サンタクロースにお願い

1.


「ねえ、どっちがいい?」

アンジェリークが小首を傾げてにっこりとほほ笑んでいる。
ロザリアは大げさなくらいのため息をこぼし、ちらりとアンジェリークを横目で見た。
このたっぷりと時間をとった態度に、普通の人間ならどれくらいロザリアが怒りを隠しているか気づくはずだ。
しかし。
このアンジェリークがそんなことでめげないということをロザリアは良く知っていた。
そして実際、アンジェリークはにこにこと笑っている。
ロザリアは再び大きな、さっきよりも大きなため息をついた後、ゆっくりと尋ねた。

「…どっち、って。その赤いのと、茶色いのとどちらかを選べと言うことですのね。」
「うん!」

にこにこと頷いたアンジェリークが片手ずつに持っているモノ。
右手には赤、左手には茶色の布。
赤い方にはふわふわのファーの飾りが大量についていて、茶色の方には角がついている。
そう、それは今更説明の余地もなく。
すぐそこまで近づいているクリスマスに登場するキャラの衣装だった。

「サンタはね、超セクシーのミニスカサンタなの! すっごく可愛いのよ~~。」
ぴらっとアンジェリークが見せた赤い衣装はどう見ても布地の分量が少ない。
サンタというのにほとんど水着だ。
これではサンタは確実に風邪をひくだろう。
ロザリアが考えていると、アンジェリークは茶色の布を広げだした。
「こっちはね、トナカイ。全身用よ?」
茶色の布はまあまあ薄地ではあるが、布地の量はたっぷりとしている。
角としっぽが付いているのと手足が蹄風なのを除けば、まあ、見られるのではないだろうか。


最早どちらも断るという作業を、ロザリアは諦めていた。
どうせ逆らうことなどできないのだから、さっさと巻かれてしまうに限る。
「こちらにしますわ。」
ロザリアはさっと茶色の方を手に取った。
誰が何と言おうともミニスカサンタなんて冗談ではない。

てっきりアンジェリークがサンタコスを勧めてくると思ったのに、
「じゃあ、早速着替えてみよっか。 作戦会議も雰囲気が大切だもの。」
なんだかわけのわからない理屈を並べられ、ロザリアは続きの間へとぎゅうぎゅう押し込められた。
作戦会議も意味不明だが、こうなれば着替えるしか道はない。
ロザリアはため息交じりにドレスのファスナーに手をかけた。

ロザリアを上手く誘導したアンジェリークは続きの間の扉を見つめ、足踏みしながら数を数えていた。
そして、わずかに漏れてきた悲鳴のような声に、にんまりと笑みを浮かべる。
凶悪そうな笑みはロザリアが見たら泣き出すレベルだろう。
実際、中で泣いているのかもしれない。
しばらくして、予想通りのカウントダウンで扉があくと。
「ちょっと、アンジェ、あなた・・・!!!」
言葉も出ないロザリアの姿に、アンジェリークはさらににんまりと笑いを浮かべる。
「ふふ、トナカイっぽいわ。 ロザリアったら、やっぱりスタイル抜群ね。」

トナカイっぽい。
そう言われてロザリアは体をもじもじと動かした。
このトナカイの衣装ときたら。
確かに布の量は多い。 全身を覆っているから露出もない。
でも。
体中をぴったりと膜のように覆う茶色はまさに全身タイツ。
全身のラインを見事に表現していて、凹凸のすべてがハッキリしてしまっているのだ。
ある意味、これは、裸に近い。
いや、裸よりも恥ずかしい。


「アンジェーーー!!!」
思わず拳を握ったロザリアにも、アンジェリークは動じていない。
「え?こっちがよかったんだよね? 」
とぼけた顔はまさに天使。
ロザリアはガクッと頭を垂れた。
填められたのだ。 完全に。

「サンタのほうがまだマシですわ…。 いいえ、サンタになりたいわ。わたくし。」
「そう? それならロザリアがこのサンタね。」
語尾にハートマークをつけているのが見えるような可愛いセリフで、アンジェリークはロザリアにサンタの衣装を手渡した。
「じゃあ、わたしがトナカイになるね! こっちで着替えておくから。」
やけに嬉しそうなアンジェリークにロザリアは首をかしげた。
あの衣装は誰がどう着ても、ああなることは間違いない。
それを嬉しいなんて・・・・。
釈然としない。

それでも、再び続きの間へ戻り、ロザリアは今度はサンタの衣装に着替えてみた。
大きくあいた胸元は、ちょっとかがむとかなりの位置までふくらみが見えてしまいそうで。
布地の節約としか思えないほどの丈のスカートはギリギリの位置までしか隠せていない。
それでも、さっきのトナカイよりはマシだ。
スカートを引っ張りながら、続きの間から出てきたロザリアに、アンジェリークがにっこりとほほ笑んだ。

