明日から数日、宇宙船での旅に出るという少女に誘われ二人はパルク・ディマンシュで一日を過ごした。
”守護聖になって下さい”
のしかかる大きな使命を小さな肩に背負った少女は、今やこの宇宙には不可欠な存在。
彼は聖地行きを舞い落ちる花びらに賭けた。彼女が選んだ、赤い花。
今はもう懐かしいとさえ感じる思い出が甦るのは、このノスタルジックな雰囲気がそうさせるのかもしれない。
「ティムカ様ー!」
ふいに名前を呼ばれ、彼は声のする方へ瞳をやった。
少女の、嬉しげに輝く瞳から目が離せなくなり、彼は言葉を失いただ見つめ返した。
楽しい時間は束の間。
セレスティアを後にした頃には、西の空へと傾き始めた黄昏色が、深い闇へとすっかり色を変えていた。
私邸の大窓から黒碧の空を見上げてティムカはひとりごちる。
「あなたと別れたばかりなのに、もうあなたに逢いたいと思うのは咎なのでしょうか」
頬に触れる風を心地良く受けながら、暫く逢えなくなる少女の無事を祈った。
『萱葺きの城』雪輪花菱様より素敵SS頂きました
青白く、大きな月が中天にあった。
浮かび出る陰影は、彼のよく知る月よりくっきりと明瞭で、これは別物、別の月であると彼に知らしめる。
故郷の惑星を離れて、いったいどれほどの時間が過ぎたのだろうか。
思ってもせんないと、普段つとめて思わぬようにしていたのに、どうにも今夜は思い出してしまう。
懐かしい宮、その窓から眺めた丸い月。
柔らかな黄金色に辺りを染める、優しく控え目で暖かい。
聖地に上がる夜、彼はたくさんのものを捨てた。
故郷の地、そこで過ごした懐かしい日々。
そしていつかきっとかなうはずだった、ささやかな彼の夢も。
願ってはならぬゆえに、彼はそれを封じた。
それなのに、その封印をいともたやすく、彼女はほどく。
「どこにいても、どんな姿でも、ティムカ様はティムカ様ですよ。」
紅玉の瞳をした愛らしい魔女の、ほんの短い呪文の詠唱が、彼の胸に黄金色の矢を突き刺して、
固く封じた胸の印をあっさりと解いた。
「願ってしまいますよ?」
するりと口をついた言葉にはっとして、直後、穏やかに微笑する。
解けた封印を、再び封じるつもりはなかった。
そうであれば、願うしかない。
いつかきっとかなうのだと、信じて願って。
誰よりも愛しい、あの赤い瞳をした魔女に、
「どうか僕の妻に…。」
跪いて、その手をとって、心から希う。
愛らしい唇が「はい」と答えるその瞬間こそが、彼の願い。
ささやかで、とびきり贅沢な、彼の夢。
青白い月の光に、上向けた顔をさらして、深く息をする。
黄金色の矢は、いまだ彼の胸に刺さったまま。
外す気などない。
今夜より先は、もう、けして。
Fin