お手をどうぞ

2.

パーティ当日、夜からだというのに、すでに聖殿はあわただしい。
アンジェリークがちょろちょろと準備に走り回り、そのパタパタという靴音がドアの前を何度も行き来している。
アンジェリークだけでなくランディもマルセルも大声で話しながら忙しそうに階段を登ったり降りたりを繰り返している。
仮にも女王主催のパーティなのだから、手を抜くことは許されない。
ことに女王は完璧主義なのだ。
一方、オリヴィエは執務室でぼーっと過ごしていた。
今日は誰もろくに仕事をしていない。
あのジュリアスでさえ、朝からそわそわしている。クラヴィスなどは最初から出てきてもいない。

「あ~あ、私もさぼっちゃえばよかったかな~。」 
誰もいない部屋で机に突っ伏した。
でも、どうせ私邸にいたって落ち着かないのだ。ここにいれば、様子くらいは分かるだろう。
突っ伏したまま、時計の針が刻む音だけを聞いていた。

「おい、オリヴィエ、コレどーやって着るんだよ。」 
ゼフェルがこの前見たててやったタキシードを持ってきた。
一人では着れないらしい。申し訳なさそうなルヴァも一緒についてきた。
「どうも、こういったことは不得手でしてね~。私のもお願いしますよ~。」
「ん~。もう。そこに並んで。やったげるから。」 
オリヴィエはちょいちょいと二人を仕上げた。
決して普段からおしゃれとは言えない二人でも、それなりに見えるから不思議だ。
ゼフェルはいつもよりもツンツンにした銀色の髪に手を当てた。

「よし! オレは行くぜ。」 
ゼフェルは何やらメカを持って出かけて行った。
ひょっとしてあれで不正行為を働くつもりなのかもしれない。

ルヴァはゆっくりと鏡を見ている。
「私でもなんだかカッコよく見えますね~。 どうですか?」 
ポーズを決めるルヴァは確かに珍しいことは珍しい。
オリヴィエはぱちぱちと拍手をしてあげた。
「本当にいいんですか?」 
どうでもよさげに拍手をするオリヴィエにルヴァは鏡越しに目を向けた。
鏡の向こうのルヴァはしっかりとオリヴィエを見つめている。
いつも眠たそうにも見えるルヴァの瞳が鋭い光を放っているようだ。

「いえね、私はもちろんあなたがいないほうがいいんですよ。チャンスが広がりますからね。でも、どうしても気になりましてね。
本当に、いいんですね?」 
オリヴィエは思わず目をそらした。
部屋のシャンデリアの明かりが、並べられた大きな鏡にゆるく跳ね返る。
その鈍い光のせいかルヴァがまぶしく感じる。
「私には行く資格がないんだよ。参加証がないからね。」 
「はあ、手紙が来ていませんか。」 
一言で話が通じるルヴァがありがたい。

「ロザリアが変わったのは、あなたが原因ですか?」 
今まで誰にも気づかれていないと思っていた。オリヴィエは大きく息を吐いた。
「たぶんね。あんな風に変わるとは思ってなかったけど。」
どこまでわかってるんだろう。オリヴィエはあえて言葉を濁した。
「そうですか・・・。ロザリアはじつに素晴らしい女王ですね。
 本当に楽しく、のびのびしていると思いませんか?女王候補のころよりずっと素直な気がしますよ。」
ルヴァがオリヴィエに向き直る。
ずるずるした執務服でないルヴァはいつもより数段カッコよく見える。
はっきりと話すルヴァはまるで別人のようで、こんなときでないとお目にかかれないかもしれない。
私ってばルヴァにビビってるみたいじゃないか?

