「え? この辺かい?」
「うん。」
脚立に昇ったランディが、下にいるマルセルから銀のモールを受け取っては、カーテンレールに一つ一つ、貼っていく。
キラキラしたモールに高級感はまるでないが、見ているとなんとなく楽しい気持ちになるから不思議だ。
二人がいるのは女王の間。
今夜の誕生日パーティの会場だ。
内輪だけの小さなパーティに大広間を使うのは、かえって寂しいだけだし、かといって、食堂や会議室では目についてしまう。
それなりの広さがあって、オリヴィエがあまり来ない場所。
女王がノリノリで部屋を提供したのは言うまでもない。
「これはどこに飾る?」
ランディが箱から出したのは万国旗。
少し路線からずれているような気もするが、オリヴィエはあの通りの賑やか好きだ。
どうせなら箱の中の全部を使って、部屋中を飾りたてようと、二人は決めていた。
「あの辺がいいんじゃない? 」
「わかった!」
飾り窓の上をマルセルが指差すと、ランディはまたひょいっと脚立に昇り、テープで留めていく。
身軽なランディになかなかのセンスのマルセル。
飾りつけ係は順調に役割を果たしている…と思ったのも、つかの間。
「うわあ!!!!」
長い万国旗をズルズルと引きずっていたランディが、糸に絡まりバランスを崩すと、そばにかかっていたカーテンに手を伸ばした。
すると、
「あ!」
マルセルが叫ぶ間もなく。
カーテンがビリビリビリッとそれこそ絹を裂くような悲鳴を上げて、真っ二つに破れていった。
「どうしよう・・・。」
呆然としたマルセルが、破れたカーテンの片端を持ってつぶやく。
慌てて脚立から飛び降りたランディも真っ青になった。
女王の間。つまり女王の部屋は、高級品のオンパレードだ。
以前、運悪く花瓶を割ってしまったランディに、ロザリアが、
『これ一つで主星では家が一軒買えますのよ。 お気をつけになってくださいませ。』
箒で欠片を片付けながら、冷たく告げた一言。
あの時の青い瞳を思いだしただけで、そここそ背筋が寒くなる思いがする。
「花瓶で家一つなら、カーテンだと車ぐらいだよな!」
意味不明な言葉が出てきてしまうのも、全て焦りゆえだ。
「そうだね・・・。 少しは安いかも。 」
マルセルの同意も空しく、ランディはがっくりとうなだれた。
「仕方がないよな。 俺、あやまってくる!」
潔く心を決め、部屋を飛び出そうとしたランディの腕をマルセルがぐっと掴んだ。
「ねえ、なんとか直してみようよ。」
「直す?」
「うん。 だって、ランディ、怒られちゃうでしょう?
この間の花瓶の時だって、相当怒られたじゃない。
あのね、綺麗に破れてるから、縫っておけば大丈夫じゃないかと思うんだ。
まだこんなに新しいのに、捨てちゃうのも、もったいないよ。」
たしかに花瓶を割った後、しばらくランディのカップはプラスチックに変えられたし、この部屋のモノに触るたびに睨まれた。
まるっきりの暴れる幼児扱いに、かなり凹んだのも記憶に新しい。
それに、今の陛下が即位した折に、全て誂え直した調度品はまだまだ新しく、どれも新品同様だ。
バレて交換になってしまうのは確かにもったいない。
「俺、裁縫なんて自信ないよ・・・。」
「僕もだけどさ。 とりあえず、バレるとしても、明日の方がよくない?
