いつもと変わらないお茶の時間がきて、自分でお茶を入れたロザリアが斜め前の椅子に座った。
この斜め前、というのが今の自分とロザリアとの微妙な立ち位置だよな、とゼフェルは思う。
いつの間にかゼフェルの執務室に置かれていた高級そうなティーポットやらいかにもな感じのカップやら、だんだんとロザリアのものが増えているような気はする。
戸棚に綺麗に並べられた紅茶の葉を入れた缶も、つまむためのクッキーもゼフェルにはまったく興味がなかった。
ゼフェルの人生に縁のなかったかぐわしい紅茶の匂いがして、ゼフェルはペットボトルの水を飲んだ。
ロザリアがくれた「お取り寄せしたフルーツケーキ」とやらを手づかみで口にほおりこむ。
「ゼフェルはアドベントカレンダーをご存じ?」
口をつけたカップをソーサーに置くと、ロザリアが言った。
「はあ? なんだそれ?」
本当に聞いたことのない言葉に口の中をもごもごさせたまま答えた。
フルーツケーキは予想以上に口に残って、ゼフェルはミネラルウォーターをがぶ飲みする羽目になる。
「アドベントカレンダー、ですわ。クリスマスまでの1ヶ月、毎日開けていくんですの。」
日替わりでいろいろなものが入っていてとても楽しいんですのよ、と続けたロザリアは手にしていた書類ケースから小さな紙袋を取りだした。
「クリスマスまでお茶の時間にこうして一つづつプレゼントを持ってきますわ。 アドベントカレンダーみたいで面白いでしょう?」
意味がわからない、というふうに目を丸くしたゼフェルに紙袋を押し付けると、ロザリアはお茶を飲み干して出て行った。
机の上に置かれた紙袋はロザリアの大好きな薄いブルーで手のひらに乗るくらいの簡単なものだった。
シールをはがして中身を取り出すと、小さなねじとアクリル板、それから楽譜が一小節。
「なんだこりゃ?」
中身を机に並べて、ゼフェルは考えた。
毎日持ってくるということは、これは何かの部品なんだろうという予想はつく。いずれにしてもこれだけではヒントが少なすぎた。
とりあえず、2枚のアクリル板をねじで留めると、30cmくらいの囲いができた。
散らかった机の片隅を片付けて、それを置く場所をつくる。
明日はなにが来るんだろう。
アクリル板は窓からの光を天井に反射させて小さな虹をつくっていた。
「これが今日の分ですわ。」
次の日もロザリアは紙袋を持ってくると、机の上に置かれた部品をみてにっこりとほほ笑んだ。
「もう組み立てましたの? …まだ何かわかりませんでしょう?」
優雅に紅茶を飲む姿はゼフェルをいつもドキドキさせる。
自分には到底釣り合わない、薔薇のような女。
どう考えても自分はとげとげな草だよな、とツンツンの頭をなでながら思うと、言いたい言葉の半分も言えない。
こんなふうに毎日会いに来てくれて、しょうもないことを話して、それでいいかって思わなくもない自分がいた。
「また、明日も持ってきますわ。」
謎をかけるような青い瞳でロザリアは楽しそうにそう言った。
廊下を歩いていると、ロザリアとリュミエールが話しているのが見えた。
なにかを渡すリュミエールと、嬉しそうに受け取るロザリアと。
ゼフェルは何も見ていなかったようにさっさと歩きだした。
向こうに気付かれる前に立ち去りたい。
茶飲み友達でいいとさっき思ったばかりなのに、もし「ただの友達」ならば、この先ロザリアが誰かと付き合ったりしてもそれを受け入れなければならないのか、と思った。
「補佐官なんかになりてーのかよ!」
女王試験が終わった日、ゼフェルはロザリアを問い詰めた。
あんなに頑張った女王への道をあきらめて、補佐官でいいのかと少し責めるような口調になってしまう。
育成の結果よりも二人の意見を尊重した結果だ、というジュリアスの言葉も耳に入らなかった。
ロザリアの頑張りを誰よりも見てきたつもりだったゼフェルは、簡単にあきらめられるような夢でないことを知っていたから。
「わたくしは女王には向いていないと思いますの。・・・ひとつのことしかできない性格なんですわ。」
言いながら涙をこぼしたロザリアとじっと一夜を明かした。
たくさんの星が流れたあの夜をゼフェルは昨日のことのように思い出せる。
あのとき告白していたら、もっと上手くいってたのか。
弱ってるロザリアにつけ込むようなまねはしたくなかったけれど、こんな宙ぶらりんになるくらいならいっそ玉砕したほうがましだった。
はっきりしたいようなしたくないような、自分のウジウジした気分が気に入らなくて足もとのゴミを思いっきり蹴とばす。
たった一歩踏み出す勢いが今のゼフェルはどうしても持てないでいた。
朝からどうも落ち着かない。
机の上に置かれたロザリアからのプレゼントは8日目で蓋つきの箱になったが、透明な箱にはまだ中身がない。
今日はロザリアはくるだろうか?
