魔法の言葉

2.

結局、オリヴィエはそのリングを買わずに帰ってきた。
あの男がロザリアを連想したというリングは確かに彼女にぴったりだったが、何となく面白くない。
こっそり聖殿に戻ったオリヴィエは自分の机の上のロザリアの携帯を見つめていた。
執務終了の時間が来て、私服に着替えたロザリアが携帯を取りに来た。
ピンクのワンピース姿は今まであまり見ない感じだったが、とてもよく似合っている。
大人っぽい補佐官姿よりもこちらのほうがずっといい。

「執務は終わりましたわ。携帯を返して下さいませ。」
オリヴィエが携帯を渡すと、ロザリアはとてもかわいらしく微笑んだ。
花がほころぶようなその笑顔につられてついにっこりしてしまう。
けれどロザリアの口から出た言葉にオリヴィエの笑顔が固まった。

「お兄様はやっぱりこんなふうな感じなのかしら?」
・・・お兄様?
「恋人ができたら心配するって言うことを聞いておりましたけれど、本当なんですのね。わたくし、一人っ子でしたから、わからなくて。
ご心配なさらなくても、明日からは執務中はメールいたしませんわ。・・・今晩、きちんと言っておきますから。」

そのあとの言葉はよく聞こえなかった。
ロザリアが部屋を出ていっても、オリヴィエの中では「お兄様」という言葉がリフレインしている。
机の上のペンがころころと転がって分厚い絨毯にポトリと落ちた。



なんだかロザリアがそわそわしているということに周りも気づき始めた。
とにかくいつも携帯を持っているし、受信のランプが点灯するたびに携帯を見ては微笑んでいる。
落ち着かないその様子にいつの間にか「補佐官は恋煩いらしい。」と囁かれるようになっていた。
相変わらず当のロザリアはそういった噂に全く気付いていなかったけれど。

「ロザリア、彼氏ができたんだってね~。」
女王に呼び出されたオリヴィエは予想通りの展開に天を仰いだ。
「わたし、てっきりオリヴィエとつき合ってるんだと思ってた! ね、ロザリアの彼氏ってどんな男なの?」
なんで私が知ってると思うんだろう。女王は興味しんしんと言った瞳でこちらを見ている。
見に行くなんて言われたらそれこそ大変だ。オリヴィエは仕方なく話し始めた。

「顔は、まあ、普通。」「うんうん。」
「スタイルも普通。」「うんうん。」
「人当たりが良くて。」「うんうん。」
「話し上手で。」「うんうん。」
「まあ、そんな感じ。」

女王は、は~~と長いため息をつくとオリヴィエをじーっと見つめた。
「ようするに、いい人そうなのね。あ~、私のロザリアが・・・。オリヴィエがしっかり捕まえとかないから!」
聖地から出てっちゃったらどうしよう~~、と、ぶつぶと繰り返している様子はとても不気味だ。
それから意地悪そうにニヒヒと笑うと、玉座から乗り出すようにオリヴィエに近づいてこそこそと言った。

「で、賛成しちゃうの?お兄様は。」
なんで知ってるの!
絶句するオリヴィエに女王はうんうんと頷いた。
「いい人そうなら、仕方ないわよね!お兄様としては祝福してあげなくちゃ。お兄様ならね。」

上目遣いの視線から、オリヴィエは目をそらす。
女王の間の天井は豪奢な模様が施されていて、その模様を数えるだけで気がまぎれた。
なるべく冷静になるように、と10個目まで模様を数えて言う。

「・・・・そうだね。祝福しないといけないのかな。」
つまらない、と言った顔で女王はオリヴィエを睨んだ。
「いいんだ。なーんだ。そんなヤツにロザリアを取られちゃってもいいの?『初めて告白された』って言ってたし、舞い上がってるみたい。」
女王はまだオリヴィエを見ている。
「オリヴィエは『好き』って言ってないの?」
困った顔をした女王を見てオリヴィエはなんだかおかしくなってしまった。
女王がここまで心配するくらい、ロザリアはあいつに夢中なんだろうか?
たった一言、言わなかっただけで。

「言ってないね。そういうのってさ、何となく通じるもんじゃないの?」
よしよしと頭をなでると、女王は子犬のような目で見上げてくる。
「ロザリアは言わないとわからないと思うの。言ってあげなきゃ!」
「なんであんなに自分のことに鈍感なのかねぇ。」
女王に軽く片手をあげると、オリヴィエは補佐官室に向かった。



