Once more, again

1.


目の前に広げられたものを見てロザリアは目を輝かせた。
淡いブルーのドレスはたっぷりとしたドレープのおかげで身体のラインを強調しすぎない上品さがある。
「新女王とお揃いにしてみたんだよ。気に入ってくれた?」
試着したロザリアの隣で、満足そうにオリヴィエが微笑む。
すぐ後ろに立ったオリヴィエはロザリアの肩にそっと手を置くと、囁いた。
「これからはあんたの為だけに作りたいんだけど?」
ロザリアが振り返って、頬が赤く染まる。
「ね、今の言葉の意味、わかったよね。」
ぽかんと小さく開いたロザリアの唇にオリヴィエは人差し指を当てた。
「約束だよ。」
ドレスのすそがふわりと舞って、オリヴィエの腕がロザリアを包み込む。
想いが通じあった喜びにロザリアの心は震えていた。


一息ついたと思ったのもつかの間、すぐに次の女王試験が始まった。
リモージュとともに新しい女王候補を迎え入れたロザリアの補佐官としての仕事が始まる。
新しい候補たちはとても緊張した面持ちで聖地に足を踏み入れた。
謁見の間で見た二人の少女の様子は対照的で面白い。
少し前の自分のことを思い出して、ロザリアは微笑んだ。
「わたくしも出来る限り力になりますわ。ですから、あなたも彼女たちの手助けをしてあげて下さいませね。」
湖の湖面がキラキラと輝く午後。
久しぶりのデートにこの場所を選んだのはロザリアだった。
ゆっくりと話がしたくて、お弁当も作ってきた。
早起きして作ったターキーのサンドイッチを食べて、草の上にごろんと横になったオリヴィエがロザリアを手招きする。
「もう少し、こっち。」
不思議そうに近づいたロザリアの膝に頭を乗せると、ウインクして目を閉じる。
「わかってる。少しでもあんたの助けになるように私もがんばるよ。」

正直、女王試験なんてものは早く終わってほしい。
こうしてゆっくりデートすることもしばらくは出来なくなりそうだから。・・・早く終わらせるにこしたことはない。

嬉しそうに目を細めたロザリアの手を握ると、さわやかな風が二人の間を通り抜けた。
オリヴィエの金の髪が輝いて揺れるのをロザリアが見つめていると、突然手を引かれて草の上に倒れこむ。
「膝枕もいいけどさ、やっぱりあんたを抱きしめていたいよ。」
自然と唇が重なって、そのまま二人は日が傾くまで湖で過ごしたのだった。


栗色の髪のアンジェリークと金の髪のレイチェル。
積極的なレイチェルに比べて、アンジェリークは少し控えめな性格のようだ。
「お茶はいかが?」
土の曜日に招待したテラスでのお茶会で、ロザリアは二人をそう分析した。
朗らかにカップを持ち上げたレイチェルがアンジェリークのカップを覗き込む。
「あれ?アナタもないじゃん?もらってきてあげるよ!」
勢い良く席を立ってロザリアに近づいてきたレイチェルの隣でアンジェリークがうつむいているのが目に入った。
そんなアンジェリークに声をかけたのはオリヴィエ。
「ロザリアのお茶はおいしいでしょ?」
ハッと顔を挙げたアンジェリークは大きく首を縦に振った。
「はい!・・・すごくおいしくて、あの・・・。こんなお茶会、私、初めてで・・・。」
「そんなのワタシだって初めてだよ!」
二人分のカップを手にしたレイチェルが会話に入る。
「聖地の人はいつもこんな風にお茶を飲んでるんですか?」
レイチェルは綺麗な薔薇のカップをまじまじと眺めながら、言った。
「カップもこーんな素敵なの。ワタシなんていつもマグカップで飲んでるよ。」
研究所では・・・とレイチェルが話し出すと、オリヴィエが相槌を打ってアンジェリークが微笑んだ。
楽しそうな3人にほっと胸をなでおろしたロザリアは、集まったみんなをもてなすようにテーブルを回った。
オリヴィエならきっとうまく盛り上げてくれるに違いない。
事実、次第に硬さがとれた女王候補たちは他の守護聖とも話し始めた。
目配せしたオリヴィエにロザリアも微笑みを返すと、ようやくお茶会の空気も和んだのだった。

