Full moonで恋しよう
1.
新女王アンジェリーク・リモージュが即位した。
いろいろなことがあった女王試験だったが、結果はアンジェリークの圧倒的な勝利に終わった。
決してロザリアの育成が間違っていたわけではないことは、フェリシアの成長を見ればよくわかる。
肥沃な土地に広大な平野。
点在する町々はどこもほど良く発展し、大きな争いもなく、民は平穏に過ごしている。
まさに完璧な育成だったといえよう。
それに反してエリューシオンは…とても個性的な発展を遂げた。
土地はごつごつ、町はバラバラ。
街ごとの貧富の差も大きく、文化水準はフェリシアよりもはるかに低かった。
それでも、建物の数はフェリシアを凌駕し、大陸にあふれた人々は早々に中央の島へとたどり着いてしまったのだ。
全ては守護聖達に愛されたアンジェリークへ、毎夜のように贈られたサクリアの賜物。
サクリアに応じて人口が増えるシステムでは、この結論は必然だ。
かくして、アンジェリークが女王となり、ロザリアは補佐官になった。
皮肉な結果ではあるが、ロザリアはそれを特に恨んではいなかった。
人に好かれるというのはそれだけで立派な才能だと考えたし、本能でやすやすとそれができるアンジェリークはまさに女王の器なのだ。
守護聖の信頼を勝ち得ることも女王の大切な資質。
ディアから諭されるまでもなく、ロザリアもアンジェリークこそが女王にふさわしいと認めていた。
実際、アンジェリークはとても良い子で、すでにロザリア自身もすっかりその魅力のとりこになっている。
補佐官になったのも、アンジェリークとの友情が家族への情愛よりも深くなっていたせいだ。
ロザリアはこれからも親友として、アンジェリークのサポートをしていこうと、心に決めていた。
そう、一度決めたら最後まで頑張りぬくのが、ロザリアの性格だった。
「ふう。」
ロザリアは新女王誕生記念のパーティで一人、ため息をついていた。
みんなが新女王誕生に浮かれていて、アンジェリークの周りは軽く小山ほどの人だかりができている。
囲まれ過ぎて、アンジェリークの姿がロザリアから全く見えなくなっているほどだ。
一方で敗者であるロザリアの周りには誰一人近づいては来ない。
あえて声をかけないのは優しさの一部なのかもしれないが…正直、ロザリアは退屈を持て余していた。
とにかくやることがないのだ。
ぼーっと立っているくらいなら、部屋に帰って本でも読んでいた方が、よほど有効な時間の使い方だと思う。
けれど、ここで帰ったりすれば、また面倒なことになるのもわかっている。
子供のころから退屈なパーティを嫌と言うほど経験してきたロザリアは、こういう時の対処法もよく知っていた。
よく飲み、よく食べること。
それに尽きる。
立食形式のパーティ会場には、あふれるほどの料理が並んでいる。
しかもさすが聖地で最高位のパーティ、豪華な食材をふんだんに使った立派なものばかりだ。
さっきから食欲をそそる香りが、ずっとロザリアを刺激してくる。
ロザリアは手に皿を持ち、料理を取分け始めた。
朝からなんだかんだでまともな食事を摂っていない。
これはまさにグッドタイミング、と、まずは端のオードブルから食べてみることにしたのだ。
「美味しい…。」
見た目以上の味にロザリアの顔に笑みが浮かぶ。
食が細い、と思われがちなロザリアだったが、美味しいものは大好きだ。
マナーや人目を気にして、普段はみっともなくならない程度に抑えていただけに過ぎない。
「あ、これも素晴らしいですわ。」
誰も見ていないのをいいことに、ロザリアは目についた料理を順に皿にとっては、味を楽しんでいた。
「すげー勢いだな。」
そんな時、ふと背後から声をかけられ、ロザリアは皿を手にしたまま振り返った。
いつもならそんなはしたないことはしないのだが、声の主が誰なのかわかった瞬間、べつにいいか、と思ってしまったのだ。
優雅な笑みを浮かべながらも、もぐもぐと口を動かすことも忘れない。
「ええ。 どれもとても美味しいんですのよ。 ゼフェル様もいかが?」
美しく盛りつけた皿を差し出され、ゼフェルはふんと鼻を鳴らした。
アンジェリークびいきの守護聖の中で、ゼフェルだけは唯一、ロザリアを差別しなかった。
特にロザリアに優しいわけでもなかったが、分け隔てのない態度は、ロザリアにとっては大きな救いだったのだ。
口は悪いが裏もない。
言いたいことを言いあえる。
そのせいでロザリアはゼフェルとだけはマトモに会話することができるようになっていた。
守護聖でも異性でもない、ただの友達として。
「おすすめはあのチキン煮込みかしら? スパイスが効いていて、ゼフェル様好みだと思いますわ。」
「ふーん。 じゃ、オレも取ってくるか。」
ゼフェルが料理を取りに行き、ロザリアは再びフォークを動かし始めた。
どれもこれも美味しくて困ってしまう。
黙々と食べていると、ダンスの曲が流れ始めて、ロザリアはふとフロアを眺めた。
