お手をどうぞ

1.

その時、彼女はとても奇妙な顔をしていた。
「悪いけど、応えてあげられないよ。その理由は、あんたが一番よくわかってるでしょ。」
失恋の悲しみと、プライドを傷つけられた怒りと、そして、後悔。
でもそのあとすぐに見せた、醒めたようなしらけた表情。
その顔がいつも仮面をつけていたような彼女の本当に素の表情のような気がして、私は胸が騒いだ。
そして、それから彼女を見るたびに、胸がざわざわしてしまうのだ。
なぜかはわからないけど。


「256代目にして新しき世界の女王陛下ロザリア、陛下に永遠の栄光を!」
ジュリアスの声とともに即位の儀が終わって、ロザリアは女王になり、
補佐官のアンジェリークとともに新しい世界を作り始めた。
「完璧な女王候補」はいささか「型破りな女王」となって、宇宙に君臨し始めた。

「ねえ、この衣装重いから、変えてしまいましょう。」
女王になってすぐ、ロザリアは今までのベールの付いた重い衣装をやめた。
動きにくいし、なにより可愛らしすぎて、気味が悪い。
「センスがないわね。わたくしにはもっと優雅なドレスが似合うわ。」
「アンジェリークのもいまいちね。もっと、いいものになさいな。」 
ロザリアは主星の高名なデザイナーに新しい衣装を作らせた。
軽くて、動きやすくて、なによりロザリアの魅力が最大限に引き出されるもの。
新しい衣装はロザリアのスタイルの良さを前面に出した、優美なラインのほっそりしたドレスだった。

「謁見なんていうのもやめましょう。」 
補佐官越しにしか会うことのなかった守護聖の謁見が自由になった。
直接聞いたほうが早い、という理由は確かにその通りだった。
そして、ロザリアは宮殿中を自由に出入りした。
移動した宇宙は安定していたし、べつにどこにいてもやることはやる、と至極当たり前の意見に誰も反対できなかった。
なにより、ロザリアは誰の意見も聴きはしなかった。


「ねえ、アンジェ。」 
アンジェリークはドキッとした。たいていこの言葉は次に来るびっくりするような発言の前振りだ。
ロザリアの言うことはあたり前のことばかりで、アンジェリークに不思議はなかったけれど、頭の固い人たちにとってはとんでもないことの連続らしい。
いずれにしろ、批判も議論もロザリアが一人で対応してきたので、アンジェリークはただロザリアの味方でいればよかったのだけど。

「わたくし、結婚したいわ。今すぐに。」 
今度ばかりは驚いた。

「結婚って・・・。相手は誰なの?守護聖?」 
アンジェリークは激しく狼狽した。ロザリアにそんな深い仲の人がいたなんて知らなかった。
「あら、まだ決まっていないわ。ただ、結婚したいの。女王なら、いいお相手がたくさん現れると思うの。退位した後も心配のないようにしておきたいのよ。」
ロザリアはにっこりとほほ笑んだ。
「アンジェも一緒にしましょうね?結婚式。」
そのあと、ロザリアはアンジェリークの恋人である、ランディを呼び出した。

「わたくしと一緒に合同結婚式をしましょう。」 
女王陛下にそう言われて、「いやです。」と言える人がいたらお目にかかりたい。
ランディはそう思った。 
「はい。」と返事をすると、ロザリアはとてもうれしそうにアンジェリークに笑いかけた。
「では、早速準備を始めなくてはね。 わたくしは自分の相手を探さなくてはならないから、式の準備はお二人にお願いするわ。
何かあったら、わたくしに相談なさいな。」
ロザリアは鼻歌交じりに部屋を出て行った。
あとにアンジェリークとランディが残される。

「俺たち、結婚していいのかな?」
ランディが言った。補佐官と守護聖の結婚はおそらく前代未聞だろう。
それでもロザリアならなんとかしてしまいそうな気がする。
アンジェリークは真っ赤になってランディのマントをつかんだ。

「アンジェ、俺と結婚してください!」 
ランディがはっきりと言った。
「はい・・・。」
アンジェも言った。
そして、二人はにっこりとほほ笑みあった。
「なんだか、恥ずかしいね。」「でも、せっかくだもの。最高の式にしましょう!」 
二人は決意した。