「あなたがいいなら、私は本気で行きますよ。ゼフェルだって本気です。いつまでも有利だなんて思わないでくださいね。」
にっこりと言われたオリヴィエは何も言い返すことができなかった。
私はロザリアなんて何とも思っていない。
昔、フったくらいなんだから。そう言おうとして、やめた。


みんな出払ってしまったのか、急にあたりが静かになる。
執務室の並んだこちらの棟には人っ子ひとりいなくなっていた。
すべての明かりが落とされて、廊下に点々と暗いライトが灯っている。
なんだか気味が悪い、と思ったオリヴィエが帰り支度を始めたころ、ドアをノックする音が聞こえた。
いやな予感がしつつもドアを開けると、そこにアンジェリークが立っていた。

「あ、オリヴィエ。よかったわ。あなたへの手紙を渡しそびれていたみたいなの。ロザリアの机の引き出しに入っていたから、持ってきたのよ。
 最近元気がないと思ったら、自分だけ招待されていないと思っていたのね。はい、どうぞ。」
引き出しに隠してあったんじゃないの?と思ったが、アンジェリークの笑顔は悪意がなく、差し出された手紙を思わず受け取ってしまった。
青い薔薇の封筒にはロザリアの几帳面な字で「オリヴィエ」と書いてあった。
手紙があったことを知って、なんだか安堵してしまう。 
別に欲しくなかったはずなのに。

「じゃあ、必ず来てね。」 
ドアが閉まった後もオリヴィエは決心がつかなかった。
ロザリアと個人的に親しくなりたい? そんなことあるはずがない。
私は一度彼女をフったんだから。
じゃあ、いったい誰が、ロザリアと個人的な付き合いをするの? ロザリアは誰を選ぶの?
それを考えると、なんだかざわざわした気持ちが強くなってきて、オリヴィエはクローゼットの扉を開けた。



聖殿の大広間はすでに熱気であふれていた。
ロザリアの好みで豪奢に飾られた大広間はいくつものシャンデリアが下がり、一目で質の良さがわかる調度品で埋められている。
次々と来る人の多さに大広間はざわざわと騒がしい。
招待客にドリンクを進めるボーイ達があわただしく立ち働いていた。
「おい、何人くらい来てんだよ。」 
場内整理担当のランディにゼフェルが尋ねた。
「100人はいないと思うけど、すごいよ。手紙をもらったほとんどの人が来てるんじゃないかな?」
あちこちでグループができ、今日の主役の登場を今か今かと待っていた。

「いや~、すごい人ですねぇ。これはみんなロザリア目当ての人なんですかねぇ。」
ルヴァはあまりの人出にもう疲れたようだ。
「ルヴァ、どこ行ってたんだよ!はぐれたら大変だぜ。」 
ゼフェルが手招きした。
人波をかき分ける作業はいかにもルヴァに不慣れなようで、ゼフェルの元に着いてすぐドリンクを一杯飲みほした。
ロザリアの選んだシャンパンは甘くフルーティな味わいで、すっとのどに消えていく。その香りは柔らかい花のようでまさに彼女を思わせた。
不意に音楽が途切れ、アンジェリークが出てくる。

「女王陛下のおなりです。」
ファンファーレが流れ、すべての視線が扉へ向けられた。仰々しく重い扉が開けられる。
一瞬、その場にいた人々にため息が漏れた。
女神が現れた・・・。そんなつぶやきが聞こえるほど、今夜のロザリアは美しかった。
濃いバイオレットのイブニングドレスは肩や背中を惜しげもなく露出し、その滑らかな肌をさらしている。
ゆるく片側にまとめた髪は女王の衣装とは違って、とても魅惑的に見えた。
ロザリアが右手を差し出すと、ファーストワルツが流れ始めた。その右手を最初に得る栄誉を受けたのは、やはり主座の守護聖だった。
「まあ、ジュリアス、あなたも来てくださいましたの。」
ジュリアスは右手を胸にあて敬愛の意を示すとロザリアの手を取り、フロアへ流れた。
優雅なダンスから、いよいよパーティーが始まった。


「おい、フリータイムだ。オレは行くぜ!」 
ゼフェルは真っ先にロザリアの元へ走って行った。
確かに人数は多いが、一目女王を見よう、という野次馬もかなりいる。
しかし、ロザリアの姿を見て俄然やる気になった者と、逆にあきらめてしまう者と温度差があることも興味深かった。