中央でアンジェリークがジュリアスと踊っている。
たどたどしいアンジェリークを優雅な仕草で導くジュリアス。
絵になっている…と言うには微妙だが、本人たちは楽しそうだから、それでいいのだろう。
なるほど、ファーストワルツは首座の守護聖となのね、と納得しながら、ロザリアは二人のダンスに背を向けた。
普通のパーティならば、このあたりでダンスの声がかかるはずだが、アンジェリークの順番待ちが長い列を作っていて、ロザリアの出番はなさそうだ。
正直、ダンスなんてめんどくさいと思っていたから都合がいい。
安心して次の皿を手にしていると、
「おい、コレ、めちゃうまだぜ。」
いつの間にかゼフェルが近づいてきていて、ロザリアの皿に白身魚の一部を乗せてくる。
「まあ、これは…。」
早速食べて、あまりの美味しさににっこりと笑みが浮かんでしまう。
「この料理を食べないなんて、皆様、もったいないですわね。」
アンジェリークの周りを衛星のように取り囲む人々がロザリアは心底気の毒に思えた。
「まーな。 ってか、おめーは食ってばっかりでいいのかよ?」
口をもぐもぐさせながら、ゼフェルが尋ねてくる。
ゼフェルはもともとパーティ嫌いだから、この状態も気にならないが、ロザリアはきっと違っていたはずだ。
蝶よ花よと育てられてきたことは、彼女の佇まいや所作を見ればよくわかる。
今まではどんなパーティでも主役だったに違いない。
「別によろしいんではないかしら? 今日の主役はアンジェリークですし。」
アンジェリークが嫌がっているならともかく、彼女も楽しそうなのだから、ロザリアがしゃしゃり出ることはないだろう。
ロザリアは新しい皿を手にすると、最後のデザートコーナーへと足を向けた。
さっきからずっと甘い香りがロザリアを呼んでいて、その誘惑を無視するのは大変だったのだ。
「なんて美味しいの…。」
くどさやしつこさのまるでないまろやかな生クリーム。 ほのかにバニラの香るカスタード。
すぐそこでつぶしたかのようなフレッシュなフランボワーズのソース。
そして、口に入れた瞬間ほどけるようなチョコレート。
「幸せですわ・・・・。」
うっとりと目を細めたロザリアに、ゼフェルが苦笑する。
「おめーならその程度のケーキ、いくらでも食ったことあるんじゃねーの。」
主星きっての大富豪のロザリアの生家なら、この程度のケーキはいつでも手に入ったはずだ。
ところが、ゼフェルの言葉を聞いたロザリアはさも心外だというように眉を吊り上げた。
「ええ。 買う事ならいくらでもできましたわ。
でも、食べることはできませんでしたの。」
「はあ? どーゆーこった?!」
ロザリアはますます柳眉を逆立てる。
「完璧な女王候補であるわたくしが、いやしく食べ物に執着する様子なんて見せられるわけありませんでしょう?
ケーキだって数ある中から一つだけ。
それでいかにもお腹いっぱいになったかのような振る舞いをしなければいけませんのよ?
美味しくいただくことなんてできませんわ。」
言い切って、パクパクとまたケーキを口に入れたロザリアは、うっとりした顔を隠さない。
ゼフェルは今度こそ堪え切れずに噴き出してしまった。
「なるほどな。 おめーも苦労してたってことか。
ま、これからは好きなようにできるんじゃねーの。
もう女王候補じゃねーんだし。」
ぴたり、とロザリアの口の動きが止まり、ゼフェルをじっと見つめている。
綺麗な青い瞳に見つめられて、ゼフェルの頬が赤くなった。
「な、なんだよ。 気持ちわりーな。」
「そうですわよね。 …もう女王候補ではないんですわね。」
女王はアンジェリークに決まり、ロザリアは補佐官。
明日からは正式な辞令を経て、新しい役職の執務につくのだ。
女王候補ではなく、補佐官に。
パーティが終わり、ロザリアは再び、ゼフェルの言葉を思い出していた。
『これからは好きなようにできるんじゃねーの』
思えば今までのロザリアの人生は『完璧な女王候補』であることに縛られてきた。
自分がしたいことよりも他人からどう見られるか、女王候補としてふさわしいかどうか、ということの方が大事だった。
父も母もばあやも、まわりの人間たちが皆、それをロザリアに期待した。
ロザリア自身もそれが当然と思って生きてきたけれど。
もう『完璧な女王候補』でいる必要はない。
これからは自由なのだ。
ロザリアはパーティで思いっきり好きなものを食べたことを思いだした。
今までなら遠慮して申し訳ない程度にしか食べらなかったであろう料理やスイーツたち。
甘くておいしくて…。
お腹がいっぱいのまま、ロザリアはベッドにもぐりこんだ。
これからは自由。
その言葉が頭の中でグルグルと廻り、いつのまにか深い眠りへと落ちていったのだった。
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