お開きになったあと、ロザリアがケーキの皿を片付けていると、後ろでオリヴィエがカップをトレーに入れてくれている。
「まあ、わたくしがしますわ。」
そう言われても手を止めないオリヴィエにロザリアが近づいた。
「わからない?早く片付けを終わらせたい理由。」
ブルーグレーの瞳に優しい色が浮かんで、ロザリアは頬を赤らめる。
この後の予定は・・・。とにかく二人で過ごすことにしているのは間違いない。
オリヴィエがカップを運んで行くのを見送って、テーブルを拭いていたロザリアは薔薇の茂みの向こうで人影が動いたのに気付いた。
「どうなさったの?忘れ物かしら?」
補佐官らしい笑みを浮かべて、ロザリアはアンジェリークに声をかけた。
おずおずと歩み寄ってきたアンジェリークはきょろきょろとあたりを見回している。
「あの、オリヴィエ様は…?まだ、こちらですか?」
自分の名前に反応したようにオリヴィエが顔を出すと、アンジェリークは頬を赤らめてうつむいた。
「今日は、お時間ありますか?よろしければお話しさせてください。」
「このあと・・・?」
オリヴィエの声に不機嫌な色を感じて、ロザリアがあわてて口をはさんだ。

おとなしいアンジェリークがわざわざ誘いに来たのだ。
もし、断ったりすれば、この先彼女は誰も誘えなくなるかもしれない。それでは試験にさしつかえてしまう。
「時間ならありますわよね?片付けのことならお気になさらないで。引き留めてしまって申し訳ありませんでしたわ。」
有無を言わさない迫力にオリヴィエも仕方がないという風にロザリアを見つめた。
補佐官としての立場を考えると、そういうしかないということはオリヴィエにだってわかっている。
「じゃ、どこかに行ってゆっくり話をしようか?」
アンジェリークを安心させるように背中に手を添えて、オリヴィエはテラスを後にした。
振り向きざまにしたウインクはロザリアへの合図。
(明日ね?)
そう言われた気がして、ロザリアもにっこりとほほ笑んだ。

夜、手紙の精霊が届けた知らせにロザリアは落胆した。
『明日、アンジェリークに誘われたよ。返事は後にしておいたけど、断ってもいい?』
明日こそゆっくりデートが出来ると思っていたのに。
それでも、ロザリアの返事は決まっていた。
『女王候補を最優先でお願いします。わたくしのことはお気になさらないで。』
手紙の精霊にそう返事を伝えて、ロザリアはため息をついた。
読みかけの本を手にとって、すぐに伏せる。
ぽっかり空いてしまった一日をどう過ごそうか。
まとまらない気持ちを持て余すようにロザリアは明りを消すと、早ばやとベッドにもぐりこんだ。


朝の時間を目いっぱい使って、お弁当を作ったロザリアは森の湖に来ていた。
落ち着かなくて始めた料理だったが、始めてみると楽しくてつい気合を入れたものになってしまった。
一人で食べるには多すぎたけれど、出来上がってしまったものは仕方がない。
バスケットを置いて、草むらに座ると、向こうのほうで魚釣りをしていたルヴァと目があった。
軽く会釈をすると、ルヴァがこちらに近づいてくる。
「お一人ですか~?・・・このお弁当からすると、待ち合わせでしたかね?」
ルヴァの視線の先には3段重ねのお弁当箱がある。
ロザリアは苦笑をうかべて、お弁当箱を手に取った。
「作りすぎてしまいましたの。よろしければご一緒にいかがかしら?」
汗をかいているルヴァにそっとハンカチを差し出すと、ルヴァはあわてたようにますます顔を赤くした。
「いいんですか~?・・。実はすぐ帰るつもりが思いがけず大物にあってしまいましてね。今まで格闘していたんですよ~。・・・結局逃げられてしまったんですけれどね。」
「まあ、そうなんですの?」
日傘で少し陰になっていたロザリアは傘を傾けると、こぼれるような笑顔をルヴァにむけた。
それを見て、一瞬立ち止まったルヴァはすぐに道具を片付けるためにもとの位置へ戻っていく。
荷物を抱えたルヴァが戻ってくるまでに、ロザリアはお弁当の準備を始めた。
本当なら、オリヴィエとこうしていたはずなのに。
頭に浮かんだ想いを振り払うように首を振ると、フォークをルヴァに手渡した。
「おいしいですね~。」
嬉しそうなルヴァを見てロザリアも嬉しくなった。
無駄に作ったと思ったものがこうして喜ばれることは無条件に嬉しい。
食べながらいろいろな話をして、外に出てきてよかったと心から思っていた。

