女王の間に集まった2人はその提案に声を上げた。
「クリスマスパーティ?」
「恐れながら陛下、パーティなどと浮ついたものをこの忙しい時期に開催するのはいかがなものかと・・・。」
玉座のアンジェリークはにっこりと笑いながらも頑として譲らない調子で言った。
「24日の夜にしたいから、調整をお願いね。ロザリア。」
傍らのロザリアは、はいはい、という調子で女王に視線を向けた。
こうなった女王に意見したところで時間の無駄。
長い付き合いで女王の性格をよく知りつくしているロザリアはやはり同じようににっこりとほほ笑みを返した。
女王が奥へ消えると、ジュリアスはロザリアに声をかける。
「また、あのような陛下のわがままを通すつもりなのか?」
手厳しく聞こえる声にもロザリアは動じない。
「あら、何かご予定でも?」
首をかしげて尋ねる姿はまるで薔薇のようだ。
女王候補のころにまとっていたピリピリした雰囲気がなくなって、彼女はとても綺麗になった。
「いや、特に予定はないが、通常通りの執務を行うのが筋であろう。」
そう言ったジュリアスにロザリアは一瞬何か言いたげに青い瞳を揺らした。
けれどすぐにいつもの笑顔になるときっぱりと言ったのだった。
「パーティは執務が終わってからにしますわ。それに準備はわたくしが責任を持っていたしますから、執務には一切影響させませんわ。
それでよろしくて?」
ロザリアの勢いに負けて、つい頷いてしまったジュリアスは「パーティの開催」を約束させられてしまったのだった。
執務室に戻ったジュリアスは心臓のあたりがチクチクと痛くなるのを感じた。
このところたびたび、このような痛みを感じたり、何やら頭が痛くなることもある。
ジュリアスは机の引き出しに隠してある痛み止めを取り出すと、口の中に流し込んだ。
途端に、ノックの音がしてオスカーが現れた。
「ジュリアス様、このクリスマスパーティというのは全員参加なのですか?」
ジュリアスが書いたパーティの知らせを手に持っている。
「うむ。陛下のご希望なのだ。必ず参加するように。」
黙りこんだオスカーに、ジュリアスはいぶかしげな目を向けた。
「そなたは何か予定があるのか?」
「あ、いえ。」
あるに決まっている。
内心の叫びを隠してオスカーは答えた。
「恐れ多くも陛下のご希望だ。あらゆる予定よりも優先させるように。」
きっとオスカーのことだ。自分には言えないような予定が山のようにあるのだろう。
気にしたこともないがオスカーの噂はあらゆるところから耳に入っている。
しかし、今回は勅命なのだ。
「必ず参加するのだぞ。」
念押しされたオスカーは心持ち残念そうに部屋を出て行った。
きっと今頃はオリヴィエやゼフェルあたりも文句を言っていることだろう。
「みな、予定があるのだな。」
ジュリアスとて、クリスマスイブの意味を知らないわけではない。
ただ、関係ないと思うだけで。
予定がないのは自分くらいなのか、と考えた時、また心臓のあたりがチクチクと痛くなった。
この頃痛み止めもあまり効かない。
ジュリアスは頭に浮かんだ考えを振り払うように執務机に向かった。
バタバタと廊下を走る音がする。
この足音はランディに違いない。
ジュリアスはドアを開けると声を荒げた。
「ランディ、廊下は走るなといつも注意しているであろう!」
少し向こうでたくさんのモールを抱えたランディが振り向いて頭を下げている。
「それはなんだ?」
「すみません!ロザリアのところに持っていくんです。ツリーの飾りに使うみたいですよ。」
ロザリアに頼まれた?
ジュリアスの頭がずきっと痛くなる。
確か執務には影響させないと言っていたのではないか?