「この中で、強敵そうなのは~~、あ~、たくさんいますねぇ。」
みれば、どこかの惑星の王子だとか、芸術家だとか、財閥の御曹司だとかそうそうたるメンバーが集まっている。
「あそこにいらっしゃるのは、高名なバイオリニストの方なんですよ。一度でいいから陛下とアンサンブルを、とおっしゃって。」
いつの間にか後ろにいたアンジェリークが教えてくれた。
ロザリアはたくさんの人に囲まれて、花のように笑っていた。
その輪に入ろうと銀色の頭が右往左往しているのが目に入る。
育ちのよさそうな人々の間で場違いなゼフェルは冷たく追い出された。
「なかなか話しかけらんねーぜ。」 
ゼフェルが仕方なく戻ってくる。
「ま、勝負はこの後だからな。」
輝いた瞳はいかにも何か企んでいそうだった。


フリータイムのあとはコンサートを兼ねた演奏会だ。
優勝者には「ロザリアとワインを楽しむ時間」がプレゼントされるらしい。
リュミエールが真剣にハープの調律をする。
妙なる調べが会場を埋めると、ロザリアは自らのためにあつらえたゴブランのソファにゆったりと体を横たえて、耳を傾けた。
ハープだけでなく、バイオリン、ピアノ、フルート、と腕に自信のある芸術家たちが一斉にその腕前を披露する。
これだけの音楽家が一堂に会することはめったにないだろう。
虫達が自らの羽根で求愛するように、音楽は心を揺さぶる作用がある。
にっこりとほほ笑んだロザリアが演奏会の優勝者を発表した。
「本当に残念です・・・。」 
がっくり肩を落としたリュミエールをルヴァが慰める。優勝を獲得したのは、件のバイオリニストだった。
ロザリアとワイングラスを持ってバルコニーへと消えていく、その後ろ姿をじーっと眺める恨めしげな視線が続いた。


「くそー、なに話してんだよ?」 
盗み聞きしようにも分厚いカーテンで隠されて何も聞こえない。
ゼフェルが取りだしたのは、盗聴ロボだった。イヤホンをつけて、床に座り込む。
「そ、それはなんですか~?」
「はあ?見りゃわかるだろ。このリモコンで自由に動くんだぜ。」 
すごいだろ、と自慢げなゼフェルの横でイヤホンの奪い合いが始まった。
それをひったくるようにして取り返したゼフェルが、耳に戻した。
「なーにが、あなたの美しさはこの月のようですー、だ。芸術家のくせに気の利いたことも言わねーじゃねーか!」
ぷりぷりするゼフェルの横で、ルヴァ、リュミエール、いつの間にかオスカーまで聞き耳を立てていた。
「フッ、口説き文句は俺のほうが芸術的だな。次はロザリアの前で披露させてもらうぜ。」
次のプログラムは剣での勝負。この中では誰より勝率がありそうなのは確かだった。


「勝負あったな。」
なんとオスカーを破って優勝したのはジュリアスだった。
八百長?との疑惑もあったが、満足げなジュリアスを前に、そんなことをいうものは一人もいない。
賞品の「ロザリアと中庭をめぐる時間」を見事にゲットした。
ロザリアの手を取るジュリアスは貴族然とした様子がお似合いで、あたりの人々の感嘆を呼んだ。
いかにも女王と臣下という雰囲気が消せないのだけが残念だが。

二人が中庭に消えると、ゼフェルは早速盗聴ロボの感度を調節した。ピーピーという雑音とともにジュリアスの声が流れ始める。
「アイツはこんな時まで宇宙の話かよ!」 
ゼフェルがバタンと仰向けにひっくりかえった。
それでもみんなほっとしたようだ。つまりジュリアスは敵ではない。
いくら本人にその気があったとしても、ジュリアスの恋愛スキルは平均以下のレベルで、ロザリアは荷が重すぎるというのが共通の見解になった。
確かに戻ってきた二人には微塵も甘いムードはなく、いつもの女王と守護聖だった。