補佐官室のロザリアはやっぱり携帯をのぞいていた。
「こら!」
目の前でそれを取り上げると、ロザリアは恨めしそうな目でオリヴィエを見上げた。
すねたような瞳が可愛くて、少しドキドキしてしまう。
「お返しくださいませ。・・・返事はしておりませんわ。でも、送ってきてくださるのを読むくらいならよろしいでしょう?」
ちらりと履歴を見ると今日もまたものすごい数のメールが送られてきている。

「あのね、これじゃ読むだけでも仕事になんないでしょう?・・・まったくあの男はなに考えてんのかね。」
その言葉になぜか赤くなったロザリアはこう言った。
「わたくしのことばかり考えてしまうのですって。いやですわ。」
ちっともイヤそうじゃない!
心の中で突っ込むとオリヴィエはロザリアに顔をずいっと近づけた。

「デートするの?」
え?と目を丸くすると、下から赤くなっていく。
「ええ。デートなんて初めてですの。緊張しますわ。候補の頃、守護聖さま方とお出かけしたようにはまいりませんもの。」
二人で出掛けたのがデートと思われていなかったことが悲しい。
「どうしたらいいのかしら? アドバイスを頂けません?」
わざと間違ったことを教えようかと思った。
たとえば、奇抜な服を選ぶとか、口を開けてご飯を食べるとか。
でも、ロザリアの瞳がとてもきれいで、オリヴィエにはどうしてもできなかった。


「妹みたいに可愛いよ。」
確かにそう言ったこともあったかな。
シャワーを浴びたオリヴィエはベットに寝転ぶと昔の記憶を引っ張りだした。
試験にまっすぐすぎるくらいに真剣だったロザリアを見て、少しでもリラックスしてほしいと思ったのがそもそもの始まりで。
そう思ったこと自体、彼女を気にしていたからなんだろう。
綺麗でまっすぐで純粋な可愛いロザリア。
自分の周りを固い殻で覆っていた彼女と親しくなるためにそう言っただけなのに。
あのときから自分はロザリアの中で『お兄様』になっていたのか、と気が重くなる。
なんでも話してくれたのも、いつの間にかそばにいてくれたのも、全部。
ベッドにもぐりこんでも、足もとのライトの灯りがやけに眩しく感じてなかなか寝付けなかった。
寒いはずはないのに、目まで布団を引っ張り上げると、丸くなって目を閉じる。
メールのランプがまぶたに浮かんできて、どうしようもなくイライラした。



日の曜日はもちろん晴天で、待ち合わせの午後1時ちょうどにロザリアはあらわれた。
本人曰く、『初めてのデート』に際して、ロザリアが選んだのはアンジェリークが見たてたという女の子ファッションだった。
ゆるくバレッタで止めただけの髪はつやつやと肩に流れて風が起きるたびにふわりと揺れた。
補佐官服とは違うミニ丈のスカートがほっそりした足にとても似合っている。
どうみても普通の女の子としてのロザリアがそこにいた。

帽子をかぶってサングラスをしたオリヴィエは目立ちすぎるメッシュを落として髪を帽子の中に入れていた。
服装も地味だし、ロザリアですらきっと気付かないに違いない。
仲良く歩いていく二人をみて、こそこそとあとをつける。
絶対誰にも見られたくない情けない姿だと自分でも思った。
二人がカフェのテラスに座り、少し離れてオリヴィエも座る。話が聞けないほど遠くでは意味がない、と、観葉植物の裏に隠れるようにして後ろを向いた。

「来てくれてうれしいよ。」
「わたくしもお会いしたかったんですの。」
ラブラブムードの会話に頭がおかしくなりそうで、オリヴィエは目の前の紅茶を湯気の分子まで見えそうなほどに凝視した。
アルが一方的に話すのを、ロザリアは時々相槌を打ちながら聞いている。
メールの数からみても、かなりうるさいやつだとは思っていたが、あんなにしゃべって口が疲れないのかと思うほどすごい。
自分のことばかり、よくそんなに話せるものだ、と聞きながら呆れた。
生真面目なロザリアにはお茶を飲む隙もないように見える。

「今日は何時まで大丈夫?」
「え、あの、暗くなる前なら大丈夫ですわ。」
「は?」
不思議そうな顔をした男にロザリアはあわてて「夕食までには帰らないと、家族が心配しますの。」と言った。
まだ時間があると思ったのか、アルは飲み物を追加すると、また話し始めた。