ロザリアはとりあえず聖地中の適齢期男性をリストアップした。
17~35歳まで。もちろん独身。
思ったよりも人数がいた。
研究院や、聖殿の職員、聖地で働く人は思ったよりも多い。
みんな故郷を離れて仕事に来ているし、聖地に上がるときに身上調査は済んでいる。
ロザリアはAから順にすべての人に手紙を出した。
日時と場所と服装についての注意が書かれたその手紙は、パーティのお知らせだった。

「おい、ロザリアの奴、またなんか始めやがったぜ。」 
ルヴァの部屋で開かれたお茶会で真っ先に声を上げたのはゼフェルだった。
片手にひらひらさせた青い薔薇の封筒が目に入る。
「え~え~、私のところにも来ましたよ。 何でもパーティーのお知らせだとか。」
ルヴァもいそいそと引き出しから手紙を取り出した。
「え!僕のところには来てないよ~。」 
マルセルがゼフェルの手紙をひったくる。
便せんを取り出すと読み上げた。

「なになに。 女王と楽しむ集い。 女王陛下と個人的に親しくなりたい方はぜひおいでください・・・?なに、これ!」
マルセルの朗読にみんなは目を向いた。
「そ、そんな内容なのかよ!」 
ゼフェルがあわててマルセルから手紙を取り返す。
目を皿のようにして、じっくり読んだゼフェルは 「この、個人的に、っつーのは何なんだよ!」
赤くなって手紙を丸めた。
「おや、手紙を持参していないと入れないようですよ。いいんですか~。」 
ルヴァが大事そうに手紙を扱うのを見て、ゼフェルは丸めた手紙を拾い上げて、丁寧に伸ばした。
「え~と、なお、適齢期の男性すべてに参加証として手紙をお送りしています。いや~、私も適齢期なんですかね~。」
「僕は違うってこと?」 
マルセルが膨れる。 確かに適齢期ではないだろう。下手をすれば犯罪だ。

「オレは、ぎりぎりセーフか。やばかったぜ。」 
ゼフェルのつぶやきをルヴァは聞き逃さない。
「え~、ゼフェルは参加するんですか?」 
探るような目が怖い。
「あ、いや、どんなんか興味あるしよ。・・・・一応行くかもな。」 
真っ赤になったゼフェルは明らかに行くつもりに見えた。
「そういうおめーはどうなんだよ!」 
「いや~、どうしましょうかねえ。新しいターバンでも新調しましょうか~?」
(行く気満々じゃねーか。) 
ゼフェルとルヴァの間に小さな火花が起こった。

「ふ~ん、ぼく、つまんないな。ランディは行かないよね。」
「あ、俺はアンジェと裏方することになってるからさ、その、手伝いっていうか、あはは・・。」
ゼフェルが詰め寄った。
「おい、ランディ野郎、てめーなんか知ってやがるな!白状しろ!」 
「あ、いや、俺は・・・。」
しらばっくれるランディに馬乗りになってゼフェルがついに白状させた。
ちなみにランディの味方はだれ一人いなかった。

「はあ?!結婚だぁ?」 
ゼフェルが叫んだ。
「何考えてんだ、アイツは!」 
合同結婚式に話が及ぶと、一斉にランディが睨まれる。
「あ、俺はさ、どっちでもよかったんだけどさ、アンジェがさ、」 
「俺は行くぜ!」 
突然ゼフェルが宣言した。 
「分けわかんねー奴に渡すくらいなら、オレが 結婚したい・・・
ルヴァも負けじと言い返す。 
「私だって行きますとも! ロザリアはね、私が幸せにしてみせます~。」
「なんだと!」 
笑えるような展開にただ一人黙っている人物がいた。

「どうしたんですか?オリヴィエ様? オリヴィエ様は行くんですか?」 
マルセルの問いにも答えない。
行くも行かないもないのだ。
オリヴィエの元には手紙が届いていなかったのだから。

