ロザリアがそう言った時、ゼフェルは唖然とし、即座に反論した。
「はあ?! なんでオレがケーキなんだよ!」
ゼフェルが甘いモノ嫌いなことはロザリアだってよく知っているはず。
「オレはやらねーぞ。 ジョーダンじゃねえ。」
言い捨てて、さっさと出ていこうとしたゼフェルを、隣に立っていたルヴァが背後から羽交い絞めにした。
「ああ~~、 私一人じゃもっと無理です~~~。
お願いですから、手伝ってください~~。」
ルヴァは全身の力を込めて、ゼフェルを引き留めている。
それほど力のあるわけではないルヴァを振り払う事は難しくはないが。
真っ赤な顔で、懸命に踏ん張る姿を見てはそれもできない。
「しょーがねーなー。 手伝うだけだからな!」
喚くように叫んだゼフェルにルヴァがやっと手を緩めた。
『スポンジはわたくしが焼いてきますから、飾りつけをお願いいたしますわね。』
その約束通り、今、ゼフェルとルヴァの前には、冷ましたスポンジが置いてある。
そして、山と積まれた飾り付け用の生クリームのパックと 色とりどりのフルーツに砂糖菓子。
「…なんでサンタクロースがあるんだよ。」
ゼフェルは砂糖菓子のサンタクロースを、ぽいっと遠くに押しやると、巨大なスポンジに目を向けた。
でかい。 とにかくでかい。
ロザリアのお手製のスポンジは、ゆうに直径30cmはあるだろう。
考えてみれば11人分なのだから、その大きさでもおかしくはないのだが、ただでさえ甘いものが苦手なゼフェルには匂いだけでかなりの拷問だ。
仕方なく、いつも機械いじりをするときのマスクをつけ、泡立て用の巨大なボールを手に取った。
「ああ~、それで混ぜるみたいですよ。」
本を片手にゼフェルに指示を送るルヴァ。
さすが知恵をつかさどる地の守護聖はケーキ作りにも詳しいのかと、少し安心したところで、『初めてのケーキ作り』という本のタイトルが目に入った。
もう不安しかない。
けれど、頼まれごとを途中で放りだすのも気が引けるし、ルヴァ一人ではさらに悲惨になることは目に見えている。
いざとなれば、どこかで買ってきてもいいだろう。
まずは、とばかりに、生クリームのパックを開けて、ボウルに移し、泡だて器をくるくると回した。
「いつまでやりゃーいいんだよ。」
ゼフェルが問えば、
「…角が立つまで、だそうですよ~。 ええ~、こんな具合に。」
本の写真を見れば、確かにピンとソフトクリームのような形が出来上がっている。
くるくるくる。
ゼフェルは懸命に泡だて器を回したが、クリームはさらさらの液体のままで、なんの変化もない。
「おかしーなー。」
「おかしいですねえ。」
疲れたゼフェルに代わり、今度はルヴァが混ぜ始めた。
くるくるくる。
やはり何の変化もない。
ゼフェルは泡だて器を投げ出した。
「ぜってーオカシイって!」
「ですねえ。」
実のところ、ただくるくる混ぜているだけでは生クリームは泡立たない。
それくらいは当然のことなのだが…この二人が知るはずもなかった。
「なにか、間違いがあるのかもしれませんねえ…。」
二人は本のページをめくり、最初から読み始めた。
「あ、これじゃねえの?」
ゼフェルが指差した先には、『生クリームの泡立て方』という項目がある。
そこをじっくりと読んで、二人は同時にため息をついた。
「ダメなはずですよねえ。」
たかが生クリームと侮っていたわけではないが、たしかにいい加減な作業でしかなかった。
「冷やしてねえとダメなんだな。 よし、もっぺんやってみようぜ。 この通りによ。」
「そうですね。」
ゼフェルが氷を大きめのボウルに入れ、その中に生クリームを入れたボウルを重ねる。
本の写真通りの状況。
「つめてえ~~~。」
「あ、ここに置いてやったらどうですかね~。」
塗れ布巾を敷いて、ボウルを安定させると、
「空気を含ませるように・・・か。 結構疲れるぜ。」
「交代しながらやりましょう~。」
泡だて器をぐるぐると、さっきよりは力を入れて混ぜていく。
すると、なんとなくとろみがついてきて、クリームらしくなってきた。
「お、イイ感じじゃね? あ、ヤベえ。 砂糖、入れてねーじゃん。」
「ああああ~~!!」
慌てて砂糖を足してみたが、冷たい生クリームに砂糖は綺麗に溶け合わず、ざらざらした口当たりが残ってしまった。
「ダメだな…。」
「もう一度ですかねえ。」
失敗したものを別の容器に入れ、再度、新しいパックを開ける。
今度こそ砂糖を入れ、二人はまた交互に泡だて器を回した。
「ったくよ~、 腕が死ぬっつーの。」
「本当ですねえ。 …いつもお茶会のたびにロザリアはこんなに苦労して、ケーキを作ってくれていたんでしょうか。
なんだか、申し訳ない気がしますよ…。」
「だな。」
しんみりと、まだ泡立ち半ばのクリームを見つめる。
土の曜日のたびに用意されているお茶会のケーキ。
考えたこともなかったが、こんなに手間暇をかけてくれていたのだと思うと、これからは文句を言わずに食べるしかない。
それに、このスポンジにだって、きっと大変な苦労が詰まっているのだ。
気軽に買い直せばいい、と思っていたことが申し訳ない。
心を入れ替えたゼフェルとルヴァは、その後も交互に泡だて器を回し続け、
「でもよ、オレでもこんなに苦労するのに、あんな細い腕でそんなに作れるわけねーよな。」
ふいにある考えがひらめいた。
そして。
「ちょっと待ってろ! って、オレのぶんも混ぜとけ!」
「えええ!」
ゼフェルは捨て台詞を残し、ぴょんとマスクを外すと、調理場を出ていってしまった。
「なんなんですかねえ・・・・。
まあ、ゼフェルがここまで付き合ってくれたことの方が珍しいのかもしれませんが…。」
教育係として早数年。
初めに比べれば、かなり人間的に丸くもなって来たし、成長もしてきたゼフェル。
でも、まだ、規則破りは日常茶飯事だし、反抗的な態度もある。
今日のケーキ作りも、とても嫌がっていた。
一人寂しくルヴァは泡立てを続けていたが、本当に腕が痛くなってきてしまった。
このままでは明日の筋肉痛は確実で、本のページもめくれないかもしれない。
そんなことを思い始めていた矢先。
「待たせたな!」
ゼフェルが何かを手に戻ってきた。
「コレは…?」
ルヴァが尋ねると、ゼフェルは得意げに、
「自動泡だてマシンだ!
