…After

クリスマスツリーの電源を入れると、ツリーの葉先のファイバーが辺りに光の波を立たせた。
さまざまな色の光が顔と髪に煌めいて揺れる。
立ったまま光を眺めていたオリヴィエはシーツのこすれる音に目を向けた。

「どうなさったの?」
体を起こしたロザリアが眠そうな目で尋ねた。
「ん、ごめん。起しちゃった?・・・ううん、起きてほしかったのかも。」

暗い部屋でまたたくツリーの灯りの色はオリヴィエの瞳から心の色を隠してしまう。
ただ、そのつぶやいた声が寂しげでロザリアの胸に響いた。
ベッドから身を起こすと、オリヴィエの腕をとって、そっと隣に寄り添った。

「夜中にね、目が覚めるんだ。真っ暗なところに一人きりなんだって思うと、たまらなくさびしくなって、どうしようもなくなるんだよ。
こうして灯りを見ていると、安心するんだ。」

ツリーを見ていたオリヴィエがロザリアをゆっくりと抱きしめた。

「でも、今日からはあんたがいる。もう、一人じゃないって思えたんだよ。」

オリヴィエの鼓動がロザリアの中にひとつひとつの音のように流れてくる。
穏やかな音は波のようにロザリアの心に打ち寄せてきた。

なんていう孤独を抱えた人なんだろう。
その優しい瞳の奥に悲しい雪のような空を抱えた人。

あたたかい唇がロザリアのそれと重なって、なぜかロザリアの瞳から涙がこぼれおちた。
「わたくし、ずっと、あなたのそばにいますわ。」
オリヴィエはロザリアの涙を人差し指ですくい取った。

「あたたかいね。あんたみたいに。」


ロザリアを膝に乗せて、オリヴィエは床に座り込んだ。
自然とオリヴィエの胸に頭を預けるような形になって、ロザリアは赤くなる。
ようやく想いを伝えあった今日。
今までで一番近くにオリヴィエがいた。

「私の家はすごく田舎で、やたら寒くて、なんにもなくて。
でも兄弟は多くてさ。今思えば親も大変だったんだろうけど、愛情ってさ、平等じゃないんだよね。」



殴られて倒れ込んでも、誰もオリヴィエを助けなかった。兄も姉も。
兄弟の中で一番端正な顔立ちの彼は皆にうとまれていた。
家族全員が黒か茶の髪の中で彼だけが金の髪だったから。
母親もただ目をそらすだけ。

「バカ野郎!頭を冷やして来い!」
父親の罵声がとんで、オリヴィエは上着を着る暇もなく外へ放り出される。
細かな雪がちらついてセーターの網目からゆっくりとしみこんできた。
体が冷えないように足踏みを続けても、いつしかその元気すらなくなって膝を抱えて軒下へと潜り込んだ。
吐く息が白くなるような冷気で髪の毛が凍りつきそうになる。

「僕はこの家の子じゃないのかな・・・?」
いい加減、近所の人たちの白い目についても理解できるようになってきた。
「ほら、あの子だよ。よく家に置いてるね。全然違うじゃないか。」
家族と違う見た目がなぜいけないんだろう。
謝るような母親の目がちらついてオリヴィエは父親に逆らうことをしなかった。
逆らわずにただ飛び出したのだ。
父親の違う兄姉達が住む場所から。



「家を飛び出して主星に行っても、やっぱり一人だったんだ。一緒に住んだ子もいたけど、何かが違うって思ってた。」

駆け引きを楽しむような恋は本気になれなかった。
裏切ることが当たり前の女の子に本当の自分を見せられるはずがない。
「わたしのことが好きなら、ここに連れて行って。」
自分のことばかり言う相手は疲れる。
綺麗な男の子を連れていくのが自慢のような女性にもうんざりした。
「友達がうらやましがっていたわ。」
自分の下を通り過ぎたたくさんの女。ほとんど顔も覚えていないけど。


オリヴィエの横顔にツリーのライトがたくさん滲んで消えていく。

彼はどこを見ているんだろう。
この暖かい胸の奥はたくさんの寂しさが詰まっている。
ロザリアは手のひらをオリヴィエの胸にあてた。
暖かいと言ってくれたオリヴィエに少しでもぬくもりを分けたかった。

「聖地に来てからもね、楽だけど、つまらなかったよ。なんでもあるけど、なんにもないんだ。 
私が欲しいのはずっとひとつのものだったからね。」

オリヴィエはロザリアの髪をそっとなでた。柔らかい髪がオリヴィエの指先にからまる。
見上げた蒼い瞳の中に自分が映っているのを見て安心したように微笑んだ。

「やっと、あんたに会えた。だから、あんたは私を一人にしないで。私が望むのはそれだけ。」

ロザリアを見た瞳は暗い闇にまぎれていつものような色が見えなかった。
いつでも優しく見つめてくれる、ブルーグレーは冬の色。

「離れませんわ。たとえ、運命がふたりを分かつ時が来ても、わたくしは、あなたを一人にしませんわ。」

ロザリアはオリヴィエの頬に手を添えた。
そのロザリアの手のうえからオリヴィエは手を重ねる。

「私も、あんたを離さないよ・・。」

オリヴィエの顔がゆっくりと近づいてくる。
ロザリアは目を閉じた。
頬に落ちたしずくは暖かくて、ロザリアは目を開けられなかった。
もし目を開ければ、彼はきっと何でもないように微笑むだろう。

このまま、その暖かなしずくを感じていたい。
きっとこの暖かさは、わたくしだけしか知らないのだから。


静かに点滅を繰り返すライトが長い長いキスの間を照らした。
唇を離したオリヴィエは目を閉じたままのロザリアをベッドに連れて行った。

「今日はまだ肩が痛いでしょ? ちゃんと寝ないとね。」
いつもの口調に目を開けると、すぐ近くにブルーグレーの瞳があって、ロザリアは赤くなった。
「ほら。」
左肩を上にしてオリヴィエがロザリアを引き寄せた。
オリヴィエの顔がすぐ目の前にあって、どきどきしてしまう。
「腕枕してあげる。」
ギュッと抱き寄せられると、オリヴィエの香りがして彼以外何も見えなくなった。


「好きだよ・・・。」

いつの間にか眠ってしまったロザリアの耳に囁いた。

きっと、この世で一番欲しかったプレゼントをもらったのは私。

目が覚めても隣にいてくれるロザリアを想って、オリヴィエも目を閉じた。
孤独で目が覚める夜はもうないから。

消し忘れたツリーのライトがクリスマスイブの夜の終わりを華やかに彩っていた。
目が覚めれば、一面の雪景色が二人を出迎えるだろう。
冬の色が暖かい色だと、オリヴィエに教えてあげたい。
ロザリアはその腕のなかで、心から思った。


Fin


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