それはきっと

5.

いよいよ花火が上がる。
空を染める光の欠片と足下を揺るがすような爆音。
花火初体験のジュリアスは、その激しさに圧倒されて、瞬きもせず、空を見上げていた。
一面に広がる色とりどりの光は、あたりを一瞬まぶしく照らし、鮮やかな花を空に描いている。

「見事だな。」
つまらない感想と思いながらも、他に言葉が浮かばない。
圧倒的な景色を前にすると、本当に言葉が出ないのだと思い知った。
「見に来て良かった?」
アンジェリークが笑顔でジュリアスを仰ぎ見る。
キラキラとした緑の瞳に花火の輝きが加わり、いつもにも増して眩しい。
ジュリアスはただ頷き、再び空を眺めた。

ふと、花火の入れ替えなのか、空が暗くなり、爆音が途絶える。
ざわざわとした人の話し声は変わらずに続いていて、賑やかなのは変わりないけれど、さっきまでの騒がしさとは全く違っている。
甘い綿菓子の香りや香ばしい焼きトウモロコシの匂い。
花火の隙に買い求める人が多いのか、そんな匂いがあちこちからしてきた。

「あのね、ジュリアス。」
突然振り向いたアンジェリークに、ジュリアスはてっきりなにか買いたいと言うのだろうと思った。
真っ赤なかき氷はいかにも彼女の好みそうだし、リンゴ飴というのもあった。
どこも行列ができてはいるが、諦めるほどでもないから、頼まれれば買ってくるつもりだ。
女王陛下のためなら、それが当然だろう。

「わたし、実はさっき、嘘をついてたの。」
ところが、アンジェリークの口から飛び出した言葉はジュリアスの予想とは全く違っていた。
「嘘?」
思わず聞き返すと、アンジェリークは少し困ったように眉を寄せ、笑った。
花火の時の笑顔とは違う、泣きそうな目で。

「うん。 さっき、わたし、今日、ジュリアスのためにこの計画を立てた、って言ったでしょ。
 でも、ホントは違うの。」
オリヴィエ達と別れたときのことをジュリアスは思い出していた。
そういえば、オリヴィエはそんなことを言っていたかもしれない。
『全部、ジュリアスの誕生日を楽しませるために、アンジェリークが考えたんだ。』
それが嘘、とは、なにか実は全く別の事情があったと言うことなのだろうか。
まさかこの遊園地に侵略者や悪の力が入り込んでいて、その調査をするためだったりするのだろうか。

黙り込んだジュリアスに
「ごめんなさい。
 ジュリアスのため、なんて嘘なの。
 本当はわたしがジュリアスの特別な日を一緒に過ごしたかっただけなの。
 遊園地で遊んで、花火を見て。
 二人で誕生日を過ごしたかったの。
 だから、わたしのためなの。 わたしが…そうしたかったの。」

アンジェリークは顔を真っ赤にして、ジュリアスを見上げている。
遠くで花火のバチバチという音がし始めた。
火花で文字を描く、仕掛け花火が始まったらしい。
人々がわっとそちらを向いている。

今日、ジュリアスの誕生日。
アンジェリークに誘われなければ、今日もきっと、屋敷にいて。
執務の残りをこなしながら、本を読んだり、チェスプロブレムをしたりしていただろう。
いつもの休日と同じように。

「ありがとう、アンジェリーク。」
自然とジュリアスはそう口にしていた。
「たとえ、今日がそなたのためであったとしても構わぬ。
 私が今日を楽しく過ごせたことには変わりないのだ。
 今日という一日を私にくれたことを感謝している。」

あのとき、なんとなく言いそびれてしまった言葉。
今日が特別な日なのは、誕生日だからじゃない。
アンジェリークが今日を特別な日にしてくれたのだ。

「わ、わたしこそ! 
 今日、つきあってくれてありがとう! 無茶ぶりだったよね。」
「そなたの無茶にはもう慣れている。」
「…ちょっとスパイごっこみたいで面白かったわよね。」
「ロザリアは怒っていたぞ。」
「あ~、うん、そっちはたぶんオリヴィエが上手くやってくれてると思うけど。」
「オリヴィエも気の毒だな。 私よりもオリヴィエに謝るべきであろう。
 こんな計画によく賛同してくれたものだ。」
「いいの、オリヴィエはオリヴィエで、いろいろあるんだから。」
「そうなのか?」
「そうなの。」

再び空が輝き、あでやかな花が一面に広がる。
打ち上げ花火もクライマックスで、光と音と煙のショーはまさに息つく暇もない。
爆音で隣にいるアンジェリークの声もはっきり聞こえなくなって、また二人で空を見上げた。

「来年も一緒に来れたらいいな。」
ぽろりとこぼれたアンジェリークのつぶやき。
おそらくジュリアスに聞こえないと思ったから、つい声に出してしまったのだろう。
けれど、彼女の横顔を花火と一緒に眺めていたジュリアスにはしっかりと聞こえてしまっていた。
アンジェリークは赤い顔のまま、とても嬉しそうに花火を見ては、一つ一つに喜んだり驚いたり、いろんな表情を浮かべている。

今まで考えたこともなかったけれど。
彼女の支える宇宙がこんなにも美しく、輝いているのは、きっとアンジェリーク自身が、輝いているからだ。
この花火のように、いろんな色と光で、皆を魅了する彼女。
その輝きをもっと近くで見続けていたい。
そう願う、この気持ちは、きっと。

最後の花火の名残が空ににじみ、消えていくまで。
ジュリアスは花火に彩られたアンジェリークの横顔を見つめていたのだった。


FIN