド、コーヒーカップに、ポップコーン、アイスクリームの屋台まである。
「遊園地じゃないか。」
あきれ顔のセイランの隣りで、赤い目のウサギはまた耳をぴんと立てる。
「そうですよ。
私、聖地に呼ばれるまで、こんな綺麗なとこ見たことなくて、すっごくびっくりしちゃいました。」
「嬉しい」とか「楽しい」とかを絵にしたら、さしづめこんな風になるんだろうという満面の笑顔でセイランを見上げる。
「綺麗だって?
君の目にはそう映るんだろうね。
僕と君とでは、どうやら美観が違うようだ。
悪いけど、僕はごめんこうむりたいね。」
普段なら、ほぼ間違いなく返した答えを、セイランはのみこんだ。
「で?
これからどうしたいんだい?
あいにく僕はこういう場所、不慣れでね。
教えてくれると、助かるんだけどね。」
代わりに返した答えがこれ。
この少女に好きに振り回されている自覚があったから、最後の一言にはせめてもの皮肉を織り交ぜてみたが、
「セイラン様も、初めてですか?
じゃ、一度全部見て回りましょう?
その後、一番気に入ったとこに行けば良いですよ。」
ここでも効果ゼロ。
初めてのセイランをエスコートするのだと、すっかり張り切っているらしい。
「こっちですよ。」
跳ねるような軽い足取りで、さっさと先へ行く。
「セイラン様、こっち。」
軽くため息をついて、肩をすくめた。
まぁ仕方ない。
ぴょんぴょん跳ねまわるウサギを追うのも、たまには良い。
滅多にないほど寛大な自分に、呆れる思いであったけれど。



メリーゴーランドに乗せられ、コーヒーカップに乗せられて、ぐるぐるぐるぐる目の回る思いをした後のこと。
「あ~~~!」
突如、上がった悲鳴。
エンジュの視線の先を追いかけると、真っ青な空に鮮やかな赤い色。
ふわふわと舞いあがり、ゆうるりと遠ざかる。
見上げる少女の顔は、あまりにも残念そうで。
つい先ほどまでしっかり握りこんでいた糸の、滑り出たその指を恨めしげに睨みつけて、
「ばか…。」
小さく叱りつけるに至って、ついに彼は噴出した。
「あ~ひどいです。
わたし、ホントに落ち込んでるんですからね。」
抗議する瞳は、空に逃げた風船と、同じ色だと思った。
透きとおって赤い、まるでベリーの実。
「この世の終わりだね、まるで。
風船1つ、君にはこの世と等価だということかい?」
皮肉まじりの憎まれ口も、笑いながらであれば、ここでも効果などてんでなかったようで、
「いけませんか?」
ぷいと横を向いた少女の顔には、いささかの翳りもない。
「子供っぽいと思われても良いです。
風船って、特別な感じがするんですもの。
特別な日を、もっと楽しくしてくれるみたい。
セイラン様は、風船お嫌いですか?」
むしろ惜しいと思わぬセイランの方がおかしいと、強気な調子で言い返す。
特別な日の特別な思い出。
セイランの脳裏に、少年の日の懐かしい1コマが蘇る。
不格好な手作りのケーキと、セイランをかわいがってくれた老いた師匠の顔。
「誕生日だろうが。
こんな日くらい、楽しそうな顔をするもんだ。」
いつも子供らしくない仏頂面をしていたセイランの頬をつねり上げて、師匠はそう言った。
「特別な日にはそれにふさわしい顔ってものがあるぞ。」
ほんの数瞬、まじまじとエンジュの顔を眺め、そして長い溜息をひとつ。
まったく、彼女にはかなわない。
いつも直球、それも剛速球で、ストライクゾーンど真ん中に決めてくれる。
皮肉な言葉をどれだけ連ねても、ひるむ様子はまるでない。
さすがのセイランも、彼女の前では自分の皮肉癖が時に恥ずかしくなるくらい。
「エンジュ、君にはかなわないね。」
だから素直に口にした。
これ以上はないくらい、本当のことだったから。
そして同時に、セイランは自分の降参も認めた。
彼女にだけ寛大なその理由。
「ホントに、君にはかなわない。」
形の良い唇の端を上げて、綺麗に晴れやかにセイランは微笑した。
「……………。」
途端、目の前のウサギの頬がぽっと赤らんで、赤い瞳をふいっと逸らす。
「どうしたんだい?」
自分の笑顔の効果をよくよく知っているセイランの意地悪に、ウサギの頬はますます赤くなる。
「おかしな子だね。」
からかう声も甘く、優しい。
「セイラン様、意地悪です!」
この日初めて、自分のペースに持ち込めた瞬間。



「さてと、悔しいけど、ぼんやりしていられないね。」
私室に戻ってすぐ、セイランは端末のスイッチを入れた。
メーラーを立ち上げて、短い文章を打ち込んだ。

「エンジュへ

特別な日、なかなか楽しかったよ。
それで次はいつ?
僕に特別をくれるんだい?
なるべく早いと嬉しいんだけどね。

セイラン」


あのウサギ、あちこちぴょんぴょん跳ねまわっては、そこここの興味をひいているらしいことを、セイランは知っていた。
冗談ではない。
他人に言われるまでもなく、かなり気難しいと自覚のあるセイランが、素直でいられるたった一人の少女なのだ。
神にだって渡せるものではない。
ベッドの脚にしっかりと結わえつけられた赤い風船を、指でつっついてみる。
ふわふわ揺れる赤い色は、ウサギの瞳を思い起こさせた。
「今週も、来週も、その先もだよ。
僕の特別は、君といることなんだからね。」
カレンダーの休日に全部、大きな赤い丸印を書き込んで、にっこり笑った。
エンジュに見せた、とびきり綺麗な晴れやかな笑顔で。


Fin

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