オリヴィエは女王陛下の宝石箱を開き、そこからひとつ宝石のついたチョーカーを取り出した。
「あとは、宝石だね。メインはこれがいいんじゃないかな。んー、ああでも、こっちのペンダントは石の色が合うよねえ」
新調したドレスを個性的に着たいから、と女王陛下に相談されるのはいつものこと。夢の守護聖が陛下所有のアクセサリへ触れる機会は多い。
オリヴィエは鏡の前の女王陛下の首元にチョーカーを当て、もうひとつ手に取ったペンダントと見比べる。
「そうだ、この間献上されたブローチ! それ、オリヴィエの前のブルーのケース。確かドレスの色と近かったかなって」
女王陛下の言葉にオリヴィエは言われたブローチのケースへ手を伸ばす。ふとその横に見覚えのない箱を見つけ、オリヴィエはそれも手元へ引き寄せた。
「これは? 見たことないけどこれもアクセサリケース?」
振り向いた女王陛下は、あ、と声を上げてオリヴィエに近付いたけれど、その時はもうオリヴィエの手はその箱の蓋を開けていた。
「……なに? カード? あ、これ……」
そのケースには手の平サイズのカードが何枚も入れられていた。十数枚はあるだろうか。薄い紫の高級そうな特殊紙にはブルーの縁取り。
そこへ綴られた文字ごと、オリヴィエにはカードに見覚えがあった。先の細いペンで書かれた、生真面目に整った美しい文字。
「このカードはね、宇宙のどんな宝石よりも、わたしの宝物」
言うと女王陛下は微笑みに目を細めてカードの一枚を取り出した。大事そうに。
オリヴィエは横から覗き込みそこへ書かれていた文字を読んだ。
- 今夜はゆっくりお休みなさいな -
「これは熱が出た時だったかな。持ってきてくれたリゾットのお盆に添えてあったの。熱のせいで家族を思い出して心細かったから、なんだか涙が出ちゃったんだっけ」
次にもう一枚のカードを手にして女王陛下は言葉を続ける。
「こっちは、ジュリアスに勉強不足だってお説教を貰った時。貸してくれた本に挟んであったカード。- この本ならあなたでも理解しやすくてよ - だって」
弾んだ声を上げながら次々にカードに目を落とし、女王候補時代へ心を飛ばす少女。オリヴィエはそれを目を細めて微笑んで見る。
「いいでしょー? でもこれはわたしのだから、オリヴィエにはあげないからね」
エヘン、と胸を張った女王陛下にオリヴィエは顎を上げて同じように胸を張って見せた。
「陛下だけの特権と思ったら大間違い。私も持ってるからね」
カードから香った薔薇の香りと共に綴られた文面がオリヴィエの頭に浮かび上がる。
お茶会というほどきちんとしたものでもなく、テラスでいつものように守護聖何人かと午後を過ごしていた時のこと。
どうした拍子だったか、子供の頃の話になった。
通っていた学校の様子、どんな遊びをしたか、など。マルセルがある夏、虫を採るのに夢中になった、という話をした途端、ルヴァが瞳を輝かせて惑星独自の昆虫の話を聞きたがった。
マルセルが朗らかにルヴァの質問へ答えるのを見ながら、オリヴィエは内心眉を寄せてひとりごちた。
まさかルヴァ、その質問を私に振ったりしないよね? あんた私がそっちの話したくないってちゃんと覚えてくれてるよね?