ゼフェルもルヴァもここまでのプログラムはもとから眼中になかった。
というより、勝てそうもない種目ばかりだった。
「次はじゃんけん大会だな!こっから行くぜ!」 
この自信は何なのか?ゼフェルは勝つ気満々のようだ。
フロアの中央に人々が集まる。
場違いな品のいい音楽が消え、ざわざわとした人々の話声がBGMに変わった。
ランディの音頭で、総勢80人はいようかという男達の大じゃんけん大会が始まった。

「最初は、ぐー! じゃんけーん、ぽいっ。」 
ランディに負けた者たちは次々とフロアーの隅へと流れていく。
半分、また半分と人数が減り、ラスト4人は、ゼフェルと聖地の大学生、研究員となんとクラヴィスだった。
「てめー、なんでいんだよ!」 
ゼフェルがクラヴィスににじり寄る。
しかし、クラヴィスはゼフェルが小さすぎて目に入らない、とでもいうようにむっつりと立っていた。
「ではいきまーす。最初は、ぐー! じゃんけーん、ぽいっ。」
ランディの手は見事なグー。
一段と高い位置に掲げられた手だけがパーを出していた。

「私の勝ちだな・・・。」 
ゼフェルは地団太を踏んで悔しがっている。
「オレのコンピューターの計算が間違ってんのかよ~。」 
どうやらゼフェルはランディの手を解析したらしい。
そう言えばここのところランディと毎日じゃんけんしていたようだった。
「ふっ、最後は勘だ・・・。」 
クラヴィスの余裕の表情にゼフェルは真っ赤になって怒っている。

賞品の「ロザリアと薔薇の花をめでる時間」をクラヴィスは悠々と使った。
またピーピーと盗聴ロボの音が響く。
「美しいな・・・・。」 
クラヴィスの声は聞きとりにくい。みんなはイヤホンに耳をくっつけるようにして聞いた。
大の男が頭をくっつけあって、はたから見れば気持ち悪いの一言だ。
でもそんなことは誰も気にしている余裕はない。
「本当ですわね。今が一番の見ごろですわ。」 
ロザリアの優雅な声が聞こえる。 
ゼフェルの耳はとろーんとしてしまう。しかし、次のクラヴィスの声で全員目が覚めた。
「違う・・・。薔薇ではない、お前だ・・・。」 
「うわーーーーー。」
イヤホン越しに全員のけぞった。
「まあ・・・。」 
ロザリアの恥じらう声が聞こえた。 
クラヴィスは、敵! 
ゼフェルの心で大きくクラヴィスの顔にバツ印が付いた。
戻ってきた二人は少し親密度がアップしたようだ。 にこやかな様子に一気に会場のテンションが上がったような気がした。


「なんなのよ、これは?」 
壁際でこっそりシャンパンをなめていたオリヴィエは呆れたようにつぶやいた。
大勢の男がロザリアを目当てにバカ騒ぎを繰り返している。
いつもはくそまじめなジュリアスまで、まるっきりロザリアの手のひらで踊らされているみたいだ。
このパーティに一体何の意味が? 
いつもの執務服姿ではなく、黒のタキシード、もちろんノーメイクに眼鏡、ウィッグまでつけたオリヴィエに誰も気づいた様子はない。

静かにロザリアを観察していると、彼女がこのパーティをただ楽しんでいる、ということがよくわかった。
結婚相手を見つけるつもりなんてさらさらないだろう、というその様子はオリヴィエだけにわかるのかもしれない。
あのときのロザリアと同じ醒めた顔が現れるのは、誰も気づかないようなドリンクを飲んでいるときとか、ふとダンスの相手が変わる瞬間とか、実にうまく隠されたときだったから。
それでも、楽しそうにしているロザリアを見ると、何となくまた例のざわざわが起きてくる。
オリヴィエは居心地の悪さを感じながらも帰ることができずにいた。