今日は今からパーティなんだもん。
どうせなら、みんな、楽しい気持ちのままの方がいいよ。」
ひんやりとしたロザリアの目が思い浮かぶ。
怒られて、気まずくなったままのパーティ。 ・・・拷問だ。
「よし、縫ってみよう! 俺、裁縫道具を調達してくるよ!」
「うん。 僕はここで誰も来ないように見張っているから。」
ランディはさっと女王の間を出ると、近くにいた女官に裁縫セットを借りた。
咄嗟についた嘘が、『袖のボタンが取れた』。
よく考えれば執務服の袖にボタンなんかないのだが、その時はそれしか思い浮かばなかったのだ。
しかもかなり挙動不審だったのは自分でもわかっている。
裁縫セットを受け取ったマルセルは器用に破れた個所を縫い上げていった。
できるだけ、目立たないように細かくまつり縫いを繰り返すと、パッと見ではまったくわからない。
外したカーテンを元通りにレールに通し、ちょっと襞を寄せれば、完璧だ。
「ねえ、僕の裁縫の腕前もなかなかでしょ?」
得意げに言うマルセルに、ランディは大きく頷いた。
「ああ、本当だ。 こっちから見たら、全然破れてるように見えないよ。」
「ふふ。 これで安心だね。」
マルセルはウキウキした様子で、裁縫セットを片付けている。
これなら、寿命が来て交換に迫られるまで、たしかに破れたなんて気づかれないだろう。
安心していいはずなのに、ランディの胸はちくりと痛くなった。
「さあ、ランディ。 残りの飾りも付けちゃおうよ!」
「そうだな。」
まだまだ箱の中にはたくさんの飾りがある。
ド派手な金の横断幕や、キラキラ光るボール。
部屋中をぐるりと飾っても、まだ余る分はシャンデリアにつるしたり、テーブルの脚に結び付けたり。
箱の中がほとんど空になるころには、もう部屋の中は隙間もないほどの飾りに埋め尽くされていた。
「オリヴィエ様にぴったりの部屋になったね。」
満足そうに、ぐるりと部屋を見回したマルセルが、ランディ向かってにっこりと笑っている。
すると。
「わあ! すごーい!」
「頑張りましたわね。」
女王アンジェリークとロザリアが戻ってきた。
「そろそろだと思ったら、本当にぴったりだったね。」
どうやら二人はパーティから気を逸らさせるため、オリヴィエを監視していたらしい。
勘のいいオリヴィエが気づいていないはずはないが、女王とロザリアが尋ねてきて、たわいもないおしゃべりに花を咲かせる。
それも一つのプレゼントになったはずだ。
「こんなにいろんな飾りがあったんだ~。 ちょっと、これ、何のお祝い?」
アンジェリークが一つ一つ壁の飾りを見上げながら、楽しそうに笑っている。
ふと、手にしたのは、あの万国旗。
その奥のカーテンが例のカーテンだ。
「本当ですわね。 お祝いというよりはとにかく賑やかなのがいいのではなくて?」
「賑やか! オリヴィエらしい~。」
万国旗を見ながら、無邪気に笑うアンジェリークとロザリア。
その姿を見ていたランディは、一瞬、マルセルに目を向けた。
「ごめん!」
突然大声を出したうえに、頭をほぼ直角に下げたランディに、二人は目を丸くした。
「どうしたの?」
一瞬の呆然ののち、アンジェリークはランディに声をかけたが、ランディは相変わらず体を折り曲げたまま、なんの言葉も発しない。
ロザリアはマルセルに視線を向けると、
「どういうことかしら?」
と、尋ねた。
「あ~、あのね・・・。」
ロザリアにじっと見つめられ、マルセルはため息をついた。
こうなったらもう、隠しておくことは不可能だろう。
マルセルは事の顛末を話すと、カーテンのほころびを二人に見せた。
「ごめんなさい。 僕が縫えばいいってランディに言ったんだ。」
「違うよ。 俺のためにマルセルが縫ってくれたんだ。
この間、花瓶をわったばかりで、またこんなことをしたら、俺が怒られると思って…。
ごめん!
俺、失敗を隠そうとして、卑怯なことをした。」
ランディはまだ頭を下げたままだ。
失敗をしたことは事実なのだから、きちんと謝罪するのは当然なのだ。
怒られたとしても、仕方がない。
なによりもいけないのは、二人を騙そうとしたこと。
嘘をつくなんて、最低の行為をしようとしたこと。
ランディの気持ちが伝わったのか、マルセルもともに叱られようと、覚悟を決めたように、ぐっと唾を飲み込んだ。
一瞬の沈黙のあと。
「まあ。」
そう言うと、ロザリアは手を口に当てて、クスクスと笑いだした。
「アンジェ、あなたよりも上手ですわ。」
「う…。 でもホントに上手…。」
アンジェリークは縫い目をまじまじと見て、肩を落としている。
「ランディ。 このカーテンを破ったのは、実はあなたが最初ではありませんの。」
「え?」
ロザリアの言葉に驚いて、ランディは下げていた頭を上げ、じっと二人を見つめた。
クスクス笑うロザリアと、妙にバツの悪そうなアンジェリーク。
するとロザリアは、つかつかともう一つの窓に歩み寄ると、そのカーテンを勢いよく開けた。
「ご覧になって。 この縫い目。
女の子としてどうなの? と、わたくし、さんざん説教いたしましたわ。」
「えー、だって~。」
ロザリアがめくったカーテンには大きな裂け目が伸びている。
そして、それを縫い合わせてあるのは・・・ひどく歪んで飛び飛びな縫い目だった。
「もしかして、アンジェリークも破っちゃったの?」
マルセルが声をあげながら、カーテンを手に取ると、そのいびつな縫い目を凝視している。
ざっくり破れた布地をジグザグに走っている糸は、少し手で伸ばせば、簡単に隙間が見えてくる。
縫い合わせている、というのもはばかられるような乱雑さだ。
「うーん、たしかに僕よりもヒドイかも。」
「だって! だって!
