Once more, again

2.


お肌の手入れをしようとドレッサーの前に座ったとたんに、目の前に現れた手紙の精霊を見て、ロザリアは思わずため息をついた。
もう何度目だろう。
またも中止になった明後日のデートのことを考えて気分が重くなる。
そんなロザリアの表情に気付いたのか、精霊が申し訳なさそうに口を開いた。

「あの、ロザリア様、オリヴィエ様から、お手紙です・・・・。」
恐る恐るといった様子で手紙を差し出す精霊にロザリアは笑顔をつくる。
「あら、ごめんなさいね。あなたのせいではないのに。」
やはり予想通りの内容が書かれた手紙を読んで、ロザリアはすぐに返事を書いた。
毎週内容は同じ。

『女王候補を最優先でお願いします。約束はまたの機会に。』

返事を持った精霊の姿が消えると、ロザリアはベッドに座り込んだ。
明後日のためにしようと思っていたシートパックを、もうやめたとばかりにベッドサイドのテーブルに置く。
サイドボードに隠してあるのはとっておきのチョコレート。
普段なら寝る前に甘いものなんて絶対にとらないロザリアだったけれど、落ち着かない気持ちを静めるにはそれしか思いつかない。
箱の中の最後の一つを口に入れると、広がる甘い香りに一息ついた。
「大人ならこんなときにお酒でも飲むのでしょうね。」
ため息とともにこぼれた言葉に後悔した。
オリヴィエが守護聖として女王候補と親しくするのは望ましいこと。
わかっているのに、この、もやもやするイヤな気持ちに、自分自身が許せなくなる。
空になった箱を眺めて明日の予定を考えると、また一つため息が出た。


翌日、定期審査を終えて、補佐官室に戻ったロザリアは着替えをして外に出た。
今のところ星の数ではレイチェルが上回っている。
ロザリアは自分の試験のときのことを思い出していた。
建物の数では確かに最後まで上回っていたが、結局女王になったのはリモージュ。
・・・アンジェリークが、女王になるような気がする。
なぜか足もとにくらい奈落が待ち受けている様な予感。
突き抜けるような青空の下で、ロザリアは小さく身を震わせた。

そのまま庭園をまっすぐに横切ったロザリアは小さな店の前に立った。
まさに露店といった風情のその店は、玉石混合の品物が綺麗に並べられている。
ひときわ目を引くのは大きなゾウの置物で、一体誰が買うのかとロザリアは首をひねりたくなった。
「あれ?ロザリア様やないですか?今日はどんな御用です?」

無造作に束ねられた緑の髪をが陽ざしを浴びて輝くと、嬉しそうな笑顔が広がった。
人懐こい笑顔と独特なイントネーションは商売人特有だとわかっていても、なんだか心がなごむ。
女王試験のために呼んだ商人はどんなものでも手に入れてくれると、このところ聖地中で評判になっていた。
この商人が宇宙一の大財閥ウォン家から派遣されていることを知っているのは、聖地でも数人。
もちろんロザリアは職務上、そのことを知ってはいても、商人自体の素性については知りたいとも思わなかった。
ウォン家から素性の確かな人物として派遣されているのだ。
それ以上の保証はないだろう。

商売人の笑顔につられるようにロザリアも微笑むと、
「チョコレートがなくなってしまいましたの。新しいものを頂けるかしら?」と切り出した。
チャーリーはほいきた、とばかりに奥へ向かうと、同じチョコレートの箱を持ってくる。
「そろそろなくなるんちゃうかな~と思ってましたんや。・・・これ、ロザリア様専用ですよ?」
まるで、宝石箱でもあるかのように恭しく差し出したチャーリーの手からチョコレートを受け取ったロザリアは今度こそ本当の笑顔になった。

「そないな顔、滅多に見せたらあきませんよ? ほら、俺やってドキドキしてしまうやないですか~。」
チョコレートに向けられた笑顔だとわかっていても、思わずチャーリーの胸が音を立てる。
ますますくすくす笑うロザリアにチャーリーもほっとした。
こちらに向かって歩いてきたロザリアの顔はどことなく悲しげに見えて、なんとなく放っておけない気持ちにさせられる。
凛としているのに、はかなげで、思わず手を差し伸べたくなるような、不思議な気持ち。
女王候補たちのために来ただけの自分に、そんな資格はないことは十分わかっている。
それなのにロザリアを知るうちに、名前の決まっている感情を持ってしまった。
『恋』という名の抑えられない感情を。

「これ、とても気に入りましたわ。食べ過ぎて、困ってしまうくらいですのよ?」
満足そうに頷いたチャーリーが言った。
「そうですやろ?せやから、気分が落ち込んだ時にだけ食べて下さい、言いましたんですわ。ちゃんといいつけ守ってはりますか?」
ロザリアの眉が少し困ったように寄せられて、チャーリーはドキリとした。
まるで、気まずいことを言いあてられた子供のような顔。
「・・・守っているつもりですわ。でも、減ってしまうんですの。」

(そないにイヤなことがたくさんあるんですか?)

