魔法の言葉

1.

一日の仕事が終わって、ロザリアは奥の部屋で着替えをした。
補佐官らしくと、まとめ上げた髪をほどいて、タイトな服から少女らしい服に着替えた。
このごろは可愛らしい女王陛下の影響で、女の子らしい雰囲気の服が多くなっている。
ふんわりとしたスカートとリボンのついたセーターは以前の彼女なら敬遠していただろう。
「ロザリアは絶対こういう方が似合うから!」
一緒に行った買い物で半ば強引に買わされたその上下は本当にロザリアに似合っていて、年相応の可愛らしさを醸し出している。
軽く青紫の髪にブラシを当てると、バッグを持って聖殿の外に出た。
今日は少し遅くなってしまった。
薄闇が広がり始めると、聖地の人通りはほとんど途絶えてしまう。
まだ街灯がともる前の静けさが辺りを包んでいた。
治安という点ではこの上なく良いこの聖地でも、やはり夕方は少し心細い。
自然と早足になったロザリアの前でそばの茂みががさがさと音を立てた。

「今日はずいぶん遅いんだね。」
聞きなれない声が聞こえてきて、驚いたロザリアの前に人影が現れた。
少年と言うにはいささか年を過ぎているようだったが、ロザリアとそう変わらないようにもみえる。
バッグを抱えて警戒心をむき出しにしたロザリアに彼は言った。
「君が好きなんだ。僕と付き合ってくれませんか?」
頭を下げて右手を差し出した男をロザリアはぼうぜんと眺めた。

「あの、わたくしはあなたのことを知りませんの。」
男はそうか、というふうに目を丸くすると、人懐こそうな笑顔で話し始めた。
「僕の名前はアルセウス。みんなにはアルって呼ばれてます。聖地の雑貨屋で働いています。」
そこで彼は言葉を切ると、少し照れたように頭をかいた。
「この前、この辺りを歩いていたら君の姿を見かけて、その、一目ぼれしちゃって・・。」
アルはもう一度、真剣な表情に戻るとロザリアをしっかり見つめた。
「友達からでいいんだ。僕を知ってください。」
人生初めての告白にロザリアはただ頷くしかできなかった。

送っていく、という申し出を丁重に断って、ロザリアは家に帰った。
もし、彼がついてきていたら困るとわざわざ使用人口から入る。裏口から入ってきた主人に邸のものが驚いた。
部屋に戻って、バッグをテーブルの上に置いたまま、ロザリアはシャワーを浴びた。
とりあえず、頭を整理しなければ突然の出来事に事態を把握できていない自分がいた。
告白の言葉が何度も頭に浮かんできて、胸がどきどきと音を立てて高鳴る。
このときめきが恋? ロザリアは初めて感じたときめきにどう名前をつけるべきなのか分らなかった。
それでも『好き』という言葉を思い出すだけでよみがえる甘い気持ちにこれは恋なのだ、と思う。

バスローブを着て髪を乾かしていると、バッグからこぼれたメモが目に入った。
「これ、僕のアドレス。よかったら君のも教えてくれる?」
そう言われて渡されたメモのアドレスにロザリアはメールを送ってみた。
便利だからと聖殿で配られた携帯はほとんど新品同様だ。
すぐに返事が返って来て、何となくうれしくなる。

『メールありがとう。ずっと携帯持って待っていました。僕は店に戻って明日の準備をしています。君は?』
髪も生乾きのまま、返事を送った。
『今から夕食です。またあとで。』
またあとで、なんておかしいかしら? メールを送った後で恥ずかしくなる。
今日会ったばかりの彼がまるで以前からの恋人のような気がするのだ。
ロザリアは急いで夕食を取ると、携帯を手に取った。
今までの送信履歴は仕事の内容ばかりで、携帯なんて全く必要だと思わなかった。かえって、うっとおしいくらいだったのに。

『夕食が終わりました。あなたはもう済ませましたか?』
『今から買いに行きます。今日はまだ帰れそうもありません。明日からのフェアの準備があるので。』
何度かメールのやり取りを繰り返し、ロザリアは明日の準備をしながら携帯ばかり見ていた。
『お邪魔してすみません。では、失礼します。』
忙しそうな様子に終わろうとすると、すぐに受信のランプがついた。
『今度の日の曜日、時間はありますか?お話ししたいです。』
ロザリアは少し考えたが、特に予定もない。

『はい、大丈夫です。ではまた後日。お休みなさい。』
そのあとはメールが途絶えて、ロザリアも眠ってしまった。 朝起きると、充電器の上に置いた携帯が受信のランプをつけている。
『お早う。今日も頑張ろう。』
返信してバッグに携帯を入れた。いつもと同じ荷物なのに、少し重くなったような気がした。



ロザリアの机の上に置かれた携帯をみんなが不思議そうに眺めていく。
どちらかと言うと携帯が嫌いだと思っていたロザリアがすぐに手の届くところに置いて、
何やらメールのやり取りをしているらしいという噂はすぐにオリヴィエの耳にも入ってきた。
不審に思って補佐官室に行くと、うわさ通り携帯が机の上に置かれている。

「これ、どうしたの?」
携帯を指差したオリヴィエにロザリアはなぜか赤くなっていた。
「メールが・・・。」
「メール?」
そう言っていると、受信のランプが光った。ロザリアはすぐに携帯を手に取ると一生懸命文字を打ち込んでいる。
オリヴィエはそんなロザリアを目を丸くして見つめていた。
打ちおわって、オリヴィエの視線に気づくと、ロザリアはますます赤くなっている。
椅子から下りてオリヴィエの隣に立つと、ロザリアはこっそりと耳打ちした。
「わたくし、実は告白されたんですの。」
そう言って恥ずかしそうにうつむいたロザリアをオリヴィエは口をぽかんとあけて見つめてしまった。

