1.
カラフルなジェリービーンズやマカロン。 ふわふわのコットンキャンディ。
フリルにレースにリボン。 淡いパステルカラー。 もこもこのぬいぐるみ。
女の子なら誰だって、大好きなもの。
「ロザリア様。 落とされましたよ。」
女官に声をかけられ、ロザリアは振り向いた。
女官が手にしていたのは、掌にちょうど乗るくらいの花束を持ったクマのぬいぐるみ。
ロザリアがペンケースにつけて、持ち歩いていたものだ。
「あら、ありがとう。」
ロザリアは女官からぬいぐるみを受け取ると、にっこりと笑ってみせた。
「これ、陛下とお揃いなんですのよ。 可愛いでしょう?」
ちょこんと掌に座ったクマをロザリアは指でよしよしと撫でる。
すると女官は
「まあ、やっぱり陛下は可愛らしいものがお好きなんですね。
あんまりロザリア様らしくないものでしたから、声をおかけしようか、少し迷いました。」
急に納得したように顔をほころばせている。
「…似合わないかしら?」
ロザリアの声に滲むわずかな落胆。
女官はそれには気づかず、
「陛下とお揃いでしたら仕方ありませんものね。」
と、さらににっこりと笑って、きちんと礼を返すと、その場を立ち去っていった。
「やっぱり似合わないのかしらね。」
補佐官室に戻り、ペンケースにぬいぐるみを付け直したロザリアはため息をついた。
ふわふわもこもこのクマ。
たしかに可愛らしい雰囲気を持つアンジェリークになら、良く似合うだろう。
ロザリアは椅子に腰を掛けたまま、ぐるりと補佐官室を眺めてみた。
繊細な銀細工の時計、優美なラインの家具や薔薇の意匠に整えられた壁紙はどれも高級感があり美しい。
ロザリアに合わせて聖地が整えてくれたインテリアは、生家によく似た雰囲気でとても落ち着く空間であるのは確かだ。
でも、やっぱり違う、と言いたいのも本当の気持ちで。
ロザリアは鍵のかかった引き出しをそっと手で触れてみた。
その中にはたくさんの新品の文房具が入っている。
買ってはみたけれど一度も使ったことのないモノ。
きっとこの先もここのモノを使うことはないだろうに…なぜか数だけが増えてしまう。
「似合いませんわよね…。」
ふと肩を落とした時、ドアが鳴った。
「はあい、ロザリア。 もうお茶は終わりじゃないよね?」
顔をのぞかせたオリヴィエは、執務机に座ったままのロザリアに声をかけた。
時計の針は15時を少し過ぎたところ。
いつもならとっくに準備ができている時刻だから、オリヴィエのジョークも頷ける。
「ちょうど今からお茶にしようと思っていたところですの。 少しお待ちになっていただけるかしら?」
ロザリアは慌てて立ち上がると、奥のキッチンへと向かった。
優雅な猫脚の白磁のカップに紅茶を注ぎ、お菓子は苦みを効かせたチョコレートボンボン。
どこをどう見ても、完璧なアフタヌーンティだ。
「キレイなカップだね。」
オリヴィエはカップを持ち上げると、ロザリアに微笑んだ。
いかにも彼女らしい雰囲気の大輪のバラが描かれたカップ。
けれど、それはいかにも彼女らしすぎて…オリヴィエには少し物足りない。
「ね、今度の日の曜日なんだけど。
例のドレスの相談も兼ねていいかな?」
週末のデートももはや暗黙の了解だ。
もちろんこうして毎日顔を合わせてはいるけれど、それはあくまで執務の延長。
二人きりで過ごす時間はいつになっても貴重なものだ。
それに今回はちゃんと用件もあった。
近々開かれる、女王就任一周年の記念パーティ。
そのパーティでロザリアが着るドレスをオリヴィエが作ることになっていた。
もともとドレスづくりは趣味のようなものだし、ましてや恋人を美しく着飾るためであれば、オリヴィエにとっても楽しい。
すでにオリヴィエのデザインノートにはいくつものデザイン画が描かれているのだが…。
オリヴィエの思う『ロザリアのためのドレス』を、一度、彼女にも見てもらいたかった。
けれど、ロザリアはオリヴィエの言葉にすまなそうにわずかに目を伏せた。
「ごめんなさい。 今週は陛下がお泊りに来ることになってしまって…。
一緒には過ごせそうもありませんの。」
仲良しの二人がお泊り会を開くのは珍しいことではない。
執務もほぼ一緒で、同じ女王宮の向かい合わせの部屋に住んでいて、なにをいまさらお泊り会?!と、思わないわけでもなかったが、ロザリアと女王の友情に水を差すのは大人げないだろう。
「そっか。 残念。
いいな、陛下ばっかり。 次は私もあんたの部屋に招待してほしいよ。」
オリヴィエがパチン、とマスカラをたっぷりつけた睫毛でウインクすると、ロザリアはわずかに困ったように眉を寄せた。
オリヴィエの言う通り、ロザリアはまだ一度も彼を部屋に招いてくれたことがない。
オリヴィエの屋敷には気軽に来るのだから、二人きりになるのを警戒している、というわけでもないだろう。
きっとなにか理由があるとは思うのだが…。
恋人になってもう一年近く。
なのに彼女はまだこうやって、オリヴィエに隠し事をしようとしている。
「そうですわね、そのうちに…。」