ゼフェルとルヴァがわぁわぁと言い合いをしているのを、オリヴィエは黙って聞いていた。
(適齢期の男性すべて? 私は女性だっていうのかい?)
変なところで怒りを感じる。
あの手紙はロザリアの手書きだった。
ということは、(やっぱり私は外されたってことだよね。)
オリヴィエはため息をついた。

あのときのことをロザリアはまだ覚えているんだ。あたりまえだけど。
まだ、1年くらいしか経っていない。聖地の時が悠久の流れでも、そこに住んでいる人の流れは変わらない。
忘れたいのに、ロザリアは女王だった。


会議で会うロザリアは自信に満ちて堂々と自分の意見を言っていた。悪く言えば独裁者。
けれど、誰よりも熱心で、勉強家で、間違ったことは許さない、よく言えば名君だった。
ロザリアは実に女王然としていて、生まれながらの女王候補は、やっぱり生まれながらにして女王だったのだ、と周囲のだれもが納得した。
いささか皮肉屋で、その口調はときに辛辣ではあったけれど、結果としてその正しさに皆納得させられていた。
そう、ロザリアは公正と慈愛を兼ね備えた、素晴らしい女王だった。
そんなロザリアをゼフェルもルヴァも候補のころから変わらずに一人の少女として想っていた。
きっと、オスカーやリュミエールやひょっとしたらジュリアスやクラヴィスだって出席するだろう。
口には出さないが、みんなロザリアをいろんな意味で「好き」だから。

手紙に書かれていた「参加証」は、私に対する嫌がらせかもしれない、とオリヴィエは思った。
候補のころのロザリアは「完璧な女王候補」と自称しながら繊細なところを併せ持っていた。
そこがオリヴィエも気になって、ついあれこれ世話を焼いてしまったわけだが。
でも、あれからロザリアは変わってしまった。私のせいで。


何やら聖地は浮足立っていた。
急に仕立て屋と美容室が大混雑になり、聖地の景気回復に大いに役立った。
彼女のいない男は、みんなダンスを練習し、公園ではラジオ体操の代わりにワルツが流れた。
何と言っても、ロザリアはとても美しい。
中身を知らない聖地の一般男性にとって、これは夢のようなチャンスといえた。

「おい、オリヴィエ、おめーに頼みがあるんだけどよ。」 
ゼフェルがこっそり執務室を訪ねてきた。
オリヴィエはげっそりする。いったいこれで、何人目? 
最後まで迷ったゼフェルは一番遅いくらいだ。
「どうしてほしいのさ。」 
自然にぶっきらぼうな態度になってしまう。
普段のゼフェルなら怒って飛び出していくくせに、今日は多少に嫌みは耳にも入らないようだ。

「なんつーかさ、ドレスに似合うような、その、タキシード?みたいなヤツが欲しいんだけどよ。」
「あんたたちって、やっぱり師弟関係なんだね。」 
「はあ!?」
「ルヴァもさ、おんなじこと言いに来たよ。まあ、礼服って言ったら、それしかないけどネ。」
オリヴィエはうんざりしながらもゼフェルのためにタキシードを見たててやった。
素直に喜ぶゼフェルがうらやましい。

「おめーはマジで行かねーのかよ。」
ゼフェルがたずねる。ライバルは少ないほうがありがたい。
オリヴィエはライバルではない、とゼフェルは勝手に思っていたが、いなければいい、というのは見え見えだった。
「行かないよ。」
(行けないよ、だけど。) 
呼ばれてないのに行けるわけがない。
オリヴィエはにっこり笑う。笑顔が一番怖いのはオリヴィエだと思う。
絶対来るなよな、とゼフェルは思った。


綺麗な星空に誘われて、ロザリアはバルコニーに出た。
片手にはワイングラス。
就寝前の一杯はいつの間にか習慣になっていた。
公園で見た星空もこんなふうに綺麗だった。新月の星だけの空。
あんな風に誘ってくれた人はそれまでいなかった。
女王候補として厳しくしつけられ、それを当然だと思っていたロザリアに美しさを教えてくれた人。