「今は執務時間中だ。速やかに終わらせるように。」
補佐官室ではなく大広間に歩いていくランディの後ろについて、ジュリアスもロザリアの元に向かった。
「ロザリア!持ってきたよ!」
ランディの声にロザリアが振り向いた。
ランディを認めると嬉しそうに走り寄ってくる。
「ありがとう、ランディ。大変でしたでしょう?これで全部ですの?」
「ああ、あっちにあったのは全部持ってきたよ。 ずいぶん立派になったね!」
大広間に置かれた高さが3mはありそうな大きなもみの木のあちこちに飾りがつるされていた。
「ランディ!こっちにもモール持ってきてよ!」
マルセルの声がして、すぐに「こっちも足んねーぞ。」と、ゼフェルの声も聞こえた。
みれば脚立に乗って、ふたりはせっせと飾りをつけている。
ゼフェルがつけた電飾の光具合をロザリアに尋ねる声が聞こえた。
「綺麗ですわ・・・。」
ツリーの下に立つロザリアの顔に電飾の光がキラキラとさまざまな色を投げかける。
ジュリアスはドアの影からコホンと咳払いをして広間に入って行った。
「ロザリア。」
厳しい声にロザリアはぴくっと体を震わせて振り向いたが、ジュリアスと目が合うとすぐにいつもの笑顔になった。
「あら、ジュリアス。どうなさったのですか?」
「そなた、執務には影響させないと言ったではないか。今はまだ執務時間中だ。すぐに止めよ。」
ゼフェルのちっと舌打ちする音が聞こえて、マルセルがあわてて脚立から下りてくる。
「ジュリアス様、ロザリアは悪くないんです。僕がお手伝いしたいって言ったんです。みんなはそれについてきただけで。」
「違うよ、マルセル。俺も手伝いたいって言ったんだ。」
庇ってくれたことがうれしかったのか、ロザリアはすこし眉を下げて二人を見た。
「別にいいだろ。オレは休憩時間にやってんだからよ。終わったら仕事すりゃいいんだろ。」
ゼフェルの声にマルセルとランディも
「執務には影響させません!!」と声をそろえた。
それ以上言葉を失ったジュリアスは
「きちんと仕事をするように。」としか言えなくなってしまう。
部屋を出るときに3人がロザリアを慰めているのが見えた。
またジュリアスの心臓のあたりが何やらチクチクとし出して、落ち着かない気分がするのだった。
クリスマスパーティの準備は着々と進んでいるようだ。
このところ毎晩補佐官室は遅くまで明かりがついている。
執務には影響させない、と言った通り、ロザリアはきちんと仕事をこなしていた。
他の守護聖たちもいつになくきちんと執務をこなしている。
「え~、ジュリアス。ロザリアは頑張っている様ですよ。あまりきついことを言わないであげて下さいね~。」
書類を持ってきたルヴァに言われて、ジュリアスは驚いた。
「クリスマスパーティに反対なのはわかりますがね~。」
「まて、私は反対した覚えはない。」
小さく首を横に振ったルヴァが不思議そうに言った。
「いえね、マルセルたちが『きちんと仕事をしないとロザリアが怒られてパーティが中止になる』なんて言っていたものですから~。」
なんということだ。
どおりであれから誰もパーティの話をしないと思った。
ルヴァが出て行ったあと、ジュリアスが廊下に出ると、ロザリアが夢の執務室に入って行くのが見えた。
ちょうど行く先だと夢の執務室の前を通ると中から声が聞こえてくる。
「まあ、素敵ですわ。このドレス、わたくしのために?」
「そうだよ。この淡いブルーを探すのが大変でさ~。あんたにぴったりでしょ?・・・誰かさんの隣でも恥ずかしくないよ。」
「まあ。」
ふざけ合うような声が聞こえて、ジュリアスは立ち尽くした。
ドレス姿のロザリアはとてもきれいだろう。
ジュリアスは行く先も忘れて自分の執務室に戻って行った。
パーティのことを考えると、どうしようもなく頭が痛くなる。
そのままなんとか執務を続けると、いつの間にか夜になっていた。
帰り支度をして、部屋を出ると、まだ補佐官室から明かりがもれていた。
ドアをノックして声をかけると、ロザリアが青い瞳をむけた。
「まだ、終わらぬのか?」
椅子に座ったままロザリアは少し困ったような顔をしている。
「ええ。もう少しですの。気になさらないでくださいませ。」
少しと言いながら机の上にたくさんの書類が山積みになっているのを見たジュリアスはそのまま中に入って行った。
「手伝おう。」
コートをソファにかけてロザリアに声をかけた。
「いいえ!大丈夫ですわ。一人でできます。…あなたのお手をわずらわせたくないんですの。」
青い瞳は頑なに拒絶しているように見える。
ジュリアスの胸がなぜかまたチクチクと痛んだ。
「…では、私は帰ろう。無理はせぬようにな。」
脱いだコートを腕にかけるとジュリアスは部屋を出て行った。
胸だけではなく、頭も痛い。
帰って薬を飲もう、と、さっき見たロザリアの瞳の色を忘れるように、ジュリアスは家路を急いだ。
パーティは6時から。
時計の針が執務終了の時間を指すと、途端にざわざわと廊下が騒がしくなった。
忙しそうに走り回る足音が聞こえてくる。
大広間に向かうと、すでに他の守護聖はみんな揃っていた。
「おい、これでいいのかよ?」
「ええ、ちょうどいいですわ。」
ツリーの電飾が一斉について、女王が現れる。
「みんな、今日は無礼講よ!楽しいイブにしましょうね!」
にっこりとした始まりの声に乾杯の声が重なった。
「このワインは誰が選んだんだ?」
「わたくしですわ。オスカーの好みをそろえましたのよ。今日は飲むくらいしかないでしょう?」
「そうだな。」
苦笑したオスカーとロザリアがグラスを合わせる音が聞こえてくる。
そこにオリヴィエも加わって、楽しそうにワイン談議に花が咲いているようだ。
今日のロザリアは淡いブルーのカクテルドレスを着ていた。
いつもの補佐官服よりも柔らかな素材のドレスは、彼女のボディラインの美しさをよくあらわしている。
横でルーズに一つに編まれた髪から綺麗なうなじがのぞいて、本当の年よりずっと大人に見せていた。
また胸が痛くなったジュリアスは、薬を飲もうと料理のテーブルに近づいた。
おかれたミネラルウォーターを取ろうとして、クラヴィスと目が合う。
クラヴィスはジュリアスの手の中の薬を見てふっとほほ笑んだ。
「なにがおかしい。」
体調不良を笑われたような気がしてジュリアスは気色ばんで、クラヴィスを睨みつける。
いつものようになにも言わないかと思ったクラヴィスが、ジュリアスをじっと見つめた。
「…わからぬのか?お前の病はそのような薬では治るまい。」
「なに?」
それだけ言ってさっさと長椅子に座ったクラヴィスを、リュミエールが追いかけていく。
薬で治らぬ、だと?