近頃よくリュミエールと二人でいる姿を見かける。
昨日も少し遅れて現れたロザリアはお茶も飲まずにプレゼントだけを置いていった。
「ごめんなさい。今日も遅れてしまいましたわ。」
そのままお茶の支度をするために奥へ入っていく。
通り過ぎがてら、机に置かれた紙袋を持ち上げると、少し重い感じがした。
「わたくしが帰ってから開けて下さいませ。」
そう言って、香りのいい紅茶を入れると、ゼフェルの斜め前に座る。
ロザリアが去って袋を開けると、中からシリンダーとピンと金属の櫛が出てきた。
オルゴールだ、とゼフェルにはすぐに分かった。
まだつるつるのシリンダーは出来上がった箱にぴったりの大きさになっている。
届けられた楽譜はまだ2小節で、ピンの数もちょうど合うようだ。
ゼフェルは荷物を持ってリュミエールの部屋へと向かった。
「よお、この最初の音を弾いてみてくんねーか。」
突然のゼフェルの来訪にも驚くことなく、にっこりほほ笑んだリュミエールは、ゼフェルが最初の音を合わせるまで気長に付き合ってくれた。
「すまなかったな。」と出て行こうとするゼフェルにリュミエールが声をかけた。
「あなたはこの曲をご存知ですか?」
もらった楽譜にはもちろん名前はないし、聴いたことがあるような気もしたが正直わからなかった。
「知らねーよ。」
憮然として答えるゼフェルに、リュミエールは微笑んだだけでなにも言わなかった。
クリスマスが少しづつ近づいてくる。
浮かれた陛下がイブは休みにするといいだして、みんなをあわてさせた。
結局イブは仕事は半日、天気は晴れのち雪(!)と決められた。
陛下がだれと過ごすつもりなのかは、当然みんな知っているので反対はない。
ゼフェルは執務室のソファにごろりと横になって、天井を睨んでいた。
毎日届く楽譜とピンはかなりの数になって、あと3日くらいで完成するだろう。
結局リュミエールの部屋に通って楽譜とピンを合わせる作業を続けたけれど、少しづつ届く楽譜の一部分を聞いただけで曲名がわかるほど、ゼフェルは音楽に詳しくなかった。
ロザリアは紙袋をゼフェルの前に掲げると、「今日で最後ですわ。」と言った。
あとは箱の中にシリンダーと櫛を固定するだけになっている。
「やっぱりゼフェルはさすがですわね。あなたなら完成できると思っていましたわ。」
こころなしかロザリアの瞳が揺れているような気がした。
この不思議なアドベントカレンダーの答えはゼフェルにしか解けないとでも、言われているように。
いつもと違うお茶の香りにゼフェルが尋ねると、今日の紅茶は『ホワイトクリスマス』というブレンドだと教えてくれた。
少し香ばしいチョコの匂いがあふれてくる、夏とは違う、冬の香り。
「ゼフェルはもうサンタクロースにお願いをしましたの?」
「はあ?サンタなんていねーだろ。」
机の片隅で光を受けるオルゴールの箱が目に入った。
「わたくしは、もうお願いしましたわ。」
ロザリアは恥ずかしそうにほほえむと、じっとゼフェルを見つめた。
その青い瞳がいつもより長い間ゼフェルを映す。
先に目をそらしたのはゼフェルで、落ち着かないように机に足を乗せた。
イブの陛下の予定とやらを楽しそうに話すロザリアに 「おめーはどうすんだよ。」 と聞こうとしてやめる。