ロザリアは昨日の出来事を話すと、やっとほっとしたという感じでソファに深く座りなおした。
「ようするに、告白されてアドレスを交換したら頻繁にメールが来るってこと?」
「そうなんですの。」
生真面目な彼女はすぐに返事をしなければ申し訳ないと思うらしく、そばに置いていつでも待機しているということらしい。

「そいつはなに?ヒマなの?」
ロザリアは首を振ると、言った。
「お忙しそうですわ。今日からイベントがあるとかで遅くまでお仕事されていたようですし。
でも、今は店長の代理みたいなことをしていて責任があるから仕方がないのですって。それに今のお仕事はジュエリーのデザイナーになるためにもおろそかにはできないし、
とても勉強になるから構わない、と。それに・・。」
「ちょ、ちょっと、待って。それ昨日だけでそんなにわかったわけ?」
「ええ、メールでお聞きしましたの。今20歳なんですって。彼はもともとは聖地の研究院の息子さんで素性はしっかりしていますのよ。
聖地に戻られたのはつい最近らしいですけれど。」

そうじゃなくて、とオリヴィエは頭が痛くなった。
一体どれだけやり取りしたらこれだけの情報を知ることができるんだろう。
「ね、ちょっとみせてよ。」
断られることを覚悟してそう言ったオリヴィエにロザリアは素直に携帯を渡した。
ここまで信頼されていることは喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。とりあえず履歴を見て青ざめた。

「これ、なに?100件以上あるんだけど。」
びっしりと埋め尽くされた履歴はすべてその男からのもので、オリヴィエは驚きを通り越して少し怖くなった。
時間も下手をすると1分おきだったりする。
「これに全部返信してるの?」
頷いたロザリアの携帯をオリヴィエは自分の服の中に隠すと、ロザリアに向かって少し厳しめの声を出した。
「メール禁止!コレじゃ仕事になんないでしょうが!没収しとくから、執務が終わったらおいで。」
怒るかと思ったら案外ロザリアはほっとした顔をしていた。実際のところ困っていたのかもしれない。



執務室に戻ったオリヴィエはイケナイと思いつつも、メールを見てしまった。
ロザリアが素直に渡したところ大した内容はないと思っていたら、本当に大した内容はなかった。
けれど、その男が本気でロザリアを好きで、なんとかして仲良くなりたいと本当に願っているのだということは伝わってくる。
オリヴィエは手の中で携帯をくるくるとまわした。
その間にも受信のランプがつく。

『仕事中はメールできません。』
と書いて送ってやると、やっと静かになった。そのまま机の上に携帯を投げ捨てる。
近頃の若い子はみんなこんなにメールを繰り返すんだろうか。
携帯のない世代からは考えられない。なんと言っても下界では100年くらいの時が過ぎているのだから時代が変わるのも当然だ。
オリヴィエは再び携帯を手に取るとずらりと並んだ履歴を何度も見返した。

どうしよう。
正直、困惑していた。
聖殿の中ではなんとなく暗黙の了解になっていて、ロザリアに手を出す男はいなかった。
たしかにはっきりと言ったことはない。
「付き合ってほしい。」とも「好きだよ。」とも。
言わなくてもわかっていると思ったのに。
オリヴィエは長いため息をつくと、聖殿を抜け出した。



聖地の商店街の外れに来ると、目当ての雑貨屋はすぐそこだった。
ニューオープンと書かれた横断幕に大きな花輪がおいてある。
オリヴィエはサングラスと帽子をショーウインドウに映して軽く直すと、店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ!」
明るい店員の声とともに開店セールのディスプレイが目に入る。
さまざまな可愛らしい小物が目に入って、いかにも女の子が喜びそうな店だった。
正面にたくさんのアクセサリーを並べるコーナーがあり、そこに男が一人立っている。
近づいて名札を確かめると、間違いなくあの男だった。
人懐こそうな笑顔を浮かべて、どちらかと言えば好感のもてるタイプだ。

「プレゼントをお探しですか?」
声の調子も嫌味がない。いっそのこと気に入らない奴ならせいせいしたのに、なんだか拍子ぬけした。
あのメールの送りっぷりから想像すると、とんでもなく落ち着きがないと思っていたのに。
「うん、彼女にね。」
ショーケースに目をやると、可愛い感じのアクセサリーが並んでいた。
そう言えば、ロザリアはあまりアクセサリーをつけていない。
高そうな宝石はたくさん持っているようだが、まだ自分には早い、といつも言っていた。

「あの右上のヤツ見せてくれない?」
シルバーの薔薇に蒼い石の付いたリングを指差した。何となくロザリアに似合う気がする。
「これ、かわいいでしょう?」
男はそう言いながらリングをベルベットのケースの上に置いた。
「とても素敵な女の子がいて、そのコのイメージにぴったりなんです。薔薇みたいだなって、一目見て思って・・・。」
照れた顔をして、続けた。
「だから、きっと恋がかないますよ。僕も昨日、うまく行ったところですから。おすそ分けってコトで。」
オリヴィエは自分の頭がおかしくなったのかと思った。
うまく行った?だれと?

「へ~、すごいね。その彼女はどんな子なの?」
世間話のように聞き出す。
「あ、聖殿で働いてるみたいなんですけどね。まだ若いのになにしてるのかな?メイドかもしれません。とにかくかわいいんですよ。」
蒼い瞳がきれいで、まるでどこかのお嬢様みたいで。
客相手によくしゃべるそいつはロザリアとは逆にほとんど彼女のことを知らなかった。


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