知的探究心に囚われた地の守護聖からは、他のことが全部飛んでしまう。自分へ話が回ってくる前に席を立とうかとオリヴィエはこっそり溜め息を漏らした。
すると彼女が口を開いた。
「わたくし、虫全般はあまり得意ではありませんが、やはり蝶は美しいと思いますわ。オリヴィエ様の爪に飾られている蝶は特に綺麗」
その日確かに彼のネイルには蝶が描かれていた。羽の部分に煌く小さなスワロスキー。みんなの目がオリヴィエの爪に下り、彼はそれが見えるように手を広げた。
「んふふん? 私も蝶は好きだよん。モチーフに適した素材だって思うね」
確かに自分でも力作だと思っていたものでもあり、へー、と感心した声が誰かから上がって昆虫の話はそこでひと息がついた。
「ルヴァ様? 爪を彩るというのは、昔から行われていたんでしょうか。歴代の女王陛下たちの姿絵などではいかがでしょう? わたくし、とても興味がありますの」
続けて彼女が話をそちらへ向けると、ルヴァは微笑んで彼の知る限りの情報を披露しはじめた。それに熱心に聞き入る少女の横顔を、オリヴィエは目を瞬いて見た。
その日の夜、精霊を通じてオリヴィエの元に届いたカード。
- 今度ぜひネイルアートのご指導を賜りたいです -
テラスでの一幕、彼女がしたことについて何の言及もされていなかったけれど、偶然ではないとオリヴィエは気付いていた。
女王試験がはじまってすぐだった。彼の執務室を訪れた女王候補の少女に出身惑星のことを尋ねられ、苦笑して返したことがあったのだ。
「他のことには何でも答えたげるけど、それについては話したくないんだ。ごめんね」
それだけオリヴィエが言うと、彼女はただ、そうですか、と引き下がって別の話題へ切り替えたと記憶している。それを彼女が忘れた筈はない。
オリヴィエは薔薇の香りの薄紫のカードを見つめ微笑んだ。凛とした横顔を思い浮かべ、カードをアクセサリケースの下の部分へしまった。
今もカードはそこにある。別の機会に同じようにして貰ったカードたちと一緒に。
「そっか、オリヴィエも持ってるんだ。それもそっか。みんな、きっと一度は貰ってるよね」
うんうん、と女王陛下が頷いて笑う。
その通り。青い瞳の少女はいつも周囲の者たちみなへ同じように気を配っている。
彼女主催のお茶会などではそれが顕著。列席者の好みを考えたメニューを用意し、それぞれが気持ちよく過ごせるように細部まで彼女が心を砕くのはいつものことで。
話題にあがったエピソードについて知らず会話に入って来れない者があればさりげなく説明を加えたりする。
そして要所要所で贈られる直筆のカード。
「ロザリアの気持ちと思い出が詰まっていて、見るといつも胸が熱くなっちゃう。こういうのって素敵だよね」
カードを箱へ元通りにしまい、女王陛下が瞳を輝かせる。つられてオリヴィエも笑顔になりながら、そうだね、と同意した。
「陛下。新調したドレスの着こなしはお決まりですの。オリヴィエの時間をずっと割いていてはいけませんわよ」
噂の主が女王執務室へ足を踏み入れて来たので、オリヴィエと女王陛下は楽しそうに目を見交わした。それに気付いてロザリアが横目で二人を見る。
「お二人とも。何か悪巧みをしていらっしゃるんでないといいんですけど」
「まーさかぁ」
女王陛下がオリヴィエを振り向くので、目配せした彼は女王陛下と二人で「ねー」と首を傾げて声を合わせた。
「あらそうですの。どうもそうは思えないところが怖いですわね」
やれやれと肩を竦め、ロザリアは執務机に書類の束を置く。
「陛下、こちらへは至急目を通していただけますかしら。それからおっしゃっていらした白の惑星の経過観察について、王立研究院から上がって来ていますの」
金の髪の少女は女王の顔に戻り、資料へ目を通していく。二人の少女が言葉を交わす姿に目を細め、オリヴィエは後ろから声を掛けた。
「私はこれで失礼するよ。新しいドレスのお披露目、楽しみにしてるから」
すると女王陛下は彼女の補佐官とオリヴィエを交互に見た後、ロザリアの背を押した。