「次のゲームはじゃんけん大会パート2です~。」 
今度はアンジェリークが対戦相手のようだ。
さすがに対アンジェの対策まではしていなかったらしく、ゼフェルは早々に脱落してしまった。
最後まで残ったのは見たこともない眼鏡と黒髪の男で、一斉に注目が集まる中、しぶしぶといった感じで賞品の「ロザリアと星空を眺める時間」を受け取った。

「いやなら、オレが変わってやってもいいんだぜ。」
と威嚇するゼフェルをみんなが取り押さえる横から二人はバルコニーへと歩いて行った。

「どういうつもりですの?オリヴィエ。」 
二人きりになったとたん、ロザリアの目がつり上がった。
「あ、バレてたんだ。ごめん。」 
オリヴィエは眼鏡を取ると、タキシードのポケットへ入れた。
暗青色の瞳があらわになるとそれは素顔のオリヴィエだった。
その端正な顔にロザリアの胸はキュンと、高なる。 
素顔のほうが素敵では?と思ってはいたけれど、本当に素敵・・・。
美しい星空はまるで恋の喜びに舞い上がっていたあの頃と変わらずに二人を包んでいる。

こぼれおちそうな輝きの中で、ロザリアの胸は再びときめいた。
けれど一瞬見とれた自分に即座に喝を入れた。 
この人はわたくしを弄んだ、悪い男!
「あなたには手紙を差し上げなかったと思うんですけれど。どうやっていらしたのかしら?」 
この泥棒猫!とでも言いたげなロザリアの瞳に苦笑する。
こんなふうに全身の毛を逆立てて拒絶する子猫を小さいころに見たような気がする。

「ん、呼ばれてないと思って帰ろうとしたら、アンジェがわざわざ持ってきてくれてさ。ぜひ来てねって言うもんだから。つい、ね。」
オリヴィエは両手を広げて、いかにも面倒だ、という顔で、ロザリアを見た。
ロザリアは真っ赤な顔をして今にも爆発しそうだ。なんだかわくわくするのは気のせいだろうか?

「あなたとはもう親しくなる必要がないから差し上げなかったんです!」 
思った通りの面白い反応がオリヴィエは楽しかった。
「そう言えばさ、こんな星空を二人で見たよね。」 
急に話を変えたオリヴィエをロザリアは首をかしげて見た。小鳥のようでとてもかわいいと思う。
「あの頃のあんたって、なんか無理してるみたいでさ。見てるこっちが疲れてくるような気がして、つい構っちゃったんだよね。」 

そんなことはわかってる! 
ロザリアは叫び出しそうな思いを、拳をぐっと握って我慢した。
ただ、女王候補の一人として心配だった、なんてことはもう百万回は心で繰り返している。
「それはそれは、申し訳ないことをいたしましたわ。今はこの通り、すっかり気分よく女王生活を満喫しておりますの。
あなたのお手を煩わせるようなことはございませんから、ご心配なく!!」
ロザリアはくるりと向きを変えると、すたすたと歩いて行ってしまった。
その足音が昔聞いた可愛らしいものではなく、いかにも怒ってるのよ!と聞こえてきそうな音で、オリヴィエは思わず声を立てて笑ってしまった。
こんなふうに素顔のロザリアは意外にも短気で皮肉屋で、すましているよりずっと可愛いじゃないか、と思ってしまう。
このかわいいという微妙な気持ちがなんだかとてもむずむずして、くすぐったい気がするオリヴィエだった。

ロザリアがぷりぷりした足取りをどうにか沈めて優雅に広間に戻ってきたころ、クイズ大会はまさに佳境に入っていた。
ルヴァが華麗に全問正解で優勝するのを、ロザリアはソファに片ひじを立ててゆったりと眺めていた。
オリヴィエの態度は本当に不愉快で殴り倒したいくらいだったけど、心臓が勝手にドキドキしてしまうのだ。
あの暗青色の瞳に見つめられただけで。

「それでは賞品の「ロザリアと中庭をすごす時間」のプレゼントです!」
にこにこと笑顔のルヴァが近付いてきて、恭しく手を差し出した。
ロザリアはその手をにっこりと取って立ち上がる。
ルヴァがさりげなく腰に手を添えるしぐさも、この衣装だとキマっているように思えるから不思議だ。

