ここにいてほしい

1.

「ねぇ、ずいぶん退屈だと思わない?」
本日の第一声はあまりにも平和すぎる日常についてだった。
玉座のひじ掛けに肘を乗せて優雅に足を組んで座った女王陛下は鷹揚に扇を揺らせながら言った。
「みんなでどこかへ行きましょう。そうね、素敵なリゾート地がいいわ。」
ロザリアは扇でジュリアスをさすと、「決めておいてね。」 と言って、奥へと消えて行った。
しばらくぽかーんとした10人が残される。

「ふー、相変わらずわかりにくい言い方をしますね~。」 
珍しくルヴァが最初に口を開いた。
「たくよぉ、素直に新婚旅行に行かせてやるっていやーいいのによ。」 
ゼフェルが足を机の上に投げ出して、大声を出した。
アンジェリークがちじこまって言う。
「ごめんなさい。私たち二人だけじゃ休みが取りにくいから・・・。」
いつの間にか隣に来ていたランディがアンジェリークの肩を抱いた。 
「俺が、あんなこと言ったから・・・」
「ううん、ちがうの。」「いや、俺が・・・。」
アニメなら二人の周りにキラキラとハートが飛び交うような甘~い空気にみんなどっと疲れを感じた。

そもそも、挙式の翌日の会議に出席したアンジェリークを見て、ロザリアが驚いたのが始まりだった。
「あら、普通はハネムーンに行くのではなくて?」 
不思議そうな顔をしたロザリアにアンジェリークはひそひそと耳打ちした。
「だって・・・。補佐官はいつも女王のそばにいるもんだって言われたんだもん。」 
アンジェリークの声は大きいので丸きこえだ。
ロザリアの顔がすーっと変わるのを会議に出席していた守護聖は全員目撃した。
「ふ~~ん。女王のそばにねぇ。」 
氷のような視線に背筋がピンとなる。
さらにランディが「それじゃ、ロザリアも一緒にハネムーンになっちゃうよな!」とものすごいジョークを飛ばしてくれた。
その時からいつかはこうなるだろうと予想はしていた。
ただ例によって例のごとく、唐突過ぎではあるけれど。

コホンというジュリアスのせき払いでようやく二人の世界が途切れる。
「すみません!」
ランディが勢いよく頭を下げると、苦笑したジュリアスが声をかけた。
「本来ならば首座の守護聖である私が幹事をするべきなのだろうが、執務が立て込んでいてな。 
 旅行の幹事は・・・。」
あたりを見回した視線が不意に止まる。

「オリヴィエ、そなたに任せよう。」 
嫌な予感が的中した、とオリヴィエはじっとりとジュリアスを見た。
「・・・なんで、私が?」 
一応、言ってみる。
「そりゃ、お前が一番暇そうだからだろう?」 
オスカーに茶々を入れられて、ギロっとにらむ。
「それだけではない。そなたならリゾートにも詳しかろう。
 私はその方面には疎いゆえ、陛下を満足させることは難しい。」
みんなの脳裏に、いかにもつまらな~いという顔をしたロザリアが浮かんだ。
陛下のご不興はとてつもなく恐ろしい。

「オリヴィエなら陛下のお好きな場所にも詳しかろう。」
面倒事を押し付けようとでもいうのか、ジュリアスの声はいつになく優しい。
「フッ、わかっているではないか・・・」
険悪になりそうな空気をルヴァが助ける。
「私もね、オリヴィエが適任だと思いますよ~。
 アンジェリークとランディも協力してくださいね。何といってもお二人の新婚旅行代わりなんですから。」
あ~、この幸せボケした二人と何を決めろっていうのさ~。
オリヴィエはルヴァを恨めしげに眺めた。
3人を残して会議は終了し、「二人一緒ならどこでもいい!」という貴重な意見を手にオリヴィエはとぼとぼと執務室に向かった。


ドアを開けると、後ろ向きになった自分の椅子から青紫の髪がこぼれているのが見えた。
「どうなりまして?」 
ふー、とため息をついてオリヴィエはデスクに腰掛けた。
「私とランディとアンジェで決めるからさ。・・・なに?行きたいところがあるの?」
ロザリアは満足げに微笑むと、椅子の背もたれから数冊のパンフレットを取りだした。
「きっと、あなたが幹事になると思っていましたわ。ここに行きましょう。よろしくね。」
デスクにパンフレットをポンと置いて鼻歌混じりに部屋を出て行った。

見るのが怖い・・・。
オリヴィエが恐る恐る目を向けると、「素敵な温泉宿」「露天風呂付き個室」「離れ付きの宿」と言う文字が飛び込んできた。
「温泉~~~!?」 
オリヴィエの声が聞こえてきて、柱の陰に隠れていたロザリアはふふっと笑いを漏らしたのだった。

思えばあの結婚式の日。
ウェディングドレスで強引に連れてこられた土手の上で、ロザリアは倒れ込んだ。
ずっと走って来て、息ができないくらい苦しい。
つないだ手も熱くて、この世に二人しかいないような青空が目に痛いくらいだった。
ぴったりしたラインのドレスであることも忘れて、四つん這いになったロザリアにオリヴィエは何と言っただろう。
思い出しただけでも腹が立つ!