(女王候補として、気を使ってくれただけだったのに、それを好意と取り違えたわたくし。)
でも、とロザリアは思う。 
うぶな小娘を舞い上がらせて、恋の喜びを教えた後、地獄に突き落とした。
(男なんて、本当に信じられませんわ。) 
ロザリアは持っていたグラスを一気にあけた。
乱暴にテーブルに乗せると、グラスはガツンと鈍い音を立てた。
かすかな騒音が耳に入ってくる。

「ゼフェル? また夜遊びに行くつもりですの?」 
エアバイクで近付いてきたのはゼフェルだった。
まさか、ロザリアの部屋を見に来ました、とは言えない。
「おめーはこんなとこで何してんだよ。」
バルコニーでエアバイクを止めて、ゼフェルはゴーグルを上げた。

「星空を眺めていましたの。わたくしの宇宙のために思索にふけっておりましたのよ。」
いたずらな微笑みにゼフェルの心臓はバクバクと音を立てた。
いつものドレスよりもラフなワンピースはロザリアをずっと可愛く見せている。
下ろした髪も夜にまぎれてその白い顔を際立たせていた。
「ねえ、わたくしを乗せてくださいませ。」
「はあ?! もう寝ろよ。 オレは忙しーんだ!」 
ゼフェルの叫びもむなしく、もうロザリアはタンデムのシートに横座りになっていた。

「さあ、出発ですわよ。」
しょーがねーなーと言いながら、ゼフェルはエアバイクのエンジンをかけた。
ふわっと銀色の機体が浮かび上がり、夜空に消える。

「とても気持ちがいいですわ。 聖地はとても美しいところですわね。」
ロザリアが声を張り上げて叫ぶ。
エンジンの音で、そうしなければお互いの耳に入らない。
腰に巻かれた腕のせいでゼフェルの心臓は益々ヒートアップする。
エンジンよりも激しく動く鼓動。
ゼフェルはぐるりと聖地を回ると、ロザリアを丘へ下した。

「まあ、こんな人気のないところに連れて来て、わたくしをどうなさるおつもり?」 
ロザリアはあくまでにっこりと言った。
「ば、バカ言うんじゃねーよ!!息抜きしたいんだろ?」 
ゼフェルが座り込んだのを見て、その隣に並んで座る。
「おめーさ、どういうつもりなんだよ。」 
パーティのことを言っている、ロザリアはすぐに分かった。
「どうもこうもありませんわ。 わたくしも結婚したくなったんですの。アンジェとランディを見ていたら、そんな気持ちになるのではなくて?」
確かに、あの能天気カップルはあたりかまわずイチャついている。
でもそれはとてもさわやかで、ゼフェルでも不快ではなかった。
恋することは幸せだ、と認識できるような、そんな二人の様子は確かに影響を受けるだろう。

「でもよ・・・。」
「ゼフェルはわたくしが女王以外になりたかったものをご存じ?」
 ロザリアの髪がふわりと夜風になびいた。流れてくる香りは薔薇の香り。ゼフェルはロザリアを見た。
「女王の交代があるかなんてわかりませんでしょう?わたくしはずっと、「お嫁さん」 になりたかったんですわ。」

そう、愛する人のためだけに、その人生を捧げたい。 
幼いころに思っていた夢。
「でも、女王候補に選ばれて、わたくしの夢は女王になりましたわ。そして、その夢だった女王にもなれた・・・。」
星空が落ちてくる。
ゼフェルの目にはロザリアの瞳の星が宇宙のすべてに見えた。

「次は、結婚したくなったんですわ。」 
ロザリアは笑って、ゼフェルに片手を差し出した。その手をゼフェルは立ち上がって受ける。
「ゼフェルも素敵なナイトになれそうですわね。」 
ロザリアに言われてゼフェルは真っ赤になった。
夜でよかった、とゼフェルは心底思った。


朝からの会議は夜ふかしのせいでとても眠たかった。
ロザリアはそのどうでもいい内容にうんざりして、
「あとはよろしいようになさって。」 と言って出て来た。
頭の固い官僚どもは前例だなんだと言って、どうせ決まらない。
どうでもいいことにはまったく口を出さないことにロザリアは決めていたのだ。