「あ。あそこ。ルヴァ様とロザリア様じゃありませんか?」
アンジェリークの指差した先に居た二人を見て、オリヴィエは思わず足をとめた。
人が多い場所は苦手だ、というアンジェリークに合わせて、森のほうへと歩いてきた。
歩きながらという気安さと、オリヴィエの話術でアンジェリークもかなりリラックスしてきている。
アンジェリークが聖地に来ることになった時の話を聞きながら、ちょうどロザリアのことを思い出していた時のことだった。
木々の向こうに見えるロザリアとルヴァはシートの上に向かい合うように座っている。
くっついているという距離ではもちろんないが、穏やかな空気と楽しげな雰囲気はこちらにまで伝わってくるようだ。
しきりと汗をかいて顔を赤くしているルヴァにロザリアが微笑みを返す。
目の前に置かれたお弁当箱はどう見ても二人分で、約束をして一緒に来たんだろうと思えた。
なんとなく目が離せなくて二人をじっと見つめてしまった。
今、ルヴァが口に入れたのは得意のアップルパイに違いない。
カップを渡すときに手が触れたような気がしてオリヴィエは舌打ちした。

「オリヴィエ様?」
傍らのアンジェリークの声に我に返ったオリヴィエはいつものようなからかうような口調に戻る。
「楽しそうだから邪魔しないでおこうか。・・・あんたもあんな風に誰かと過ごしたいなんて思ってるんじゃないの?」
恥ずかしそうにうつむいたアンジェリークを促して森から出ていく。
「真剣にお二人を見ていらっしゃったから、何かあるのかと思いました。」
アンジェリークに言われてオリヴィエは苦笑した。
こんな子にまでそう思われてしまうほど、嫉妬の顔をしてたんだろうか?
自分達のことは女王試験が終わるまでは秘密にしてほしいと言われている。
確かにそのほうがいいと思ってロザリアの提案に賛成したけれど、それは失敗だったかもしれない。
不安そうなアンジェリークの頭に軽く手を置いて、オリヴィエは言った。
「お弁当がおいしそうでね。そういえばおなか空かない?カフェにでも行こうか。」
はい!と元気にうなづいたアンジェリークに微笑みかけながら、さっきの光景がどうしてもよみがえってしまうのだった。

ルヴァと別れて戻ったロザリアはもう一つ作ったアップルパイを箱に入れて、リボンを掛けていた。
『こんなにおいしいパイは初めて食べましたよ~。』
そう言いながらほとんどを食べてくれたルヴァのことを思い出して、ロザリアは手をとめた。
偶然だったけれど、とても楽しかったと思う。
褒められたことも嬉しくて、もうひとつ焼けていたパイを届けることにしたのだ。
オリヴィエも喜んでくれるかしら?
リボンの端を三角に切り取ると、ロザリアはエプロンを外した。
部屋に戻って着替えようと振り返ると、そこにオリヴィエが立っていた。
「まあ、驚かせないでくださいませ。・・・いらしていたなら声をかけて下さったらよろしいのに。」
恥ずかしさについ声が大きくなってしまった。
それをごまかすようにロザリアはテーブルに置いた箱に視線を向ける。
綺麗にラッピングされた箱。中身はきっとパイだろうとオリヴィエにも分かった。
「今日、ダメになっちゃってゴメン。・・・なにしてた?」
こんなふうに聞くべきじゃない、と、オリヴィエの心の中で警鐘が鳴る。
『ルヴァと湖にいたの見ちゃった。』
そう言えば良かった。
オリヴィエの言葉にロザリアは明らかに狼狽している。
ロザリアにもちろんやましいことがあるわけではないが、なんとなくルヴァといたことを言いにくかった。
少女らしい潔癖さが恋人以外の男性と楽しい時間を過ごしたことを後ろめたく思わせてしまったのかもしれない。
「あの、湖に散歩に行きましたわ。」
「散歩?それだけ?」
「ええ。」
オリヴィエにじっと見つめられて、ロザリアはうつむいた。心臓の音が早鐘のように鳴っているのが聞こえる。
やがて、オリヴィエの腕がロザリアを包み込んで、優しい口付けが下りてきた。
「このパイ、私にくれるつもりだった?」
うなづいたロザリアを腕から解放すると、オリヴィエは箱を手に取った。
「せっかくだから一緒に食べようか?お茶を淹れてくれる?」
こんな綺麗なリボンをほどくのもったいないね、と言いながら箱を開けたオリヴィエがパイを切り分けてリビングに持って行った。
お湯を沸かしながら、ロザリアはふと思う。
なぜ、中身がパイだとわかったんだろう。
キッチンににおいが漂っていたのかしら?たしかにリンゴの香りがうっすらと残っているような気がする。
湧き上がる蒸気で思考が止まると、ロザリアはそれきりその疑問を忘れてしまったのだった。


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