男の子ってこんなに話をするんですのね。
普段、あまり話さない守護聖や聖殿の職員達に囲まれているロザリアにとっては新鮮と言えば新鮮だった。
きっと、彼なりにロザリアを退屈させないように気を使ってくれているのだとは思っても、少しつらいような気もしてくる。
「あの、すこし、外へ出ませんこと?」
彼が紅茶を飲んだすきに思いきって言ってみた。
いいよ、と気安く立ち上がるアルを見て、悪い人ではないという思いは強くなる。
そう、悪い人ではない。
店を出て、普通に手をつないできたことに驚いて立ち止ってしまった。

「どうしたの?」
と言われて、ロザリアは赤くなって手を動かした。
「手? 痛い?」
ロザリアが首を横に振るとなにもなかったかのように歩きだす。彼はドキドキしたりしていないんだろうか?
顔を見ても普通に見えるのが不思議だった。

オリヴィエはいきなり手をつないだ男に靴を投げつけようかとして我慢した。
あんまりにも普通に見えて、なんとなく嫉妬するのが馬鹿らしいと思えてしまう。
これも時代の流れ?
オリヴィエは首をかしげながらまたあとをつけて行った。


庭園についても二人は手をつないだまま歩き始めた。
ロザリアが緊張してかくかく歩いているのがすごく面白い。
綺麗な景色の中で、アルは芝生の上に座りこんだ。
手を引かれてロザリアも座りこむ。
ロザリアの下にハンカチを敷く様子もない男にオリヴィエはイライラとする。
風がふわりとロザリアのスカートをなでる。
横座りした綺麗な足が無防備にのぞいて、今度は蒼ざめた。
まったく、自分でも本当におかしい。

男が何かを取り出すのが見えた。
これ以上はないほど見つめても遠すぎてよくわからない。
ロザリアの手に触れて何かをするそのしぐさから、指輪をはめているのだとわかった。
初デートで、指輪をプレゼントするんだ!
ロザリアの顔が赤くなって嬉しそうに微笑んだ。
その溶けそうな笑顔にオリヴィエは胸が痛くなる。自分がその顔をさせたかったのに。
恋人らしくなったら指輪をあげたい、デザインも考えて、おそろいにして、と思っていた。
考え過ぎていた自分がまた馬鹿らしくなった。
もう、遅いのだろうか? 
ロザリアの笑顔がとても遠くに感じた。


しばらくそこで話をしていたが、風が出て日が落ちかけたのに気づいて帰るようだ。
すでにオレンジ色の日がロザリアの頬を染めている。
また手をつないだ二人はロザリアの屋敷の方へ歩いて行った。
途中の分かれ道で別々に帰ることにしたらしい。
ロザリアが手を離して、頭を下げると、男が突然ロザリアを抱きしめてキスをしようとしたのが見えた。
我を忘れて駆け寄ろうとして、ロザリアが男を押し返したことに気付いてまた隠れる。

「どうしてダメなの?キスくらい、いいじゃない?」
男の発言にびっくりして噴き出しそうになった。
ロザリアは真っ赤になって睨みつけている。
これは照れではなくたぶん怒りだろう。

「まだ、今日、初めてデートしたばかりですのよ。軽はずみなことはおやめになって!」
「だから、キスだけだよ?僕だってアレは3回目くらいでいいと思ってるからさ。今日はキスだけ。」
アレ? アレって何? まさか・・・。
なにも言わないロザリアに男は少し驚いたようだ。
「キスくらいでそんなに怒るなんて、君って本当にお固いんだね。そんなとこもいいけど。いまどきいない感じで。まあ、今日は帰るよ。」
じゃあね!とあくまで明るく男が去っていくのをオリヴィエは物陰から見守った。
人はどうにも理解できないことに遭遇すると、とっさには対応できないということを初めて知ったオリヴィエだった。


家についてから今日一日のことを思い出して、ロザリアの頭ははてなマークでいっぱいになった。
よく話すのはいいとして、手をつないだり、キスしようとしたり。
ロザリアはなんだかよくわからなかった。
これが普通なのかしら?付き合うということはそういうことなのかもしれない。
明日、アンジェリークに聞いてみよう、となんだか妙に疲れた体を引きずってベッドにもぐりこんだ。


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