「ロザリア、ちょっといい?」 
アンジェリークが廊下の向こうで手招きしている。
ロザリアはヒールの音を響かせてアンジェリークのほうに向かった。
新しいドレスには、少しヒールの高いこの靴がよく似合った。おかげで少し背が高く見えてしまうのだけど、とロザリアは思う。
どうせ、可愛いタイプではないから、構わない。居丈高な女王様はこれくらいがちょうどいい。
気にいらないヤツはこのヒールで踏んづけてやる。それくらいでないと女王なんてとても務まらない。

「どうしたの?アンジェ。」 
アンジェリークは天使の微笑みでロザリアを部屋に迎えた。
「あのね、ドレスなんだけど、一度見てほしいなあって。そろそろデザインを決めないと、間に合わないの。」 
ロザリアは頷いた。
可愛いアンジェリークのドレスは、自分が選んであげたかった。
何回か試着を繰り返して、アンジェリークは満足したようだ。
「これをもとにデザインしてみるわね。」と、選んだドレスをハンガーに通す。
いくつものウェディングドレスが並んだその部屋は、ロザリアでさえ目を奪われた。

「次はロザリアの番ね。」
  「わたくしはまだ…。」 
渋るロザリアをアンジェリークがさあさあとばかりに試着室に押しやった。
「いくつかわたしが選んでみたんだけど、どうかなぁ?」 
アンジェリークはロザリアにドレスを手渡した。
ため息をつきながらもロザリアはドレスにそでを通す。
スマートなAラインのドレスは抑えた装飾が返ってロザリアの威厳と美しさを引き立てていた。
「わ~、きれい。」
アンジェリークの感嘆の声にロザリアも素直に嬉しかった。


聖殿の隅を通りかかったオリヴィエはアンジェリークの声に気がついた。
普段は使われていないこのあたりは格好の休憩所なのだが・・・。
オリヴィエは声のする部屋を覗き込んだ。
とたんにアンジェリークと目が合う。

「あら、オリヴィエじゃない! ちょうどよかったわ。ねぇ、見て、ロザリアったらすごくきれいなのよ。」
鏡を見ていたロザリアが振り向いた。 
ドレスのすそがふわりと舞いあがり、オリヴィエは目を奪われる。
純白のウエディングドレスに身を包んだロザリアは、女神のように美しかった。
ほっそりした体を包んだシルクのドレスは、どんなドレスよりも煌めいて眩しい。背中から金色の輝く翼が見えるようだ。
女王の執務服も確かによく似合っているけれど、それはまるで、映画のような、光景。
オリヴィエは言葉が出なかった。
そんなオリヴィエを見たのか見ないのか、ロザリアは長手袋をした腕を組んでツンと顎を上げた。

「わたくしって、本当にこういうドレスが似合わないわね。もう少し可愛らしければ、このふんわりしたスカートでもいいんでしょうけど。」
忌々しげにスカートをつまみあげる。
「え~、すごく似合ってるじゃな~い。オリヴィエもそう思うでしょ?」 
突然話を振られてオリヴィエははっとした。
「そうだよ。本当によく似合っているよ。」 
動揺を気取られないように精一杯の普通の声で言う。
ロザリアはふんと鼻を鳴らして、ますます顎をそらした。

「御冗談ばっかり。・・・いいわ。わたくしのドレスは相手が決まってから選ぶわ。」
「え~。間に合わないかもよ~。」
アンジェリークが言う。
「女王命令で作らせるわよ。死んだ気でやればなんとかなるものですわ。」 
ホホホ、と高笑いをしてロザリアは着替るために試着室に行ってしまった。
「も~。」 
アンジェリークは頬を膨らませてドレスを片づけている。

オリヴィエは固まったまま動けなかった。
「ねえ、ロザリアにドレスのアドバイスをしてあげて。ロザリアったら、ちょっとでもかわいいデザインだとすごーく嫌がるのよ。
あんなにかわいいのに、どうしてなのかな?」 
アンジェリークの声が遠くに聞こえた。 
きっとそれも、私のせいだから。

