4.
一方。
ジュリアス達と別れたロザリアは、オリヴィエに肩を抱かれて引きずられていた。
あの場から立ち去るには、オリヴィエのやり方は有効だったし、これでアンジェリークとジュリアスも、やっと本当に二人きりになれた。
アンジェリークの気持ちは、女王候補の頃から知っていたから、二人が上手くいけばとても嬉しい。
明日は報告会をして、花火の時の様子を聞き出さなくては。
ぼんやり流されるまま歩いていると、オリヴィエが不意に足を止めた。
「このへんでいいかな。」
肩に回っていた腕を外されて、ロザリアは空を見上げた。
青黒い空に、わずかに浮かぶ星。
近くに外灯がないせいか、空がとても暗く、遠く感じる。
さっきまではあんなに輝いていたのに、まるで今の自分の心のようだ。
ロザリアの鼻の奥がツンと痛くなる。
「始まるまでまだちょっと時間があるけど、この場所をキープしときたいし、待ってようよ。」
高台の眺めの良い場所は、花火が上がる場所を見通せる位置で、寄りかかれる手すりもあり、風が通るせいか、涼やかだ。
おなじように考える人も多いのか、手すりには人々が集まってきていて、そのうちあふれ出しそうな気配もする。
オリヴィエの言うとおり、今のうちからキープした方が花火の時間に困らないだろう。
でも、やっぱり。
なんだかもう、いたたまれない。
オリヴィエの提案に、ロザリアは何も言わない。
それでも明らかな拒絶でもない、と良い方に解釈して、オリヴィエはロザリアの背後に立った。
後ろから手すりに手を回し、ロザリアの身体を包み込むようにガードする。
人が増えて並んでも、こうしておけば、ロザリアに誰かが直接触れることはない。
さっき怖い思いをしたロザリアを守りたいという純粋な気持ちからだったが、思わず、後ろから抱きしめるような姿勢になってしまい、ロザリアの髪がオリヴィエの鼻先を掠めた。
一日、暑い中で、汗もかいているはずなのに、彼女の髪からは、薔薇のような甘い香りがしてくる。
肩を組んで歩いていたときは、そこまで気にならなかったのに。
なぜか急にドキドキと鼓動が煩くなるのは、二人きりを意識してしまったからだろうか。
つい大きく息を吸うと、ロザリアの身体が硬くなったのがわかった。
「あの。」
「なあに?」
ロザリアの細い声に、オリヴィエはどきりとした。
今まで何も言われなかったけれど、かなり強引にここまで連れてきてしまったことは自覚している。
もっと彼女の意見を聞くべきだったかと反省していると。
「もう、よろしいんですのよ。 アンジェ達とも離れましたし…。
わたくしたちの役目は終わったのでしょう?」
「え?」
「オリヴィエはとても優しいから…辛く、なるんですの。」
ロザリアの語尾がだんだん聴きとれなくなる。
それでも、彼女の言いたいことはわかって、オリヴィエはため息をついた。
「いつも思うんだけどさ。 あんたは私を過大評価しすぎ。」
ロザリアの肩がびくりと震える。
「もしかして、あんたは、私がアンジェリークに頼まれて、仕方なく誘ったとか思ってるの?
計画のためだけに、ココに連れてきたって?」
だんだん人が増えてきて、周囲のざわめきが大きくなる。
いろんな話し声があちこちから聞こえてくるけれど、オリヴィエの耳には入らない。
ただ、こくりと頷く、ロザリアの白いうなじだけをしっかりと視覚で捕らえていて。
「あのね、私はあんたが思うほど、いい人じゃないよ。
優しくもないし、親切でもない。
アンジェリークにいくら頼まれたって、好きな女の子じゃなきゃ誘わないし、そもそも計画にも乗らないよ。
アンジェリークだってあんたを誘う役だから、私に計画を持ってきたんだ。
わからない?」
わからない、と首を振るロザリアをオリヴィエはぎゅっと抱きしめた。
「あんた以外のみんなはとっくに私の気持ちに気がついてるっていうのに、どうして、わからないかな。
ま、そういう鈍感なあんたが私は好きなんだけど。」
「…好き?」
「そう。 好きだよ。 ずっと前から好きだった、って信じてくれる?」
振り返らないロザリアはじっと黙ったまま、オリヴィエの腕に抱かれている。
けれど、背中越しに感じる彼女の鼓動は、花火のように大きくなっていて。
真っ赤になった耳と、伏せた瞳のまなじりに浮かぶ小さな雫。
「…嬉しくて死んでしまいそう。」
唇からこぼれ落ちるように告げられたロザリアの言葉。
きっと同じくらいオリヴィエ自身の鼓動も大きくなっていると思いながら、うなじに落としたキスは、ほのかに塩の味がしたのだった。