誘う勇気もない自分にイライラして、ペットボトルをにぎりしめた。
ロザリアが去って、ゼフェルはオルゴールに最後の仕上げをする。
ねじをとめて、ぜんまいをまわすと、どこかで聞いたことのある曲が静かに流れだした。
ゼフェルは何度もぜんまいをまわして曲を聴いた。
ロザリアの声が聞こえそうで聞こえないまま日が過ぎた。
今日はクリスマスイブ。
仕事が半日で終わりだと、みんな少し浮かれ気味だ。
広間に飾られたツリーのイルミネーションが最後の明かりだというように美しくまたたいている。
せっかくのイブなのに、ロザリアとは何の約束もしていない。
もしかしたら、もうロザリアは他の誰かと約束しているかもしれない。
ゼフェルは机に足を乗せてオルゴールを手に取った。
ゆっくりぜんまいをまわすと、曲が流れ出す。
ゼフェルはオルゴールを持ったまま、リュミエールの部屋に飛び込んだ。
「おや、ゼフェルじゃないか。あんたがリュミちゃんの部屋に来るなんて珍しい。一体どうしたのさ。血相変えちゃって。」
オリヴィエの言葉に返事を返すこともなく、ゼフェルはリュミエールの机にオルゴールを置くと机をたたいた。
「てめーはこの曲知ってんだろ! 教えてくれよ!」
目を丸くしたオリヴィエの前で、リュミエールが静かにハープを奏で始めると、オルゴールと同じメロディーがゆっくりと流れる。
初めてオルゴールの続きを聞いたが、この曲はどこかで聞いたことがある。
オリヴィエが手を額にあてて思い出すように言った。
「ああ、この曲知ってるよ。あれだよね、『ジュ・トゥ・ヴー』(Je te veux)。有名だよね。」
「はあ?なんだって?」
オリヴィエが呆れたというようにゼフェルを見た。
「だから、『ジュ・トゥ・ヴー』(Je te veux)。『あなたが欲しい』だっけ?」
ゼフェルはオルゴールをひったくるように持つと、リュミエールの部屋を飛び出して行った。
「なんなのよ。一体。」
オリヴィエは訳がわからないという顔でリュミエールを見た。
「今日はクリスマスイブですから。きっと素敵なプレゼントがあったのでしょう。」
微笑むリュミエールにオリヴィエは肩をすくめた。
『サンタクロースにお願いしましたわ。』
ロザリアをさがして、補佐官室に走った。
途中であった奴らがなんか言っていたが全く耳に入らない。
ドアを開けると、机に向かって執務を続けているロザリアの姿が目に入った。
「ゼフェル!どうしたんですの?」
ゼフェルは立ち上がったロザリアをそのまま抱きしめた。
驚いたまま固まっているロザリアの頭を右手で抱き寄せる。
「おめーが好きだ。」
ロザリアの頭がピクリと揺れた。
ゼフェルは自分の頬にあたるロザリアの耳が次第に熱くなってくるのに気づいて、抱きしめる腕に力を込めた。
「サンタクロースは関係ねえ。オレがおめーを欲しいんだ・・・!」
やっと、言えた。
「ゼフェル・・・。」
「待たせちまった。ずっと、おめーが好きだった。」
女王候補のころからずっと。
「わたくし、一人の人しか愛せませんのよ・・・?」
宇宙よりも何よりも好きになってしまったあなた。
見つめあった青い瞳が静かに閉じられる。
長いカウントダウンがようやく終わり、二人のクリスマスが訪れた。
それは素敵な素敵なプレゼントを連れて…。
Fin