Once more, again

3.


昨夜夜更かししたせいで少し寝坊したロザリアは軽いブランチをとりながら、今日の予定を考えていた。
どうせ今日は何もないと思って、読みかけだった本を最後まで読んでしまったのだ。
その本に実は続きがあったことに最後まで読んで気付いた。
こうなると続きが気になって仕方がない自分の性格をロザリアはよくわかっている。
すっかり冷めてしまったカップの紅茶を飲み干すと、書店まで散歩がてら歩いていくために、つばの広い帽子をかぶった。
普段着の淡いシフォンのワンピースは穏やかな気候にちょうどいい。
向かった先は聖地で唯一の書店で、難しい本から雑誌まで揃う大型店。
行きかう人々ににこやかにあいさつをしながら、ゆっくり歩いていくと、少し向かい風が強いせいか、髪が風に舞い上がる。
結んでくればよかったと後悔しながら、ロザリアは書店に着いた。
うろうろと目当ての本を探していると、後ろから聞き慣れた声がする。
「何かお探しですかね~。ロザリア。」
振り向くと、穏やかな笑顔を浮かべたルヴァが少し照れくさい顔で立っている。
ロザリアが本のことを話すと、ルヴァは少し考えた様子で言った。
「ああ、その本なら、私も持っていますよ。もう読み終わりましたし、よろしければお貸ししますよ~?」
そう言われて断る理由もない。
ルヴァの家の書棚に置いてあるというその本を二人で取りに行くことになった。

書店を出ると、相変わらずの晴天にロザリアはふと、オリヴィエのことを思い出した。
今頃、アンジェリークとどこかで会っているのだろう。
こんなにいい天気なのだから、湖あたりにでもいるかもしれない。
ぼうっとした様子のロザリアを気遣って、ルヴァが声をかけた。
慌てて微笑んだロザリアは帽子のつばを深く直すと、ルヴァと並んで歩きだした。

「久しぶりですね。こうしてあなたと歩くのは。」
女王候補時代、知識欲の深い二人は研究院や図書館から話しながら帰ることがよくあった。
もちろん甘い話ではなくて、宇宙や学問のことばかりだったけれど。
ルヴァにとって、どんな会話であってもとても楽しかった時間。
隣に並ぶロザリアはあの頃よりもずっと綺麗になったし、穏やかになったとルヴァは思う。
その変化がオリヴィエのためであることを考えると同時に感じる少しの痛み。
もしあの時想いを伝えていれば、いつでもこうして隣にいてくれたかもしれないのに。


女王試験が中盤に差し掛かったころ、ルヴァはロザリアを連れて、二人で湖にでかけた。
聖地の湖よりも小さなその場所はささやかな想いを伝えるのにふさわしい。
昨夜、寝ないで考えた言葉をルヴァは頭の中で反芻した。
さんざん悩んで、結局はっきりとは決まらないままロザリアを連れてきてしまった。
およそ似合わない行き当たりばったりな行動が自分でもおかしくて、ルヴァは一人だけ汗をかいていた。
そして、湖のほとりに立つと、2度、深呼吸して、ロザリアに向かい合う。
きらりと光る湖の湖面がさざ波に揺れた。
「あのですね・・・。」
向かい合ったのはいいが、見つめあうことはできない。
すぐそばにいるロザリアの香りがルヴァをどうしようもなくドキドキさせる。
昨夜考えたセリフを必死で思い出そうと下を向いた。
こうして、ルヴァが話しだすまでの間、いつでもロザリアは待っていてくれる。
ルヴァはもう一度、大きく息を吸い込んだ。
「あの・・・。私は・・・。」

「オリヴィエ様!」
ロザリアの声がすぐそばで響いた。
その声に隠しようもないときめきが混ざっていることを感じ取って、ルヴァは顔を上げた。
少し赤らんだ頬で恥ずかしそうな笑顔を見せるロザリア。
いつもの皮肉屋が影をひそめて、優しくロザリアを見つめるオリヴィエ。
ロザリアも、オリヴィエも、お互いに気づいていないかもしれないけれど、きっと惹かれあっている。
ルヴァに浮かんだ直感。
話している二人から、そっと視線を外したルヴァは肩に入っていた力をふっと抜いた。
「3人でお茶でもしましょうか~?」
ルヴァが微笑んで言うと、二人は同時に頷く。
あまりに同じタイミングにロザリアとオリヴィエは向かい合って笑いだした。
素直なロザリアの笑顔にルヴァは、黙って湖を眺めた。
滝に沈めた言葉は、今はもう、思い出せない。