「あんたのドレス、ものすごく綺麗だよ。そうだ、このまま結婚しちゃおうか?」
ドレス?綺麗なドレスですって?
あまりの言い草にロザリアはかっとなってオリヴィエをひっぱたいてしまった。
先までのドキドキがイライラに変わって、オリヴィエを置き去りにして教会へと戻った。
途中で会ったゼフェルとルヴァは、何事かと思っただろうけど。
「あんたを好きになったみたいなんだ。」 
そのあとに聞こえたこの言葉は空耳だったのかしら? 
そうに決まっているわ!
あの日からも一向に変わることのないオリヴィエの態度にロザリアは怒りをふつふつとたぎらせていたのだった。



「ここかよ・・・。」 
ゼフェルの言葉にみんなは頷いた。
この、いかにも鄙びたといえば聞こえのいい田舎チックな温泉に11人で泊まるのか・・・。
一斉に視線を受けたオリヴィエはおどけて肩をすくめた。
ロザリアがここに決めたんだよ、と言えるものならとっくに言っている。
とてもきらびやかな一行が入口にいる様子はどう見ても不自然そのものだ。
妙にウキウキしたロザリアが 「さあ、入りましょう!」と先頭を切って進んで行った。

ロザリアはロビーで仁王立ちになってきょろきょろとあたりを見回している。
きっとこんなところは初めてなのだろう。
好奇心にあふれた瞳はキラキラとして、とてもかわいらしかった。
「ジュリアス、お部屋はどうなっているのかしら?」 
幹事がオリヴィエになったと知っているくせに、わざわざジュリアスに聞くところがにくらしい。
ジュリアスは部屋割、なる書付をオリヴィエからこっそり受け取ると朗々と読み上げた。

「葵の間が陛下、アンジェリーク、梅の間がジュリアス、オスカー、ルヴァ、竹の間がクラヴィス、リュミエール、オリヴィエ、梅の間がランディ、ゼフェル、マルセル。以上だ。」
読んでいる途中から腕を組んで顎を上げていたロザリアはオリヴィエにふん、と鼻を鳴らした。
「あら、ずいぶんなお部屋ですこと。そんな野暮なことをどなたがお考えになったのかしら?」 
ロザリアの視線にジュリアスは目をそらす。
書付を強引にオリヴィエの手に握らせると、
「そうであったな。アンジェリークとランディは同じ部屋でなければならぬ。では、葵の間がアンジェリークとランディでよいな。」
ロザリアが当然でしょう、と頷いた。 

「でもね、ここの旅館、部屋が4つしかないんだよ?」 
ゼフェルの肩がピクリと動いた。
「ランディ野郎とロザリアが入れ替わるのかよ。」 
にやけないように頑張りすぎてゼフェルの顔はものすごく変だ。
「俺の部屋でもかまわないぜ。」 
チャンスとばかりにオスカーが口をはさむ。
「おめーのとこは満員だろ。オレ達のとこは空いてっからよ。な。マルセル?」 
にっこり笑うマルセルは本当に無害なんだろうか?

「仕方ありませんわね。わたくしの荷物を梅の間に運んでちょうだい。」
いくらなんでもそれはまずい!とオリヴィエはあわてた。
守護聖とはいえ、旅先の解放感でオオカミさんになってしまうかもしれない。
「私が梅の間に行くからさ。ロザリアは竹のほうに行きなよ。」
ゼフェルの呪いが聞こえてくる・・・。
しかし、クラヴィスとリュミエールならずっと安心だ。

「フッ、いい旅になりそうだな・・・。」 
薄く笑うクラヴィスにオリヴィエは冷や汗が背を伝うのを感じた。
結局、ランディ、アンジェリーク、ロザリアが葵の間を一緒に使うことになった。
「寝るときはどこかのお部屋にお邪魔しますわね。」
と、のたまうロザリアに目の色が変わったのはもちろん一人ではなかったのだった。


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