「あんた・・・!!」
思わず女王候補のころの呼び名が出てしまったのも無理はない。
アンジェリークは確かにトナカイの衣装を着ていた。
角も尻尾も蹄もばっちり。
だがしかし、さっきと大きく違うのは。
タイツの上に、ふわふわの着ぐるみを着ていること。
だぶっとしたふわふわのもこもこはさっきの全身タイツとは全く違っていた。

「ちょっと! なんで、さっきはそれを出さなかったのよ!」
ロザリアは詰め寄ったが、アンジェリークは涼しい顔で、
「だって、この着ぐるみ、わたしのサイズしかないんだもーん。
 ホラ、足の長さがね、ロザリアだと合わないの。
 それにどう考えても、この組み合わせが正しいと思うのよ!」
ちらっとアンジェリークはふわふわの足を上げて見せた。
確かに微妙な長さではある。
これ以上短いと頓珍漢に見えるかもしれないし、それ以前に・・・・。
鏡の前で並んだアンジェリークにロザリアは小さく息をついた。
このかわいらしさは、ロザリアには似合わないだろう。

「…よろしくてよ。どうせサンタは皆が寝静まってから働くのですもの。
 さあ、作戦会議とやらを教えてもらおうじゃないの。」
超ミニのまま、ロザリアは腰に手を当てると、アンジェリークを斜に見下ろした。


その夜。
ロザリアはベッドの縁に腰を下ろすと、枕をぎゅっと抱きしめた。
アンジェリークの作戦、とやらは、まあよくある話で、予想通りだ。
クリスマスイブの夜、アンジェリークとロザリアの二人で、守護聖達にプレゼントを配って廻る。
サンタクロースの真似事。
去年はクリスマスパーティの後、宝探しゲームでプレゼント交換をした。
何が当たるかその場までわからない企画だったから、ジュリアスにお菓子が当たったり、ゼフェルにキラキラの羽ペンが当たったりして、微妙だったのも確かだ。
それに比べれば欲しいものを上げる今回の企画は、まっとうだろう。
でも。

「その事前の調査をわたくしがしなければならないのよね…。」
サンタのプレゼントという建前上、欲しいものをあからさまに聞くのはマズい、というのがアンジェリークの言い分だ。
それにはロザリアも納得しているし、まあ、たとえ一番欲しいものでなかったとしても、それなりに希望に沿っていれば満足してもらえるだろう。
それぞれの秘書官とも懇意にしているし、おおよそ見当がつく守護聖もいる。
補佐官という職務上、守護聖達の好みもそれなりに把握しているつもりだ。

ただ、彼だけは別。
無難に贈り物をしようと思えば、いくらでも用意はできる。
オシャレなアクセサリー、新色のリップ。
彼を彩るものならば何でも喜んでくれるだろう。
でも、できることなら一番欲しいものをあげたい。
というよりも、彼が一番欲しいものを純粋に知りたい。

ロザリアはさらに枕をぎゅっと抱きしめると、明日からの調査について頭の中で再度確認した。
それほど日数があるわけでもないし、手配を考えれば、今週中に決めてしまわなければいけないだろう。
8人はさりげなく確認する程度で。
彼は…。
考えながらいつの間にかロザリアは夢の中に入ってしまっていた。



「美味しいお茶が手に入ったんだけど。 どう?」
朝から慌ただしく執務に励んでいたロザリアは、廊下の隅からかけられた声に一瞬息を飲んだ。
午前中で8人の守護聖達の執務室を廻り、書類と共にさりげなくプレゼントの調査をしてきていた。
さりげなくとはいうものの、勘のいい守護聖にはロザリアの思惑など見透かされてしまっているようで。

「女性からもらえる物ならなんでも俺はありがたいぜ。 特に君からならな。」
と、意味深にウインクされたり。

「ええ、そうですね…。 実は『古代文書の謎』全百巻が欲しいのですが…。
 さすがに星一つ買える値段ですから、第一巻で構いませんよ。」
などとほほ笑まれたり。

バレバレなのにお互いにバレていないふりをするという、不毛な行為を繰り返した。
それでも、プレゼントが決定しただけいい、と思っていたところに、最後の一人からの思わぬ誘い。
ロザリアは声のした方に振り返ると、
「ええ。ちょうどお茶にしようと思っていましたの。お誘い嬉しいですわ。」
にっこりとほほ笑んだ。


オリヴィエの執務室は彼自身そのもののようにいつもキラキラと華やかだ。
すでにクリスマスを意識しているのか、赤や緑の飾りやゴールドのモールなどがセンス良く飾られている。
ロザリアの気分が浮き立ってしまうのは、もちろんその飾りのせいだけではない。
目の前で紅茶のカップに口をつけて、オリヴィエは楽しそうに目を細めている。
彼の視線を感じるだけでロザリアの心臓は勝手に跳ね上がり、それを隠すのに必死にならなければならないのだ。