風になびく青紫の髪がルヴァの肩先に触れた。
「ルヴァは何をしにあの書店にいらしたんですの?」
手ぶらなルヴァを気にしてロザリアが尋ねた。
何かを買いに来たのなら、用事を済ませることなく店を出ることになってしまった事になる。
窺うようにルヴァを見上げるロザリアの瞳。
頬が赤くなるのを気にしながら、ルヴァは答えた。
「いえ、時間があったのでね。つい足が向いてしまったんですよ~。用事があったわけではないんです~。」
「まあ、ルヴァらしいですわね。」
歩くたびにふわりと裾が揺れるロザリアのドレスが気になって、ルヴァはつい下を向いてしまった。
広場に出ると、向こうからカップルが歩いてくるのがロザリアの目に入る。
オリヴィエの腕に体を寄せるようにして歩くアンジェリーク。
まるで恋人同士のような二人。

「あ、ルヴァ様、ロザリア様。こんにちは。」
ロザリア達に気付いたアンジェリークは、ぱっとオリヴィエから離れると、にっこりと笑顔を見せた。
とても楽しいという雰囲気が伝わって来て、ロザリアは自分の顔がこわばるのがわかる。
それでも笑顔を引き出して、アンジェリークに微笑んだ。
「まあ、オリヴィエとデートなの?とても仲がいいのね。でも、他の守護聖たちとももう少し親しくした方がいいと思うわ。」
イヤなことを言ってしまった。
すぐに後悔したけれど、ロザリアはオリヴィエの顔を見ることができなかった。
きっとひどい顔をしているに違いない。
そういう言い方をオリヴィエが好きでないこともロザリアにはよくわかっていた。
うつむいたロザリアを見て、ルヴァがにこやかに二人に話しかける。
「そうですね~。せっかくですから、みんなで昼食でもとりませんか?私もね、アンジェリークとお話ししてみたいんですよ~?」
ルヴァの提案は補佐官としてなら喜ぶべきなのだろう。
でも。
「せっかくのデートのお邪魔をしては申し訳ないのではないかしら?」
ロザリアがアンジェリークに向かって言うと、すぐ隣から返事が帰ってきた。
「あんたたちも邪魔されたくないってこと?」
からかうような口調なのに、ロザリアを見つめるオリヴィエの瞳は真剣で、ロザリアはドキリとした。
「せっかくなんだから4人で行こうよ。アンジェもいいよね?」
オリヴィエの一言で4人でカフェで昼食をとることになった。

オリヴィエの隣にアンジェリークが並ぶ。
椅子を引くオリヴィエの動作はとても自然で、ロザリアは自分が座ることも忘れてつい見とれてしまった。
「ロザリア?」
にこにこしたルヴァが自分のために椅子を引いてくれているのを見て、ロザリアは慌てて腰を下ろした。
オリヴィエはルヴァに会釈をするロザリアから目をそらすと、テーブルのメニューを取り上げる。
アンジェリークがのぞきこんできて、顔が近付いてきた。
「見たいの?」
オリヴィエがアンジェリークにメニューを渡そうとしてもアンジェリークが受け取る気配はない。
「一緒に見たいんです。」
肩が触れ合うほどの距離で二人は並んでいる。
「アンジェリークは本当にオリヴィエと仲がいいんですねぇ。」
困惑したようなルヴァの視線に、ロザリアは戸惑いのような笑みを浮かべることしかできなかった。

「あんたたちはデート?」
ロザリアはじっとオリヴィエを見つめた。
本気でそんなことを言っているとは思わないけれど、冷たい口調に胸が痛くなる。
もどかしい思いで、誤解を解こうとロザリアが口を開きかけたときにルヴァが先に話しだした。
「いえいえ、とんでもありませんよ~。そんな、デートだなんて。たまたま、そこの書店で会ったんですよ。たまたまです。」
このところ二人で過ごせないもやもやとした気持ちが、オリヴィエの中に少しづつたまっていた。
そんな気持ちがそのまま表れたようなオリヴィエの口調に気付かないルヴァではなく、あえてゆったりとそれでもきっぱりと否定する。
ルヴァの諭すような表情にオリヴィエはバツが悪そうに爪を弾いた。

ルヴァとロザリアが女王候補時代から親しくしていたのをオリヴィエもよく知っていたから、気になってしまったのだ。
コドモじみた嫉妬心がルヴァにはお見通しだったことを知って、オリヴィエは力が抜けた。
緊張したロザリアの姿もイライラした自分のせいだと思うと、すまない気持ちでいっぱいになる。
メニューをアンジェリークに押し付けたオリヴィエは、ようやくロザリアに微笑んだ。