中庭は少し風が出始めたようだ。
わずかに肩をすくめたロザリアの肩に上着をかけて、ルヴァは隣に並んだ。
ロザリアの香りが漂ってきて、ルヴァはドキドキが聞こえるのでは、と心配になるほど緊張した。
熱くもないのに汗が出てくる。

「ロザリア。」 
小さな声で名前を呼んでみる。
「なんですの?」 
小首を傾げてルヴァを見つめる瞳は夜空の星を集めたように輝いている。
瞳に吸い込まれそうで思わず目をそらしてしまう。
ルヴァは心臓が破裂して倒れ込みそうに感じた。
しかしなんとか踏ん張って、改めてロザリアと向かい合う。

「ひとつ、聞いてもいいですか?」 
ロザリアの首が縦に動くのを見て続けた。
「貴女は本当に結婚するのですか?」 
あまりにもストレートな質問にルヴァは言った自分でうろたえた。
「え~。あの~、」しどろもどろのルヴァにロザリアはにっこりほほ笑んだ。
「やっぱり、ルヴァはお見通しですのね。もしお話したら、わたくしと婚約してくださいますか?」 
このロザリアの願いを断れるはずがない。ルヴァは聞く前から降参していた。



「さあ、いよいよ大抽選会です~。」 
アンジェリークが宣言すると、会場の空気が変わった。
何と言っても1等の賞品は「女王と過ごす一泊二日」だ。
辺境のリゾート惑星へ行く旅行券が壇上に飾られている。
温泉で浴衣姿のロザリアと・・・。ゼフェルの妄想が果てしなく広がっていく。
会場の人々は自分の参加証の番号をじっと見つめた。
緊迫した空気が流れ、ガラポンにすべての視線が集中する。
オリヴィエも馬鹿らしいと思いながらもつい見守ってしまった。
アンジェリークがガラガラとまわすと、玉がポロリとこぼれおちる。
玉をつまみあげたアンジェリークは番号を読み上げた。

「42番!」 
ざわざわとさざ波のように声が広がる。
「オレだーーーーっ!」 
ゼフェルの声が響いた。 
会場中のざわめきがぴたりとおさまり、羨望の瞳がゼフェルに集中する。
ゼフェルが持っていたのは確かに「42番」の番号札だった。
「ん、ちょっと待て。」 
オスカーが言った。
アンジェリークの持っている玉はどうもおかしい。妙にキラキラした感じが気になった。
オスカーが玉を持ってみると、プラスチックにしてはいささか重いし、よく見るとつなぎ目がある。
少しずらして出てきたのは、小さなメカの中身だった。

「こら、ゼフェル、お前インチキしたな!」 
オスカーが玉を振り上げて大声を上げた。
「ち、バレた!」 
ゼフェルは大慌てで逃げ出していく。
ぽかーんとした人々が残ったが、抽選会は中止ということで、パーティの幕は下りた。
「女王と過ごす一泊二日」は幻になってしまった。
何となくほっとしたオリヴィエは、自分の番号札をみて、やっぱり少し残念な気がした。


「くそー。もうちょっとだったのによ。」 
オスカーの手を逃れて木の上に隠れたゼフェルは指をパチンと鳴らした。
ロザリアと過ごす一泊二日…。考えただけで頭がパンクしそうだ。
その下を、ロザリアとルヴァが歩いて行くのが見えた。
その楽しげな雰囲気に声をかける機会を逃してしまう。
(ルヴァの野郎ー!) 
ゼフェルは木の葉をやたらにむしった。
むしった葉がはらはらと二人に落ちていく。その葉の隙間から声が聞こえてきた。
「では、私と婚約するということで、よろしいですね?」
「ええ、お願いいたしますわ。」 
なんだ、今の会話は???  
ゼフェルの頭にはてなマークが飛んだあと、思わず絶叫した。

「婚約だとーーーーっ!!!」 
その声は聖地の隅々に聞こえたと、次の日の聖地新聞に載るほどだった。


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