不思議に思ったものの、とりあえずどうにもならない胸の痛みを抑えるために薬を飲んだのだった。
楽しそうなロザリアと女王と守護聖たちの中で、ジュリアスはぽつんとテーブルからその様子を眺めていた。
みんなと仲良さそうに話すロザリアはとてもきれいで、笑うたびに青紫の髪と柔らかなドレスが揺れる。
ジュリアスはその様子を眺めながら何となくグラスを傾けていた。
かたん、とグラスの倒れる音がして、皆がジュリアスの方を向いた。
テーブルからワインの赤い色がこぼれていく。
「どうなさったの!」
ロザリアの声が遠くに聞こえる。
テーブルに手をついたままジュリアスはずるずると床に倒れ落ちて行った。
頭の中がぐるぐると回っている。
うっすらと目を開けると、心配そうに顔を覗き込む青い瞳が見えた。
ぼんやり映るロザリア以外なにも目に入らない。
「ロザリア・・・?」
「なんですの?」
ひんやりしたものが額に乗せられて、ジュリアスはため息をついた。
「私はこのところ体調が優れぬのだ。・・・訳もなく頭が痛くなったり、胸が痛んだりする・・・。」
「まあ。」
突然、ジュリアスがロザリアの手を取った。
「そなたが他のものと話しているとますます胸が痛くなる。・・・こうして触れていると、心臓が破れそうに痛くなる。」
ロザリアの瞳が揺れる。
「私は、病気なのだろうか・・・?」
ジュリアスの瞳が閉じていって、やがて寝息に変わっていく。
しんとした中でツリーのライトだけがちかちかとまたたいた。
「今のってさ・・・。」
ランディがマルセルにこそこそと囁いた。
「そういうことなんじゃねえの?」
ゼフェルがいつの間にかワインのグラスを持って大声を上げた。
うるさいヤツがいなくなって、さあ、飲もうと瓶を抱え込んでいる。
「ジュリアスったら、なにもみんなの前で、ねぇ? ロザリア?」
女王の言葉にはっと我に返ったロザリアは真っ赤な顔をしてジュリアスの隣に座りこんでいた。
ソファですやすやと寝ているジュリアスの手がしっかりとその手につながれている。
「薬で治らぬ病、ですね。」
リュミエールがクラヴィスに笑いかけた。
「まだ、あやつにはわかっておらぬかもしれぬがな・・・。」
ふっと唇に微笑みをを乗せたクラヴィスがつぶやくと、ロザリアはますます赤くなった。
「じゃ、こうしてあげようかね。」
オリヴィエがふわりとロザリアのストールをリボンのかたちに首に巻いた。
「私たちからのクリスマスプレゼント、なんてどう?」
「それはいいですね~。」
「それじゃ、解散ね。・・みんな、ありがとう。」
女王の声にロザリアがぽかんと口を開けた。
「あなたたち二人のために開いたパーティなのよ。二人にしといたら絶対にイブを一緒に過ごすなんてならないでしょ?」
「まあ、思わぬおもしろいものが見れたから許してアゲル。」
「うるせーのがいなくなったしよ、飲み直そうぜ。」
「俺は約束があるからな。」
「どうせ女性でしょう?全く嘆かわしいことです。」
なにも言えないロザリアを残して、みんなが大広間を出て行く。
灯りのまたたくツリーと二人だけが残された。
目が覚めたらジュリアスは何て言うかしら?
大きなリボンを巻いたロザリアは、繋がれたままの手をじっと見つめた。
二人のクリスマスは、ジュリアスが目覚めたときからはじまる…。
Fin