見てろ。 このアームがモーターで回って、どんどん泡立ててくれるんだぜ。」
「これは素晴らしい!」
早速マシンを借りたルヴァは、スイッチを入れて、アームを回してみた。
グルグルと力強く回るアーム。
ルヴァはそのまま、アームをボウルの中に、入れ…ようとして
「あああ!!!!」
大きな叫び声をあげた。
「うわあ!」
回転したアームから勢いよく飛び散る生クリーム。
驚いたルヴァがマシンから手を離し、ボールの中に落ちてしまうと、さらに飛び散りがひどくなる。
「スイッチ、スイッチだ!」
ゼフェルが慌てて、手を伸ばし、なんとかスイッチを切ると、ようやくアームが止まった。
「「・・・。」」
絶句した二人の前に、悲惨な生クリーム…。
「回したまま入れるとこうなるんだな…。」
「ええ。 勉強になりました…。」
今度こそ。
二人は新しいパックを開け、砂糖を入れると、マシンをボウルに入れ、スイッチを入れた。
すると、見る見るうちに生クリームが出来上がっていく。
「やった!」
「ええ、素晴らしい機械ですね~。」
「おお、あとでロザリアにやってもいいな。 『楽ですわ~』なんつって、絶対喜ぶぜ。」
一度要領を得れば、気持ちも楽だ。
もっとも、泡立てすぎて分離したり、うっかりボウルを冷やすための氷水を混ぜてしまったり、と失敗を繰り返し。
なんとかケーキの表面にクリームを塗り終えた時には、二人とも疲労困憊だった。
けれど、出来上がったケーキは苦労のかいあり、なかなかの立派なものだ。
背後に山と積まれた空のクリームのパックにさえ目をつぶれば。
「白、ですね…。」
ケーキを見つめていたルヴァがつぶやいた。
「あ? クリームは白いのが普通だろーが。」
「そうですが…。 いえ、昔、オリヴィエは白が嫌いだと言っていたんですよ。
なんだかそれを思いだしましてねえ。」
まだオリヴィエが聖地に来て間もないころ、なんの話をしていた時かも思い出せない。
ただ、
「私は白が大嫌いなんだ。 嫌なことしか思いださないからね。」
苦い顔でつぶやいたオリヴィエの視線の先には、白い雪景色の写真があった。
「まあ、あの派手派手ヤローは白よりもピンクかもな。
ピンクのケーキも悪くねえけど、オレは白の方が落ち着くぜ。」
「ええ、私もです。
それに今はオリヴィエも白が嫌いではないと思いますよ。
先日も白いシャツを着ていましたから。」
今日はオリヴィエの誕生日。
あれから何年経ったのか、数えたことはないけれど。
過ごした年月の間に、彼が変わっていったことはわかる。
友人と呼べる人間もできて、嫌いだった白を着て。
ゆっくりとでも、確実に時は流れ、少しづつ変わっていく。
「おい、ルヴァ。 ぼけーっとしてんと、終わんねーぞ。」
土台のケーキにクリームを絞って飾りつけをするゼフェルに、ルヴァは微笑んだ。
「あ~、あなたはやはり器用ですねえ。 まるでお店のようじゃないですか。」
「まーな。 こういうのは得意なんだ。」
ゼフェルはまるで職人のように、どんどんクリームを絞っている。
ケーキの上に咲く、いくつもの花。
「おい、ルヴァ、何やってんだよ! は? おめーにクリームは無理だろーが。
イチゴでも乗っけてろ!」
「はいはい、イチゴですね~。」
こうしてゼフェルと二人、ケーキを作れるようになったことも、一つの変化で、進歩、なのだ。
ルヴァは山盛りのフルーツの中からイチゴを一つ摘まむと、ケーキの真ん中に乗せた。
「なんで真ん中なんだよ!」
すぐに聞こえたゼフェルの怒鳴り声に、なぜか笑みが浮かんだのだった。
FIN