その時はいつロザリアが戻ってくるか気が気じゃなくて、手が震えちゃってたんだもん!
焦ってたんだもん! いつもはもっと上手いんだから!」
「僕だって結構急いでたんだけどな。」
「でもお~。」
わいわい言い合っているアンジェリークとマルセルに、まだぽかんとして状況を飲み込めていない様子のランディ。
ロザリアはランディに聞こえるように呟いた。
「このカーテン、柄は素敵なんですけれど、生地が弱いみたいですわね。
少し引っ張ったくらいで破れてしまうなんて。」
「え、あ、うん。」
「でも、気をつけてくださいませね。
花瓶を割るくらいでしたら、多少の傷で済むかもしれませんけれど、あんな所から落ちたら、頭を打ちますわ。」
責めるような口調のロザリアの顔を見たランディは、自分の今までの思い違いに顔を赤らめた。
花瓶を落とした時、ロザリアは怒っていたけれど、あれは、高価なものを壊したからではなくて、怪我をすることを心配してくれていたのだ。
「ごめん。」
再び謝罪の言葉が口をつき、ランディは頭を下げたけれど。
ロザリアはただ微笑んだだけで、何も言わなかった。
「じゃあ、もう一回縫って見せてあげる!」
「だめだよ、陛下。 ああ、また破ったりしないで!」
まだ騒いでいるアンジェリークとマルセルを見ていたら、
「まるで、姉弟ゲンカみたいだよな。」
なんとなくランディの脳裏に、そんな言葉が浮かんできた。
同じ時を過ごす大切な仲間。
それは姉弟のようでもあり、もしかしたら、皆、家族に近いのかもしれない。
生まれた場所も時間も、まるで違うけれど。
今、ここにこうして一緒にいる女王、補佐官、守護聖。
運命が繋いだ『家族』。
「そうだよな。 俺たち、家族みたいだよな。
陛下とマルセルが妹と弟だろ。 で、ゼフェルは、まあ、アイツも生意気な弟。
オスカー様は兄貴だし、リュミエール様も優しいお兄さんって感じだし。
ルヴァ様やクラヴィス様は・・・おじいちゃんって気がするよな。 怒られそうだけど。
ジュリアス様はお父さんだし…。 オリヴィエ様は…お姉さん?
あはは、ぴったりだと思わないかい?」
「…あの、ランディ、まさか、その家族の中でわたくしは…。」
「ああ、ロザリアはもちろんお母さんだよ!」
ぴくっとロザリアのこめかみが動く。
ランディに悪気はない事はもちろんわかっているのだが…。
年下の女性を捕まえて、『お母さん』と、のたまうランディには、一度痛い目にあってもらったほうがいいのかもしれない。
「じゃあ勝負よ!」
「うん!」
なぜかカーテンの縫い物勝負を始めたアンジェリークとマルセルを横目に、ランディは最後の飾りをシャンデリアに結び付けた。
『Happy Birthday! Olivie!』
と、大きく書かれた金の垂れ幕。
すると、
「今戻った。」
ジュリアスの声がする。
「買ってきたぜ。 おっと、ずいぶん派手になったな。」
「本当ですね。 ・・・ところであの二人は何を?」
それぞれに花を抱えた、オスカーとリュミエール。
「できたぜ! 見ろよ、オレの傑作を!」
「あああ~、やっとできました~~~。」
甘いケーキの香りを運んできたゼフェルとルヴァ。
みんながそれぞれに仕事を果たして戻ってきた。
「一家勢ぞろいですね!」
興奮するランディに、はてな顔の面々が首をかしげる。
ランディの隣でロザリアが小さなため息をついた。
パーティの準備は上々。
あとは主役の登場を待つばかり。
FIN