言いながら、ロザリアはさっさとカップを片付け始めた。
取り付く島もない、とは、まさにこのことだ。
オリヴィエは肩をすくめて、補佐官室を出た。
「隠すことないのに。」
土の曜日の午後、ロザリアとアンジェリークはロザリアの部屋ですっかりくつろいでいた。
二人とも楽な部屋着ですっぴんのまま。
テーブルの上にはお菓子が山積みになっていて、いかにも女の子のパーティらしい。
そして、その部屋は、と言えば。
毛足の長いふわふわのじゅうたんは、ソファカバーやクッションとお揃いの可愛いらしい薔薇模様。
猫脚の愛くるしいベッドにかけられた、フリルのたくさんついたベッドカバーに、これまた大きなリボンのついたフリルいっぱいの天蓋。
全て統一された真っ白な家具は金の縁取りが付いていて、取っ手にはバラの細工が施されている。
いたるところにある、ふわふわのぬいぐるみや花柄の雑貨たち。
それこそペン一本に至るまで、全てがラブリーでキラキラだ。
アンジェリーク曰く、『お姫様の部屋』。
この部屋に足を踏み入れたことがあるのは、今のところアンジェリークただ一人だった。
「隠してるわけではありませんわ。 言う必要がないだけですもの。」
内心の動揺を悟られないように、ロザリアもクッションを抱きしめて、ぷいっと顔をそむける。
すると、
「ウソ! こないだオリヴィエ、わたしに愚痴って来たわよ~。
ロザリアが部屋に入れてくれない、って。
それってやっぱりよくないんじゃない?」
アンジェリークはぐるりと首を回して部屋を眺めた。
ふわりと垂れ下がった天幕のリボンが頬に触れて、くすぐったい。
「可愛いものが好き、ってことの、どこがオカシイの?
オリヴィエに言えないようなことじゃないと思うんだけど。」
「それは…以前も言ったでしょう?」
それはまだロザリアがスモルニイの中等部生だったころ。
家庭教師として来ていた大学生に、ロザリアはほのかな憧れを抱いていた。
ロザリアが少し苦手な数学をすらすらと解く姿はとても大人に見えたし、あの年頃の少女特有の少しの背伸びには恰好の相手だったのだろう。
今思えば、恋とは言えないほどの淡い感情。
けれど、週に一度の授業を密かに心待ちにして、特別なお茶を淹れたり、珍しいお菓子を用意したり。
ロザリアにとって、その時間は少しだけ特別だった。
それが。
「ずいぶん子供っぽいね。 君らしくない気がするな。」
ある日、部屋に並べられたぬいぐるみを摘まんで、彼はそう言った。
ロザリアの一番好きなモヘアのテディベア。
「こういうものはもう卒業してもいい年齢だと思うけれど。」
その隣のピンクのチーキーベア。
どれも幼いころからロザリアのそばにいた大切な子たち。
それがまるで無用のもののように、嘲りの目で見られていた。
彼に悪意がないことはロザリアにもわかっていた。
彼の言葉は、ごく当たり前の会話の中の話題の一つにすぎない。
でもだからこそ、言い返せなかったのだ。
『いい年をしてぬいぐるみを大切にしているのは恥ずかしい』
『可愛いものは似合わない』
それが普通の感覚なのだと思い知ってしまったから。
「まあね、わたしも最初は驚いたわよ?
でも、それは普段のロザリアと全然違ったからで、可愛いもの好きなのがヘンだから、じゃなかったのよ?」
女王候補寮のロザリアの部屋は、ブルーで統一された優雅なお嬢様の部屋だった。
いかにもロザリアにふさわしい高級な調度品の数々に、アンジェリークは自分との格の違いを考えたものだったが…。
よく考えてみれば、あの部屋は女王府で用意されたのだ。
アンジェリーク自身もほぼ身一つでやって来たのだから、きっとロザリアも同じだったはず。
だから、試験が終わると同時に聖地に来て、ロザリアが生家から自分の部屋をそっくり移してきたとき、本当に驚いた。
イメージとはまるで違う、乙女チックでロマンティックで、何とも言えない可愛らしい私物たち。
けれど、アンジェリークはすぐに納得したのだ。
女王試験の間で、アンジェリークは知っていた。
高飛車で口が悪くて、超上から目線のロザリアが、実はとても乙女で純粋で可愛らしい女の子であることを。
「その初恋の男がわかってなかっただけなのよ。
ロザリアのことわかってる人なら、別にこの部屋のことだって…。」
「もう言わないでちょうだい。 …まだ自信がないんですの。」
ロザリアが思いを打ち明けた時、オリヴィエは優しく受け入れてくれた。
自分も同じ気持ちだった、ロザリアから言わせてごめん、と、言ってくれた。
彼の愛情を疑ったことはないけれど、無条件で愛されていられるとは思えない。
彼の前ではできるだけ、『彼の好きなロザリア』でいたかった。
キレイでオシャレでセンスのいいオリヴィエに似合う、素敵な女性でいたい。
子供っぽいなんて思われたくない。
「無理にとは言わないけど…もうちょっと信用してあげたらいいのに。
隠し事されてるって、結構辛いんだからね。」
真剣な顔のアンジェリークに、ロザリアはわずかに睫毛を伏せた。