緊張した空気をほぐすように、テラスの中を風が通り抜ける。
ロザリアもようやく安心してオリヴィエに笑い返した。
オリヴィエの機嫌の悪さは会ったときから感じていたけれど、ルヴァの穏やかさが空気を和ませてくれたような気がする。
結局、いつもルヴァには助けられてばかりいる。
ロザリアはいい空気に変わったことに安堵して、ルヴァに感謝した。

それぞれがオーダーした料理が運ばれてくると、ようやく会話が弾みだした。
時々ロザリアとオリヴィエの目が合って、そのたびにオリヴィエは意味ありげに微笑んでくる。
恥ずかしさもあって、ロザリアが軽く睨むと、オリヴィエは楽しそうに声をあげて笑った。
「オリヴィエ様、どうしたんですか?」
アンジェリークが尋ねても、オリヴィエは笑うだけでなにも答えない。
そのあとも4人の会話は途切れることなく続き、最後のドリンクまで時間をかけて飲み終えた。
出逢った時と同じ場所で2人づつに分かれると、オリヴィエがロザリアにウインクをする。
(またね。)
小さく動いた唇がそう伝えてくる。
ロザリアは手を振って、二人を見送ると、本を借りるためにルヴァと家に向かった。


その夜、鏡の前で髪をとかしていたロザリアは窓をたたく音に気付いてカーテンを開けた。
部屋の電気の眩しさに目を細めたオリヴィエがバルコニーに立って、手を振っている。
すぐに窓を開けたロザリアは入ってきた風に思わず身を震わせた。
薄い部屋着1枚では夜風は冷たい。
オリヴィエはすぐに窓を閉めると、ロザリアを暖めるように抱きしめた。
「ごめん。どうしても会いたくなっちゃって。」
緊張したロザリアの体が熱くなってくるのがわかってオリヴィエは腕を緩める。
「今日、ルヴァとあんたがいるのを見て、バカみたいに嫉妬しちゃった。」
ロザリアの瞳が驚きで大きく開くのを見て、オリヴィエは苦笑した。
「実はさ、この間もあんたたちが湖で二人でいるのを見ちゃったんだよね。アップルパイ、食べてたでしょ?」
ロザリアはあの時に感じた違和感が何だったのか、ようやくわかった。
「つい、いつもの癖でお弁当をたくさん作ってしまいましたの。・・・アップルパイはあなたが以前気にいってくださったから。」
最後まで言い終わらないうちに唇が触れた。
ほんの一瞬で離れたそれに、ロザリアはオリヴィエの瞳を見つめた。
優しいブルーグレーはロザリアを包み込むような甘い色をしている。
ロザリアはそっと、オリヴィエの胸に顔をうずめた。

「わたくし、あなたがアンジェリークといるのを見て、嫉妬、しましたわ・・・。」
ロザリアがつぶやくように言う。
「わたくしがアンジェリークと仲良くしてくださるようにお願いしましたのに。失望なさいました?」
「まさか。・・・嬉しいよ。」
オリヴィエの指がロザリアの髪を梳くように優しくなでて行く。
「それだけ私を好きでいてくれてるってことでしょ?もっと、言ってよ。」
「オリヴィエったら・・・。」
オリヴィエはロザリアの体を守るようにそっと抱きしめると、耳元に唇を寄せた。
「来週はデートしてくれる?聖殿で聞くと、あんたってば補佐官になっちゃうから、ここでロザリアとして答えてよ。」
胸の中で頷いたロザリアから体を離すとオリヴィエは囁いた。
「誰から誘われても断るからね。いい?」
心からの笑顔で頷いたロザリアの額にキスをすると、オリヴィエは窓を開けた。
肌寒い風が流れ込んでロザリアの部屋着の裾を揺らす。

「もう、帰ってしまうんですの?」
拗ねたような、かわいらしい声にオリヴィエはウインクを返した。
「そんなカッコで言われたら、帰りたくなくなるじゃないか。でも、今日は帰るよ。」
ブルーグレーの瞳はロザリアを見つめている。
「女王試験が終わって、あんたを私の恋人だってみんなに言ったら、その時は帰らないから。」
真っ赤になったロザリアは何も言えなくなって、掴んでいたオリヴィエの服の裾から手を離した。
「じゃね。」
身軽に姿を消したオリヴィエを見送ったロザリアは胸を押さえてベッドに腰掛ける。
女王試験が終わったときに。
ロザリアはベッドに隠してあったチョコレートの箱をテーブルに置いて、そのままシーツにもぐりこんだ。
今日はきっとたくさん食べてしまうだろうと思っていたチョコレートは蓋も開けなかった。
ドキドキして、目を閉じてもオリヴィエの姿が浮かんでくる。
夢の中でもオリヴィエが出てきて、ロザリアは無意識に微笑んで眠っていた。


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