女王候補のころから、オリヴィエはロザリアにとって一番親しい守護聖。
逆に言えば、親しくなりすぎて、それ以上になりにくくなってしまった存在。
たしかにオリヴィエもロザリアを他の女の子たちよりも大切にしてくれているのを感じる。
けれど、それがどういう感情に起因しているのか。
たとえば、ただの友情なのか、妹のような親愛なのか、同僚としての気遣いなのか…恋愛感情なのか。
さっぱりわからない。
そもそも恋愛に不慣れなロザリアがオリヴィエのような人間を掴み切れるはずもない。
どれほどもどかしくても、この微妙な距離感にじっと耐えているしか、しようがなくなっていた。


ひとしきり世間話を交わした後。
「あの、オリヴィエ。 もうすぐクリスマスですわね。
 あなたはサンタクロースに何かお願いなさるの?」
ロザリアは割とストレートに切り出した。
ただでさえオリヴィエ相手では隠すことが多いのに、これ以上駆け引きをするのはキャパシティを超えてしまう。

「…まさか、あんた、サンタクロースのこと、信じてる?」
わずかに真剣なオリヴィエにさすがのロザリアも苦笑を返した。
「いいえ。 残念ですけれど、中等部のころの友人に教えられましたわ。
 それ以前は信じていましたけれど。」
毎年枕元に置かれていたプレゼント。
今思えば両親は娘の夢を壊さないようにと、ずいぶん気を配っていてくれたのだとわかる。

「ふふ。 中等部までなんて、あんたらしいよ。
 私のウチにはサンタなんて来たことなかったからね。 信じるも何もなかったさ。」
二人だけのときに時々見える、彼のこういう寂しそうな瞳に、ロザリアは訳もなくときめいてしまう。
明るく華やかで優しいだけではない、オリヴィエの本当の心に近づいたような気になるからだ。

「でも、ここは聖地ですもの。
 サンタクロースが本当に来るかもしれませんわよ。 …オリヴィエが心からお願いすれば。」
「ホントに?」
「ええ。」
オリヴィエの瞳が悪い感じにキラッと光ったことにロザリアは気が付かない。


「でもさ、私が欲しいものは、お金じゃ買えないんだよね。」
にやりと笑いながら言うオリヴィエにロザリアも笑い返す。
「お休み、かしら? 以前、そうおっしゃっていたでしょう?
 エステをしたり、ゆっくりバカンスを楽しみたいって。」
「そうだね。 ああ、でも、バカンスってさ、一人より二人の方が楽しいじゃない?
 だから私だけお休みもらっても仕方ないよ。」
「まあ…。」

気にしたくなくても、ロザリアは気持ちが暗くなってしまうのがわかった。
オリヴィエには一緒にバカンスを楽しみたい人がいるということだろうか。
「サンタクロースもお休みはプレゼントできないと思いますわ。」
そう答えながらも、アンジェリークに交渉してみるのもいいかもしれないとロザリアは考えた。
自分がオリヴィエの分の執務を肩代わりすれば、それ自体が彼へのプレゼントになるだろう。
…オリヴィエが誰かと、ロザリアの知らない女性と、バカンスを楽しんでいる事を想像するのは、とても辛いけれど。
ぼんやりしていたロザリアの口に、突然甘いチョコレートが突っ込まれた。

「で、あんたは何をお願いするの?」
もぐもぐしながら睨み付けても、オリヴィエは笑っているだけだ。
急に話が振られてロザリアは咄嗟に言ってしまった。

「ステキな恋人、なんて、やっぱり無理かしら。」
「へえ! あんたがそんなことを言うなんて意外。」
目を丸くしたオリヴィエにロザリアは苦い笑みを浮かべた。
やはりオリヴィエはロザリアと恋愛を結び付けてはいないのだ。
複雑な気持ちをなるべく表情に出さないように気をつける。
「わたくしだって、女の子ですもの。 アンジェ達を見ていたら、時々、羨ましいって…。」
情けなくて語尾が小さくなっていく。
好きな人の前で、こんなことを言わなければいけないなんて、考えてみればみじめすぎるではないか。


「ふふ、冗談ですわ。
 わたくし、新しいバッグが欲しいんですの。 今使っているバッグの留金が壊れてしまって。」
「そうなの?  よかったら私にプレゼントさせてよ。
 あんたにぴったりなの、探してあげるから。」
彼のこういう優しさが無条件に嬉しかった時もあったが、今は逆に苦しい。
きっと同じことをアンジェリークが言ったとしても、ひょっとしたらジュリアスが言ったとしても。
オリヴィエは同じように一番似合うものをプレゼントしたりするだろうから。

「そんな…。申し訳ないですわ。 サンタクロースにお願いしますから、気になさらないで。」
「サンタクロース、ね。 …やっぱり信じてる?」
「信じてませんわ! もう、冗談に決まってるじゃありませんの!」
オリヴィエはくすっと笑って、紅茶を飲んでいる。
結局、ロザリアはオリヴィエの欲しいものを聞き出すことができずに、その日のお茶の時間は終わってしまったのだった。


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