introduction
柔らかな風が吹いて、穏やかなこぼれ陽が木々の隙間からのぞいている。
テラスでお茶を飲んでいたロザリアは、雑誌をめくる手を止めて、あるページを凝視した。
一年中薔薇の香りが絶えないこの場所はロザリアのお気に入りで、お茶の時間はたいていここですごしている。
「どうしたの?」
オリヴィエが声をかけると、ロザリアは少しあわてたように雑誌を背中に隠して、にっこりとほほ笑んだ。
「なんでもありませんわ。もう片方の足もお願いね。」
一体どこで聞きつけてきたのやら、オリヴィエを呼びつけたロザリアは開口一番、
「リフレクソロジーを始めたんですって?わたくし、とても疲れているのよ。ぜひお願いできないかしら?」
と言って、シフォンのドレスの裾からほっそりとした足を差し出した。
断れるはずもない。
何と言っても彼女は全宇宙を統べるたった一人の女王様なのだから。
テラスのベンチで片足を差し出したロザリアの足元にひざまづくようにして、オリヴィエはため息をついた。
白い脚はまさに理想のスタイルでこんな形でなければ、そのつま先にひれ伏してキスしたいくらいなんだ。
目の前の女王様は雑誌なんかを見て、恥じらう様子もない。
オリヴィエは思いっきり疲れに効くつぼを押してやった。
「きゃっ。」と可愛らしい悲鳴が上がって、ロザリアが睨みつけてくる。
「今のところが痛いなんて、相当疲れてるみたいだね~。ストレスたまってる?」
素知らぬ顔でマッサージを続けるオリヴィエの頭をじろりと睨みつけた。
あなたがいるからストレスがたまるのよ!と、いいかけてやめる。
実際は次々に押されるつぼのあまりの痛さに声も出せないせいだったけれど。
うっと顔をしかめながら、ひざまづいたオリヴィエを見た。
上から見たオリヴィエの髪はきらきらと光を浴びて、金の睫毛に縁取られたブルーグレーの瞳をかくして輝いている。
目が合わないなら、じっと見ていても気づかれないはず。
その整った顔を見つめていたらロザリアは突然胸がドキドキしてくる気がして、少し足を動かした。
とたんにオリヴィエの瞳がロザリアを捕らえる。
「動かないで。もう少しだから。」
急に真っ赤になって目をそらしたロザリアをオリヴィエは楽しそうに見つめた。
大胆かと思うとこんなふうに恥ずかしがるんだから、彼女には惑わされる。
「はい、終わり!」
と言うオリヴィエの声とともにロザリアはさっと足を隠すと、立ち上がってすたすたと行ってしまった。
耳まで真っ赤になったその顔を見て、オリヴィエは楽しくてつい笑ってしまった。
ロザリアの姿が見えなくなるとオリヴィエはさっき彼女が隠した雑誌を取り上げた。
あの顔…。とってもとっても怪しかった。
ああいう顔をするときはたいていよいくないことを考えている。
雑誌をぱらぱらとめくったオリヴィエの手があるページで止まった。
これか、と思ったページに書かれた日付を確かめると、元のように雑誌を戻しておく。
聖地との時間のずれを考えれば、目当ての時間はきっと今夜。
オリヴィエは夜のために休んでおこう、と執務室で休憩することに決めた。
かさかさと茂みが動いて人影が飛び出した。
真っ暗な闇の中で月明かりにぼんやり浮かび上がる影はどうみてもロザリアだ。
「どこ行くつもり?」
オリヴィエの声に飛び上がったロザリアは棒立ちになって固まったあと、じろりとオリヴィエを睨みつけた。
きちんと礼服を着たオリヴィエが立っていて、ロザリアは思わずまじまじと見つめてしまった。
ロザリアの薄いコートの下はこの間新調したと言ってわざわざ執務室に見せに来たブルーのドレスで、今まで彼女なら絶対選ばなかったふんわりしたシルエットのものだった。
しばらく見つめあった後、オリヴィエは笑いをこらえながら言った。
「そのほっかむり、とったら? どうせバレバレだよ?」
むっとしてほっかむりを取った下からは女王候補だった時と同じように綺麗に巻かれた縦ロールが現れる。
少しほどけたカールをもう一度くるりと指で直してあげると、オリヴィエは黙ってロザリアを見た。
こんなにおしゃれをして出かける相手が少し悔しい。
首筋に触れそうに伸ばされた手にドキッとしながら、ロザリアは顎を上げてふん、と鼻を鳴らした。
「なぜ、あなたがこんなところにいるんですの?わたくしは私用で出かけるんですのよ。邪魔なさらないでいただきたいわ!」
その声にオリヴィエはロザリアの口にしっと人差し指を立てた。
静かな聖地でロザリアの声はとても響いてしまう。ロザリアもあわてて口を押さえた。
「そんなこと言うと、もっと大きな声出すよ。誰かが来たら、困るのはあんたじゃないの? 私も連れてってくれたら、黙っててあげる。」
ぐっと言葉を飲み込んだロザリアは考えるようなしぐさをすると、両手を腰にあてた。
「仕方がありませんわ。付いてきてもよろしくてよ。ただし、絶対に誰にもおっしゃらないでね。」
くすりと笑ってロザリアの頭をなでたオリヴィエはさっさと歩きだした彼女の跡をついて行った。