聞きかけたチャーリーに、ロザリアは頭を下げると、チョコレートの箱を押し抱くようにして店を離れて行く。
ロザリアの姿が小さくなって、チャーリーはため息をついた。
「あかんな~。マズイこと言うてもうた・・・。」
ロザリアにはなにか悩みごとがあるのかもしれない。
けれどそのことを誰かに相談するようなロザリアではないだろう。
落ち込む間もなく、買い物に来た客から声がかかると、商人は笑顔をつくって客の相手を始めた。


チョコレートを抱えて早足で歩いていたロザリアは、無意識にカフェの前に来ていた。
ふと頬に当たる風に足を止めると、テラスでお茶を飲んでいるカップルの姿が目に入る。
オリヴィエとアンジェリーク。
恥ずかしそうに笑うアンジェリークと、向かい合うオリヴィエの後ろ姿。

見たくないものほど、見てしまうのはどうしてなんだろう。
定期審査でレイチェルの勝利が告げられた時、悲しげに眼を伏せたアンジェリークはすぐにオリヴィエを見た。
そして、それを励ますように、見つめ返していたオリヴィエ。
泣きだしそうだったアンジェリークがぐっと涙をこらえるように顔を上げた。
アンジェリークのオリヴィエに対する気持ちが立場を超えたモノのような気がした瞬間。
女王が静かに審査の結果を述べている間も、ロザリアは足が棒になったようにただ立っていた。
錫杖がなければ、倒れていたかもしれない。

やがて、ロザリアが散会を告げると、アンジェリークはすぐにオリヴィエの元に駆け寄った。
オリヴィエは子供をあやすようにアンジェリークの頭をなでると、何かを告げる。
とたんにアンジェリークの顔が輝いて、一人、先へと歩いて行った。
アンジェリークの後を追う前に、確かにオリヴィエはロザリアの方を見て、ウインクした。
『アンジェリークのことは任せておいて。』
そう言われたような気がして、仕方がないことだと頭では理解した。
女王試験を円滑に進めるため、自分がオリヴィエにも協力を頼んだのだから。
なのに、楽しそうな二人を見ていると、やっぱりつらい。
逃げるようにカフェの前を通り過ぎると、手の中のチョコレートがカタカタとなった。


アンジェリークと別れて、ようやく一人になったオリヴィエは勢いよく体を伸ばした。
気弱なのか純粋なのか、アンジェリークはとにかく自分の感情に流されやすい気がする。
定期審査の結果が思わしくなかった今日はとても落ち込んでいて、なんとか慰めて寮に返すことができた。
本当は明日デートできなくなった分、ロザリアと過ごそうと思っていたのだけど。

寮からの帰り道、庭園に建てられた露店に、オリヴィエは足を向けた。
そろそろ店じまいなのだろう。
品物を箱にしまっているチャーリーは西日に背を向けて立っていた。
歩いてくるオリヴィエに気づくと、大きく手を振って、愛想のよい声を飛ばす。
「オリヴィエ様やないですか~。すんませんけど今日は新色とかないんですわ~。」
この間買ったある惑星のブランド化粧品の口紅をつけたオリヴィエに気づいて調子よく話を合わせてくる。
そういう会話が嫌いではないオリヴィエは以前からこの露店をちょくちょく利用していた。

「あのさ、今日は頼みたいものがあるんだけど。」
ずれた丸眼鏡から上目遣いに見上げたチャーリーがオリヴィエの手招きに誘われて顔を近づけた。
こそこそと耳元で囁いた『頼みたいモノ』に、チャーリーは目を丸くする。
「あれは、ほんまもんの入手困難品でっせ。お金は心配ないですやろけど、時間かかるかもしれませんで。」
「だから、あんたに頼んでるんじゃないか。」
にやりと笑うオリヴィエ。
「あんたを宇宙1の大財閥ウォン家の総帥チャールズ・ウォンだって見込んで頼んでるんだよ?」
そのセリフは最後まで言えずにチャーリーの手のひらに吸い込まれる。
「あきませんて!それは秘密なんやから!」
鼻までふさいだチャーリーの手のひらをひきはがして、オリヴィエはせき込みそうに息を整えた。
「わかってるって!だ、か、ら、お願いね。」
策士という点では自信のあるチャーリーもオリヴィエには丸めこまれるしかない。

ため息交じりに首を縦に振ると、オリヴィエは満足そうに微笑んだ。
「なるべく早くね。お金は用意するから。」
「どなたかへのプレゼントでっか?」
んふ、とすごみのある笑顔で、オリヴィエがチャーリーのあごに手をかける。
「大切な人に贈るんだからね。くれぐれも、迅速に、だよ。わかった?」
美形の笑顔はある意味おそろしい。
「わかりました・・・。」
言いたいことを言うとオリヴィエはチャーリーにくるりと背を向けて楽しそうに歩いて行った。

チャーリーは荷物の片づけを続けながら考える。
オリヴィエから頼まれたものは、確かに手に入れにくいけれど、絶対無理ではない。
オリヴィエなら使いこなすことができるだろう。大切な人に贈るというのならなおさら。
「なんや、最初に見たときから、あのお方のイメージなんよなぁ。」
オリヴィエから頼まれた品物を頭に思い浮かべると、ふと独り言が口をついた。
今頃チョコレートを食べていたりしないといいが。
ロザリアの悲しそうな横顔を思い出して、長い1週間にため息が漏れた。


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