着替えて戻ってきたロザリアはいつもの女王姿だった。
「ドレス以外は進んでいて?」 
ロザリアの声にアンジェリークは小さくOKサインを出した。
「まずは来週のパーティですもの。大変でしょうけど、手つだってね。」
にっこりほほ笑むロザリアにアンジェリークも笑顔で答えた。
オリヴィエは固まったまま、ロザリアが一度も自分を見ないことに気づいていた。


ロザリアは部屋を出ると、大きくため息をついた。あんな姿をよりによってオリヴィエに見られてしまった。
顔から火が出そうなほどに、恥ずかしい。
アンジェリークならともかく、自分にはウエディングドレスは似合わない。
あんなにかわいいスカートのふんわりしたドレスなんて、まったく似合わない。

女王候補のころ、カワイイ女の子が好き、というオリヴィエのためにロザリアは一生懸命努力した。
カワイイなんておよそ似合わない、と自分でもわかっていたが、少しでも、好きになってほしかったから。
デートの時の私服も大人っぽい服よりもカワイイものを選んだし、話し方だって、歩き方だって、少しでもかわいく見られるように頑張った。
結局は無駄な努力だったわけだけど。それからロザリアはカワイイものが大嫌いになった。
もし、オリヴィエが守護聖でなかったら、フラれてサヨナラでいつかは思い出になっただろう。
でも、オリヴィエは守護聖だった。こうして離れることもできない。



パーティの日は近付いている。
「オリヴィエ、見てください~。新しいターバンがね、届いたんですよ。」 
どこが違うの?と言いたくなったが、ルヴァはにこにことしている。
「ば~か、そんなん気付かねえっつーの。」 
相変わらずの二人のようだ。
「オリヴィエは、本当に行かないのですか?」 
珍しくリュミエールがいた。どうやら敵情視察のようだ。
リュミエールがこっそり新しい衣装を作っているのを知っていた。
みんなパーティで一歩リードを狙っているらしい。

「行かないってば。」 
何回聞いたら気が済むのか。さすがのオリヴィエもうんざりする。
「では、オリヴィエだけが不参加なのですね。さみしい限りです。」 
何と全員参加するのか。オリヴィエは驚いた。
「ちょっと、このパーティがなんのパーティか知ってんの?」

「「「ロザリアの、恋人選び。」」」
声が重なった。 知っていて参加するとは、守護聖は一体どうなっているのか?
「マルセルとランディも行かないでしょ?」
「いいえ、お二人は裏方を手伝うと言っていました。当日いらっしゃらないのは、あなただけですよ、オリヴィエ。」 
リュミエールの優しいセリフがオリヴィエを打ちのめす。

ルヴァがみんなにお茶を入れてくれた。
緑茶というらしいこの飲み物は不思議に心を落ち着かせる香りがした。
オリヴィエはほっと息をついた。この頃は落ち着かないことが多すぎる。
「当日はいろんなイベントがあるそうですよ~。」 
ルヴァが出来上がったばかりのプログラムを見せた。
みんなは一斉に覗き込む。

「最初にフリータイムがあって、そのあとがコンサート、で、ゲーム・・・。なんだよ、このゲームってのはよ。」
「こちらにありますよ。クイズ、じゃんけん大会、など。賞品として女王と楽しく過ごせるスペシャルタイムのチケット? いったいなんでしょうね?」
「大抽選会の一等は女王と過ごす一泊二日!? ありえねーだろ!」
読み上げられたプログラムはどれも信じられない内容だった。 
オリヴィエは激しく頭痛がしてくるのを抑えられない。

「まあよ。よーするに勝てばいいんだろ?」 
ゼフェルがにやりと笑った。いいアイデアでもあるのだろうか? 自信ありげな態度に見える。
「クイズは得意なんですよ~。」 
ルヴァも胸を張る。宇宙一の賢者が何を悲しくて、クイズ大会? という疑問は誰も感じていないようだ。
「では、わたくしはこの、演奏会で優勝を狙うことにいたします。」 
各々が得意分野での勝利を誓っている。
オリヴィエは頭だけでなく、心臓がおかしくなりそうな鼓動がして気分がめいってくるのだった。


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