「ここは女官たちに片付けてもらうし、ロザリアももう執務室に戻っていいから。オリヴィエと一緒に行ったら」
ほらほら、と女王陛下に楽しそうに背を押されて少し焦った様子だったが、そのロザリアの手をオリヴィエはすかさず取る。ウインクで女王陛下へ挨拶をして。
「了解。補佐官殿のエスコートは私に任せて。それじゃね、陛下」
宮殿の磨かれた長い廊下を歩みながらオリヴィエがロザリアの腰を引き寄せると、彼女は焦って横のオリヴィエを肘で押しやろうとする。
「何をなさるの、こんなところで。もう、オリヴィエったら」
おや、と眉を上げてオリヴィエはロザリアの耳元へ口を寄せた。
「こんなとこじゃなかったらいいのかい?」
途端に赤くなった頬にオリヴィエが触れて笑うと、困った顔でロザリアも笑った。
「ん、そうして少し気を抜いたらいいんだよ。せめて私といる時くらいはさ」
そうオリヴィエが続けると、ロザリアは首を傾げて彼を見上げる。
「陛下とそんなお話をしていらしたの?」
尋ねられ、オリヴィエは、ちょっと違うかな、と返した。
「あんたはさ、昔も今も常に周囲に気を配っているから。女王補佐官の適性ばっちりってわけだし、そうした気遣いを慕う者も大勢いて、私にもそれって誇らしいことでもあるんだけど」
オリヴィエはロザリアの手を引いて、大きな柱の影へ二人の体を滑り込ませた。
「あんたが疲れちゃうんじゃないかって心配なのと、あと……少し、さみしいかな」
まあ。ロザリアは目を丸くしてオリヴィエを見上げ、そしてくすくす笑う。
「それってわたくしのセリフではないかしら。あなたこそ他の誰も気付かないことをこっそりフォローしてくださっていること、存じてますわよ」
反撃を受けてオリヴィエが苦笑すると、ロザリアは悪戯っぽく瞳を輝かせた。
「同じですわね。だからあなたのおっしゃりたいこと、分かりますもの。でも」
そしてロザリアは周囲を窺い人の気配がないことを確認した後、オリヴィエの首に腕を回して背を伸ばし、彼の頬へ掠めるようなキスをした。
彼女のほうからそうして行動を起こしたことに驚いたオリヴィエの唇に、ロザリアの人差し指が制止の意味で触れる。
「ここでは、ここまで。分かっていただけますわね」
では参りましょう、と柱の影からロザリアが廊下へ足を戻し、オリヴィエはその横へついた。
全く、自分への気遣いもこうして完璧なのだから憎らしい。
「ホント、私のお嬢さんは誇らしいんだから」
嫌みを込めてオリヴィエが笑うと、当然ですわ、と横の青い少女はつんと顎を上げた。
Fin
しろがね様(素敵サイト「Silver hourglass」へはLinkからどうぞ)より、企画にご参加いただきました。
しろがね様には、いつもいつも、うんざりするほどお世話になっていまして。
本当に足を向けて寝られないどころか、一日6回はお住まいのほうに向かって祈りを捧げなければならないほどです。
そもそもサイトを始めたきっかけも、しろがね様のサイトを訪問するようになってからのことでした。
そして、またまた今回も当企画に、素晴らしい作品をお寄せいただきました。
王道のオリヴィエ×ロザリアです! 待ちに待った、といっても過言ではありません。
ロザリアの心配りのエピソードが実に心憎いです。
誰にでもできそうなのに、なかなかできない、ささいな心配り。
それにリモちゃんとオリヴィエ様が惹かれる場面が、本当に素晴らしいです。
ロザリアの大人の女性らしさが、すごく素敵///。
こんな女性を愛さないわけがない!まさに理想の女性ー。(ものすごく主観的w)
最後のキスのシーンも、オリヴィエ様を翻弄しちゃう女っぷり!
乙女なロザに余裕のヴィエ様。というパターンじゃなくて、ちょっぴり成長したロザの姿が、またかわいいんです!(変態)
二人のイチャコラを妄想するだけで幸せになれますとも!
読み終えた後、さわやかな気持ちになれる素敵なお話だと思います。
夢誕や本の製作でお忙しい合間を縫って、ご参加いただき、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。